そしてまた逃す
「待ってくれ、そこの少年」
(この声は間違いない。アッシュレ王太子殿下だわ)
アルテシアは一瞬、振り返りそうなのを思いとどめた。少年と言っている、まだ、私だとバレていない!
「少し、尋ねたい事があるのが‥‥」
背中の気配が近くなるのを感じる。捕まる!
丁度その時、ロンが叫んだ。
「ルーク!早く乗れ出航だ!そこの男前の兄ちゃん、悪いがこの子は急いでる。また、今度にしてくれ!」
ロンはアルテシアを腕を掴み引っ張り船に乗せた。そして船員に命令をする。
「おーい!タラップをあげろ!出航する!」
アルテシアは後ろを振り返れなかった。アッシュレがどんな表情かも分からない。船が出航し暫くたってから振り返ったが、既に陸は遥か遠くにある。
ロンがアルテシアに話しかけてきた。
「すまないな、ルーク。お前の知り合いみたいだったがこれ以上、出航を遅らせるわけには行かないんだ」
船の出航は魔導師の天候の予測で決まる。バガルダ国の海路は嵐が多い為、出航が半日遅れるだけで命取りとなる。ただでさえアルテシアがロンの家に戻った為、出航は大幅に遅れていた。今回はそのお陰で命拾いをしたが‥‥。
「いや、大した知り合いじゃない。いいんだ。」
アルテシアはロンにこれ以上、迷惑をかけたくなかったので詳しい事情は話さない事にした。
「ルーク、お前、バガルダ国に着いたら何かあてはあるのか?」
「ない‥‥」
「だよな。俺の所に訪ねて来た時に行き先を決めたようだったからな。予想はしてたが‥‥ちょっと偏屈な爺だがジャン師匠に頼るといい」
「有難い話だけどこれ以上、これ以上ロン様に迷惑かけるわけにはいかない‥‥」
「ハンナの事もあるが、エルサと変わらない子供が路頭に迷うなんて寝覚めが悪くてしょうがない。俺の安眠の為だと思って頼ってくれ。ジャン師匠って言うのは俺の船の師匠だ。もう、引退して町で鍛冶屋をやっているがな、船乗りとして右に出る者なんていなかったなぁ。まぁ‥‥ちょっと、取っつきにくい爺だが根はいい人だ!よし、俺が紹介状を書いてやる!」
ロンはそう言って紙とペンを何処からか探して来て何やら書き始める。
『紹介状
ジャン師匠
ルークを頼む
ロン』
「これを持って見せれば俺の紹介だって分かる。」
「‥‥、あ、ありがとう。ロン様は学校を出ているの?字の読み書きが出来るみたいだけど」
「ルーク、いい加減ロン様はやめろ、ロンでいい。俺は両親から捨てられて孤児だった。そんな奴に学校に通う余裕はないよ。そんな所に通えるのは貴族の坊ちゃんだけだ。俺はたまたま運良く神父様に教えて貰っただけだ。将来に必要だからって教えて貰ったけどどうも向いてなかったみたいで、字は読めても書くのは苦手だ」
「ロンも苦労したんだね」
「アルターナ国では貴族以外の人間で苦労していない奴なんていない。庶民はみんな生きるのに必死なんだ」
三日三晩、船の上で過ごしたらバガルダ国へ着いた。バガルダ国でもロンはアルテシアが未だ13、14歳の子供だと思っているのかあれこれ世話を焼いてくれる。アルターナ国の金銭をバガルダ国の金銭の交換所で交換してくれた。ロンは積荷の関係で帰りの出航まで一泊してから戻る予定だからと言って、食事や宿もアルテシアの分も世話をしてくれた。翌日、ロンの船は出航した。
出航前にロンは月に1、2度はバガラル国の仕事があるから港まで顔を出すようにと最後まで心配してくれた。ロンはガサツに見えても面倒見がいい男だ。アルテシアはロン達との出会いに深く感謝した。
バガルダ国はアルターナ国と規模は変わらない。風習もよく似ている。やはりバガルダ国も貴族制度の確立してる国だ。もし、アッシュレがこの国にアルテシアがいると分かっても公には簡単に来られないはずだ。
