勉強会という小さなイベント
ゴールデンウィークも明け、いつも通り七時にスマートフォンのアラームが僕の部屋に響きながら朝を迎えたことを知らせている。それを寝ぼけた僕が勝手にその音を切った。そしてまた眠りにつこうとして、
「起きやがれこの野郎!」
と僕の腹を手加減なしに蹴られたがために強制起床させられた。目をぱちくりさせる僕、目の前には罪悪感の欠片もない屈託のない笑顔を見せる母親の姿がそこにはいた。
「今日から学校だろ!さっさと起きて朝飯食いやがれ!」
まったく、この元気は何処から来るのやら。のぞみと同じ疑問を抱えつつ洗面台に行き顔を洗う。冷たい水が僕の顔を刺激した。
その後にリビングに移動し既に出されていた朝食を食べる。メニューは白米に味噌汁に焼き魚。一般的な和食朝食である。それを一気に腹の中にしまい込み、麦茶を一杯飲んで手短に朝食を済ませる。そして一瞬だけテレビが視界の中へと入った。この時間はいつもCMをしている時間で、案の定サイダーレモンのCMをやっていて、
「なーに落ち込んでいるんだよ」
「うっさいな」
「青春の味、サイダーレモン新発売」
という若々しいシチュエーションを見て、いかにもthe青春と思わざるを得ない。僕もこのCMに出演している橋本のぞみとそんなやり取りをしてみたいと思いたいが、残念ながら「バーカ」と言われ続けているのでこんなシチュエーションになることは二度と訪れないだろうが。
「もうちょっと僕に優しくしてくれたってバチは当たらないよなぁ」
「なに言ってんだ、つばさ」
のぞみに対する愚痴が溢れ謎に思う父親。僕はなんでもない、と言って誤魔化す。
とりあえず準備を整えていざ久しぶりに学校!っというところで残念ながら今日の東京は雨が降っていた。
レインコートを着てチャリ通とかだる!と思いながら通学しクラスの中に入る。廊下側二列目の一番後ろの席、始業式以来変わらずである。
僕は何故ゴールデンウィークを引き延ばせなかったのかという意味不明な議論を頭のなかで展開させていた。
確かに今年のゴールデンウィークは長かった。そして充実していた(つばめに限らずのぞみに罵倒されたことを除けば)。しかし充実していたせいであっという間に終わってしまったのだ。もう少しゆっくりしたかったという欲求不満が僕のなかを駆け巡った。
「なに呆けてるんだよ、つばさ」
変に思考を回しているときに上から声がした。見ると元気一杯なはやてが立っていた。
「いやー、ゴールデンウィークがもう少し長かったらなぁって」
「それなー。ってかそれ去年も言ってただろ。去年よりゴールデンウィーク長かったろ」
「それに対して休みが少なかったよ」
ひかりのお見舞いから始まり、遠くの公園での部活動、そして再びひかりのお見舞いで締めくくった。実質七日家にいたのだが、もう少し休みたかったという欲望がないわけでもない。というかある。
「なあ、はやて。ゴールデンウィークを初日に戻す呪文でもかけてくれ」
「アハハ、戻っても同じ出来事周回するだけだろ」
「確かに…」
などとバカ話をしているところに、
「おはよ。つばさにはやて」
と後ろの方から声がかけられる。首をひねって後ろを確認するとそこには疲れた顔を見せるつばめがいた。
「おはよ、つばめ。なんか疲れてそうだな。オンラインゲームのやり過ぎか?」
「うぐっ。。確かにそれもあるわよ。ちょっぴり」
「その言葉遣いからかなーりやってたように聞こえるのだが」
「俺もそう思う」
二人がニマニマしながらつばめを見る。が、つばめは顔色一つ変えずに、
「私だってゲーム以外にも忙しかったし。特に勉強とか」
「勉強?」「あー。俺らを現実に戻すなー」
どうやら事情をわかっていないのは僕だけであってはやてはつばめの言わんとしていることが理解できたようだ。
「なあ、いったいどういう」
「おはよ!!みんな!!」
俺の質問は一人の少女の快活な挨拶によって遮られた。再び後ろの方を確認すると、そこには笑顔が弾けた少女が一人。
「おはよ、ひかり。そして退院おめでと」「ひかりさん、おは!聞いて驚け、こいつら超心配してたぜ」「ひかりさん。退院おめでとう」
「みんなありがと!!あとはやてくん、それ詳しく聞かせて!」
「ざっくりと説明するとな、部活の時はなんか寂しそうにしてるし、つばさはなんか目が死んでたし、つばめもこう見えてちゃんと心配していてくれたらしいぜ」
「つばさの目が死んでいるはいつも通りじゃないかしら。でも心配はちゃんとしていたわよ」
「聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど。なに、お前ら、いつも僕の目死んでいるように見えてたの?それに、つばめの場合はゲームと勉強のしすぎで忘れてたんじゃないのか?」
「それこそ聞き捨てならないわよ」
心外だわ、と頬を膨らませながら怒るつばめを目の前にひかりは、
「まあまあ、二人とも。気持ちはありがたいわよ。心配してくれて、私は嬉しいよ」
と、僕とつばめが口論になろうとしていたところを仲裁した。だが、
「誰だよ。心配して欲しくなかったと僕に言ってきたやつは…」
「それは、つばさは心配している顔よりもいつもの顔の方が幾分とマシだもの」
「さいですか」
納得がいかず、溜め息をついてしまう僕。しかし、そんな時間も長くは続かなかった。
始業のチャイムが鳴った。そして、羽島先生がドアを開けて入ってくる。
朝の挨拶を済ませSHRが開始される。
