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月面のジーニアス  作者: 石田リンネ
第四章 Glory to コギト・エルゴ・スム!
24/34

24話

 つまり、とセリアはモニターへとある一瞬の状況を切りとった3D画像を表示させる。

 指で手元の端末にくるりと円を描いた。


「隕石を一つずつ回避するのではなく、まとめて一つの隕石と思って回避する。これなら操縦の負担が一気に減らせます。際どいタイミングが減って、ミスの誘発も少なくなるはずです」


 皆が見つめている大型モニターも、セリアによって描かれた隕石数個をまとめた図を映し出す。すると、途端に最適なルートが誰の眼にもはっきりと見えた。これなら、とても飛びやすい。ブレーキすらかけなくてすむ。


「でも、最短ルートではない。タイムロスが大きそうだが……」

「今のは極端な例なので、もう少しまとまりは細かい方がいいですね。でも人間はコンピュータとは違い、理論上だけの生き物ではなく、シンプルさも好みます。そこを一度、考慮に入れてみたい。……でもまだ実際にやってみたわけではないので、わたしも試してみないと上手くいくかわかりません。……ケイ」


 セリアはBクラスの船外活動士(パイロット)であるケイを呼ぶ。

 はいはい、と軽く手を挙げたケイに、ちょっと協力してくださいと頼んだ。


「わたしが貴方の航海士(ナビゲーター)になります。今からわたしの指示通りに飛んでくれますか?」

「それは勿論いいけれど……僕でいいの? ディックとか、つき合いの長いツァーリとかがよくない?」

「二人とも癖が強いので、わたしはその癖を踏まえてのナビゲートをしないといけません。余計な作業が増えてしまうんです。ケイはお手本みたいな飛び方をするので、最適な進路を予想しやすいので……」

「ははぁ、僕は生まれも育ちもマニュアル通りが美徳の典型的なメイドインジャパンだからね。セリアのご要望にお応えして、お手本通り飛ぼう」


 よろしくお願いしますとセリアは頭を下げて、ケイのシミュレーターと自分の端末をリンクさせる。

 そして、ケイ単独の二十一回目のトライが始まる。

 ドッグに集まっている船外活動士(パイロット)航海士(ナビゲーター)整備士(エンジニア)が大型モニターに注目した。


(スリー、ツー、ワン……スタート!!)


 ケイがお手本通りの加速で飛び出し、最初の隕石をレーダーに映す。

 いつもなら、航海士(ナビゲーター)は場所と距離と速度と、それから回避ルートを指示して、あとは船外活動士(パイロット)にお任せというスタイルだ。

 けれどセリアはケイを操縦に専念させる。


「ケイ、回避はこのルートを。ブレーキをかけずに、ライン上に沿って泳いでください」

『了解! 随分大回りのゆるい曲線だね』

「はい。変更があったらまた伝えます」


 ケイが最高速度を維持したままルートをなぞってくれる。

 セリアはその間に、次の軌道計算に移った。

 やはり予想と少しずつずれていく。この隕石かけっこに現れる隕石は、一定の速度ではないようだ。隕石同士でぶつかったら、速度も進路も変わってしまう。それどころか、隕石同士の重力の影響も組み込まれているのかもしれない。


(ジャパン企業のリアリティの追求は、恐ろしいですね……!)


 素早く計算し直し、修正ルートをケイに送る。

 ケイはすぐに操縦桿を傾け、新たなルートに乗せ直す。

 ストームブルーの軌道が滑らかすぎると、逆に直線に見えてしまうと感じたのは、この場にいた全員だった。

 あれほど翻弄されていた軌跡を描いていたストームブルーが、セリアのナビゲートでいとも簡単にゴールへ向かっている。


「ケイ! そのまま直線で突っ切ってください! 計算上は隕石に当たらないはずです!」

『おお、なんという頼もしい指示。オーケイ!』


 セリアの指示に絶対の信頼を置いてくれたケイは、隕石接近の警告アラートが鳴り響いても一度も操縦桿を傾けなかった。ただ真っ直ぐに、ゴールを目指す。


 

 ――行け、と誰もが拳を握った。



 美しいストームブルー色が、ある一定ラインを越えたとき、セリアの端末の表示がぱっと変わる。

 そこには『GOAL!』と表示され、次いでタイムが下に現れた。


『どう!?』

「っ最高記録です!! ケイ、最高記録を出しましたよ!!」


 見たことのない数字が、そこには現れている。

 皆も大きなモニターを見て、驚きの声を上げたり、愕然と口を開け放ったりしている。

 あれだけゴールが遠く、かといって丁寧に避けたらタイムロスが大きくて新聞を持ってこいといいたくなるほど時間がかかったのに、今のケイはあっさりとゴールを越えてしまったのだ。


