30話
二十分前には、全機のストームブルーが指定ポイントにスタンバイした。
宇宙に三十二機のストームブルーがずらりと並ぶ光景は、これが初めてだろう。
あと二十分後には一斉に飛び出し、ただ一つのゴールを目指す。
『セリア、目視ではどうだ?』
ツァーリから現時点でのスタート地点の印象を問われたセリアは、モニターで左右をもう一度確認した。
「やはり、思ったより狭いですね。こっちはフレンドリー・ファイア対策をしてきましたけど……」
広大な宇宙といっても、今回はある程度の制限がある。大きくコースアウトしたらゴールまでのタイムをプラスするというペナルティが課される。
「スタートダッシュに負けたら、終わりです」
自分の前に別のストームブルーがいたら、追い抜くのは難しい。小隕石を避け、スピードを競い合うだけでも手一杯なのに、前のストームブルーを抜こうとしたら必ずどこかで帳尻合わせという名のミスが出る。
『全機に通達する。墜ちる星作戦は第一プランのまま決行』
ツァーリの最終指示に、月面カレッジ側の船外活動士達は了解と返事をした。後はスタートまでの時間を待つのみ。
不安、焦り、緊張――船外活動士は様々な感情と向き合う。けれど心の中を大きく占めているのは『期待』だ。
これから先、どんな戦いになるのか。ゴールに向かって刹那を競い合った末に生まれる一瞬の差は、きっと今までの訓練の積み重ねの結果だ。
『カウントを開始します。スタートまで一分!』
セリアの専属航海士のソフィアがカウントを開始した。同時にストームブルーの画面にも数字が現れる。
『29 28 27 ……』
果てのない宇宙の更に奥をセリアの瞳は射抜く。
これから、本物の宇宙を本物の宇宙船で泳ぐ。自分は艦長で船外活動士で整備士で航海士だ。
「でも一人じゃない。チームのみんながいる」
孤独な戦いではない。今までとは違う高揚感を、今でさえも味わっている。
『10 9 8 7……』
「それに宇宙には沢山の好敵手がいる!」
『3 2 1 …start!』
全機が一斉にスタートした。徹底的にスタートダッシュの訓練を積んできたセリアは、近接した他のストームブルーより頭一つ分だけ飛び抜けることに成功した。
『隕石群接近! ファーストコンタクトまで一〇〇!』
「了解!」
ソフィアの声と同時に、ストームブルーも隕石が接近しているという警告音を鳴らす。
セリアは頭一つ分だけ稼げた余裕を使い、避けるために必要な最善のコースをソフィアに選択させた。
――来る!
ぐっと操縦桿を倒し、ストームブルーを二時方向へ泳がせ、小隕石を避ける。次は十時方向。でも、避けるときも必ず『全速力』で。
ブレーキを一切使わなくていいコースを、ソフィアが常に選んで送ってくれる。
この隕石かけっこは隕石をただ避けてゴールを目指すものではない。スピードを競い合い、順位を決めるものだ。
――前へ、前へ避けろ。
ツァーリが第一グループに指示したのはこれだけだ。
その指示に応えるべく、セリア達は前へ泳ぐ練習をひたすら繰り返した。
初めは小隕石に突っこむばかりだったが、航海士との連携、整備士との連携を繰り返し、ゴール確率を上げて、少しずつタイムを縮めてきた。
『セリア! 今すぐ九時方向に針路変更! 脱落者が出てコースが空いたわ!』
ソフィアの指示に従い、セリアは修正データ通りに小隕石を避ける。
次々に高速で向かってくる小隕石群は、シャワーのようだった。
セリアは魚になり、ストームブルーを自分の手足のように使い、飛びこんでくる隕石をかいくぐり、前へ、前へ、前へ進む。
『四時方向から星群機が二つ接近! 同じコースを取りに来る! 二十秒後に挟まれるわ! 回避か、このままか、どうしたい?』
順調に泳いでいたセリアだが、ソフィアから最初の難関が迫っていることを知らされた。
「横に二機……」
挟まれたら危ない、それだけは避けたい。
ならばいっそスピードを緩め、二機の後ろに付くか。それともコースを変えるか……。
『こちら10番機! 2番機に告ぐ! 援護するぞ、フレンドリー・ファイアに気をつけろ!』