「さて、まずは、小山さんが昨日退院し学校生活に復帰できるようになった。まずはそれを祝したい。退院おめでとう」
クラスのみんながそれに合わせ拍手する。それを見たひかりはたいそう照れて、
「ありがとうございまーす!」
と元気な声で応じた。ここまで気にかけてくれるクラスって暖かいな。そして、
「さて、中間テストも来週に迫ってきているし、頑張って勉強するように、以上!」
と、さっきの会話の伏線を回収するような一言を放って先生はSHRを締め、クラスから出ていった。
「ねえ、ひかり。もしかして来週のテストの存在を忘れてたりしませんよね?」
「そんなわけないでしょ。忘れる馬鹿はこのクラスにいるの?」
いるんです。いるんですよ。目の前に。勿論そんなことは言わない。が、
「つばさの方じゃないかしら。テスト忘れてたのって」
後ろの方から声がして今日何度目の振り向きの行動は早い。後ろにいたのは、次の授業の準備をするつばめだった。
「いっつもそうじゃない。なのに…」
「なのに?」
と、ひかりが続きを促す。そして、
「なのにこいついつも学年三十位以内に食い込むのよ。ほっんとムカツク」
「それにはちゃんとした努力があってですね」
「私つばさのテスト勉強しているところ見たことないのだけど」
「家でやってるんだよ!」
実際のところはやろうとしても身体が追い付かずスマホばっかりしてしまう典型的なタイプなのだが。それでも最低限提出物は済ませているつもりだ。
「ならさ、次の土曜日、みんなで勉強会しない?」
ひかりが今思い付いたようにひらめいた顔を一瞬見せ提案した。が、チャイムの音で会話が途切れてしまった。
※
そして、今週の土曜日、僕は朝から電車を使って出掛けることになった。電車に揺られること約十分。大通りには多くの店があり、少し歩くと有名な神社に辿り着く。
僕はその神社の前までやって来た。相変わらず賑わっていて、なにもなければそこでお参りしたくなるくらいだ。その中に一人、僕らに気付く女子が一人。
「やっぱり、つばさとひかりさんは一緒に来るのね」
「やっぱりってなんだよ」「アハハ~。私まだこの辺疎くてねぇ~」
そう、何を隠そう、ひかりとは朝駅前に集合してこの地まで二人で楽しく談笑しながらここまで来たのだ。だが、この展開は既につばめは予想していたのだった。
「こうしてみると、いかにも三角関係みたいに見えるなぁ」
「馬鹿がバカなことほざいてるわ」「アハハ~。確かに…」
この『確かに…』は誰への肯定なのか、最後まで僕はわからなかった。
数分後、はやては小走りでやって来た。挨拶を交わし、そしてそのまま北へ歩き出す。徒歩約十分でとあるマンションに到着する。六階建てのそのマンションの中に入って、そのままエレベーターに乗って五階まで上がる。五階の廊下を少し歩き、とある号室のドアに着いた。そして鍵が開いたことを確認して、中に入った。
「ただいま~」「「「おじゃまします」」」
そんな声が室内を包み、そして消えた。そう、その部屋には誰もいない。まるで誰かの帰りを待っているかのような、そんな寂しさが漂っていた。もちろんそんな空気はすぐに雲散霧消するわけで、
「今、ママとパパは家に居ないから」
「へぇ、つばめって親をママパパって呼ぶんだ」
「別にいいじゃない、そんなこと。何?何かおかしいことでもあったかしら?」
「い、いや。別に…」
「あ、わかった!つばめちゃんがママパパって言うのが可愛かったんでしょ。ほらぁ、黙ってるってことは図星でしょお」
「そんなことよりもそろそろ入ろーぜ。俺が入れねぇ」
シャープペンシルの音が聞こえるほど静かな部屋に黙々と四人は各々テーブルに勉強道具とオレンジジュースの入ったコップを並べて勉強に勤しんでいた。ひかりとつばさは英語、はやてとつばめは数学を勉強している。
「……わからねえー。解けねー」
と、三十分してから嘆いたのははやてだ。それまで黙々と問題を解いていたつばめは、
「ん?何処が解らないの?」
と、その問題を見て、一分間ほど黙々と彼女の中で分析し、そして、
「あ。わかった。はやて、あんた計算ミスしてるじゃない」
「は?」
素頓狂な声を出して驚くはやて。つばめはそのはやてには目もくれず、さっさと解説を始めてしまう。
「ここ、1-(-4)=-3になっているわよ」
「な!?」
またもや素頓狂な声を上げるはやて。なるほど、そんな初歩的なミスだったのか。この場にいる全員がそう思った。
「そんな簡単なミスを犯していたのか。わからなかったぜ」
「気持ちはわからなくもないかな。ミスって何度もチャレンジしてもわからないとき、あるよな」
即座に僕はフォローした。が、こんなフォローをしている場合でないことを数分後に知ることとなった。
「うーん…」
つばめの解説も一段落したところで僕は唸った。目の前には課題の答え合わせの結果があった。それはあまり良い結果とは言えなかった。それを見かねたひかりは、
「英語、苦手なの?」
と聞いてきた。
「まあな。ぶっちゃけ大人になって外国なんて行かないと思うけどな」
「ダメだよ。今や国際社会だから日本にいても英語ができないといけないのですよ、つばさくん」
まるで先生のように僕を注意するひかり。こういう先生がいればなと思いながら「はーい」と、返事した。
「よろしい。分かれば良いのです。で、どこがわからないの?」
僕はそのノートをひかりに見せた。つばめも覗き見し「珍しい、ここまでつばめがミスしてるなんて」と小声で言った。
「ん?ここって、仮定法、かな?」
刹那、ひかりがにやりと笑った気がした。




