第24話 お義母さんは優しそうな方です
姫様御付きの専属侍女のエリカちゃんにお茶を入れてもらい、折り紙で時間を潰しているのだが、公爵たちはなかなか帰ってこない。
「ごめん、ちょっとトイレに……」
「ララが連れて行ってあげる!」
すっかりララちゃんとは仲良くなった。
「ありがとう。じゃあ、ララちゃんに案内を頼もうかな」
と思ったのだが……アンナちゃんが部屋にある呼び鈴を鳴らして侍女を呼んだ。
「お呼びでしょうか?」
「この人をお手洗いに連れて行ってあげて」
睨んではこなくなったが、未だ『この人』扱いで敵視しているようだ。
「はい。ご案内いたします」
案内してくれている侍女が、2階にある応接室から何故か3階に上り始めた……?
「ちょっと待って……僕はトイレに行きたいのだけど……」
この世界の常識的に考えると、汲み取り式のトイレなので1階にあるはずなのだ。
「はい。お客様や領主様のご家族様専用の場所にお連れするよう、事前にお伝えされています」
う~ん、よく分からないので黙って付いて行くことにした……それと、やはり侍女にむっちゃ警戒されているみたいだ。うちの王城の侍女たちのようなあからさまな無視はしないが、侮蔑のこもったような気配が隠しきれていない。
案内された場所は、3階の端の方にある扉だ。
入ってすぐの場所が鏡のある手洗い場になっているが、鏡の前に水を入れた桶を置いているだけだね。そしてその奥の扉を開けた場所がトイレなのだが、なるほど……一切糞尿を溜めていない綺麗な桶を戸板の下に1つ置いてある。
『♪(チリーン) この公爵家では、毎回用を足した後、侍女が【クリーン】の魔法で浄化しているようです。家族用、執事や侍女用、使用人用と数カ所あるようです』
毎回浄化魔法で綺麗にされているだけあって、一切匂いもなく綺麗なものだ。
これは兄様にも教えてあげて、王城のトイレも改善した方がいいね。
コレラや赤痢など、糞尿の飛沫感染は怖いからね。
用を足した俺は自分で【クリーン】を掛けて樽の中のおしっこを浄化する。
『妖精さん……この【クリーン】で浄化したものってどこに消えているんだろう?』
掃除や洗濯にも利用される便利な魔法だが、ゴミやホコリがどこに消えているのか、何気に気になったのだ。
『♪ 亜空間です。【亜空間倉庫】と同じ次元の場所に転移しているようですね。あ! どうやらこの事は秘密のようなので、誰にも言わないでください……』
魔法を創った神の裏事情ってことのようだ……。
俺がトイレを出たら、さっきの侍女がさっと中に入っていったが、すぐに出てきて質問してきた。
「ルーク様……用足しはしなかったのですか?」
「うん? ああ、自分で【クリーン】を掛けたんだよ」
「ルーク殿下は【クリーン】魔法が使えるのですね?」
「うん。僕の主属性は聖属性だからね」
『♪ 聖属性持ちは希少ですからね。少し彼女の好感度が上がったみたいです』
『まぁ、直接彼女に何かしたわけじゃないしね……噂を聞いて警戒しているようだけど、今後ちゃんと紳士的に対応していけば改善するんじゃない?』
トイレを出たのだが、廊下の一番奥の扉から、ゴロ音のする苦しそうな咳をしているのが漏れ聞こえてきた……。
「苦しそうな咳だな……」
「そこには奥方様がお休みになられているのです……」
妖精さんが結核とか言ってたな……うつるんだよね。
『妖精さん……風魔法の【エアシールド】張ってたらうつらないんじゃない?』
『♪ 【アクアシールド】【エアシールド】などのバリア系魔法で防げますね。というより、健康状態の良い者にはそう簡単にうつったりしません。体内に入った菌を駆除できないほど体力的に弱った者が発病するのです』
「奥方か……少し挨拶しておこうかな」
「お、お止め下さいませ! 人にうつる病なので、このような奥の部屋でお休みになられているのです!」
奥の部屋で『隔離している』と言わないんだね……どこかの貴族の息女だろうけど、できた娘さんだ。
「病を治す事はできないかもだけど、咳や熱を緩和する事ぐらいなら僕もできる……僕は学園に通うので、この地を出る前に挨拶しておきたい」
「ですが……それでしたら、一度御当主様に許可を頂いて下さいまし!」
「ごもっともな意見だが、今そこで辛そうに咳をしている者を放っておけない。君は外に居て良いからね」
止める侍女を無視して、扉をノックする。
「はい……ゴホッゴホッ……ゴホン……ど、どうぞ……ゴホッ……」
声を出したので、更にむせてしまった……。
「失礼します……」
「あら? 外が騒がしいと思ったら、お客様でしたの? このような格好で失礼しますね。ゴホッ……」
優しそうな声をしたご婦人だが、見るからに痩せ細っていて痛ましい。健康な状態ならさぞ美しい人だと思う。一生懸命ベッドに起き上がろうとしている。
「あ、どうぞそのままで! 僕はルークと申します。この度、このフォレル家に婿養子としてくることになりました。よろしくお願いします」
結局彼女はベッドに腰を掛けて起きてしまった……辛いだろうに……。
「まぁ、殿下自らわざわざご挨拶しに来てくださったのね。わたくしはガイルの妻、サーシャです。ゴホッ……折角きて下さいましたが、病がうつるといけません。すぐに部屋を出ておいきなさい……ゴホッゴホッ……カハッ……」
うわっ! 吐血した! これ、かなりヤバくないか?
「奥様申し訳ありません! 御止めしたのですが、学園に向かう前に挨拶をと……」
外に居ろって言ったのに、部屋の中に入ってきちゃったよ。
「そうですか……ゴホッ……わたくしも、生きている間に娘のお相手を見る事ができて嬉しく思いますわ……」
「失礼……【アクアラヒール】【クリーン】【アクアラキュアー】」
胸に手をかざし、肺の炎症を抑え結核菌を排除するイメージで中級回復魔法を掛ける。
この世界の回復術師たちが、風邪や結核を治せない理由は、菌やウイルスを認知していないのが大きな原因になっている。魔法はイメージがちゃんとできていると、神のシステム補正が働いて、ある程度の応用が利く。
『妖精さん、どうかな?』
『♪ かなり緩和できましたが、病は末期状態です……中級魔法では毎日処置をしないと治せませんね』
『毎日さっきの魔法を掛ければ治るの? 期間はどのくらい?』
『♪ 10日ほどで治せそうです。ですが、学園に行く必要があるので、王都から10日間毎日公爵家まで処置をしに戻ってくる事はできません』
「あら? 凄く楽になりました!」
「僕は回復魔法が得意なのです。でも、改善されはしましたが、完治していないので、また時間と共に悪化してきます」
「奥様の顔色が凄く良くなりました!」
「咳も止まって、熱も下がったようですわ♪ ルーク殿下、ありがとう。それにしても【無詠唱】で回復魔法を発動できるのですね……国王様の紹介だと聞いていますが、とても優秀なお方を婿に選んでくださったようですわね」
『♪ 病を患っている奥方に、マスターの悪評は一切伝えていないようですね』
なるほど……太ってはいるが、奥方からすれば優秀な人を寄こしてくれたと思っちゃったわけだ……。
お読みいただきありがとうございます。
現在書報掲載して頂く為に、1巻相当分に達するまで、不定期に連続投降しています。




