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月面のジーニアス  作者: 石田リンネ
第三章 エース VS Already A
19/34

19話

 夜、セリアは船外活動士(パイロット)のAランクをとった皆を集め、ミーティングを行った。

 対抗戦の競技については、まだ確定していないことばかり。けれど隕石を避ける、Sランクの競技になる――……そういう話だけは皆にしてある。

 誰もが新しい情報が入ったのかと期待していたのだが、セリアはそれを裏切った。


「は!? ふざけんなよお前!」


 一番最初に怒りを露わにしたのはディックだ。相手が女であっても遠慮なく襟首を掴み、怒鳴り声を放つ。


「……ふざけてません」


 セリアは冷静に返した。普段はぼんやりおっとり見えるが、わざと無表情を作れば、人形のような綺麗な顔立ちによって硬質な雰囲気が増し、人間らしさが消え失せる。


「お前はいいさ、リベンジマッチを個人的にしてもらったんだ。だがオレ達は違う、これが最初で最後のリベンジマッチかもしれねぇんだよ。それでわざと負けろとか、お前どういう顔して言えるんだ!? あァ!?」

「貴方には負けろと言っていません」

「仲間が言われてんだよ! オレは納得いかねぇ!」


 セリアから配信された、作戦『墜ちる星(ミーティア)』。そこには三つのグループに分けることが記されていた。

 前へ進む第一グループ、第一グループの保険となる第二グループ、そして援護射撃を行う第三グループ。既に誰がどこに所属するのかも、明記されている。


「相談も無しに勝手な作戦立てやがって! トップに立った瞬間これかよ! とんだ独裁政権だな、コギト・エルゴ・スム!」

「勝つための作戦です。グループ分けは適性と能力で決定しました。勿論押しつけるつもりはありません。今ここで、意見があれば出し合って、話し合いで決めましょう」


 セリアの襟を掴むディックの手に、更なる力がこめられる。

 それでも怯むことなく、セリアは静かに睨み返した。


「全力を尽くして負けたならいい! 弱かった、それだけだ! なのに全力を尽くさず負けるなんて、そんな馬鹿な話があるかよ!?」

「勝つためには『全力』のチームプレイが必要です。わたし達は星群カレッジと比べ、一人一人確実に実力が落ちます。単純なスピード勝負になれば、個人対個人では勝てません」

「ハッ! なら多数決でもとろうぜ! チームプレイで個人を犠牲にしてまで勝ちたいのかどうか!」

「今回は『月面カレッジ』と『星群カレッジ』の対抗戦です。個人戦ではありません。チームプレイをしてチームとして勝つことが目的です。エンジニアやオペレーターにチームプレイを要求して、わたし達パイロットだけ自己満足の敗北をするなんて、そんな勝手なことが許されるわけがありません」


 一歩も引かないセリアに、ディックは突き飛ばすに近い形で手を離した。

 よろけたセリアにツァーリが手を貸そうとしたが、大丈夫と断る。


「……やめた、オレは抜ける。やるならオレ抜きでやれ」

「ディック……」

「好きにしろよ。――独裁者同士、お似合いだぜ」


 きつい捨て台詞を残し、ディックは部屋から出て行く。

 ディックだけではない。あとに続いて退出してしまった者は十二人いた。ここに残ってくれたのは三人だけだ。


「……協力、ありがとうございます」


 残った三人にセリアは礼を言う。

 そのうちの一人、セリアより一つ年上のヘルマンは、セリアの肩をそっと叩いた。


「一人で抱えこまないでくれ、俺も協力したい」

「……ヘルマン?」


 どんな言葉をかけられても仕方ないと覚悟していたセリアは、驚きながら顔を上げた。

 そこには優しい微笑みを浮かべている先輩がいる。


「チームプレイ、俺達はこれが初めてだ。誰だって戸惑う。だから納得するための時間が必要だと思う」


 ヘルマンは本当に船外活動士(パイロット)のAランクなのかと思わうような、繊細な画家と言われたら納得してしまうもの静かな雰囲気の持ち主だ。

 そんな彼の言葉は、水のようにセリアを優しく包み込んでくれた。


「月面カレッジの生徒なら、誰でも艦長に憧れる。だが君のように今から艦長の視点で物事を見ることはない。そこは余りにも遠い次元で、俺たちはまだ夢見るだけで精一杯だからだ。一丸となって戦おう、協力し合おう、そのために我慢をしよう――……そんなことを一度も考えたことはない」


