2話
「ここは宇宙工科大学、通称月面カレッジです。世界で唯一、そして最高峰の宇宙技術者専門の大学。世界中のエリート中のエリートが宇宙を目指し、日々勉学に励んでいます」
レポーターが歩きながら決められたセリフを話し終えると、はいカーットと野太い声が響いた。レポーターが紹介した通り、月面カレッジは各国最高水準の、そのさらにトップクラスの人間だけが入れる大学だ。大学と言っても入学は十四歳から可能。つまり十四歳までに高校卒業レベルをクリア、通常カリキュラムにて四年から五年分のスキップを前提としていた。
世界最高峰の大学ともなれば、当然世間一般の関心も高く、憧れも強い。月に二、三度は大きなメディアの取材を受けている。
「ではA班が学校内の風景を撮影するので、B班はAAAの取材の方をお願いしますー」
本日はヨーロッパのテレビ局がドキュメンタリーを作るために取材にきていた。主役は現時点で月面カレッジに二人だけしかいない、AAAである。
「……ヨーロッパってどの辺り?」
「北欧、あの二人ってNES校出身でしょ」
その様子を見ていたセリアの親友であるユーファはケイからの答えになるほどと頷いた。先程から撮影を遠巻きに見ているだけでうんざりするぐらい、AAAのセリアとツァーリを持ち上げていたので。
「ディックはNAS校だっけ?」
「そう。お前ら二人って同じ学校か?」
「……アジア系だからってひとくくりにしないで。だからアメリカ人は嫌いよ」
エーヴェルトが皇帝、セリアが哲学者ならユーファは影ながら女王と呼ばれている。こっわ、とディックはケイに同意を求め、ケイは肩をすくめて応えた。
「では始めますねー。はいスタート!」
収録開始の合図と共にレポーターはにっこり営業用笑顔を作る。セリアとツァーリはAAA用の袖口に三本のラインが入った制服と、普段はかぶらない帽子をきちんとかぶって、姿勢よく座っていた。
「月面カレッジの第一印象はどうでしたか?」
まずはありきたりの質問から。こういうドキュメンタリーを見るのは大人も多いのだが、月面カレッジに進学したいと望む子ども、そして異世界のような存在である月面カレッジに憧れを持つ同年代の学生も多い。
「自然が多いというのが第一印象です。勿論作られた自然ですが、よい環境で学べることを嬉しく思いました」
ツァーリの模範解答に、レポーターはカレッジ内部はのちほどご案内します~とカメラに向かって言う。
「セリアさんは?」
「えっあ、っと……水族館みたいで、面白かったです」
「……水族館、ですか?」
「はい」
レポーターがセリアの意図を呑み込めずに聞き返したのだが、セリアは当たり前だと言わんばかりの返事をする。
「出たわ、電波発言」
セリアが電波ちゃんだとかコギト・エルゴ・スムだとか言われるのは、この他人には理解されにくい言葉の選び方が主な原因である。ユーファは多少慣れたが、慣れただけで理解はしていない。あっそう、で終わらせているだけだ。
「あ、色々な国から様々な人種が集まってるという意味で水族館ですか?」
「え?」
「……え?」
レポーターは人種のサラダボウルの比喩表現かと思ったのだが、今度はセリアがそれはなに? と聞き返してしまった。
「テレビ局相手でも容赦ないね、哲学者は。あれどういう意味なんだろ」
ケイの疑問に答えたのは、ディックだった。
「多分スペースポートのドックのことだろ。ストームブルーから大型スペースシップまで、宇宙の乗り物は魚みたいだーって言ってたな」
「ああ、それでドックが水族館みたいなわけだ。たしかにストームブルーは魚色だもんねぇ」
ストームブルーの名の通り、機体は鈍い青色に塗られている。セリアのストームブルーは思い返せは本当の魚みたいに宇宙空間を泳いでいたとケイは納得した。
「――すみません、こいつは疲れてぼんやりしているみたいで。少し時間と台本もらえますか、気分転換させてください」
なにこの電波、という感じにスタッフがセリアの発言に困っていることを察したのか、ツァーリが先手を打った。少し時間を、そう言われてスタッフがそうですね、と助かったように同意する。
「それなら友人インタビューから先にいこう。誰か予備の台本を二人に」
ツァーリは台本を受けとって、こっちへこいとセリアの腕を引っぱる。撮影に使う教室から出ると、その長身を生かし、容赦なくセリアの脳天に拳骨を落とした。ゴンッ! という鈍くて誰が聞いても痛い音が鳴る。
「あぅぁ~ううい、痛……」
