日常という小さな平和
入学式の翌日、その日は対面式という小さな行事があった。僕は新入生とは昨日妹のこまちとその友達上田みずほと対面したのは記憶に新しいが、写真部を除く新入生及び在校生がこうやって目を合わせるのは初めてであろう。実際に「新入生可愛いな」という声が隣から聞こえたが、それほど先輩になり後輩ができるというのはワクワクするし可愛く見えるのだろう。新入生の様子を見て途中でみずほを見つける。それは相手もそうであったようでみずほは僕と目が合うと何故か顔を赤く染め始めたがすぐに微笑み僕に笑顔を贈る。手も振ってきた。僕は手を振り返した。するとみずほはパアッと一段と明るい顔になる。それを周りの新入生が何事かと見ている。
「ねぇ?そこにいるのみずほさんだよね?いつの間に仲良くなってたの?」
と、隣に座っているひかりがそう聞いてきた。その表情は柔らかいものだった。
「うーん。別に仲が…良くなったよ」
僕は一瞬言葉を詰まらせながらもそう言った。別に仲が良くなったわけではない、そう言おうとしたがやめた。その方が事実であるようにも思えたからだ。ひかりは「ふーん」と素っ気なく返事した。その顔はまるで面白くないのと言いたげだ。何が面白くないのかは理解できなかった。
「えー、では対面式を始めます。では始めに本日は校長不在のため副校長のお話」
在校生はもちろん、新入生も安堵の息を漏らしている。それどころか先生までも何故か雰囲気が明るい。校長の評判最悪だな、と思いながら副校長が壇上に上がるのを見守る。「気をつけ、礼」と、先生のお話の前の恒例の礼のあと副校長が語る。
「えー、新入生の諸君、よくこの学校に来てくれた。我々一同は嬉しく思う」
という言葉から始まり、
「あとだな、在校生は新入生の模範となるよう行動すること、以上で終わります」
と締め括った。その間約二分。話の短さに皆は、「もう今度から副校長のお話でよくね」と思ったに違いない。ひかりもほら、居眠りをしていない。
「なんか今つばさ失礼なこと考えてたでしょう」
とひかりから指摘されたが、
「校長の話で居眠りしている方がよっぽど失礼では?」
とわざとらしく返した。それにひかりは、
「だって、校長先生の話はもう睡眠薬みたいな感じじゃん」
と返してきた。睡眠薬という例えはさすがに思い付かなかったが、立って寝るひかりもかなりすごいのかもしれない。何故なら今まで僕は立ったまま寝ている人を見たことないのだ。それぐらい校長の話のヤバさとひかりの異常さを身に染めて理解した。
その後それぞれの委員会が色々と学校の説明をしていたが一回聞いたことあるないようだったため、また、その説明の時に生徒全員を座らせたがために僕は睡魔と戦うこととなった。説明がお経のように聞こえ、目蓋が重くなる。だかしかし、もしここで睡魔に負けたらひかりにからかわれるのは間違いない。「校長の話で寝るのはヤバッて言ってたのにつばさって生徒の話の時に寝てるなんて人のこと、言えるのかなぁ?」と最高にムカつく顔で言ってくるに違いない。つまりここで寝たら、僕の負け…
「つばさ、起きてよぉ。対面式とっくに終わってるよぉ」
という声が頭上で聞こえる。しまった!あれだけ睡魔に負けてはならないと誓ったはずなのにものの数秒でダウンしてしまった
「ふわぁ、そ、そうか」
なにか言おうとしたが言葉が出ない。出たのは対面式が終えた事実を確認した言葉だけだった。しかし返ってきたのは「う、うん」と読点含めて四文字だけ。おかしい。てっきりからかわれると思いきや全然何も言ってこない。この流れで僕はもしやと思いひかりに質問した。
「もしかしてひかりも…」
「隣から寝息が聞こえたと思ったら私もウトウトしちゃって…」
ひかりの顔が段々と赤に染まってゆく。今はどうやら新入生が退場する時であり、この流れを見ていたみずほはクスクスと笑っていた。こまちには呆れている顔を見せた。
「それで寝ちゃってたってことか。見たかったな、その睡魔と戦っている瞬間」
おそらく写真を撮りたがる衝動と僕は戦うことになるだろうけれど。けれど今まで僕はひかりが睡魔と戦っている瞬間を見たことがなかった。一昨日新しく転入してきたからということもあるだろうがこんなチャンスを逃すなどあまりにも不覚、なんてこと考えていると、
「よ、よかったー。私の寝顔の横でじろじろ見られるって気持ち悪いじゃん」
とひかりと言われた。それに加えて
「でも、つばさの寝顔は可愛かったよ」
と言ってきたので、僕は身震いしてしまった。誰だろう、寝顔を見られると気持ち悪いと言った人は。そう思ったときに救いの手、退場を促されたことによって僕は足早に体育館をあとにした。
その後休憩を挟み2時限目に突入する。その時間は係活動や委員会決めという超面倒くさい時間を過ごすこととなった。まあ僕は目立たずほぼなにもしない係になりたいなとか思いながら過ごしていると、