「嘘だろ……ルートの難易度としては易しすぎてBランのかけっこどころの話じゃねぇぞ……?」

「ありえない、大回りとしか思えなかったが……」


 航海士(ナビゲーター)達が自分の端末を取りだして、今のルートの検証を始める。

 船外活動士(パイロット)達も呆然としつつ、今のケイと自分がどう違うのか、考え始める。

 セリアは予想が正しかったことに、よしと強く頷いた。

 いつだって、新しいことをするときはどきどきわくわくする。まだ見ぬ世界へ、一番乗りできたときの楽しさは、誰にだって譲りたくない。


「セリア! ナイス誘導! 最高に楽しかったよ!」


 シミュレーターを降りてきたケイと、勢いよくハイタッチをする。

 やはり、ケイを選んで正解だった。


「ケイ! 今のどういうことだ!?」


 理解できないと真っ先に詰めよってきたのはディックだ。

 ケイは見た? 見た? と嬉しそうに歴代ランクナンバーワンのモニターを指さした。


「栄えあるAAA(トリプルエー)に選んでもらって飛んでみてわかったけど、多分、これ、チームプレイが相当重要だね?」


 ケイに同意を求められたセリアは、はいと頷く。

 船外活動士(パイロット)達の中で、いい意味ではないが、チームプレイに今一番適していたのがケイだった。


「僕ね、Aランクの船外活動士(パイロット)馬鹿達の中で、もういっぱいいっぱいなわけ。テストパイロットをしていて、他のBランクよりは慣れているって理由で選ばれたからさ。本音を言うと、自分で回避してね、自分でルートを選んでね、なんてとてもじゃないけど無理。セリアの言う通り飛ぶ方が、本当に楽なんだよね」


 だからだよとケイは船外活動士(パイロット)達に言う。


「じゃ、続きは偉そうな態度がとても似合うツァーリにお任せ」


 はいどうぞ~と言われて、ツァーリは皆の視線を集めてしまう。

 セリアもまあいいかと見守ることにした。多分、ツァーリならもう正解に辿り着いている。


「ポイントは二つ。まずは船外活動士(パイロット)航海士(ナビゲーター)の指示に九十パーセントは従え。自己判断は、警告アラートが鳴って本当にぶつかると思ったときだけでいい」

「九十パーセント!? ストームブルーに乗って動かしているのは、俺達船外活動士(パイロット)だぞ!?」


 ディックが真っ先にツァーリに食いつく。

 けれどツァーリは表情一つ変えないまま、説明を続けた。


「データをとってみてわかったが、この訓練プログラムに現れる隕石には、重力がある。回転軸も一定ではなくランダムだ。他にも色々と、とにかく細かい設定が無数にある。ストームブルーの計算能力では、最適解を出すまでに時間がかかる。航海士(ナビゲーター)に計算を任せ、船外活動士(パイロット)は飛ぶことに専念をすべきだ」

「専念って……その判断こみで俺たちはAランにいる!!」


 ディックの言う通り、船外活動士(パイロット)はただ飛ぶだけではない。刹那の判断力を持つからこそ、ここまで這い上がってきた。

 その判断を捨てろと言われるのは、我慢ならない。


航海士(ナビゲーター)船外活動士(パイロット)の理想的なルートの決定の負担比率は九対一。そのことは知っているはずだ」

「それとこれは別物だ!」

「いや、同じだ。……あと、話は最後まで聞け」


 ちっとも進まないとツァーリはため息をつく。


「だがこれは信頼関係が成り立っているからこその負担比率だ。『指示を無視』するのではなく『指示に意見を出す』のは、信頼関係を構築していく作業に必要なことだろう。最悪、三日前までに負担率を理想の九対一に持っていければいい」


 三日前……と皆が驚く。そんなに悠長にやっていていいのだろうか。

 相手は既に『理想の九対一』を経験してきて、その上で技術を磨いてくる。

 それで勝てるのかと不安に襲われたとき、ツァーリは希望はまだあると宣言した。


「星群カレッジ側は間違いなく理想の真逆である『一対九』という負担率になる。全てをAランク取得済みの社会人で揃えるからこそ、互いのプライドを馬鹿みたいに尊重するはずだ」


 月面カレッジの勝利のためには、可能性をそこに賭けるしかない。

 理想のチームプレイをすることで、個人能力を補い、優位に立つ。


「それから航海士(ナビゲーター)、お前達は船外活動士(パイロット)の上に立って『命令』するためにいるわけではない。船外活動士(パイロット)の飛び方の癖を考えて、自分ならではなく、専属の船外活動士(パイロット)ならを考慮して最適なルートを計算しろ。少しでもパートナーの負担を減らせ」


