31話
星群カレッジ通信室のあちこちでは、航海士が船外活動士と強い口調で話し合っていた。でもそれは険悪な雰囲気はなく、良い意味でのぶつかり合いになっている。
しかし、たった五分前の通信室は、気持ち悪いほど淡々とした通信のみが行われていた。
そんなときに、とある女生徒が立ち上がり、大きな異変――……クーデターを起こしたのをきっかけにして、雰囲気が一気に変わったのだ。
「……このままじゃ負けるわね。どうするの司令官」
今から七分前、リアルタイムで報告が届いていた通信室に、冷たい声が響いた。
星群カレッジ側の司令官は、社会人枠の現役の航海士だ。彼はずっと冷静で正確な判断を下していたが、それだけだ。
「対抗戦のルールは、先に二機ゴールした側が勝利校となる。どちらかといえば、星群が有利だろう」
「馬鹿ね、それはルール設定時の話よ。現状を見て、同じことを言うのなら、今すぐその似合ってない制服からラインを引きちぎってあげる」
年上の、しかも現役の航海士にはっきり『馬鹿』と言い切った美女が現れた。
おいおい、そういうのやめてくれよ、と通信室は重苦しい空気に包まれていく。
誰か止めろよと全員が心の中で思っていたけれど、実行に移す者はいなかった。
「司令官、対策は?」
「……船外活動士達を信じよう。彼らは信頼に値する」
司令官の言葉に、美女はふんと鼻を鳴らした。そして更に目つきを鋭くする。
「ああ、これで安心したわ。私、負けるの大っ嫌いなの。特に相手があの皇帝ならもっとね。悔しいなんて言葉では足りないわ、新しい言葉でも作ろうかしら」
美女は通信モニターの前から立ち上がった。
足尾を隣らして、司令官の席に向かって歩いていく。
「リコール、クーデター……なんでもいい。――負けたくない者は、私がこの諦めた馬鹿を引きずり降ろして司令官を奪うことに、同意しなさい!」
「……ユーファ!?」
ユーファと呼ばれた美女は、咎めるような叫びを無視した。
「私は貴方みたいな薄っぺらい仲間意識は持っていない。相手が現役船外活動士だから、プライドを尊重? そんな義理みたいな尊重と、勝利、どっちが大切なの? 船外活動士達に命令できないのなら、私に代わりなさい。私も宇宙航海士のAランクは持ってる。さあ、早く!」
戸惑う司令官を、ユーファは強引に退ける。
モニターの前に立ち、船外活動士への一斉通信ボタンを押した。
「星群船外活動士全員に告げる。これより、本対抗戦における指揮権は……」
「“クイーン”!」
ユーファが自ら名乗ろうとしたところに、他の航海士が一斉通信に割りこんだ。
転学した同期の一人だ。ちょっと、と文句を言おうとしたが、にやりとした表情で振り返られた。
ため息をついたユーファは、そうねと自分を納得させる。
皇帝に対抗するためには、女王ぐらいでないと駄目だ。
「指揮権は“クイーン”に移行した。対抗戦に負けたくないのなら、私の命令に従いなさい! 従えないのなら、今すぐストームブルーから降りなさい!」
生来の気の強さか、ツァーリへの対抗意識か、それとも親友との約束のためか。
ユーファは星群カレッジの指揮権を手にし、ツァーリと同じ土俵へ上がった。
個人の能力値では星群カレッジ側の方が明らかに高い。ならば自分がどれだけ船外活動士達にチームプレイをさせるかで、勝利校が決まる。
――まだ、間に合う!
