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月面のジーニアス  作者: 石田リンネ
第一章 皇帝のクソ野郎!
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8話

「……ディック、ゲーム下手ですね」

「………そんな下手じゃねぇよ」

「これ1to1をゲームにしただけですよ。下手ですよ、やっぱり。絶対にケイのいいカモにされてますよね」

「これ操作が全部パネルだろ!? どこに操縦桿とペダルがあるんだよ! あと今はケイにカモにされてねぇ!」


 ディックはケイと知り合ってから三カ月をすぎたころ、ようやく賭けゲームの誘いに一切乗らなくなった。負けるとわかりきったゲームにつきあう趣味は、ディックにない。


「これではわたしの練習になりません。ディックの練習になってます」

「悪かったな! ツァーリかクイーンかケイに頼め、ちくしょう!」

「だって三人は講演会に行くって言ってましたから。欠席するのはディックぐらいでしたし……」


 土曜日開催の現役船外活動士(パイロット)五人の講演会は、たった今、講堂で行われている。

 セリアはそれを欠席し、ケイの部室を借り、ディックに頼んで1to1のゲームの相手をしてもらっている真っ最中だ。


「アイツら真面目だよな。他人の自慢話を聞いてなにが楽しいんだか」

「わたしは楽しいですよ。宇宙でなに考えているのかを聞くのは面白いです。ユーファに講義内容の録音を頼んでおきました」

「おーおー流石は哲学者(コギト・エルゴ・スム)様」


 あーやめやめとディックは自分のモニターをオフにする。

 対戦相手を失ったセリアは、相手を人工AIに切り替え、ゲームを再開した。

 ディックにわざわざ対戦相手を頼んだのは、自分はもうこの人工AIのパターンを既に読み切ってしまっていたため、練習にならないからだ。どうやら次の対戦相手を見つけなければならない。


「ゲームが上手い人って、この月面カレッジにいるのでしょうか……」


 しかも貴重な時間を潰してくれる物好きという条件つきとなれば、いないのではないだろうか。

 このカレッジの学生は誰だって時間が惜しい。Aランクをとるための時間を他人のために費やすなんてありえない。今回ディックがセリアの対戦につきあってくれたのは、これが1to1のゲームだったからだろう。


「ケイに頼めよ。AA(ダブルエー)をとれるのにとらない物好き野郎だ。暇を持て余してるだろうよ」

「でも、最近ケイに頼りきりなので……」

「いーんだよ。アイツ、ほっとけば一日中この部屋に籠もってモニターを相手にしてるだけだ。しかもろくでもないことしてる方が多い。お前につきあわせた方がアイツのためというより世の中のためだぜ」

「はは……」


 やれやれとディックが背筋を伸ばすと、ドアが開き、ケイが入ってきた。うしろにはツァーリとユーファもいる。


「ただいま。調子はどう?」

「ディックが弱すぎて、人工AIに切り替えたところです。ディックは月面カレッジのエースなのに、ゲームになると本当にだめですね」

「だよね。いいカモだったのに最近ゲームにつきあってくれなくてさ」

「ほ~、3Dラクロスならいつでもつきあうぜ」

「パス、僕の運動神経は平均値。ディックと違って僕は己をいうものをよーく知ってるから」


 3Dラクロスは、宇宙空間にラクロスのルールを移したようなゲームだ。大きな球体の中で、動くゴールにラケットでボールを叩きこむ。無重力下の、上下左右がない状態で行われるこのゲームは、戦略と個人技、どちらも重要な要素だ。相対座標感覚を掴むゲームとして、月面カレッジでもよく行われるが、そのことを抜きにしても宇宙スポーツの中で人気が高かった。


「ケイ、もしよかったらわたしの相手をしてもらえませんか? 暇なときだけでいいんですけど……」

「いいよ」

「ありがとうございます。最近、本当に甘えっぱなしなので、今度お礼をしっかりさせてください」

「じゃあ、デートでも頼もうかな」


 月面にはこのカレッジだけでなく、各国の実験棟や民間企業の建物もある。生徒や公僕、務め人のための小さな娯楽施設が存在し、ささやかなお楽しみの場所になっていた。

 ケイはデートと言いながらも、その気がないことぐらいセリアはわかっている。映画でも行こうよという友人としての誘いに、セリアはいいですよと返事するつもりだった。だがその前に、ツァーリがセリアの腕を引っぱる。


