27話
―― 264th 訓練 ――
「こちらセリア機、感度良好」
『了解』
本物のストームブルーに乗り、指定のポイントでスタンバイする。
初めての宇宙での演習ということで、今日は企業も手伝いに来てくれた。おかげでここまでスムーズに進み、あとは飛び出すだけとなっている。
『セリア、全機オールクリア。――いいか?』
「はい、あとはお任せします」
船外活動士席からオペレーター席へと移動したツァーリは、宇宙港の通信指令室の一番上に座っている。まさしく皇帝と、女生徒は喜び、男子生徒は舌打ちした。
『第264訓練、10カウント開始』
『10カウント開始します。10 9 8 7……』
ツァーリから演習開始を告げる言葉が放たれると、セリアの航海士のソフィアが復唱する。
セリアのストームブルーのモニターには、まだなにも映っていない。本物の宇宙空間が広がっている。そして今からこの本物の宇宙空間の中で小隕石群をかいくぐり、指定の位置まで泳ぎ切ってゴールする。
『3 2 1 …start!』
ぱっと一斉にストームブルーが飛び出せば、各自のストームブルーのレーダーに隕石が捉えられる。
『隕石群接近! ファーストコンタクトまで一〇〇! 回避ルート送ります!』
セリアは反応速度を重視したストームブルーを全速力で泳がせ、前へ前へと進んだ。
「よーやく全速力で九割越えってところか、クッソ! 皇帝のクソ野郎!」
「それは演習結果に関係あるんですか……?」
「ない、八つ当たり」
ディックはえいやと自分のヘルメットを放り投げる。
1/6の重力下では軽い力でもヘルメットは高く舞い上がり、ゆっくりとディック元へと降りてきた。
初の宇宙合同演習は何事もなく、予定通り行われた。初めてで手際は悪かったが、そこは月面カレッジの生徒のプライドにかけて、次はベテランかと思うような手際のよさを見せるだろう。
「お前はどうなんだ?」
「ゴール確率なら八割越えですね。ケイは?」
「……なんかもう、吐きそう」
ケイはベンチに座って口を押さえて背を丸めていたので、セリアは手に持っていた新しい冷たいドリンクを渡してやる。
演習後の反省会を気力で乗り切ったケイは、やるべきことが終わった瞬間、燃えつきたようだ。
「体力ねぇな」
「頭脳と判断力でどうにかBランクまで上がった僕が、Aランクの船外活動士馬鹿についていってるんだよ……。G酔いした、ううぇ」
情けないことを言いつつも、ケイはAランクのディックとセリアに次いでゴールする確率が高い。タイムもかなりいい。このシミュレーションを開発段階からやりつくしているだけあって、今回は頼もしい助っ人となってくれた。
「僕は青春を好ましく思うけれど、熱血は遠慮したいんだ。君達二人は完全に熱血派だろうけど」
「はあ、それは違うものなんですか?」
「似て非なるものだ。ほら、あれ見て。あれが青春」
ケイが指さした方向には、船外活動士のヘルマンとその専属整備士の女の子がいた。
頬を赤らめながらドリンクとタオルを手渡す女の子と、それを照れながら受け取るヘルマン。
青春がなにを意味するのか、セリアとディックは一瞬で理解する。
「せっ、青春……!?」
「……いつの間に!?」
ディックは衝撃を受けて呆然とし、セリアは青春している二人につられて照れてしまった。
「君達も青春しなよ、青春。ほーら、ツァーリなんて青春の真っ最中」
「ぇぇえええ!?」
ツァーリの周りには、制服のスカートを短めにして声のトーンを高めにした女の子が群がり、どこよりも華やかな一団となっている。
女生徒達は相談が~と言っているが、彼女達の目的は相談でなく、ツァーリに接近することだ。
「…………せ、青春……」
「というかあれはハーレム? 僕、聞いただけで十組のカップルが成立してた。意外なところで、青春一大イベントになったね、対抗戦。……あ~駄目だ、今日はご飯無理、吐く」
元々ツァーリは女生徒に人気があった。だが恋愛よりも勉強という空気の中、ツァーリにべたべたと積極的アピールをする女の子は滅多にいなかった。だからセリアも安心している気持ちがどこかにあったのだ。……まだ彼女を作らないよね、と。
(ま、まさかこんな、どどうしましょう!? エーヴェルト、よりどりみどり状態じゃないですか!? これはついに、ついに……!?)
