10話
「後半、つまらない1to1にしてしまったね」
「いいえ、とても勉強になりました。今回はわたしのわがままにつきあって頂き、本当にありがとうございました」
1to1終了後、ドッグに戻ってきたセリアとマークは互いの健闘を称え合い、固い握手を交わす。マークから見えるセリアは、やや気落ちしている気はするものの、泣き出す様子はなさそうで、ほっとすることができた。
「……また何年かあと、もし配属が同じになったときに、わたしと1to1をしてもらえますか?」
「勿論。でも、数年後でなくて再戦の機会はもうすぐ……」
「マーク! それはまだ口外禁止だ!」
再戦を申しこまれたマークはなにかを言いかけたが、他の現役船外活動士に制された。
マークはそうだったと肩をすくめて、人差し指を口に持っていく。
セリアは首を傾げて、今のはどういう意味があるのか考えるが、情報が足りなくて結論が出ない。
「ほら急ぐぞ、時間に遅れる」
セリアが今のは一体とぱちぱちと瞼を瞬いている間に、現役船外活動士の五人は帰り支度を始めた。帰る間際の三十分をセリアに割いてくれていたのだ。彼らはもうカレッジを出なければならない。
「あ、あの……」
「見送りはいいよ、またね」
ぽん、とマークの手が肩に置かれる。そして口元を耳に近づけて、セリアだけに聞こえるよう囁いた。
「これからもよろしく。……――『先輩』」
マークが言いかけた言葉、残していったセリアへの『先輩』という呼びかけ。
意味がわからずぼんやりしていたら、結果を見て駆けつけてくれた友人達にいつの間にか囲まれいた。
あっ、と思ったが、心配そうに見られていて、そういうことではなくて……とあわあわしてしまう。落ち込んで立ちつくしていたわけではない。
「あ……え、と……負けちゃいました」
あれだけ協力してくれたのに、結果は敗北。
情けないですねとセリアは苦笑すると、どう声をかけていいのかわからない男達を押しのけたユーファは、まずは着替えと更衣室を指さす。はいっと条件反射で返事をしたセリアは、更衣室へ慌てて向かった。
「駄目だな、どう励ましていいかわからなかった」
重たいため息のケイに、ディックもうーんと唸る。
「アイツ、挫折知らずっぽいしな。変に落ちこんだりしたら面倒だ」
「……そうね」
ユーファもセリアが消えたドアを見つめ、腕組みをして片足に体重を乗せる。
そんな中、ツァーリだけは別にほっとけばいいと冷たく言い放った。
「いやいや、ツァーリ、ここは優しく声をかけるとか……」
ポイント高いと思うよとケイは言う。
好きな女の子でしょ、がんばりなよと言いたそうなケイに、ツァーリは違うと返した。
「セリアは挫折知らずなんかじゃない。――ずっと俺がいる」
セリアとツァーリは同じNES校出身。まだ一桁の年齢の時からの同期という関係になったため、世間一般的には『幼馴染み』というものなのかもしれない。
「セリアが俺に勝つ科目もあったし、どうしても勝てない科目もあった。あの電波にも挫折、失敗、後悔だってある。今回は無重力体験室に一時間ぐらい浮けば気が済むだろう」
――わたし、どうしてエーヴェルトにこの科目で勝てないんでしょうか……悔しい。
負けたくないと悔し涙を浮かべるセリアを目の前で見たことがある。そして同じ思いをツァーリだって抱えたことがある。
同じ宇宙を目指す者同士、セリアとツァーリは小さい頃からの好敵手だ。敗北の味や勝利の歓喜を互いに与え、与えられてきた。
「俺は先に戻る。セリアのことは放っておけ」
もういいとドックを出て行くツァーリに対し、一番最初に立ち直って毒を吐いたのはユーファだった。
「今度は理解者面? ……馬ッ鹿みたい」
忌々しげに背中を睨みつけるユーファに、面白い友情三角関係だとケイは呟く。
でもたしかにケイやディックは、セリアにかける言葉が見つからなかった。ここはツァーリの言葉を信じて、明日からいつも通りに接したいところだ。
「オレ達も行こうぜ」
「そうだね。セリアにお疲れ様って伝えておいて」
じゃあお先に~とケイは床を蹴り、次いでディックもゆったりと歩き出した。
残されたユーファはセリアを待ち、着替え終わって出てきたところで帰るわよと声をかける。
「あ、ツァーリ達は……」
「先に帰ったわよ。お疲れ様ってケイが」
「……あとでお礼を言わないとですね」