それでもアルテシアはアッシュレがこのまま引き下がるとは思えなかった。
アルテシアはバガルダ国には当てはなく、ロンに紹介して貰ったジャンと言う男の所に顔を出してみようと思った。ロンの貰った紹介状はあまりにも簡素な文面で不安はあるが、折角の厚意だと思い向かうことにした。
鍛冶屋のジャンという男は町では有名らしく人に聞けば直ぐに教えてもらえた。
ジャンの店は二階建てのシンプルな造りの店である。中に入ると店の中は誰もいない。
「すいません!」
アルテシアは思い切って、呼んでみた。
「‥‥うん、誰だ?」
店からは随分と背の高くて体格のいい白髪の老人が出てきた。
「何の用だ?ここら辺ではみない顔だな。旅行客か何かか?店の中の物はすぐ渡せるが特注の物は注文が詰まってて受けられない。調理器具を研ぐぐらいならすぐ出来るが‥‥」
仏頂面で面倒くさそうに言う。ロンに貰った紹介状を渡す。
「アルターナ国から来ました。ルークです。ロンの紹介で来たのですが‥‥。」
「ロンだって!なんだロンの奴、また厄介ごとを押し付けるつもりだな!何が『ルークを頼む』だ!これだけじゃ分からんだろ!毎回、毎回、相変わらずの阿呆だな!で、お前さんがルークか?」
「はい‥‥ご迷惑ですよね」
「ああ、迷惑だ。ロンと関わっている時点で迷惑だ。あいつは昔から厄介ごとを押し付けて来るからな。」
「では、他を当たりますので‥‥」
「待て、ロンが頼むぐらいだから困ってるだろう?ロンの知り合いなら怪しい奴ではないな。で、お前は何が出来る?力仕事か?ロンと違って賢そうだからな、家庭教師かなんかか?生きていくには働かないといけないだろう?」
「聖属性魔力が少し使えます」
「ほう、それは凄いな。では、仕事場を紹介してやる。病院か貴族の使用人だな」
アルテシアはあまりにも唐突過ぎて驚いている。迷惑ではなかったのか?
「び、病院で働きたいです。出来れば小さな病院か孤児院で働きたいです」
ジャンはアルテシアを上から下まで見ると溜息を吐いた。
「お前は男でも綺麗過ぎる。下手な病院で働くと面倒な事になる。近くの町医者が助手を探しているからそこに行くといい。どうせロンが面倒見るぐらいだ、住む所も無いんだろう?暫くここから通えばいい。家賃は3食付きで給料の2割だ。支払いは給料が出てからでいい。部屋は奥の右側を使ってくれ。トイレと風呂は適当に使え」
少し強引だけども何もないアルテシアにとってはありがたい話だ。
「ありがとうございます!」
「ああ、仕方ないからな!」
ジャンは背を向けて返事をした。
翌日、ジャンと朝食を取り町医者のところまで一緒に行った。
そこには30歳前後の男が薬棚の確認をしていた。
無造作に髪を後ろで一つに結んだ、美形だが余り身なりを気にしない感じの背の高い男だった。
「おい!ヤブ医者、来てやったぞ!」
「ジャン爺さん、今日はまた朝早いですね。お元気そうで何よりです」
「ああ、ヤブ医者が助手が欲しいって言っていたから連れてきてやった。ルークって名前だ」
男はアルテシアを上から見下すように見ると吹き出し笑い出した。
「ぷっ、これは、これは可愛らしい助手だ。幾つですか?」
「お前はやっぱりヤブ医者だな、この子は聖属性魔法が使えるらしい」
「ほう、それはそれはまた、珍しいですね。だったらここよりもっといい働き口があるのでは?」
「変わっていてな、病院で働きたいらしい」
「まぁいいでしょう、うちで面倒見ますよ。医療の事はこれから勉強していけばいい。明日から来てくださいルーク君」
「はい、よろしくお願いします!えっと‥‥」
「私の名前はハルクといいます。」
「ハルク先生!」