混乱するセリアの様子は、ケイやディックにとって一人だけ青春に取り残されたショックという姿にしか見えない。普段が普段、コギト・エルゴ・スムなので。
「ねぇ、ちょっと、マーガレットがあんたにって」
「……あ、あの、ケイ先輩! これよかったら使ってください!」
三人で青春について話していると、二人の女生徒が現れた。
堂々とした女の子のうしろに隠れた小さな女の子は、もじもじしながらケイにタオルを渡す。
「ドリンクはいいの?」
「……だ、だって、もう持ってるみたいだし」
女の子二人の小声が聞こえたセリアは我に返り、ここは一つ友達のために一肌脱ごうと咳払いをした。
「ケイ、それもう空でしょう。捨てておきますね」
まだ新しい封を切っていないドリンクをケイから奪えば、鈍いディックはへ? という顔を見せた。
「いや、まだそれ……いッ!?」
セリアが渾身の力でディックの臑を蹴り、余計な言葉を遮る。
助け船を出されたマーガレットは、あのじゃあこれどうぞとケイにドリンクを手渡した。
「このあとの予定はありますかっ!? なかったら、その、ス、ストームブルーについてお訊きしたいことがあるので、夕食をご一緒してくださいっ!」
マーガレットは、暫く口をぱくぱくさせてから、意を決したように誘い文句を口にする。
よし、よし! とセリアは心の中で拳を握る。けれど、再び隣が無神経なことを言い出そうとした。
「あ、コイツ、今日は吐くから飯くえ……ッ!」
「今日はディックとシミュレーションをもう少しして行きますので、ケイはお先にどうぞ」
セリアは綺麗にディックに肘鉄を入れ、余計な言葉を遮る。
「二人とも元気だね……。じゃあ、僕は先に行くね。……マーガレットだっけ、今は整備士専攻してるの?」
「はっ、はい!」
どうやら上手く二人きりという流れになってくれたらしい。
セリアはほっと息を吐いてから、ディックを冷たい眼で見た。
「男の人って、どうしてこう恋愛音痴なんでしょうね……」
未だにセリアの気持ちに全く気づかないツァーリしかり、ケイの青春に助け船出せないディックしかり。
呆れた眼で見られたディックは、うるせぇと喚く。
「オレだって青春してぇよ! けどオレの専属整備士とオペレーターはどっちも男なんだぜ!? オレの個人的な好みの問題で、男と熱血はできても、青春はできねぇよ!」
「はいはい」
なら二人でご飯にでも行きましょうか、とそんな流れになりかけたところで、背後から後輩達の会話が聞こえてきた。
「あ、セリア先輩とディック先輩だ。あの二人、つき合ってるのかな?」
「いっつも一緒だもんね、最近」
「先輩達のストームブルーの飛ばし方、格好いいよね! お似合いだよ~」
ツァーリは航海士の女生徒に囲まれながら打ち合わせをしているし、ケイは自分の船外活動士の訓練しつつ整備士の相談に乗ってやってるし――……セリアとディックは第一グループのエースコンビとして、この隕石かけっこの攻略法について色々話し合うことが多くなってしまうわけで……。
「なっなんでこうなるんですか!? わたしの馬鹿!!」
「オレって可哀想……」
なんで!? とセリアとディックは涙目で叫んだ。
「ちくしょう……色々乗り遅れた……つーかお前、一緒に歩くな! ツァーリのうしろにひっついてろ!」
「ディックが離れてください。わたしはこっちに用あるんです」
つんとそっぽを向くセリアに可愛くねぇなとディックは毒突いた。
青春に乗り遅れた二人は、ぎすぎすしながら歩く。
(……そういえば、ケイとマーガレットはどこで食事をするつもりなんでしょうか。落ち着けるところですよね、きっと。なら安い早いの食堂を選べば、会うことはないですよね)
二人には気を使ったことを悟らせないようにしなければ、とセリアは思い、ディックを少し離れた食堂に誘導しようとして……すると四人の男達が視界に入った。
誰だっけとセリアは一瞬考えている間に、ディックが一歩前に出て視界を塞いでくる。
「……うちの実行委員長になにか用かァ? ご用件ならオレが承るぜ?」
セリアはディックの言葉に助けをもらい、四人が誰だか思い出せた。