「じゃあ学級委員長になりたい奴いるか?」
「ハイ!」
と威勢のいい声が隣から聞こえた。それと同時に隣の人が席から立つ。そこまでしなくてもあまり人気のない係なのだから立たなくてもいいと思ったのは僕だけだろうか?隣の席の人は笑顔満点で先生に目を向けている。
「小山ひかりか、他誰かいるか?」
たぶんこれはひかりが適任ではないというわけではなく本当に他にやりたい人が居ないか確認しているのだろう。周囲を見渡すと、
「よし、じゃあ学級委員長は小山ひかりで決定!」
周囲から拍手が巻き起こる。そして、
「じゃあ副学級委員長やりたい奴いるか?」
僕は無言で、けれどしっかりと手をあげた。挙げなければ後悔する、そんな気がした。そして僕は先生同様周囲を見渡す。はやてはあんなつばさが立候補するなんてという驚愕な顔をしていた。つばめはというとなぜか微笑んでいる。つばめは僕とひかりのコンビを見て安心している、そう僕は感じた。
「他にやりたい人いるか?いなそうだしじゃあ副学級委員長は徳山つばさに決定!」
と先生は言った。ひかりの方を見るとやったー!と言いたげな満足そうな顔だ。
そういう感じで人気のない係が埋まるとその後もすいすいと係や委員会が決まっていった。余談だがはやては国語係、つばめは図書委員になった。どれも適任かもしれない。はやてに関しては面倒な仕事はせずに楽な仕事をする派だしつばめはというとなんか似合っている、そういう感じだ。
そして、二時限目が終わるとすぐにHRに突入する。何故かというと、
「このあとは新入生向けの部活動紹介だから関係者は、その、ファイト!」
と羽島先生がそう言うように部活動紹介の為放課後に突入するというわけだ。しかし、羽島先生は何故関係者に対してエールを送ったのだろう。
案の定僕は写真部部長のため参加せざるを得ない。もう一人出る予定なのだが、いつもならひかりが「やりたい!」と僕にせがむようにお願いしてくるのだが病院の検診で出来なくなってしまったのだ。ひかりは無理をしてでも「やりたい!」と言ってきたのだが丁重にお断りした。というか断らないと間違いなく病院関係者辺りから叱咤されるに決まってる。もっと言えば彼女はこの部活に入って約二日しかたっておらず活動内容がほぼわかっていない。その為ひかりの代役、ではないけれどつばめが役を引き受けてくれた。正確にははやてがやる予定でもいた。
けれど、つばめは「ここは作戦として私が出る」と僕やはやて、ひかりの前でそう宣言したのだ。作戦、それは男二人が出たらなにかと男子中心の部活ではないかと思われるかもしれない。それにもしつばさが暴走したときにつばめなら止められるらしい。暴走するというのはとても失礼すぎるのだが、逆に暴走したと仮定してつばめはどう止めるだろうか?おそらくなにかと僕が他の人に知られたくないことを暴露すると脅すだろう。おー、怖ー。
HRは早々に終わった。クラスにいる人は足早に廊下に出ていく。そしてクラスには僕、はやて、つばめの三人だけになった。
「ねぇ、つばさ」
とつばめが僕に声をかけてくる。同時にはやてもスマホの画面を閉じ僕の方に来た。そして、
「今年は何人入ると思う?」
と聞いてきた。ここで聞く質問か?と聞きたいところだが僕は、
「僕ら以上に入るんじゃない」
とそっけなく返した。けれどそうでないと部活が部活として成り立たない。原則として五人以上入らないと部活から同好会へ格下げされてしまう。今回どれぐらい入るかによってそれが決まるとなるとそれはそれで失敗は許せない戦いになる。
「紹介はつばさが写真部の説明、そのあとの宣伝は私だったよね?」
と聞いてくる。僕は「そうだよ」と返しておく。というのもこの話が出たのは一昨日の話でありまだ全然打ち合わせとかやっていなかったのだった。説明、これは多分僕にとっては楽勝過ぎることだろう。何故なら僕は写真部部長なのだから。しかし、宣伝は難しい。相当頑張らないと本日から約一週間半という部活動体験期間の中誰も来てくれないという最悪な事態になる。それだけは避けたいが僕は残念ながら適任ではなくつばめという写真部の歴史の中女子部員が少ない中での女子部員であり、女子部員もいますよという宣伝効果にもなりうる。
「つばさ、成功すると思う?」
とつばめがまた質問してくる。口調が弱々しく、緊張がとれる。なので僕は、
「大丈夫だろ。つばめは美人なんだから男子は惹かれ女子は安心するだろーよ」
とはやてのように励ました。流石にはやてまで勢いはないが、つばめは口元を緩ませ少し微笑んだ。眼鏡の下からは緊張が少し溶けた笑いの目が浮かんでいた。
「ウザ」
結果から申し上げると写真部の部活動紹介は成功をおさめた。正確には何事も問題なく終わらせたということだ。勿論僕が暴走することもなかった。