 個人の成績のみで評価され続け、卒業したら評価に応じて配属が決まる。

 個人で動くことに慣れきった生徒に、いきなりチームプレイをしろと突きつけても、ヘルマンの言う通り反発しか生まれない。


 ――わかってはいた。でもセリアは真っ直ぐにぶつかることしか思いつかなかった。


 きっと、他に方法はあったのだろう。思いつかない自分が、とてももどかしい。


「セリア、君は優秀だ。だから歩くスピードが速い。大抵の者は君についていけないんだ。だからついていけるよう、焦らずにゆっくり歩いてくれ。俺達の気持ちが追いつくまで」

「……はい」

「十二期生の説得は、明日から早速手伝おう。なに、奴らはパイロット馬鹿だが、愚かではない。納得したら全力で協力をしてくれるはずだ。だから今は、君だけにできることをやってほしい」

「はい!」


 十二期生の説得はセリアがやるよりも、同期となる十二期生のヘルマンに任せた方がいいのだろう。甘えてしまうことになるが、時間がない。お願いします、とセリアは深く頭を下げた。


「今日はこれで解散しましょう。次のミーティングは……また連絡します。できる限り、早くなんとかしますね」


 第一回のミーティングは、たった数分で終わった。

 体調管理には気をつけてくださいと言ってから、セリアは部屋を出る。女子寮に向かおうとすると、ツァーリに引き留められた。


「セリア、待て」


 立ち止まって振り返れば、いつもよりほんの少しだけ気遣うような顔をしているツァーリが見える。

 その不器用な優しさに、ほっとして自然と笑みが零れた。


「大丈夫ですよ。わたし達、このぐらい慣れっこでしょう?」


 でも、思っていたよりも大きな反発だった。たったの三人しか残らなかった。

 それだけの人望しかないことを、嫌でも思い知らされてしまった。

 今の自分は、単に言い出したから実行委員長をしているだけで、中身が伴っているわけではない。


「これは俺が立てた作戦だ。お前だけに責任を押しつけるようなことは……」

「今はわたしがトップです。わたしが責任をとります。――艦長って、時には残酷な判断もしなければならないはずです」

「……そうだな」


 はっきり言い切れたのは、ツァーリの優しさのおかげだろう。おかげさまで、大丈夫という自分の言葉には、きちんと説得力があった。


「わたし、歩くスピードが速いって初めて言われました。ずっとツァーリの足が速くて、いつもついていくのに必死だったから、わたしは周りの速度を気にしたことがなくて……」

「俺だって気にしたことはない」

「艦長になる者がこれでは駄目ですよねぇ……偶には、立ち止まりましょうか」


 セリアの思いを理解してくれたツァーリは、それ以上はなにも言わなかった。

 二人で道が分かれるぎりぎりのところまで、ゆっくりと歩く。

 ツァーリの速度がたまたま鈍かったのか、それとも意図的だったのか、珍しくセリアはツァーリの隣をずっと歩くことができた。






 セリアもツァーリも、そしてディックの様子も変わらなかったので、ケイは事態に気づくのが遅れた。同期の噂好きから、ディックが実行委員から抜けたらしいと聞いたのは、ミーティングを行った次の日の昼だ。