彼らはカフェで暴言を吐き、ツァーリと殴り合った男達だ。
ディックは今から二回戦をやるか? と拳を構える。
昼間に大乱闘、夕方に宇宙に出ての演習を十回、それから反省会をこなしてまだケンカを積極的に買おうとするディックの体力。
少し分けてほしいと苦笑しながら、セリアは頼もしい味方に声をかけた。
「ディック、大丈夫みたいです。向こうに戦意はないようですから」
セリアの言う通り、四人は決まり悪そうな顔になっており、俯き気味にこちらを見ていた。あちこちの湿布や包帯、絆創膏は、ツァーリがやったものか、それとも別の生徒の攻撃を受けたものなのか、今となってはわからない。
「――実行副委員長の暴行、本人に代わりまして委員長のわたしが深くお詫びいたします。大変申し訳ございませんでした」
セリアが頭を下げて謝罪をすれば、ディックがおい! と咎めてきた。
「なんでお前が謝ってるんだよ! 謝るのはこいつらの方だろうが!」
「先に手を出したのはツァーリです。わたしからきちんと謝っておくのが筋ですよ」
当たり前のようにセリアは微笑んで、行きましょうかとディックを促す。
あとで彼らを探して謝罪するつもりだったのだが、向こうから来てくれたから手間が省けた。今日やるべきことは全て終わったと、足どりが軽くなる。
「ち、違う! 俺達は謝りに来たんだ! ………その、昼間は、悪かった……すまない!」
一人がセリアに謝罪をすれば、次々に残りの三人も頭を下げて謝罪してきた。
今度はセリアが驚き、え? と眼を円くする。
「なんだァ? 減刑目当ての嘆願か? お前らの処分はねぇよ、ツァーリ様が全部おっかぶってくれたからな」
「ツァーリからそれは聞いた! 原因は俺達にあるのに、なにも、言わなかったって……」
「俺達はツァーリへ謝りに行ったんだ! ……だけど、謝罪を受け取ってもらえなかった。自分は謝罪をする気ないから、お前達もしなくていい、ただし――……セリアにはきちんと謝れって」
「ツァーリ……!?」
謝りたくないなんて、貴方なんてこと言ったんですか! とセリアは自分のところではなく別のところが気になってしまった。
気持ちはこもってなくていいから、とりあえず謝っておきなさい、ときつく言っておくべきだった。頑固なところは、昔から本当に変わっていないらしい。
「だってよ、セリア。どうするか? 目撃者は多数だし、監視カメラにも証拠はばっちりってケイが言ってたぜ。名誉毀損で訴えたいなら訴えていいんじゃねぇの? 多分勝てるぜ、お前」
「し、しませんよ、そんなこと! ……あの、もういいですから。わたしは周りが見えないし、なかなか立ち止まれないので、対抗戦に興味のない方を不快な思いにさせていると思うんです。これからは派手な宣伝は自粛しますので……」
肌色がやたらと多いPR動画は、教授陣の一部には苦言を呈された。
そろそろリジーに言って、健全なものに差し替えようという話は出ていたのだ。
「そういうこと言いたいんじゃないんだよ、俺は! 謝って、その、……手伝うことあったら、お詫びに手伝おうって思って、言いに来ただけで」
「……そうだったんですか」
「そうなんだよ!」
ディックは妙な展開なってきたと、嫌そうな顔になる。
けれどセリアは、ディックを押しのけて、眼を輝かせて彼らに近づいた。
「ちょうど実行委員会の腕章が四つ余ってるんです! 目の回るような忙しさですけど、よかったら協力してもらえませんか!?」
「お、おう!」
「俺達はあのツァーリとケンカしたんだからな! もうなにも怖くねぇよ!」
思いがけない協力者が増え、セリアはよかったと胸をなでおろす。
カフェでの乱闘は、対抗戦に対する不満のガス抜きのような効果を生み出したのかもしれない。
互いの言い分をぶつけて、でも互いに正しくて、殴り合って、すっきりした。
――だからこそ、まあいいか、そんな気持ちになれる人間だっている。
「これからよろしくお願いします!」
問題は山積みでも確かに進んでいる部分もある。
みんなと頑張っていこう、とセリアは爽やかな気持ちが満ちあふれた。




