忘れられたもう一人の王子
港でアッシュレは少年の腕を掴もうとしたが後、数歩足りなかった。
「そこの男前の兄ちゃん、悪いがこの子は急いでる。また、今度にしてくれ!」
それ以上引き止められなかった、アッシュレは黙って船が去って行くのを見送るしかなかった。あの後ろ姿がアルテシアと重なったとしてもなんの確証もない。アルテシアが男装?いや、そんな事は考え難い、あれだけの美しさが男性の姿に収まるだろうか?
しかし、あの少年は気になる。
アッシュレはその後も魔力を感じた所を探したが特に何も見つからなかった。そして、王宮に戻った。結局、無駄足だった。少年の事は気になったので船の行き先を調べたら、隣国のバガラル国らしい。もしアルテシアがバガラル国に行ったとしたら直接、探しに行く事は難しい。ましてや本当にアルテシアだったかどうかも定かではないところだ。
王宮に戻ったアッシュレは執務室で考えていた。
どうしてもアルテシアがバガラル国に逃亡した可能性を捨てられなかった。
何かいい方法はないか考えていた。極秘に人を雇うとしても魔力がある者でなければいけない。バガラル国で内密で動ける者。アルテシアが外見を変えているなら魔力で判断する方が確実だからだ。そして、アルテシアを捕まえるにはそこそこ切れる者。
(魔力使いで身分を隠せて、口が固い者‥そしてアルテシアに王宮の使いとして気付かれない者‥‥)
ふっと、アッシュレは一人の男が頭に過ぎった。
(いるではないか。丁度いい駒が‥‥)
アッシュレは直ぐ側にいた側近を呼んだ。
「今すぐ、第二王子のクラウド王子を呼んでくれないか?」
「クラウド王子殿下ですか?」
「ああ、王宮で忘れられた王子、クラウド王子だ」
クラウド王子は第二王子とは言え国王陛下の侍女の間に出来た庶子である。その為、アッシュレと同じ王子であるにもかかわらず虐げられて育った。
クラウドの母は侍女でも国王から多大なる寵愛を受けており、後に王女を産み直ぐに亡くなった。当時は侍女で陛下の寵愛を受けたと言う事で妬ましく思った者も多かった。
しかし、生まれた王女は何処か他国への嫁に出せば使える存在としてそれなりの待遇を受けることは出来たが、反対にクラウド王子はただ邪魔な存在として幽閉に近い扱いを受けていた。
アッシュレにとっては邪魔な理由がただの庶子というだけではなかった。
クラウドはアッシュレにない火属性と土属性の持ち主である。しかも魔力の量もアッシュレと同等であるので嫌厭している。自分より優れているかもしれない人間が近くにいる事が許せなかった。
しかし大きな魔力を持っていてもクラウドには反発出来ない理由があった。それは‥‥。
側近に連れられクラウド王子が入ってくる。
クラウド王子もアッシュレに並ぶ程の容姿である。陰の存在に相応しい漆黒の髪に瞳は金色、幽閉された割には身長も高くガタイもしっかりしている。しかしクラウドは王宮では病弱という事になっているのでその姿は表舞台に出る事はない。勿論、実際は病弱でもない。
「お呼びでしょうか?兄上」
「……やはりクラウド、貴方から兄という言葉を聞くのはあまり気分が良くありませんね」
アッシュレは顔は笑顔だが、クラウドを軽蔑の眼差しで見ていた。クラウドが唇を噛むのを見逃さなかった。
「………」
「まぁ、それはさて置き実は貴方に行ってもらいたいところがありましてね。簡単な話なんですがバガラル国で人を探して欲しいのです」
「人探しですか?何故、私が?」
「本来なら私が直接探しに行きたいのですが、王太子としての政務がある。何ヶ月もアーテシア国を空けることが難しいんです。貴方なら時間がたっぷりとありますよね」
「一体、誰を探せというのですか?」
「未来の王太子妃ですよ」
何を馬鹿な事をと言いたげなクラウドだが、アッシュレにはその反応は想定内であった。寧ろこの後の反応が楽しみで仕方なかった。
「何故、私が?申し訳ございませんがお断り致します」
「断るのですか?しかし‥‥。クラウドは知っていますか?最近あなたの妹、第一王女に縁談が持ち上がっていることを。それも二つの国から縁談が来てましてね。サーネル国からとラーダス国です。その内の一方の国のサーネル国は穏やかな国で王子も温厚です。もう一方のラーダス国は王子はもう歳は50を超えた方。なんでも残忍な方らしいのですが‥‥」
アッシュレはクラウドの顔を見た。青い顔をして下唇を噛みしめているのを見て微笑んだ。
「国王陛下も悩んでいてね。ラーダス国は戦力が強く財力もある国です。サーネル国とは比べ物にならないぐらい、ラーダス国との友好はこの国には不可欠なんですよ。でもね、お相手の王子が何とも残忍な方でね。最近もラーダス国の王子の妃殿下の中の一人が処刑されたらしいですよ。私は可愛い義妹がラーダス国に嫁ぐには余りにも不憫だと思うんです。そう思いませんかクラウド?」
クラウドの肩が怒りで震えるのをアッシュレは楽しんでいた。クラウドが子供の頃からこのようにして怒らせるのが楽しかった。