「ザハール! なら二機まとめてお願いします!」
『無茶を言うな! こっちも避けながらだ!』
通信に割りこんできたザハールから、援護の知らせが届いた。
セリアは彼ならできる信じきって、星群側の二機を抜いていけるような援護を頼む。
ザハールは『無茶言うな』とは言ったが、『無理だ』とは言わなかった。それは引き受けた、そして絶対にやり遂げるという意味だ。
『2番機! 隕石を砕くから、しっかり避けろよ!』
ザハールは、セリアと星群二機の間に飛びこんでくる小隕石を待つ。
自身の航海士が五秒後と叫んだとき、小隕石に長距離砲のビームの照準を合わせた。
『来た! カウント! ……3 2 1!』
ザハールは長距離砲のビームを、小隕石に向けて撃つ。
セリアは巻きこまれないよう、スピードはそのままで針路だけを変更した。
長距離ビーム砲の威力は、連発できない分、大きい。たった一発で、飛んできた小隕石の半分が砕けていく。
でも粉々に砕けてしまうとセリアにも被害が及ぶ。大きく砕けても、回避しやすくなる。
ザハールは砕く場所を選び、星群側の二機が避けにくくなる厄介な大きさの破片弾のシャワーを作り上げ、プレゼントしてやった。
『セリア! 行け!』
「はい!」
ザハールが作ってくれたロス分を、無駄にはしない。セリアは二機を置き去り、前へと進む。
そんなセリアを更に手助けするべく、ザハールはとどめとばかりに中距離ビーム砲で再び星群の二機に破片弾のシャワーを浴びせてやった。
撃墜は流石にできなかったが、二機とも回避を大きく取り、大幅タイムロスをさせる。コンマ一秒以下の争いの中では、かなりの痛手になるはずだ。
「よし、援護完了!」
セリアが見こんだ通り、ザハールの正確な射撃は見事なチームプレイに貢献した。
徹底的に練習を積んだおかげで、理想通りの展開を自ら引き寄せる。
「――さーて、もう少し粘るぞ」
だがそこで終わらないのが、月面カレッジの生徒だ。
セリアがこのまますんなり行ける確率は一〇〇パーセントではない。そして他の第一グループの船外活動士も、どこかで躓くかもしれない。
そのときに備え、可能性があるなら最後まで粘ばらなければならないのが第三グループの役目だ。
勝利の余韻に浸ることなくザハールは気持ちを切り替え、航海士にデータを送ってもらい、次の援護をするためにストームブルーを飛ばした。
ザハールに援護してもらったセリアは、次の難敵にぶつかる。
しつこくへばりついてくる星群側の機体にが振り切れず、ひやひやしながら前を飛んでいた。
「ソフィア! 今のうちに引き離したいです! いけますか!?」
『少し待って! 計算してるから……!』
どうにかして引き離せるルートを見つけようと、ソフィアは細かい計算を続けてくれている。その間、セリアは抜かれないようにコースの微調整を繰り返した。
微調整を繰り返すというのは、真っ直ぐ飛んでいないということだ。
その分のタイムロスは、少しずつ蓄積されていく。
じわじわと襲いかかる焦りを、セリアは必死に耐えた。
『セリア! 私のカウントに合わせてブレーキを全開! ツーカウントのあと、フルスロットルで全力前進! ルートを回すわ!』
説明はたったこれだけだ。ソフィアがどんな計算結果を出して、なにをしようとしているのかセリアにはわからない。
でも、信じられる。それだけの時間を、チームで重ねてきた。
『カウント! スリーツーワン…… ゼロ!!』
ソフィアのカウントに合わせて、セリアは力いっぱいブレーキを踏む。
セリアが減速したため、横を星群機が通っていった。
普通なら、操作ミスだと思う場面だろう。でも……
「ツー、ワン! スタート!!」
ソフィアの指示を信じて、セリアは言われたコースに向かって全力で泳ぎ始める。
ぐんっと強いGが身体にかかり、みるみるうちにスピードが上がった。
目の前に隕石群がどんどん迫ってくる。
じわりと手のひらに汗を掻いたとき――……道が、開けた。
(……真っ直ぐの、道!?)
