放課後という小さな溜息
その後部活動で最初に行ったことは新入部員の歓迎会みたいな感じだ。残念ながら入学式は明日なので後輩が入ってきたわけではないが、それでも新入部員というものはやはり心をうきうきさせる。
その新入部員小山ひかりは乱闘後にようやくいつもの笑顔でにこにこし始めた。それにしても何故だろう、若干僕に圧力のかかった目線がひかりから送られてくるのは。僕は極力その圧力を無視するように中心に立った。机を移動させ、皆の顔が見れた。
「じゃ、部活始めるけど、まずは現部員の自己紹介からどうぞ」
僕はさっき自分は写真部の部長、そしてなぜ部活に入ったかというのをひかりに向かって語ったので僕の役目はとっくに終わっている。自己紹介を現部員の二人にバトンタッチした。だが、
「あんたも現部員だから自己紹介しなさいよ。しかもあんた部長でしょ」
と、つばめに言われたので僕は自己紹介を得なかった。つばめの圧はひかりよりも度を越していた。
「えー、まあいいけど。まあ、僕がこの写真部部長をさせられてる徳山つばさ。まあ、今まで通りつばさでいいよ」
「俺は一ノ関はやて、一ノ関駅の一ノ関に平仮名のはやてな、よろしく!」
と、続いてはやてが、
「私は川内つばめ。川の内に平仮名のつばめ。宮城の仙台じゃないからね、よろしく!」
と、つばめが自己紹介した。余談だが実際に川内駅は存在する。確か九州の駅だった気がする。
「じゃあ新入部員の自己紹介、どうぞ」
まあ、僕含めひかりのことはさっきの自己紹介で知っているのだが、なぜ入ったかということを彼女の口から話させるため、僕は再度新入部員として自己紹介させた。しかし、
「ども!写真部新入部員の小山ひかりです。これからよろしくお願いします」
ひかりの自己紹介はそれだけだった。
「えっとー、なんで部活に入ったのかな?」
とさりげなく質問してみる。ひかりの目線の圧が強くなった気がするがつばめのそれよりかはまだか弱い。それに、一応これは二人には知っておくべきことだ。
「わ、私は、私の生きている証拠を残すために写真を撮ってて、写真を撮るのも好きだからこの部活に入りました」
その言葉は僕は先に察したが二人はそれを聞いて本当によく見ないとわからないぐらいに数ミリ顔を下に向ける。言葉の意味を理解したのだろう。彼女は病気持ちで、少しでも生きていた印を残しておきたいことを、だけど、
「だよな!誰だって自分の存在を残しておきたいよな、わかるぜその気持ち」
などとはやてがひかりにフォローをかける。けれど僕はまだ追撃をかけた。
「本当にそれだけなのか?」
僕はその本当をほぼほぼ確信が至るほどまでに推理していた。そんな答え、普通に考えればすぐに至る答えを僕は最初自分の生きている印だけだと見落としていた。ひかりの圧は頂点に達したが、溜め息をつき、諦めるようにその答えを言った。
「私は、部活動をしてみたいんです。まだ体験したことのない部活動を」
「ほんと、つばさって何者?超能力者?それともやっぱ探偵?」
ひかりの声が教室中を駆け巡る。あのあと写真部では何をするか、何曜日にあるのか、ひかりの病気は大丈夫なのかとか、僕が罵倒されるとか、そんなこんなで今日の部活は早々に終わった。はやてとつばめは僕の片付けなどお構いなしに一目散に帰っていった。つまりこの教室に居るのは片付け中の僕とひかりだけ。
「超能力が使えるのだったら春休みをループさせてゆっくり休みを満喫してるさ、それに探偵って言ってもそんな難しくない問題だよ。答えを見落とさなければね。誉めてくれてもいいんだよ、助手君」
「なにそれ、すごいムカつく。それに私はつばさの助手じゃないし」
ひかりは顔をぷりぷりさせながら怒っている。けれどその顔は怖くはなく逆に可愛かった。
「あ!今私の怒ってるとこ可愛いって思ったでしょ」
「うん、めちゃめちゃ可愛いから写真撮っていい?」
僕はズボンのポケットからスマホを取り出してカメラ機能を作動すると、急にひかりの顔が笑顔満天になった。ちぇっ、つまらないの。僕は写真を一枚だけ撮るとズボンにスマホを戻した。
「もう一度さっきの顔をしてください。ジュース奢るからさ」
「そんな手に引っ掛かるか!」
カシャッ…
「ありがとうございます。いいのが撮れました」
僕は即行その写真に鍵をつけた。鍵マークが写真の右上に付いた。
「いいのが撮れました、じゃねーよ!この盗撮魔が」
とひかりは言うと僕に近づいたかと思いや急に僕の両頬をつねってきた。
「いい、次やったらほっぺたがなくなると思いなさい。このこのこの」
僕は引っ張られたが全然痛くもない、けれどこのまま引っ張られるのも困るので、
「ファ、ふぁかりまひた~」
と若干笑顔でそう返した。
「にやにやしない!」
「フギァー!!」
いきなり強く引っ張られた!これは、
「いはい、いはい、いはい、いはいよー」
言葉が変に聞こえるがとにかく痛い!容赦なさ過ぎるだろ!
