第87話 生物学的なお話(後編)
この世界ではまだ知られていない話をしてしまい、ちょっとみんなが混乱中だ。
「まぁエミリアの件とはあまり関係ないから次の話をするね」
「「「お待ちください! 卵の話をもっと詳しく聞きたいです!」」」
イリスだけでなく、ミーファや飛び入り参加してきた侍女たちがこの話に食いついてきてしまった。ちょっと引くぐらい目の色が違っている。
「ルークさま、卵が生理開始日より14日後に生み出されるというお話は、わたくしたち二人にとってもの凄く重要なお話ではないのですか?」
「う~~ん、確かに俺とミーファは子作りが前提での結婚なんだから、二人にとっては大事な話になるかもしれないけど、まあそれはまだ先の話だしね」
「ルーク殿下! 私事ではばかられるのですが、わたくし、結婚してもう4年になるのですが、まだ子供を授からないのです! もしかして、卵のお話が子作りになにか参考になるのでしょうか?」
シエラさんがこの侍女呼んだのって、こういう案件が絡んでいたからか――
「まぁ関係あるかもしれないし、ないかもしれない……」
うわっ……曖昧な返事を返したら、侍女さん涙目になっちゃったよ。
「ルークさま、わたくしたちにとっては、後継者を産むってことが妻として最も大事な責務なのです。ルークさまはまだ先の話だと申されましたが、わたくしとしてはルークさまが宜しいのでしたら今晩からでも子作りを始めたいと思っているのですよ」
ミーファは顔を真っ赤にして、とんでもない爆弾を投げ入れてきた。
「でもミーファはいま生理中なんでしょ」
「例えばの話です! 気持ちのお話をしたのです!」
あ、ちょっと睨まれた――
ミーファが勇気を出してとんでもない告白をしてくれたのに、ずれたことを言ってしまったようだ。
俺は草食系男子ではないので『じゃあいただきます♪』したいけど、邪神討伐という大事な使命がある。
防御特化の聖獣スピネルを授かったミーファも、すでに邪神討伐の関係者として女神の思惑に巻き込まれていると考えた方が良い。そうなると産休や育休などの長期になる休暇はあげられない。邪神を討伐できるまでは子供を作るという考えはない。その辺の話も近いうちにミーファにはする予定だけど、目の回復の算段がついてからだと思っている。
『♪ マスター、後で二人になった時にでも話し合うようなプライベートな案件を、ミーファが何故みんながいる前で言ったのかお考え下さい』
確かに人前で言うようなことではないよな……理由があるのか?
あーそういうことね。侍女の方を気にしているミーファの視線でなんとなく分かってしまった。彼女の心の色を見て心配なのだろう。
「そんなに顔を真っ赤にして、恥ずかしいくせにミーファは優しいな。その侍女のために、後じゃなく今話せってことだよね?」
「「「なるほど、そういうことですか……流石ルークさま」」」
なんでそうなる! 優しいのはミーファであって、褒められるべきなのは気遣いのできるミーファだろ。
「ミーファ殿下わたくしのためにありがとうございます」
「わたくしが後でルークさまに子作りの参考になるお話を聞けたとしても、その話を後日あなたを呼び出してお話しすることはできませんからね」
「一国の姫様が、侍女を呼んで子作り話とかありえないことだよね」
「「「納得です」」」
身分差がありすぎて、そういう話自体を姫様に聞かせるのはタブーなのだ。男の性欲だの精液がどうだとかの猥談話を侍女がしたとか王家にバレたら、下手したら首が飛ぶ。
「分かった、もっと詳しく赤ちゃんを授かるまでの流れを説明するね。俺もこの手の話は恥ずかしいんだから、みんなも照れないで質問したり答えたりしてね」
「「「分かりました」」」
「じゃあちょっと気になったことがあるので、イリスに答えてもらおうかな。さっきイリスは『男性が子種を女性の中に注ぎ込み、女性が妊娠して赤ちゃんを産む』と言ったよね? この『子種を女性の中に注ぎ込み、女性が妊娠する』という部分の『妊娠』とはどういう状態を指しているんだ?」
「え~と、私はそういう行為を知らないので詳しいことは分からないのですが、エッチなことをすれば白いネバッとした液体の子種が男性のおちんちんから出るそうです。その子種が女性のお腹の中で神様に祝福されると、女性の中で子種がだんだん固まって赤ちゃんの形になるそうです。その授かった赤ちゃんがお腹の中である程度育ったら産まれてくるとシスターに教えてもらいました」
