第11話 見送りもなく、家で朝飯も食べさせてもらえませんでした
この国の騎士学校に行ったとして、王族の俺に直接絡んでくる奴はまずいないだろうが、こっそり物を隠されたり壊されたりは有りそうだし、陰口は今でも凄いので隣国へ行くのも良いかもしれない。
事故で死んでしまったルーク君の体を譲り受けてはいるが、この世界に俺の本当の家族は居ない。記憶に引っ張られて情のような感情はあるけど、あまり影響を受けるのは良くないと思う。
この父親は俺を隣国に放出して事実上の厄介払いをして捨てる気なのだから、しがらみを断つのにはこの機会は丁度良いのかもしれない。
「ルーク、不満はあるだろうが、これは国家間のやりとりだ。今回の失態を償うと思って王族の子として役目を果たせ……。すまないが明日の早朝にフォレル王国に出立してもらう」
「明日! いくらなんでも急ですね」
俺の方からこの話を受けようと思っていたのだが……国家間のとか言い出しやがった。しかも明日とかあまりにも酷い話だ。この人への情が薄れていくのが感じられた……。こういう世界観だと婚姻は貴族の務めとでも思っているのかもしれない。
それにしても……この人は悪名高い俺が向こうで何かやらかさないかとか思わないのだろうか? 行った先の公爵家で、他家の貴族の女子の入浴を覗いたとか国際問題になるよ? これまでルーク君は面白半分に覗きまくっていたよね? 自家の家臣の息女たちだから大問題にはなってなかったけど、貞操観念の高いこの世界では結構まずい行為だよね?
「事を急ぐのは、向こうでお前が通う魔法科のカリキュラムの都合もあるらしい」
「僕は編入の為の点数が足らないのでしょ? 隣国で魔法科に通えるのですか?」
「この国と比べると貴族の絶対数が違うからな。フォレル王国では魔力量がそこそこあって、読み書きさえできれば、あとは入学金を払えば誰でも入れるそうだ」
この国より随分学力レベルが低そうだな……。
すぐ結婚という話ではないようだが、お相手は気になる……。俺としては向こうの魔法科に通って力を付けた後に逃げる気満々だけどね。
「あの、僕のお相手はどのような娘なのでしょう?」
「まぁ、気になるだろうな……。報告では美人なのだそうだが……その娘はこれまで一切社交界に顔を出していないため、顔写真などの情報が手に入っていない。既に学園に通っているので、向こうに行けば分かるのだろうが、美人で聡明という噂レベルの情報しかない……」
王家の人間を婿に出すのに、相手の情報が無い? 幾ら急に決めた話とはいえ、本来有り得ない事だ。
何か隠していそうだが、この際どこでも良いから俺を厄介払いしたいのかもしれない。
俺のレアな属性を考えれば、バカでも種馬として欲しがる家はこの国でも結構いると思うのだけどなぁ……まぁ、いいや。
「そうですか……分かりました。荷物を整理したいので、この【魔封じの枷】を外してもらえないでしょうか?」
「相手側の公爵家に引き渡すまで枷は外さない……。お前はすぐに逃げるからな。明日一杯はそのままだ。荷物は着替えと装備品以外は持って行けぬ。婿入りの持参金として国庫から1億ジェニーの金を出そう。俺からもお前に支度金として100万ジェニー用意した。足らない物は向こうで買い揃えるといい。あと、竜騎士学校を卒業した時に渡そうと思っていたこれも持って行け……」
剣を1本渡された……これはジェイル兄様が卒業した時に、父様が卒業祝いにと渡していた物と同じ剣だ。
当時はまた兄様だけ依怙贔屓してと思っていたものだ……。
「父様、このミスリルの剣は?」
「ジェイルが卒業する時に、お前たち兄弟3人にと同じ剣を打たせて用意しておいたのだ。卒業祝いにしたかったのだが、お前の分は今渡しておく……。結婚して向こうの家に入る際には、王家の家章は消すのだぞ」
この人への失いかけていた情が再燃した!