「7番機に3番機のフォローを! 9番機と16番機は合流、前方の1番機を追って!」
ユーファの指示は素早く的確だった。
なぜかというと、司令官の席に立ってから戦況をチェックし、考えたわけではないからだ。
ユーファは対抗戦が始まり、予備の航海士としてモニターを見ながら、ずっと月面カレッジの攻略法を考えていた。その『もし私が司令官だったらどうするのか』をようやく実行しているだけだ。
そしてそれは航海士として参加していた他の生徒も同じだった。
ユーファの作戦を皆はすぐに理解し、航海士達は説明を足して各自の船外活動士へ伝える。
「7番機! ビームチャージ開始! 月面の3番機を追いながら星群3番機と合流してください!」
「1番機は距離五〇の隕石を三時方向に飛んで回避! 急いで!」
月面カレッジに負けじと、星群カレッジも活気づく。
一気に通信室と船外活動士との会話が活発になり、端から見たら混乱に近い忙しさを見せ始めていた。
「……彼女に来て貰えたのは、私の最大の功績かもしれないな」
大講堂で通信室、ドッグ、船外活動士達の様子をずっと見守っていたオズウェルは、静かに呟いた。
やっと上から押しつけられた事を消化するだけでなく、自分達で勝つための行動を取り始めた生徒達を、優しい眼で見つめる。
そのきっかけを作ったユーファ・シュウは、オズウェル自らスカウトした生徒の一人だった。
エーヴェルト・ラルセン、セリア・カッリネン。この二人にどうしても星群カレッジに来てほしかった。星群カレッジの生徒は『一人一人が輝く星』と言いながらも、星群カレッジの核となる人物は必要だと感じていたからだ。
辛かったり迷ったりしたら、一度立ち止まってもいい。
そしてAAAを見ればいい。やる気をもらって、もう一度走り出せばいい。
――そんな役割を、あの二人には担ってほしかった。
けれど、AAAでなくても核となる生徒がいたのだ。そしてオズウェルも本人も気づかない核となる可能性を持つ生徒が、他にまだいるはずなのだ。
「勝っても負けても大きな収穫になる。……だが、勝てばもっと大きな収穫になる」
さぁこれからだとオズウェルは微笑む。
チームワークを始めた星群カレッジ側がこれから一気に巻き返すことを確信していた。
セリアは星群側の一機と抜きつつ抜かれつつを繰り返していた。
結構な無茶もしたのに、相手はかなりしぶとい。ツァーリの情報では、星群側がチームプレイを始めたことで、五分以下の状況になりつつあるらしい。
「……ここでわたしが脱落したら」
それだけは避けなければならない。
できれば何事もなくトップゴール、できなければディックに引き続いてのゴール。
それもできなければ、セリアだけに可能な『切り札』を使い、他の船外活動士をゴールさせなければならない。
『セリア! 気をつけて! 小隕石の三連弾が来る! 細かいルートになるわ!』
「ソフィア! 計算とカウントを任せます!」
操縦に専念しなければ、隕石にぶつかる。
ひやりとした心地になりながら、セリアは操縦桿をぎゅっと握りしめた。
そのとき、ヘルマンから通信が入る。モニターも同時に、ヘルマンのストームブルーが近づいていることを点滅して知らせてくれた。
「どうぞ!」
『こちら4号機ヘルマン。星群側は高度なチームプレイを始めたようだな、厄介だぞ』
右耳でソフィアのカウントが始まり、左耳でヘルマンの声が聞こえた。
セリアは右耳で『ゼロ!』という声が聞こえた瞬間、操縦桿を一気に引く。身体に強いGがかかり、歯を食いしばった。
『合流コースを取ろう、君とケイにへばりついた星をどうにかせねばならんからな。一人で二機をどうにかすることは難しいが、ジョージも協力してくれるそうだ。ここで一気に振り落とすぞ!』
「はい!」
左耳に返事をすれば、今度は右耳から警告が発せられる。
『セリア、ルート修正したわ! 急いで、ぶつかる!』
「了解!」
セリアはコースを変え、隕石を避けながら星群側のストームブルーの前に出る。
今のは、自分でもひやりとした。隕石と擦った音さえ聞こえそうなぐらいの、際どいタイミングだった。だが無茶をしなければ、チームプレイを始めた相手に勝てない。
『3番機ケイだよ。セリア、今の危なかったんじゃないー? ってごめん。子泣きじじいを連れて来ちゃった、ははは』
回避の後、航海士に誘導されたケイと、無事に合流を果たせた。
しかしセリアのすぐうしろには連れてきてしまった星群機が一つ。
ケイもうしろに星群機を一つ連れてきている。
「ケイ! スイッチ!」
ならばここですべき作戦は決まっている。ツァーリが幾つも想定しておいたケースの一つだ。完璧になるまで、練習を繰り返しておいた。
『了解、ヘルマンは援護よろしく!』
『任せろ!』
セリアとケイの専属航海士が素早く打ち合わせをし、『スイッチ』のための軌道を計算する。すぐさま、その結果は二人のストームブルーへ送られた。
セリアとケイは、それぞれうしろに星群機をつけている。
振り払うために、二人はストームブルーの自動減速装置が作動しないぎりぎりを狙ってすれ違うことにした。
後ろについてくる星群側の二機が、そのままついていこうとしたらぶつかり合うようなコースをあえて狙うのが『スイッチ』だ。