「あはははっ、マジか、それマジで言ってるの? ぎゃはは超笑える――」
「ルークさま! 神様の神聖な受胎行為を馬鹿にすると罰が当たりますよ!」
イリスに怒られたが、笑いが止まらない……あ~本気で笑える。
「イリス不正解! ダメダメ! それ大間違い! ふはははっ――」
「「「…………」」」
みんなからも白い目で見られた。
どうやらこの世界では、赤ちゃんを授けるのは神の選定ということになっているようだ。だから子供が欲しい夫婦は神殿に足しげく通い、神に祈って寄付をする。神殿の詐欺行為ではなく、神父たちも本気でそう信じているのだ。
『ナビー、なんで神は違うと神託を出して教えてあげないんだ?』
『♪ それが、まんざら嘘でもないのです。善行を積んでいる夫婦に、排卵を調整して子を授ける神がいるのです』
『マジか⁉』
『♪ 土属性の神で、大地神とか豊穣の神とも言われています。ミンという名の女神様ですね。エジプト神話に出てくる神にも豊穣の神とされ、同じ名のミンという男神がいますが、あの変態神とは違う存在です』
『変態神?』
『♪ 言いたくありません』
言いたくないのなら最初から言うなよ!
ナビーは時々こうやって気になるワードをぶっこんどいて、『後で』とか『気になさらないで』とか言って教えてくれないことがあるんだよな。
「ごめん。豊穣の神様が時々子を授けるからそういう話になったんだろう。でも間違いなので、今から何が間違いなのか説明するね。まず『子種が女性のお腹の中で神様に祝福されると、女性の中で子種がだんだん固まって赤ちゃんの形になる』というこの部分の話は全然違う」
俺は紙を出して簡単に女性のお腹の中を描く。高校1年の保健体育で習ったあの簡単な子宮の図解だ。記憶が曖昧だったので、ナビーに補完してもらいながら描いた。
『♪ マスター、女性器の解剖図自体は神殿や王家の書庫にもたくさん存在いたしています。イリスも似たような図解を見たことがあるはずなので、その絵はそのまますでにあるものとして使えます。顕微鏡が存在しないので排卵や精子の存在が分かっていないのです』
「イリスならこんな感じの図解を見たことないか? ちょっと絵が下手だから分かりにくいかな?」
「いえ、もっとリアルな図解を何度か学校の授業で見たことがあります。回復魔法の効果は、人の内部を詳細に知っておいた方が効果が高いのですよね? 3年生の授業で、怪我や病気で亡くなった人を神殿の高位の神父様が来て解剖しながら体の基本的な働きなどを説明してくださる授業もあるのです」
「じゃあこれらの部位が、どういう働きをしているのか知っているかい?」
「いえ、神の祝福で赤ちゃんが宿る神聖な場所としか分かりません」
「ちがーう! いや、違ってないのか……」
俺は図解で卵巣・卵管・子宮・膣と主だった器官だけざっと説明した。
「では、この卵巣というところで卵が本当に作られるのですね?」
「うん。その卵が卵巣から卵管に排出されるのが月に1回。そして人の卵は普通は1個だけ。双子が生まれた場合で、兄弟の顔があまり似てないのは卵が2個出ていた場合の時、そっくりな場合は、排出された卵は1個だけど、受精後にスライムのように分裂して2個になったものだね。同じ卵が2つに分かれたからそっくりになるんだ。三つ子や四つ子、それ以上も同じ現象だね」
「これは凄い情報です!」
「そして子種といわれる白い精液だけど、このエッチで気持ち良くなった時に出る1回分の量の中に、こんな感じのオタマジャクシみたいなのが1億匹ぐらいいる。これがおたまじゃくしみたいに尻尾を振って泳いで1番最初に卵に到達した奴が栄光の受精を行えるんだ。凄いだろ? 1億以上いるライバルの中で、たった1匹だけ勝ち取った勝者が得られる権利なんだよ。一斉に泳ぎ始めて、生存競争に勝った強い優秀な奴が選ばれる凄いしくみなんだ」
「「「凄いです! 生まれる前から生存競争は始まっているのですね」」」
「ルークさま、1億のオタマジャクシって言うのがちょっと信じられません」
「一番弟子のイリスがまた信じてくれない!」
「だってオタマジャクシですよ!」
「う~~ん、今度例の拡大魔法で俺の子種を見せてやるよ」
「「「いま見たいです!」」」
「いや、それはマジで勘弁して!」