ヴォルグ王家の家章が入った、高純度のミスリルソードだ。
どこに出しても恥ずかしくない逸品だろう。
「父様、ありがとう!」
今回の一件は、これまで色々やらかしていた事の止めになったようだ。
王家に仕える侍女や衛兵の俺に対する陰口が酷い。この国の騎士学校に編入しても俺に良い事はないだろうと判断し、一切ごねないで婿入りに同意した。
結局【魔封じの枷】は外してもらえなかった……。持って行ける私物は着替えと装備品のみだと言われ、大した時間もかからず荷物も纏まった。こっそり持っていた調合道具一式を用意された木箱に忍ばせたけどね。
本当なら俺の【亜空間倉庫】内には結構な物が沢山入っている……。調合道具も入っていたのだが、俺の転生時にルーク君が死んだのなら、その場に【亜空間倉庫】の中身は全てぶちまけた可能性がある。
死亡時に【亜空間倉庫】の中身は全て放出されるのがこの世界の仕様だ。
『僕は一度死んだのか?』とか、変な事は聞けない……この枷が外されたら確認できる事なので黙っていた方が無難だ。
* * *
翌朝、まだ日が昇ってないうちに寝ているのを起こされた……。
「……あれ? ジェイル兄様?」
「ああ、おはようルーク……」
どうやらジェイル兄様が隣国まで届けてくれるみたいだ。
「兄様、荷物はその木箱だけです。馬車ではなく騎竜で送ってくれるとは思っていませんでした」
「ルーク、お前は納得しているのか? こんな早朝に、朝飯も食べさせずにこっそり家族にも知らせないで連れ出して……」
「納得はしていませんが、まぁ今回は厄介払いされても仕方がないかなとは思っています……」
「正直、父様に失望してしまいました」
めずらしく、兄様が父様に対して反抗的だ……きつい目をして父様を睨んでいる。
「ジェイル、俺にも思うところが有るのだ……これでもルークの為を想っての処遇なのだぞ」
「母様たちや妹たちに内緒で、こんな早朝に見送りもなくルークを隣国の婿に出すことの、どこがルークの為を想ってですか!」
「兄様、良いのです。知ると悲しんで引き留めるだろうから、こっそり出るのでしょう」
「そのとおりだ。それに、馬車だと10日ほどかかる距離を、ルークが慕っているお前に騎竜で送迎させるのだ。俺のちょっとした配慮も解かってくれ」
「確かにそうかもしれませんが……」
「兄様、なに簡単に父様に丸め込まれているのです……兄様を護送に選んだのは、僕への配慮というより、兄様を使って僕が逃げ出さないよう枷にしたのですよ。これで僕が逃げたら、護送任務を任された兄様に責が及ぶでしょ? 他の者だと逃げる心配があるから、僕の慕ってる兄様が選ばれたのですよ」
「俺が選ばれたのはそういう理由なのですか!?」
「いや……まぁ、それもある……。ルーク、分かっていてもそういう事は口に出すな……」
「ちょっとした腹いせです。チルルや姉様たちとちゃんとお別れしたかったですからね」
「すまないな。これまでお前が何度も家出逃亡したから、俺は逃走を危惧しているのだ。婿入りが決まってから部屋に隔離したのも、誰にも会わせなかったのもそれ故だ。お前のこれまでの行動が俺をそうさせるのだ。ジェイル、くれぐれも手枷は公爵家に送り届けるまで外すなよ。これは父としてではなく、王としての勅命とする。ルークも今回は大人しく従ってくれ……。ここまで話を進めてのドタキャンは、属国といえ後々問題になりかねない」
「それほど心配なら、問題児の僕なんか選ばなきゃいいのに……あれ? 僕の護衛に就くのは兄様だけなのですか? 僕はともかく、次期国王候補を他国に1人で向かわせるとか……危険じゃないですか?」
「他の国ならともかく、隣国は身内のようなものだから問題ない。まぁ、今回は極秘裏に話を進めたいので、信用できるジェイル1人に任せることにしたのだ。地上移動なら危険もあるが、ドレイクでの移動中への襲撃はまずないからな」
竜種のドレイクを恐れて魔獣は襲ってこないし、盗賊なども騎竜持ちはまずいない……騎竜での空の移動は、街中を出歩くよりも安全なのだ。
父様は俺を黙って婿に出すことが母様や姉様にばれるのを恐れたようだ……。間違いなく2人は止めるだろうからね。
騎士伝いにどこから情報が漏れるか分からないので、今回のこの件は父様と兄様、内務大臣の3人しかまだ知らないそうだ。
兄様の【亜空間倉庫】に荷物や持参金と支度金を預け、騎竜に乗ってフォレル王国に向けて出発した。
俺の見送りは父様だけという、普通の婿入りでは考えられない寂しい出国だった―――
せめてまともな朝飯ぐらい食わせろよ! 騎竜の上で硬いパンを齧りながら憤慨する。
「兄様、いくらなんでも朝飯すらゆっくり食べさせてもらえないとは、酷いですよね……」
「ああ、父様が何をお考えになっているのか、今回ばかりは正直理解できない。お前の事で色々腹を立ててはいるが、本気で嫌っているわけではない。それはお前も分かっているよな?」
「解ってはいますが……親から捨てられた気にはなっています」
「ある意味そうだが、貴族の婚姻はこういうものだしな……国としての思惑もあるのだろう。この婚姻話は相手側の公爵家というより、向こうの国王がかなり食い付いたらしい……」
「そうなんですか? まぁ、僕がこの国に居ても居心地悪そうですし……この際国外追放も我慢しますけど……ご飯ぐらい食べさせてから送り出してほしかったです」
「国外に婿に出されたのは自業自得としか言いようがないな……お前はやればできるのだから、これからは少しで良いから真面目に取り組むんだぞ? それと、他国に婿に出されたことより飯の方が大事とか……また『豚王子』って言われるから、あまり向こうに行ってからは食事に意地汚くするんじゃないぞ」
兄様に言われて初めて気付いたのだが、マジで食い意地が悪くなっているようだ……記憶の影響は恐ろしい。