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月面のジーニアス  作者: 石田リンネ
第一章 皇帝のクソ野郎!
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9話

 再戦(リベンジマッチ)は、前回と同じルール、同じ機体で行われることになった。

 セリアは髪を三つ編みにして束ね、パイロットスーツに着替えてドックへと足を踏み入れる。

 絶対に負けたくない。相手が本物の船外活動士(パイロット)だから、自分が学生だからという言い訳も、後にも先にも絶対にするつもりはない。


「よろしくお願いします!」


 一人の宇宙船外士として、セリアはマークの前に立った。


「良い1to1にしよう」


 マークから差し出された手をぎゅっと握りしめ、負けるつもりがない決意を表す。それ以上の言葉は互いに必要ない。黙ってストームブルーへ乗りこんだ。


 『Welcome to STORMBLUE』


モニターにストームブルーの起動を示す文字が現れる。セリアは馴染んだ手順を丁寧に一つずつ行い、ストームブルーを発進させた。滑らかな動きで泳がせ、前回と同じE199、23、5上で待機し、教授からのカウントを待つ。


 『カウント ヲ 開始シマス 』


 セリアとマーク、双方のストームブルーがポイントに到着したことを確認した教授が、10カウントを開始した。

 セリアは操縦桿を握る手に力をこめる。


「――今日のわたしは、三日後のわたし」


 『10 9 8 7……』


 すーっと深く息を吸いこみ、大きく吐き出す。


「前回とは違う!」


 『3 2 1 ……start!』


 セリアのストームブルーの飛び出し方は、前と変わらない。

 相手にロックオンされないよう最大加速で飛び出したあと、すぐに方向転換する。その際、身体にぐっとかかる強烈なGは、自分がストームブルーと一体化して宇宙の魚になったような実感を得られた。

 人によっては苦手と感じることもあるらしいこの慣性の圧力を、嫌だと思ったことはない。


(いける、ストームブルーが軽くなっている……!)


 三日前の、プールで『人』と泳ぐことしか知らなかった自分ではない。

 本物の海で、本物の魚と泳ぐ練習をしてきた自分は、『以下』との戦い方とは違う『格上』との戦い方を身につけた。

 セリアはふわりと円を描くように遊び泳ぎ、ときには鋭く泳ぐ。

 マークの射程距離ぎりぎりまで接近したあと、逃げると見せかければ、マークのストームブルーは当然追いかけてきた。


 ――ここ!


 その瞬間をセリアは待っていた。突然方向転換をし、正面衝突も躊躇わない最大速度でマークのストームブルーに突っこむ。


 『警告! 警告! 残リ 50 デ 自動減速シマス』


 画面の枠が赤く光り、点滅を繰り返す。警告音がうるさいぐらいに操縦席に撒き散らされた。ストームブルーには安全装置がつけられており、ストームブルー同士での衝突が起こらないよう、必要以上の接近をすれば自動減速し、機能停止する。互いに方向転換をすべきところだが……。


「いいえ、まだ行ける!」


 向き合っている状態なら、先に方向転換をした方が攻撃を受けることになる。ぎりぎりまで我慢をして限界を見極める勝負へ、セリアは持ちこんだ。

 一瞬よりももっと短い刹那の勝負の軍配は、三日間ひたすら『ぎりぎりまで突っこむ』という練習を続けたセリアに上がる。


「かすった!」


 セリアはノーダメージ、そして相手にダメージが4%。

 自動減速距離内に入る直前で、二つのストームブルーは逆方向へと向かう。そして再び接近し、ぎりぎりでの攻防戦を始めた。


「っ!」


 ぐぅ、とセリアの喉が鳴る。ゲームで練習を積んでも、機体に乗っての実際の戦闘行為はこれが初めてだ。想像以上のGに、セリアの身体は追いつめられていく。

 操縦桿を握る手のひらから力が抜ける瞬間が何度かあった。その度に歯を食いしばり、いつも以上の力をこめる。限界値を超えるような動きを要求されたストームブルーも、セリアの身体同様、悲鳴を上げる。 


「三日前より強くなってる……」


 呟いたのは、マークか、他の現役船外活動士(パイロット)か、それともセリアの応援をしている四人か。

 三日前のセリアが避けきれなかった攻撃を、今のセリアはぎりぎりでかわす。

 当てられなかった攻撃を、微かに当てる。

 宣言した通り、セリアは三日前とは違っていた。格上との戦い方を覚えて、柔軟に対応したのだ。


「……え?」


 だが相手はやはり『本物』だ。突如、セリアから距離を取る。

 前回、セリアは途中までマークの余裕の動きに遊ばれていた。

 けれどヒットを一度入れてからは、戦い方を変えられてしまい、接近戦で圧倒的な力を見せつけられた。だから接近戦で対等に戦う方法を考えてきた。


「誘いに、のってこない……!?」


 どうしてとセリアが戸惑う中、ケイの部室でこの戦いを座っていられず立ったまま見ていたディックは舌打ちした。


「――詰んだな」


 接近戦ならマークはセリアが挑むぎりぎりの見極めに付き合わなければならない。ハイリスクハイリターンの戦いを続けることになる。

 だが一定の距離を保てば、ミスを限りなく減らすという精神力と体力を削っていく消耗戦に持ちこめる。

 セリアは繰り返したぎりぎりの接近戦によって体力を酷く消耗していた。体力が削られれば、どうしてもミスの量が増える。このままではセリアに分が悪すぎる展開だ。

 マークは冷静な判断で、絶対に勝てる方法を選んできた。いや、選ばざるを得なかった。セリアはそこまでマークを追いつめることはできたのだ。


 『制限時間 マデ 残リ一分。カウント ヲ 開始シマス』


 消耗戦を繰り返した二機に告げられたのは、終わりの時間を告げるカウント。刻は止まらない、進んでいくだけ。

 モニターに映る数字がどんどん減り、一桁に突入し、ゼロを示して……止まった。


「終わった……」

「……終わったね」


 ケイの部室で、感情のない呟きが零れる。

『Time up』の文字と共に、両機の蓄積ダメージが表示された。

 マーク機32%、セリア機45%……――セリアの『負け』だった。


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