「セリア、俺が相手してやる。行くぞ」

「えっ……は、はい! ……ぃい?」


 そして強引にセリアを掴んだまま歩き出した。

 セリアは足の速いツァーリについていくので必死で、ツァーリがなにを意図したのかを考える暇がない。いや、ツァーリが対戦相手を申し出てくれたことを喜ぶ暇ぐらいはあった。






「――なんだよ今の。ツァーリはコギト・エルゴ・スムの父親かァ?」


 ディックは行儀悪く椅子に逆向きに座ったまま、二人が出て行ったドアを眺める。


「いやあ……今のは、ねぇ? これはアレでいいんじゃない?」


 あからさまな行動をしたツァーリに、そうだったのか~でも趣味が微妙だな~というひどい感想を持つケイ。


「そうね、つきあってもないのに彼氏面する男ってうざいわ」


 ユーファは遠慮なくばっさりと切り捨てる。

 そして三人で『皇帝のクソ野郎ウーブニュードクツァーリ!』と合唱した。






 ずんずん歩くツァーリのうしろを、セリアは必死についていく。この方角なら、向かう先は日当たりのいい自然公園だろう。カレッジの校舎から少し離れたところなのであまり人はこなくて静かで、でもテーブルやベンチが用意されているため、穏やかさを求める生徒が活用していた。セリアはそこがツァーリのお気に入りの場所ということを知っている。


「あ、と、えっと、講演会はどうでした?」

「特に役立つ話はなかった。大半が思い出話だ」

「役立つ話……?」

「1to1で負けたヒントになるかもしれないと思って参加したが、無駄足だったな」


 ツァーリも顔には出さないが、セリア同様悔しい思いをしている。彼が頭でどうしてだろうと考えている間に、セリアは一人で突っ走り再戦の約束をとりつけた。ツァーリとセリアはよく一緒にいても、目的が一緒でも、試行錯誤の仕方は全く違う。


「それで、なにをしたらいい?」

「ええっと、ケイに1to1をゲームにしてもらったんです。わたしと対戦してください」


 セリアはツァーリから渡された端末にデータを移す。

 二人で自然公園のテーブルにつき、備えつけ端末の受信機へ自分の端末を差しこんだ。するとテーブルに光が走り、キーボードの形を浮かび上がらせる。

 カレッジのテーブルはどこでも光学モニターが標準装備されていて、生徒達はカード型の端末を持ち歩くだけでいい。この端末には必要なデータがすべて保存されており、旧時代のようにモニターやキーボードパネルを持ち歩く必要はなくなっていた。


「チュートリアルを開きますか? 全部、パネル操作になってるので」

「ああ」


 ツァーリはチュートリアルの説明をおそろしいスピードでスクロールしている。セリアはこの速さできちんと細部まで読みこめる才能が羨ましくなる。


「一通りはわかった。他に注意事項は?」

「ツァーリ側の機体は、通常のストームブルーの数値より高め数値に設定してあります。スピードと、反応速度と、射程距離を弄りました。普通に戦ったら、わたしが負けるはずです」

「……負ける?」

「いいんです。まずは学習しないと、自分より格上の相手との戦い方を」


 セリアはユーファとの会話で気づいた。セリアは船外活動士(パイロット)Aクラスの中でも更にトップクラスに位置する。自分と同じ、それより下はいても自分より格上はこのカレッジにいない。セリアが身に付けた戦い方は『以下』相手の戦い方だ。


「卒業後、船外活動士(パイロット)に配属されれば格上との戦い方も自然に身に付きます。だけどわたしは一年半後を待っていられません」


 『今の君には』と現役船外活動士(パイロット)であるマーク・バートンから言われた。その言葉は置き換えれば『学生のうちは』ではないかとセリアは思っている。


「なら手加減無しでうちのめすぞ」

「望むところです」


 チュートリアルを読んだツァーリと対戦を始める。初めはゲームのパネル操作に慣れなかったツァーリも、二、三戦後には有利な能力を生かしてセリアを圧倒し始めた。

 事情を知らない者からすれば、ゲーム対戦に熱中している男女に見えているだろう。だが操作している本人達は必死だ。意識は全てモニターへと向けられ、他の情報を一切遮断している。