なにやらシエラさんたち侍女組が騒いでる……俺が断ったからか、下男の男を呼び出そうとしていたので慌てて止めた。代わりにテーブルの上に飾られた花を拡大魔法で雄蕊、雌蕊の構造を説明し、どう受粉が行われ、どのように成長するか教えた。ナビーのアドバイスを元に、中1レベルの簡単な説明しか俺もできないけどね。
なんとか精子を出す件は回避できたが、そのうちイリスとミーファに見せろと言われそうだ。
「あと、女性の排出する卵も初期だと0.03㎜ほどしかないので目視では見られない。大きく育って目で見えるようになったころにはなんとなく人の形になっているので、事故や病気で亡くなった妊婦さんを解剖した時にそういうものを発見して、精液が集まって赤ちゃんの形になったと考えたんだろうね。これも今見せてほしいと言われても拡大魔法じゃ女性の体の中を見ることができないので見せられない。魚やカエルの卵のように薄い皮膜に守られた卵が、さっきの絵にあった卵管の部分に排出されるということだけ知っていればいい」
「でだ、さっき俺があいまいにして答えなかったのは、子供が生まれない、生まれにくい家庭は、夫婦のどちらかに問題がある場合が多い」
「わたくしの体に何か異常があるのでしょうか?」
「体の異常とは限らないので答えにくいんだよね。さっきも言ったけど、卵の排出は月に一度しかない。しかもその卵は生きていて、生存可能日数はたった1日だけなんだ」
「「「1日だけ!」」」
「正確には6~24時間しか生きられない。男性の精子は約2~3日生存可能だけど、これも日増しに弱っていく。大体が卵管まで精子が頑張って泳いで卵に到達して受精するんだけど、卵に辿り着くまでに12時間から24時間ほどかかる。つまり、24時間しか生きられない女性の卵にタイミングよく辿り着く必要がある。だから性行為自体の回数が少ない家庭は、必然的に子供ができにくくなる。この場合は病気ではなく確率的な問題だね」
「わたくし、少ないかもしれないです。主人の両親と暮らしていますので、シーンと静まった深夜はどうしても恥ずかしくて主人の求めをよく断っていました。願いが届けば神様が授けてくださるものとばかり思っておりましたので……お互いに子供を早く欲しいのに、恥ずかしいからと主人には申し訳ないことをしていたようです」
「じゃあアドバイスだ。排卵は生理が始まって大体14日後なので、11日目辺りから近くの連れ込み宿でいいので、そこに誘ってご主人に頑張ってもらうと良い。連れ込み宿は時間単位で借りられるので安いし、【防音】の魔道具で音が外に漏れないようになっているので恥ずかしいということもない。半年ほどそれで様子を見て、まだ子供ができなかったなら、俺がもっと詳細に調べてあげるよ」
「分かりました。ルーク殿下、その際はよろしくお願いいたします」
「ふう、やっと本題に入れる。性欲の話に戻るね。男と女の性欲の違いはね、本能的に求めている『本質』が違うってことかな。女性が求めているのは強い者、優秀な者の子種。男性は健康そうな女性にできるだけたくさん自分の種を残したいってのがあるから、可愛い娘を見たらあっちこっちで浮気をして常に盛っている」
「「「女性は優秀な男性1人だけでいいのに、男性は不特定多数の女性への乱発ですか……なんか納得です」」」
「あとね、個人差はあるけど、女性の性欲が一番強くなるのは排卵前後なんだよね。だから月のうち3日ほどが男性にとっては女の子とエッチしやすい狙い目になる。男性の精子は常に作り続けられるので、3日ほどで精巣が満タンになる。溜まるとムラムラして出したくなるので、盛っている日数は圧倒的に男の方が多くなる。女子より男子の方がスケベなのはこういう理由もあるんだよ」
「「「なるほど、溜まると出したくなるからですか……」」」
「うん。溜め過ぎるとエッチな夢とか見て、寝ている間に出てしまい下着を汚す男子もいるくらいなんだよ。でも、これも常に元気で新鮮な子種を確保するために備わっている機能なので、出したくならない人の方が異常ということになる」
「「「エッチじゃない男子の方が異常なんだ……」」」
「女子に備わってる本能なんだろうけど、イリスやミーファが男子の視線を不快だと感じるのは、その男子のことを本能的に優秀な男と認めていないってことにもなるんだよ」
「「これも納得です! ルークさまのエッチな視線はそんなに不快じゃないです!」」
うわ、いまの二人の発言はちょっと嬉しい!