 船外活動士(パイロット)航海士(ナビゲーター)には上も下もない。『対等なパートナー』でいろと、ツァーリはここにいる航海士(ナビゲーター)に命令した。


「――今から、全力で船外活動士(パイロット)に歩み寄れ。できなければ、できる奴と交代してもらう」

 

 冷酷な宣言に、横暴だと叫ぶ者はいなかった。

 今まで、ただ接近する隕石や味方機の位置や速度を報告して、船外活動士(パイロット)が迷ったら意見をするだけという航海士(ナビゲーター)の役割が、一気に重くなったのだ。

 セリアはこれから一気に演習の空気が変わることを予想できた。


(きっと、これが最小単位の『チームプレイ』。わたしにとって、いえ、おそらく、みんなにとっても初めての取り組みになるはず)


 誰かに判断を任せきるなんてこと、セリアは今までしたことがない。

 ケイとの臨時コンビが上手くいったのは、自分が指示する側で、そしてケイが指示に従ってくれたからだ。

 自分がされる側になるというのは、提案しておきながら実感がない。


 ――できるかな、とどこかで不安を感じる。


 協調性がないところが、自分の欠点だ。でもだからこそ、この対抗戦を通じて、少しでも克服していきたい。

 自分自身への奮起の意味もこめ、セリアはツァーリの言葉に大きく頷いた。

 そして手を叩いて、皆の注目を自分に集める。


「……ええっと、では今日の演習を開始しましょう。でもその前に、各グループでのミーティングが必要だと思うので、十五分をとります。十五分後に本日第一回目のトライを開始しますが、ミーティングが長引くようでしたらそちらを優先してください」


 はい解散、とセリアが言えば、一気にざわついた。

 セリアも慌てて自分のシミュレーター機に戻り、待っていた航海士(ナビゲーター)のソフィアと今後の飛び方の方針を決めることにする。

 けれどソフィアはセリアが口を開く前に、待ってと手を広げた。


「私、船外活動士(パイロット)課程はDランクしか取れていない。ロレンツォはCランク。……想像もできないセリアの世界を想像して、セリアの負担を限界まで減らせるナビゲートするって、かなり難しいわ。ツァーリはやれと簡単に言ったけれど、あれはツァーリが両方のAランクを持っているから言えるセリフなの」


 ソフィアの眼は、真っ直ぐにセリアを見ている。

 彼女はAAA(トリプルエー)のセリア・カッリネンに対してではなく、自分の専属の船外活動士(パイロット)に対して向き合い、いつもとは種類の違うもどかしさを感じていた。


「悔しいけれど、今日はセリアにまともなナビゲートができないと思う」

「わたしもきっと今日は指示通りに泳ぐなんてこと、できないと思います」


 危険が迫れば、とっさの判断に身を任せてしまう。

 今すぐの歩み寄りはセリアも無理だ。でも今日は一歩、明日も二歩、そんな風に互いに近づけばあっという間に距離が縮まるかもしれない。


「……だから今日は、私もセリアと一緒にストームブルーで飛んでみたい」

「私と……ですか?」

「俺も一緒にいいか? セリアの癖を覚えておかないと、ストームブルーの細かい数値設定が最高まで引き上げられないからな」


 専属整備士(エンジニア)になってくれたロレンツォが、会話に加わってきた。

 彼は今までセリアが頼んだ通りに数値を直してくれていた。けれど、それでは最高の動きには情報が足りないと気づき、自らさらに歩み寄ろうとしてくれる。


「セリアもAランク持ってるから、自分でやるのが一番いいのかもしれないけれど、負担を減らすって大事なことだ。実行委員長に、雑用に、船外活動士(パイロット)に……やることが多すぎるだろ。ならせめて整備士(エンジニア)の負担だけは、俺に任せろよ」


 最小単位のチームプレイのための歩みよりが、きっと今ここから始まる。

 既に船外活動士(パイロット)として働いている社会人を乗せた星群カレッジのストームブルーに勝つためには、三倍の力が、いやチームプレイでもっと力を引き上げ投げればならない。


「わかりました、今から一緒に飛びましょう!」


 そう宣言したセリアは、周囲のグループの様子を見てみた。

 話し合いが白熱しているグループもあれば、モニターを使って検討を始めているグループもある。早速シミュレーターに乗り込んで、実際にやってみようとしているグループもある。

 そして自分達は、相互理解のために一緒に飛ぶことを決めた。


「セリアが楽しく泳げるように、貴女のことを理解してみせるから、少しだけ待っていて」

「はい! わたしも、ソフィアのナビゲートを理解してみせます!」


 個人主義の集団が、チームプレイを目の前に大きな一歩を踏み出したことを、まだ誰も理解していない。

 今はただ、手元にある課題に夢中で、足元を見る余裕がなかったのだ。

 


 ――そして二日後、全てのグループが、ケイの出した新記録を塗り替えた。


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