「このNESの恥さらしが! いいか、今度その怪電波を巻き散らしたらスペーススーツなしで宇宙遊泳させてやる!」
「は、はぃい……っご、ごめんなさい」
ツァーリは脳天の痛みに半べそのセリアの胸ぐらを掴み、幼い子どもなら確実に大泣きする迫力で怒鳴りつける。見た目だけは美少女なセリアに鉄拳制裁をする男は、ツァーリぐらいなもの。その鉄拳制裁音と怒鳴り声は教室内にまで届き、聞こえてしまった者は皆あいたーと頭を抱えた。
「ストームブルーはストームブルー、大型宇宙船は大型宇宙船だ! お前の頭の中はそれを魚と表現しても通じるが他人には怪電波だ! その辺を理解しておけと何年言わせるんだお前は!」
「あぅっ……」
「今はディベート会場だと思え。変な比喩表現は使うな、簡潔に、わかりやすく。ぼけっとした顔をするな、その無駄な美少女面で笑うか引き締めておけ!」
「はいぃっ……!」
無駄って言ったよ無駄って、とひそひそケイがディックに囁いた。アレを無駄と言えるツァーリは凄い。でもたしかにセリアはいつもツァーリのうしろにくっついて歩いているので、ツァーリからは顔が見えない。美少女だろうが不細工だろうがあまり関係ないのかもしれない。
「じゃあディック君とユーファさんの二人はこっちの椅子に」
思わず廊下の二人へ聞き耳を立てていたディックは、突然スタッフから声をかけられ、驚く。
「……へ? オレ?」
ケイが面白いものが見れるからついておいでよと言ったからディックは付いてきただけだ。なのになぜ自分がテレビ局のスタッフに呼ばれているのか。
「『ツァーリと仲のいい友達は?』って聞かれたからディックを推薦しておいたよ。インタビュー出演おめでとうがんばって」
あっさり自分が犯人だと自白したケイに、ディックは詰め寄る。
「仲よくねぇよ!! そもそもオレとツァーリがいつ友達になったんだよ、いつ!?」
「日本には好敵手と書いてライバル……あ、これ友って字が入ってなかった。ええーっと昨日の敵は今日の友? ってのがあってね」
「意味わかんねぇ!」
「スタッフの人を困らせるのはよくないよ。ちょっとツァーリについて訊かれるだけじゃないか。ほら大人しく座って答えて」
ユーファを見習いなよとケイは指さす。ユーファはきちんとセリアから出演を頼まれていたらしく、大人しく椅子に座っていた。シングルエーを示す袖に一本ラインが入った制服を着て、帽子もかぶっている。
「帽子ねぇぞ、オレ」
「僕の持ってきたからどうぞ。同じシングルだしいいだろ」
ほらほらと促され、ディックは借りた帽子をかぶり、渋々ユーファの隣に座った。ユーファは大人しくしてはいるが、気乗りはしていないのかにこりともしない。元々美人な顔が更に凄味を増している。
「セリアさんの親友のユーファ・シュウさんにセリアさんについてお伺いしましょう」
美人な顔をカメラがアップで捉える。ユーファはそうですね、と一言置いてからセリアについて話し始めた。
「皆からは哲学者と呼ばれています」
「おお、それはどういう意味でしょうか?」
奥深い! とレポーターは食いついたが、ユーファはばっさり切り捨てた。
「暇があればぼんやり宙を見つめる、気味が悪いほどに。でもAAAをとれる頭だから、きっと哲学でもしてるんだろうと最大限の好意的解釈をしてコギト・エルゴ・スムって呼ばれるようになったわ。美人ランキングでは毎年トップ3に入るのに、恋人にしたいランキングでは初年度がトップ3入り、次の年はぎりぎりトップ10入り、今年は圏外。セリアとまともに会話出来る男なんてツァーリ……エーヴェルトぐらいかしらね。でもそのエーヴェルトとも友達関係ってよりはいじめっ子とその舎弟、セリアは舎弟の方」
「そ、そうですかー……ええっと、ではエーヴェルト君の親友であるディック君にお話を伺いましょう!」
今のは音声の切り貼りして使うしかない! とレポーターは判断し、ディックへと話題の矛先を向ける。親友、のところでケイが声に出さず吹き出したのが見えて、ディックは覚えてろと心の中で中指を立てておいた。
「誰も名前で呼ばず、皇帝って呼んでる。AAAをとれるわ、顔がいいわ、でもむかつくわ――合い言葉は皇帝のクソ野郎! これさえ言っておけば十三期生で友達ができねぇってことはない。毎日どっかで誰かが言ってるだろっていうぐらいの頻度で聞くぜオレは。十三期生は珍しく結束が固いとか言われるけどツァーリがむかつくおかげだよな」
――結局、友人インタビューがオンエアされることはなかった。