「ふん、これぐらいで許してやりましょ」
腹いせが収まったのか笑顔で離れる。頬がじんじんした。
「ていうかいつまで準備してるの?早くいこうよ、つばさ」
「はいはい」
と僕は力弱くそう返した。両頬が少し痒くなっていた。
早々に高校を出た僕たちは大通りに向かって歩いていた。僕は自転車通学なので自転車を押しながら歩いている。横には本日転入してきた小山ひかりがいる。笑顔が取り柄といっていたが、それは本当ですと証明するかのようにずっと笑顔だった。
「つばさってさこの近くに住んでるの?」
ひかりが突然そんな質問をしてくる。
「ん、まあそうだけど」
ひかりは「え!私もだよー、偶然だね」とそう笑顔で言ってきた。その言葉でひかりが何故引っ越してきたのかはすぐに予想できた。
「病院が近いから引っ越してきたのか?」
などと予想を口にすると本日何度目かのビックリ顔を見せた。当たっていたのだろうか。
「90点ってところかな。んで、何でそう思ったの?」
「病院が近いのは予想できるけど、でもそれはそれでわからないんだよな。病院なんてたくさんあるのに」
「そう、病院なんて、ここら辺にはいっぱいあるよね。私田舎暮らしだったから、元々の家にはあまり病院なんてなかったんだけどね」
田舎、それはいったいどこだろう。そう思ったが口にはしなかった。
「そこには大きな病院がなくて勧められた病院がそこの病院なの、たったそれだけのことだよ!」
なるほど、そういうことだったのか。勧められた病院に通院するだけ、たったそれだけの事だ。
ひかりはまた暗い顔をしたところを撮られたくないのか勢いで言い終えたが、別に僕がそんなこと微塵に思ってもいないことに彼女は気づいていない。いや、こんなこと思っているだけで、ほんの少しはそんなこと思っているのかもしれない。スマホの電源は切られたままだ。けれど僕はスマホに手をつけなかった。
「ふーん、まあ、近くに住んでいるんだったらこれからよろしく。たまには遊びにいくかも」
「い、家には上がらせませんからね」
と何故かそう釘を打たれた。別に変な意味なんてないのに。けれど、家に遊びにって僕は何を考えているんだ。
大通りに出ると車通りが急に多くなり、車の走る音、バイクのマフラー音、たまに聞こえるパトカーの音が耳に響いた。二人の空間はみんなの空間になって混ざっていった。
ひかりとは次の交差点で別れ僕は自転車を漕ぎ始めた。大通りを少し通って、また路地に入ること約二分弱で自宅に着いた。マンションの三階の一室に自宅がある。僕は鍵を開け家に入った。
「ただいま~」
と僕は帰ってきたことを伝えると、
「おかえりー」
という声が聞こえてきた。自宅には母親、そして妹がいた。
「お兄ちゃん、今日は始業式っていうのに帰りが遅かったねぇ、何かあったの?」
と妹はなにげにそんなことを聞いてくる。手には珈琲の入ったマグカップを持っている。
「別に、ただ部活なだけ」
僕は単にそう返した。リビングに入ると妹は珈琲を飲みつつ笑顔で突っかかってくる。いつ珈琲を溢すかで気が気でない。
「そうか~でもさ部員が少ないんでしょ。三人だっけ?あ、そうだ!私が入ってあげよっか?」
妹、徳山こまちは今年から晴れての高校生であり僕と同じ高校に通うこととなった。そして明日入学式を迎える。今でこそアイラブハッピーと筆記体で書かれたTシャツに紺色の短パン、ショートヘアーにヘアバンドを頭に付けている小柄の少女だが、明日には同じ高校の制服を身に纏うのだ。そして、いつも部活の話題になっては食い付いてくるのだ。
「別にどっちでもいいよ。それよりも、今日一人新入部員が入った」
この事実がこまちにとっては意外だったらしい。目を丸くさせている。そして、ガバッと立ち上がった。珈琲は溢れなかった。
「マジで!?えっとその人はどんな人?変わってる?変わってるよね!」
どうやら僕の通う高校の写真部は変な人ばかりらしい。少し暑苦しい顔、毒舌少女、そして笑顔の絶えない少女のどこが変な人ばかりなのだろうか。それとも僕にとっては普通なことで他の人には普通ではないのだろうか。
「まあ、笑顔が絶えない健全な少女かな」
無垢な笑顔が頭に浮かぶ。病気持ちとはさすがに言えなかったがそれでもこまちの驚愕は収まらなかった。
「マジで!?だったら私も早く部活入ってその子を見つけて抱きしめないとなぁ~♪」
「やめてあげなさい、嫌がるでしょうよ」
僕はまるでお母さんのような口調でこまちを止めた。
でも本当はその姿を一目見てみたい僕もいた。上手くいけば写真も撮れれば最高だ。実際ひかりはそういうのも楽しくやるだろうな、そう思えた。
「そういえばお兄ちゃんいつまでそこに立ってるの?早く着替えてこいよ」
珈琲を飲み干してこまちに着替えるよう促されたので僕は自室に行き私服に着替えるしかなかった。
部屋に入ると、今日あったことがまた甦った。進級早々罵倒され、転校生がやって来てその子は僕の隣の席に座り、笑顔を振りまいた。そして、その少女は驚くことに僕と同じ部活に入部し、四人で活動することとなった。そして、転校生の少女とまさか一緒に下校することになった。
疲れのせいか僕の小さなため息をついた。ため息は幸せを一つ失うと小さい頃誰かに言われた記憶がある。けれど、このため息だけは幸せを呼ぶだろうと、そう僕は感じたのだった。




