帰って来た長兵衛(創作民話 3)
その昔。
ある村に長兵衛という漁師がいて、年老いた母親と二人で暮らしていました。
ある日のこと。
長兵衛は川で漁をしていて、あやまって船から落ちてしまいました。風が強く、川がひどく荒れていたのです。
気がつくと……。
なぜだか水の中にいて、さらにまわりには大勢の河童がいました。
どうやら河童に助けられたらしいのです。
ですがこのとき、長兵衛は自分の名前すら忘れ、すっかり記憶を失っていたのでした。
そのころ。
村では懸命に長兵衛を探していました。
船があった川岸付近を探すも、長兵衛の姿はどこにもありませんでした。
船に煙草と愛用のキセルがあったことから、長兵衛は川に落ちて流されたのだと、ついには探すことをあきらめました。
三年ほどのち。
村人の一人が、上流にある滝つぼで長兵衛を見たといいます。滝つぼの水底に寝転がり、ぼんやり空を見上げていたそうです。
かたや、そのとき。
長兵衛は河童の嫁をもらい、河童の子を授かっていました。
河童たちはみな親切であり、好きだった煙草が吸えないことをのぞいては、なにひとつとしてこまることはありません。毎日のように水底から空を見上げ、長兵衛は河童たちとのんびり暮らしていました。
そうした、ある日。
いつものように空を見上げていますと、一本の赤いヒモが水面からスルスルとおりてきました。
――おや?
長兵衛はなぜかなつかしさにかられ、目の前の赤いヒモをつかんで引き寄せました。
赤いヒモに見覚えがあります。
――おっかさんのものだ!
長兵衛はふいに母親を思い出しました。
その赤いヒモは母親の腰ひもだったのです。
――うん?
ヒモの先にキセルが結わえられてあります。
手に取ってみると、それはかつて自分が使っていたものでした。
と、そのときです。
ヒモが水面に向かって引かれました。
キセルは自分のものです。
長兵衛がキセルをにぎりしめていると、尻が水底か離れ、体がふわふわと浮いてゆきます。
考える間もなく、長兵衛は滝つぼの水面から顔を出していました。
「長兵衛!」
「おっかさん!」
滝つぼの淵には母親が立っていて、さらには顔を見知った村人らもいました。
村人たちは長い竹竿を手にしていて、その竹竿の先端には赤いヒモが結わえられてありました。
――そうか、オレは漁をしていて……。
長兵衛は記憶を取りもどしたのでした。
「早く、こっちにこい!」
母親が叫んでいます。
長兵衛は淵へと泳ぎました。ところが、水の中から足をつかんで引く者がいます。
見れば、我が子が足に取りすがっていました。
長兵衛は滝つぼの淵にはい上がりました。
我が子も足について上がってきます。
「陸では、オマエは長く生きられん。かあちゃんのもとで暮らすがいい」
長兵衛は我が子に言いさとしました。
そして別れぎわ、畑でとれたものなどを持たせてやりました。
その村では――。
今でも人が消えると、その者が大事にしていたものをヒモに結わえ、滝つぼの中にたらします。
その者が釣れるのです。
ときおり河童の子も上がってくるといいます。
そのときは河童の子に、野菜なんかを持たせて帰してやるそうです。