「まぁありがとうと言っておくよ。ミーファやイリスが嫉妬しつつも複数の嫁を容認すると言っているのも、さっきの説明で話した本能的なことが関係している。優秀な男性の子供が産めればいい女子と、自分の子供だけをたくさん残したい男の本能的なやつだね。これは人種だけではなく、獣国周辺にいるライオンやサル、トドやオットセイなんかが優秀な強い雄を群れのリーダーにしてハーレムを作っているよね」
まぁ、実際は本能だけで語れるほど単純な話ではないけどね。
「ルークさま、でも中には男性同士や女性同士で愛し合ってる人もいますよね?」
「あ~~いるね。一応これも障害の部類に入る。知能が高い生物に多いそうだよ。魔獣や動物は無理やりにでもメスを襲って子供を作るけど、メスは結局強い雄に屈服してしまう。本能では強い雄の子種を求めているからね。でも人は違う。知性が高く理性があるので法を定め雄に屈服させられるのを良しとしない。人と獣の差は、この『理性』がある点だね。理性で性欲を抑えることができるんだ。この理性が足りない奴らが犯罪者になる」
「「「なるほど――」」」
「エミリア、大分遠回りになったけど、頭の片隅に留め置いてほしい。男がエロいのは、神様が本能的なところにそうなるようにしているからなんだ。『種の継続』のためだね。そして同時に人には理性も与えているので普通はミーファやエミリアの素敵なおっぱいを見て盛っても我慢できるようにできている。特に俺は【美人耐性】レベル8が備わってるので大丈夫だ」
「「そんな耐性ないから! しかも何気に耐性レベルが上がってるし!」」
エリカとイリスの息のあった従姉妹コンビのツッコミは最高だね!
「俺が【精神回復】の魔法を習得しても良いけど、それは根本的な回復にならない。なのでエミリアを精鋭騎士並みに強くしようと思う。まあエミリアだけではなく俺も含めた班員全員だけどね。男が怖いのは、エミリアが現状弱いからだ。エミリアを襲いそうな犯罪者は得てしてそれほど強くない。だからそれ以上に強くなれ。それで根本的な男への恐怖は消え去るだろう。『襲ってきても返り討ち』作戦だ!」
「「「納得ですが、エミリア様はもう毎日頑張って剣術の訓練やってるよね……」」」
ハイそうですね……俺一人盛り上がっているところに、ごもっともなこと言われた。
「あ~そういう日々の努力とか大変なことじゃないんだ。ディアナを使って安全な空域からのパワーレベリングを夏休みに行う予定だ。パワーレベリングは本人の技術が伴わなくなるから好きではないのだが、種族レベルが盗賊たちの平均より倍もあれば、基本ステータスの上昇だけで負ける要素はなくなる」
ディアナ頼りの案だが、エミリアは俺の計画を聞いて嬉しそうだったので良しとしよう!