『カウント! 2番機、3番機の『スイッチ』まであと5秒! …3 2 1 ゼロ! ――ARGの作動無しを確認!』
『後方の星群機、ARG回避のために減速と針路変更!』
航海士から『スイッチ』が成功したことを報告される。
すぐさまヘルマンは、セリア達と離れた二機へ接近する。
流石に自分一人で二機を食い止めることは厳しいが、せめて一機だけでも相打ちで……と覚悟を決めたとき、新たな仲間の声が飛びこんできた。
『こちら6番機ジョージ! ヘルマンと共に援護する! セリアとケイは先に行け!』
ヘルマンとジョージの二人ならば、遅れを取り戻そうと必死になっている星群機二つを押さえ込めることも可能だ。
いけると判断したセリアは、前を向いたまま後を頼むと叫んだ。
「急がないと……!」
もう後半戦に突入している。残り距離は少ない。
上位争いのストームブルーが少なくなった今は、チームプレイよりも、個人技が重要になる場面が多くなるはずだ。
『月面全機に通達! 現在のトップは月面1番機! 残り一五〇〇!』
ツァーリの通信を聞いたセリアは、トップ5までの位置をモニターに回してとソフィアに叫んだ。
トップは1番機のディック、そしてすぐ後ろに星群カレッジの1番機、少し離れて星群カレッジの3番機と4番機、そしてセリアとケイが続いている。
今回はトップを取った側の勝利ではない、先に二機ゴールした方が勝利というルールに決定した。
ただ一人の天才によって勝ち負けが決まるのではなく、チームプレイや戦略も重要になるルールにしようと言い出したのは、ツァーリだった。彼は個人技では月面カレッジ側が絶対に勝てないと判断し、対抗戦が始まる前から戦ってくれた。
『時間がない! セリア、僕が4番機を抜く援護をする! だから3番機は君が自力で抜いてくれ!』
ケイの切羽詰まった声に、セリアは了解と応えた。
ディックは必ずトップでゴールする。なぜなら、あのツァーリはただ一人、ディックにだけ『お前に作戦はない。ただ普通に、トップでゴールしろ』と言ったからだ。
一人だけ全てを任されたディックは、その期待に応えるために一番前を泳いでいる。
ならばセリアはケイと協力し、必ず三位でゴールをしなければならない。
三位になるまであと二機を抜く必要がある。チャンスは数少なく、失敗は絶対に許されない。ゴールに近づいている今、失敗は敗北に直結する。
「ケイ、作戦はどうしますか?」
『ここまで来たら派手にいくよ。隕石のシャワーを作る。抜け道は一つってことで』
「わかりました、絶対に泳ぎきります!」
『ツァーリ! 聞いてる? 僕はビーム砲の経験値が低いから、照準計算は全部お任せよろしく! その通りに撃つよ!』
ビーム砲を使う1to1の経験のないケイは、ツァーリに全てを任せた。
ツァーリは自分が乗っていないストームブルーでも、正確にビームの照準を定め、ケイにデータを送る。
『ツァーリ、ビーム発射までのカウントを!』
『セリア、3番機のビーム砲の発射二秒後に、修正ルートへ針路変更!』
ツァーリのカウントはケイに合わせ、ソフィアのカウントはセリアに合わせ、それぞれ開始される。
『…4 3 2 1』
『……6 5 4…』
ケイのカウントがゼロになった瞬間、ケイのストームブルーから威力の強いビーム砲が連射された。それは小隕石に命中し、破片弾を無数に作り上げる。
ケイの操作に迷いが全くないのは、AAAのツァーリに全幅の信頼を置いているからだ。
シャワーのように破片弾が一面に降り注ぐ中、セリアだけは破片が飛んでこない道をするりと泳ぎ、星群4番機を抜いた。
セリアを無事に四位に乗せることに成功したケイは、やれやれと言いながらストームブルーを大きく針路変更させる。
ケイはAランクの船外活動士馬鹿達と違い、自分はBランク。
破片弾の中をすり抜けていくような馬鹿な真似はできないため、タイムロスはするが大きく回って安全に回避することを選んだ。
『フォア・ザ・チーム! セリア、頑張れ!』
セリアは自分を送り出してくれたケイへ、はいと大きな返事をする。
「これで4位!」
ここに来るまで、ザハード、マルチェロ、ヘルマン、ジョージ、ケイ……沢山の仲間に協力してもらった。
その想いをセリアは背負う。だが重くはない。これは前に行く者にとって、当たり前の重みだからだ。自分の身体を重いと感じないのと、同じだ。
「あとは自力で星群3番機を抜くだけ!」
現在三位の星群の3番機の船外活動士はマーク・バートン。
セリアと数ヶ月前に1to1をし、二度戦って二度負けた相手だ。
今度こそ……と意気込むと、モニターの端が青く点滅する。
星群側のストームブルーから通信が入ったのだ。
『――こちら星群3番機船外活動士、マーク・バートンだ。月面2番機船外活動士はセリア・カッリネンか?』
セリアはまさかの通信に驚いたが、すぐに気を引き締めた。
「そうです!」
『今回は面白い戦いにしよう。胸を貸してもらうよ、先輩!』
「ええ、負けません! これで三度目の挑戦――……必ずわたしが勝ちます!」
この戦いは、絶対に、負けられない。
今から始まる強敵とのスピード勝負に、セリアはわくわくした気持ちが抑えきれず、僅かに笑った。