隕石回避のための膨らみが一切ない、本当の直進コースが目の前にある。
針の穴を通すような細い道だけれど、セリアには十分だ。
「っソフィア! 最高のルートです!!」
セリアは興奮しながら、自分の専属航海士を讃える。
隕石を回避するための曲線コースと、直線コース。
一旦ブレーキをかけたはずのセリアは、あっという間に星群機を抜き返し、更に加速して一気に距離を開ける。
(気持ちいい……!)
今のコースは、チームプレイによって開かれた。
ソフィアが、セリアの飛び方を、自分のことのように覚えてくれたからだ。
マルチェロが、ソフィアにセリアの機体のブレーキや発進時の加速度の数値を、癖も含めて事細かに教えたからだ。
だからセリアはカウントに合わせてアクセルを踏み込むだけでよかった。
ルート負担の理想である九対一の比率は、皆の努力のおかげで完成したのだ。
『セリア! 次は大きいのが来る! 修正ルートを確認して。隕石を抜けたら、月面8番機、星群の一機と合流になるから!』
「8番機……マルチェロ?」
セリアはソフィアと話しながら、モニターで隕石の特徴やスピードをチェックし、修正コースを頭に叩き込む。
難しいルートではない、ソフィアの計算通りに泳げる。
『このまま速度を維持できたら、セリア機、8番機、星群の順になる。……ごめん、追加情報が来た! 想定コース再修正完了、データ回したわ!』
「了解!」
再度の修正データが届き、ストームブルーのモニターには新しい点滅線が描かれる。
『こちら8番機マルチェロ、2番機セリアに告ぐ。ツァーリによると、合流する星群機は星群チーム――いや現役船外活動士の中でもトップクラスらしい。隊長格だとよ』
「隊長格なら、わたしが前を取っても抜かれるでしょうね」
ツァーリは星群側の船外活動士の研究チームを作り、隅から隅まで調べ上げた。
おかげで、自力で抜ける相手、援護をもらえば抜ける相手、それとも絶対に抜くのが不可能な相手か、わかっている。
『ってわけで、俺は隊長さんと少し遊んでから行く。時間稼ぐ、追いつかれんなよ』
「頼みます!」
『任せとけ! トップ掴めよ!』
大きな隕石の回避後、同じコースにセリア、マルチェロ、星群機が並ぶ。
マルチェロはセリアに余裕を持って行かせるため、あえてストームブルーの速度を落とし、うしろの隊長格船外活動士への妨害を始めた。
狭いコースになると抜きにくくなる。下手をすれば隕石にぶつかるし、他のストームブルーと接近しすぎれば、自動減速装置が作動して互いにジ・エンドだ。
抜こうにも抜けない状況で、相手を焦らし続ける――……1to1で鍛えたマルチェロの細やかな操縦技術ならば可能だ。
セリアは助けを借りて、更に前へ進む。
モニターの端を見て、今、誰が残っているのかを確認した。
「月面十二機、星群十一機――……やはり減りましたね」
ここからは、更に厳しさを増す中盤戦だ。双方のチームプレイの有無が、勝利への鍵となる。
『セリア、作戦変更よ。司令塔に繋ぐから』
緊急通信を知らせるソフィアに、どうぞと返事をする。
すぐに月面カレッジ側のストームブルー全機に、ツァーリからの通信が入った。
『全機、プランBへ移行。想定済みだが、この先厳しくなる。――やはり“クイーン”が動いた』
ツァーリは徹底的に星群側を調べ上げた。それは船外活動士だけでない。各船外活動士につく航海士、整備士、そして――……『クイーン』。
ある程度まで追いこまれたら、痺れを切らして必ず立ち上がるだろうとツァーリは想定し、その通りになったようだ。
一層局面は難しくなるが、対応策は既に用意してある。
「――望むところです」
セリアは自分の声が弾んでいることを自覚した。気持ちが高揚するのを止められない。
だって、ツァーリよりも信じていた。
――この対抗戦で、クイーンが出現することを。




