16話
新設『星群カレッジ』は月面カレッジから三割を超える転学者を受け入れ、既にAを取得している社会人も受け入れた。連日、開校式典の準備についての報道が月面カレッジの擬似ガラスモニターにも流れる。
「……三割、ってか五割ぐらい減ったように感じるね」
ぱさついたサンドウィッチを義務的に噛み、ため息をつきながらお茶で流しこんでいたケイは、空いたテーブルがまばらになったカフェを眺めてぽつりと零す。
「静かになったよな、たしかに」
ディックも同意した。講義の参加人数がはっきりわかるぐらい減っている。出て行った者達に引きずられてか、どこか皆、元気がない。ツァーリは変わりなくいつも通りむっつりしていたが、セリアは無重力体験室で浮いている時間が長くなっているらしい、とケイやディックは噂を聞いた。
「あれ? セリアとツァーリ、朝から見ないけど」
「AAAコンビはお使いだってよ。学長代理で星群まで行ってるらしい。開校式典の招待状の返事を持ってな」
「よく知ってるね」
パンくずがついた指先をケイが払えば、ディックの制服まで跳ぶ。
ディックはそれを嫌味ったらしく指先で摘み、ケイの皿に戻した。
「昨日、偶々ツァーリがセリアをいびってるの見たんだ。『明日の取材で電波なことを口にして、月面カレッジに恥をかかせたら、バルト海で本物の魚の餌にしてやる』だそうで」
「あはは、ジャパニーズマフィアだ、ツァーリ。じゃあどっかで中継やってないかな。お昼のニュース系は……」
ケイは自分の端末を操作し、番組表を呼び出した。
星群カレッジ開校式典の招待状の返事なんてものは、端末メッセージで送ればいい。なのになぜわざわざAAAの二人が行くかというと、先方からのご招待だ。
星群カレッジ学長であるオズウェルは、AAAの二人に開校前のお披露目という案内をし、そこをメディアに取材させた。二人の知名度や注目度を利用した宣伝だ。
「本日はお招きありがとうございます」
「こちらこそ、AAAのお二人をお招きできて嬉しく思います」
多くのカメラを向けられる中、ツァーリが返事の手紙を理事長であるオズウェルに渡した。セリアはツァーリに言われた通り、無駄な美少女面にディベート用の笑顔をにっこりと貼りつけたままにしている。
「ではどうぞ。まだ開校前なので、設備が整ってない場所等ありますが……」
ツァーリとセリアはオズウェルのあとをついていく。AAAだけでも注目度が高いのに、二人ともカメラ映えする美形となれば、カメラがアップでじっくり捉える。その様子は中継され、月面カレッジにいるケイとディックの元にも届いていた。
「企業スペースの跡地とお聞きしましたが、随分とイメージと違いますね」
月面カレッジ同様、緑が多く癒しの空間を作るための配慮が成されている。直線的ではなく曲線的な柔らかいラインを描く様々なものが視界に入った。企業が使っていたものをそのまま利用したのではなく、予め用意しておいたものに入れ替えたのだろう。
「毎日通う学校ですので、ストレスの溜まらない環境作りは一番気を使いました。最近は企業の方もかなりの努力をしていらっしゃるので、いやいや手入れが最小限で済んだのは助かりましたよ」
開校一カ月前、まだまだ工事関係者が忙しそうに走り回る中、でき上がった場所を見ていく。月面カレッジを参考にしたと言う通り、特別違うものはない。
一通りの案内を終えたところで、応接室へと場所を移した。当然カメラも一緒についてきて、それではとインタビューを始める。
「星群カレッジの印象はどうでしたか?」
「僕は落ち着いた環境で学べると思いました。緑が多くて故郷を思い出します」
「わたしも同じく故郷を思い出しました。壁や机の色が優しげな色合いで、ほっとします。色々なものがそっとよりそってくれるような、そんな印象を受けました」
ありきたりの質問に優等生な返答。つまらないやり取りだが、こればっかりは仕方ない。一通りの質問が終わったところでオズウェルは応接室にある大型モニターを起動させた。
「開校式典の出席してくださるということで、本当にありがとうございます。その際の記念イベントにて、是非AAAのお二人にご協力をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
セリアもツァーリも見栄えがいい。花束を持ってプレゼントする役とか、月面カレッジを代表して挨拶をするとか、そういうことだろうと誰もが思った。だがオズウェルがモニターに映したのはストームブルーの映像だ。
「記念イベントに月面カレッジと星群カレッジの団体戦で対抗試合をするというのはどうでしょう。Aランクの機密訓練は外部に出せませんので、Bランクの障害物走にしたいと思っていますが……」
オズウェルの言葉に盛り上がったのは報道陣だ。カメラの音と、もっとアップにしろと指示が飛び交う。
「こちらは新設校、そちらは伝統校。足下に及ばぬ対抗試合になると思っておりますが、間近でAAAのお二人を見ることは当校の生徒の励みとなるはずです。是非ともAAAを持つ月面カレッジの胸をお借りしたい」
どこが胸を借りるだとツァーリは舌打ちを堪えた。星群カレッジは社会人枠としてAランクを何年も前に……いや十何年、下手をすれば何十年も前にとった現役の船外活動士が何人も在籍している。月面はAランクだと言っても経験が圧倒的に足りない学生のみ、普通にやって敵うはずがない。これは星群カレッジを宣伝するため記念イベントで敗北しろ、そう持ちかけているのだ。断る前提で『カレッジと相談してからお返事します』と言うべきところだろう。
「月面カレッジと相談してから……」
「いいえ、わたしは引き受けます。やらせてください」
「セリア!?」
ツァーリを制すようにセリアは立ち上がり、一歩横へずれる。スケジュールではレポーターがそろそろ中継を切り上げるはずだったのだが、続行しろとの指示が出た。速報を流せという言葉も聞こえる。
「ただし、ルールの変更をお願いしてもいいですか?」
「無理を頼んでいるのはこちらですから、勿論。社会人枠を限定するとか、そういう話は必要でしょう」
「いいえ、全員社会人枠の方でもわたしは構いません。ただ船外活動士限定ではなく、多くの人に参加して貰える形にさせてください。通信に必要な航海士、機材を準備する整備士等、教師が介入するのではなく全てを生徒で揃える条件をつけるよう、お願いします」
「――なるほど、いい案ですな」
「それと」
セリアはぐっと拳を握った。
「わたしは星群カレッジを挑戦者だとか、胸を貸すとか、そういう風に思っていません。ここにいるのはかつての仲間、わたしのよきライバル達です。ですからこれは……」
セリアは自分をしっかり捉えているカメラに向かい、この中継を見ている者へ宣言した。
「プライドを賭けた、ライバル校との対抗試合です!」