「え? なんで?」


 噂を探るよりも直接訊くの方が速いと、ケイは昼のカフェでディックの隣に座り、なにがあったのと説明を求める。

 本日のディックはかなり不機嫌で、大きなテーブルの端に座っていたのに、誰もがこのテーブルを避けていた。


「……別に」

「なら仕方ない、セリアから訊くか。おーい、セリアこっち、空いてるよ」

「ばっ!」


 ディックが慌てるのにもかかわらず、ケイは手を振ってセリアを呼ぶ。

 セリアはトレイを持って席を探していたところで、ケイに気づくなり助かったと笑顔になった。しかしその隣のディックに気づくなり、明らかに戸惑っていますという顔になる。


「ええー……っと……」

「はは、これは気にしないで。昨日なにがあったの? 実行委員仲間なんだから、事情説明を求めてもいいよね?」

「あ、そうですよね、ケイにちゃんと話すべきでした」


 セリアはちらりとディックを見る。迷いつつも、ケイの真向かい側でディックのななめ前、そんな位置に座った。

 トレイを置いてから、すぐに作戦を送ります、と端末を操作する。


「作戦名が格好いいね、『墜ちる星(ミーティア)』か……へーこれは凄い。ツァーリってえげつないというか、抜け目ないというか」


 転送された作戦をケイはチェックして、これなら可能性ありかもと頷く。


「で、ディックはどうして抜けるのかな?」

「あの……この作戦が、納得できなかったみたいで……」


 ちらりとセリアはディックを伺う。ディックはそっぽ向いて目を閉じたままだ。この会話に入ってくる気は一切無いらしい。


「わざと負ける人がいるのが気にくわないとか、そういう?」

「そう……みたいです。でも仕方ない……ぇええええ!? ケイ!?」


 セリアが頷けば、ケイの手がホットコーヒーにそえられた。そのままごく自然に手首のスナップを利かせて、隣へぶちまける。


 ――ばしゃんという水音と同時に、カフェがしん……と静まりかえった。


「……さいってー?」


 見事に顔面にコーヒーを叩きつけられたディックへ、ケイがにっこり笑う。食事途中だが、トレイを持って立ち上がった。


「おい、ケイ! てめぇ!」


 我に返ったディックが叫ぶ頃には、ケイは知り合いにこれあげるとトレイを押しつけてカフェを出て行くところだった。

 ディックの叫びが聞こえたのか、ケイは背中を向けたままひらひらと片手を振る。


「……ああぅ」


 ディックにハンカチを渡すべきか、大丈夫ですかと声をかけるべきか。とんでもないものを目の前で見てしまったセリアは、ぶるぶる震えながら俯き、どうすべきか必死に考える。できれば席を変えたいところだが、動くのも怖い。


「くそっ!」


 セリアが悩んでいる間に、ディックは拳をテーブルに叩きつけ、立ち上がった。制服の袖で、濡れた顔を乱暴に拭う。誰も近寄るな声もかけるなという怒りを露わにしているディックがカフェから出て行けば、ようやく耳が痛くなる程の静けさから、いつもの昼休みの喧噪へ戻っていった。ただし、皆の話題はケイとディックについてだ。


「え? え? どうなってんの? ケイがディックとケンカ?」

「いっつも仲いいのにね。ケンカするんだ、あの二人」


 皆がどうしたんだろうと話す中、セリアは頭を抱えた。


 ――わ、わたしのせいです絶対! ど、どっちから話をしましょうか? ケイ……がいいでしょうかね、やっぱり。いえいえ! ディックに会うのが気まずいとかそういうことではないですからっ!


 ツァーリかユーファがいれば『放っておけ』で終わりの話なのだが、生憎ここにストッパーはいなかった。とにかく動こうと立ち上がったセリアは、なぜか上から肩を押さえつける手によって再び椅子に戻される。


「ぇえ?」

「できることからやる、それはなにか。まずは昼飯をとることだろう」


 セリアを押さえつけながら、手つかずのトレーを指差したのはヘルマンだ。隣いいか? と尋ねられたセリアは慌てて頷く。


「食べないと駄目だぞ。対抗試合までまだ一カ月ある。これからどんどん忙しくなるし、健康管理はトップに立つ者の義務だ」

「はい。――あの、ケイ、なんで怒ったのかわかりますか……?」

「想像はつく。男ってのは面倒なんだ、今回の件でつくづくそう思った」

「はぁ……そうなんですか」


 女のセリアはどう面倒なのかよくわからない。

 なので、ヘルマンに言われとおり、とりあえずフォークを手にとった。


「今日はどうするつもりだ?」

「十三期生を中心に、個別に説得してみます。一対一なら話せることもあると思いますから」

「そうだな、全てはまず言葉を尽くすことからだ」


 セリアはかつて、人とコミュニケーションができているつもりだった。けれど初対面のツァーリに、できていないと自覚させられた。

 次の日、セリアはディベート部に入った。相手に考えていることを伝えるための方法を、学ぶ必要があると思ったからだ。


「ええ、話して駄目なら、そのときにまた考えます」


 自分の心との会話だけをしていればいい時間は、もうとっくに終わっている。今のコギト・エルゴ・スムは、他人と会話する大切さを知り始めていた。

 

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