セリアは床を蹴り、なめらかなスイムウォークでユーファの隣に並び、加重エレベーターへの通路を歩き始めた。
「みんなに格好悪いところ見せてしまいました。……ツァーリ、――エーヴェルトはわたしに呆れてませんでしたか?」
「呆れてはいなかったでしょうね」
理解者面をしておきながら、セリアの気持ちを理解できてはいなかった。ただそれだけだ。
「……ねぇ、告白はしないの?」
「っぇえ!? こっ、こくはく!?」
かーっと顔を赤くして、セリアはあわあわと手を動かす。
優雅なスイムウォークから一転、ぎこちない惰性で流れていくだけの『人間』になってしまった。
「あぅ……うぇっと、うん、……まだ、しません」
「まだ?」
「その……わたし、いつもツァーリのうしろを歩いているから、駄目なんです。いつだってツァーリが前にいて、追いかけているだけで……」
ただ頭がよくて宇宙へ行きたいだけだったセリアに、この月面カレッジに入る道を示したのはツァーリだった。月面カレッジに入るためにはなにが必要なのか、セリアは考えなくてもただツァーリの背中を見ていればよかった。
いつだってツァーリはセリアの前を歩いている。セリアはいつも置いてかれないよう必死についていくだけだ。
「エーヴェルトはしっかりしてて、いつだって前を見ていて、わたしがあの人の隣に立てるとは思わないけど……」
ずっと前から願い続けていたこと。うしろじゃなくて……わたしは……
「わたし、皇帝のななめうしろを歩きたい」
今より一歩前へ。いつか隣に立つことを願って。
「――それ、何年かかるの?」
ふっとユーファが呆れたように笑う。セリアはあぅ…と萎れた。
「そ、卒業までになんとかしますっ! そしたら告白です!」
「卒業ねぇ……」
「だってわたしがツァーリと一緒にいられるのは卒業までですから。同じAAA、配属は絶対一緒になりません」
別れのカウントダウンは一年半を切っている。
セリアは艦長を目指すと決めたとき、艦長になる道を選ぶツァーリと離ればなれになることを受け入れた。これは叶わぬ恋だと、すでに運命から告げられている。
「なら万が一ツァーリと恋人になれたらどうするの? 別れるわけ?」
それはないです! とセリアは全力で否定をした。
あのツァーリが、自分を好きになるなんてことは絶対にない。大体ツァーリはものすごく女子生徒に人気がある。そのせいで僻まれて、『皇帝のクソ野郎!』と言われているのだ。
「だから万が一って言ったのよ。どうなの?」
「……あのぅ、本当に万が一、こっ、こ、恋人同士になれたらですねっ! あの、わたしとツァーリ、絶対に艦長になるって決めてるので、三分間の会話があるから、配属が違っても会えますし」
たどたどしい説明だが、ユーファはセリアの言いたいことを理解した。
セリアとツァーリはAAAを習得した。順調にいけば宇宙船の艦長になれる。
この艦長には、いくつかの特権がある。その中で、『三分間の会話』と呼ばれる特権は、すれ違う宇宙船の艦長と三分間だけ会話できるというものだ。
航海の無事を祈り、そして互いを労い合うために、モニターに互いを映して1対1の会話をする。これは特権なので、業務連絡でない。だから三分間の会話ではプライベートの本当にくだらない話をする。皆が通常業務をこなす間、艦長だけはたった三分間の特別な私的な時間を得る権利を手にしているのだ。
「それで愛を語らうって? ……呆れた。でもまあ、貴女とツァーリにはそれぐらいで丁度いいのかもしれないわね」
広い宇宙、特定の宇宙船がすれ違うチャンスなんて滅多にない。随分と気が長い話だ。最も、既に長いつきあいになるくせに未だ踏み出しきれない二人には、ぴったりだろう。
「あ~お腹が空きました。偶にすっごくサーモンスープを食べたくなります……」
「ケイを見習ってフィッシュアンドチップスのフライ部分をはがしてシチューに放りこんだら?」
「全然違いますっ! フィッシュアンドチップスの魚はサーモンじゃないですから!」
今度自分で作ってみようと眼を輝かせ始めたセリアを見て、ユーファはのんきだとため息をつきたくなった。
(……家庭、か)
家庭の味を恋しがるケイやセリア、そして口には出さなくてもいつも不機嫌そうな顔で黙々と食べて不満を示しているツァーリ。その三人の気持ちが、ユーファにはわからなかった。