(どうせクラウドは何も言えまい)
「‥‥バガラル国に行きます」
「良かったよ。私の異母弟の物分かりがよくて。さぁ、では今後の詳しい話をしようではないか」
アッシュレとクラウドの話が終わりクラウドが部屋から出て行った。
よほど機嫌がいいのかアッシュレは珍しく側近を相手に話し出した。
「神はやはり私の味方だ。お前は知っているか?最近よくクラウドと庶民が隠れて集会を開いているそうだ」
「いえ、何も。しかしそれはもしや‥‥」
「良からぬ事を企んでいるみたいだが残念ながら他国ではそれも出来まい。クラウドもこれで暫くは大人しくなる」
「では直ぐにクラウド王子殿下に接近していた庶民を調べ捕らえます。」
「それはクラウドが国を離れてからにしてくれ。味方が居なくなった事を悟られるな。バガラルからアーテシアに戻った時のあいつの顔が見ものだからな。それとクラウドがバガラルに行っている間に私もバガラル国へ外遊する予定を手配してくれ。とはいえ隣国に訪問するには手配に時間がかかるからな」
「庶民の件は仰せのようにいたします。外遊はそうですね。どんなに急いでも3ヶ月はかかります」
「それまでにはアルテシアがバガラル国にいるかいないかわかるだろう」
(一石二鳥とはよく言ったものだ)
クラウドはバガラル国に向かう前に港の外れの教会へ寄った。アッシュレから会った事もないアルテシアと言う女性を探せと無理難題を出された事に腹を立てていた。しかも姿絵一枚だけで探せと言われ、性別も髪の色も偽っている可能性もあるだと?聖属性の魔力を頼りに探せと言うが、結界が張れるぐらいの魔力使いだ。どうやって探せと言うんだふざけるな。クラウドは怒りに満ちていた。
(これでは捜索と言う名の島流しではないか)
クラウドはアッシュレの話だけでは信用できずアルテシアが頼った教会の前にいた。
教会の扉が開き神父が出てきた。教会の中に招き入れられクラウドは神父に従った。
「あなたは第二王子のクラウド王子殿下でよろしかったでしょうか?」
クラウドは驚いた。何故、この神父は自分が王子だと気付いたのかと。ほぼ幽閉に近い自分を知る者は少なかった。
「いかにも私はクラウドだが‥‥‥何故、わかった」
「こちらに来られる予感はしていました。殿下が護衛のお一人も付けずにいらっしゃるとは思いませんでしたが」
クラウドは自分が王族としての王宮での扱いを指摘されたようで悔しかった。
「私には自分で自分の身を守れる力があります。護衛など必要ありません」
「それは宜しい事だと思いますが余り自分の力を過信すると痛い目に遭われますよ」
「神父のお言葉は胸に刻みましょう。今日は最近ここへ逃げて来た娘の事を聞きに来ました」
「何を知りたいのでしょうか?」
「娘の事で知っている事、全てです」
「先日、王太子殿下にお話をしたのが全てです」
クラウドは苛立った。こっちは妹の命がかかっているというのにのん気な事を。
「神父はそう言うが私にはそうは思えない。まだ、隠している事がある筈です。」
「いえ、それが全てです」
「神父は何故、そこまで娘を隠す必要があるのですか?娘は貴族です。政略結婚は当たり前の事。娘は王太子の元に戻ったとしても何不自由なく命を奪われる心配もなく暮らせるのに‥‥私には身勝手に思えます」
(私や妹はいつ殺されるか分からないのに)
「殿下のお母様が陛下から多大なる寵愛を受けていた事はご存じですか?」
「知っているがその寵愛を母上は望んでいなかった!無理矢理、王宮に閉じ込められたのだ!」
「殿下のお母様はお幸せだったのでしょうか?お母様は国王陛下から望まないご寵愛を受け続けた結果、自分で命を絶たれたのではありませんか?」
「そ、それは‥‥そうだが‥」
「それでもアルテシア様を王宮に閉じ込め、残された殿下と王女様と同じような運命を辿る子供達を増やすおつもりですか?殿下のお母様はとても純粋な方でした。アルテシア様によく似ている。お母様の純粋さに国王陛下は惹かれたのでしょう。そして王太子殿下も同じ様にアルテシア様に惹かれています。しかし一方的な歪んだ愛からは不幸しか生まれません。今の殿下と王女様が不幸なように‥‥」
「神父、私の母上を知っているのか?」
「遠い昔の話です。しかしあの時の私は貴方のお母様のお力には成れませんでした。あの方は本当にお可哀想な方だった。私はただ見守る事しか出来なかった」
「しかし、神父、貴方に何を言われようとも私には護らねばならない者がいる。何が何でもアルテシアを見つけ王太子に差し出さなければならない。例え、それが間違っていたとしてもだ」
「殿下も重荷を背負っているのですね。さぞお辛い事でしょう。神は殿下の進まなければならない道に導いてくれるでしょう。殿下の背負われている重荷が少しでも軽くなることと神の御加護がございますようお祈りいたします」
教会を出たクラウド王子ばバガラル国に向かった。