「まだ続けるか?」

「勿論です」


 夕方、陽が傾いてもセリアとツァーリはモニター越しに向かい合っていた。言葉は一切いらない。セリアとツァーリはNES校からの付き合いで、互いの言いたいことは言葉が足りなくても理解できた。


 『絶対に勝て』


 ツァーリはセリアと対戦することで言葉よりも強く、その気持ちを伝える。

 デートよりも濃密な時間が、二人の間には流れていた。






 三日後、再戦(リベンジマッチ)開始時刻一時間前、セリアはケイの部室を借りて最後までツァーリと対戦し、ディックからアドバイスをもらっていた。

 この再戦(リベンジマッチ)非公式かつプライベートなものだ。AAA(トリプルエー)を特別扱いしたと言われないよう、関係者以外には口外しないことになっている。

 セリア側も、協力してくれたユーファ、ケイ、ディック、ツァーリの四人しか再戦のことを知らない。


「僕達はドックへ応援に行けない。けどここで見て応援してるから」


 ケイは部室の大型モニターにカレッジのカメラ映像をリアルタイムで引っぱってくるとあっさり言う。危ない行為であるが、今のセリアにとってとても心強い応援だった。


「よし、あとは宣誓だな。セリア、お前がやれ」

「うぇ!? わ、わたしですか!?」

「いいね。僕は初めて参加するよどきどきするなあ」


 ディックが気合いを入れようぜと提案し、ケイが初めて参加すると言った船外活動士(パイロット)の宣誓。船外活動士(パイロット)を目指す者にとって、いやそうでなくてもこの宣誓に参加することは憧れだ。

 船外活動士(パイロット)Aクラスを習得し、Aクラスの初受講となるときに行われるこの宣誓は、ディックとセリア、ツァーリは何回か経験済みである。ユーファとケイは見たことはあっても未経験だ。


「ユーファは宣誓の言葉を言える?」

「……このカレッジには言える馬鹿しかいないと思うわ」


 ケイの心配を切り捨てたユーファも、宣誓の言葉を言ったことはないが一字一句正確に記憶していた。

 宇宙を目指す者なら、誰もが一度は見たことがある魂が震える宣誓のシーン。

 ニュースや、映画や、小説、その他の媒体で見て憧れ、いつかは自分もと必死に宣誓を覚えた過去は、このカレッジに通う学生なら誰でも通ってきている。

 軍ならば挙手の敬礼で見送るところだ。しかしセリア達が卒業後に就職することになる宇宙連盟組織は、国連が出資している半民間企業である。

 内実はどうあれ、外向けには軍人ではないことをアピールするため、挙手の敬礼は行わない。その代わり、右手の拳を左胸に当てることを敬礼代わりにする。


「では、やりますね」


 こほんとセリアは小さく咳払いをして、足を鳴らして揃えた。他の四人もそれに倣う。


「――我らは宇宙船外活動士として、此処に集いたる仲間に宣誓をする」


 眼をつむり、セリアは最初の一文を述べた。ここからは皆での斉唱だ。


「己の使命を自覚し、規則及び規律を遵守し、誠意を持って連携と協力をし、厳正な規律を固持し、心身を鍛え、技能を磨き、強き使命感をもって職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、誇りをもって責務の完遂に務める。我らは宇宙では常に孤独、ゆえに我ら常に仲間と共にあり、仲間を宇宙の中の光明たらん。仲間を信じよ、己を信じよ!」


 左足を二回踏み鳴らし、右手の拳を胸に強く叩き付ける。


「|我らに栄光あれ《Glory to Us》!」


 宣誓を終えたセリアは閉じていた瞳を開ける。

 気合いは充分、みんなの応援もしっかり受けとめた。


「Give me five!」

「Give me five!」


 次々にハイタッチをして、そのままスペースポートへと走っていった。


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