私は私を愛せない
誰かを傷つけた時の夢を見ると、必死に頭を抱えながら、布団のなかで小さく丸まって、そのうち、疲れて眠ってしまう。
「死んじまえ」
「役立たず」
「デブ」
「お前なんていらない」
傷つけられる事なんて、もうとっくに慣れていた。
「うるさい」
「馬鹿」
それを「傷付けるために生み出した言葉」で仕返しした自分が、憎らしくて、憎らしくて仕方がない。
容姿を否定されただけだった。
晒し者にされただけだった。
馬鹿にされただけだった。
いつものように、小さく丸まって過ごしていれば、誰も傷付けなくて良かったんだ。
「傷付けられたから」だなんて、最もらしい免罪符を使って。
酷い言葉を言い返したりして。
そんなの、私も「同じ」じゃないか。
丸まって過ごす「私」を、いつしか周囲は「良い子」と呼んだ。
「穏やか」だと。「優しい」と。「賢い」と。
与えられた「肯定」は、驚くほどに甘く、いつしか私は、「肯定される事」に依存していた。
「もっと頑張らなくちゃ」
「もっともっと」
「もっといいこにならなくちゃ」
────きっと、そうすれば、もう誰にも傷つけられないから
傷つけられなければ、傷つけることはないのだから。
「いいこ」な私は酷く醜くて。
憎らしくて、滑稽で、薄っぺらで、そして、本当は何も持ってない私は、酷く惨めだった。
日に日に自分が汚れていく。
嘘くさい、似非優等生の皮を被った、醜くて汚い「私」になっていく。
息が出来なくなる。言葉は喉の奥で詰まって、結局相手の意見に賛同する言葉のみが口から零れ落ちる。
死んでしまえばいいと思った。
自分なんていらないと思った。
そんな私を、いつも肯定してくれたのは貴女だった。
「凄いじゃん」
「偉いね」
「頑張ったね」
いつだって、そう笑ってくれたのは、貴女だった。
貴女だけだった。
「彼女は頑張ってるんです!」
「どうしたの?」
「気にすることないよ」
「大丈夫だよ」
貴女はいつも、こんな「私」を、肯定してくれた。
真面目じゃなくても、優しくなくても、頑張ってなくても、いいこじゃなくても、役立たずでも。
「君には「本当の私」で接することができる」なんて、笑ってくれた。
無邪気な笑顔を向けられた私は、笑顔を返そうとしたのに。
ひくり、と、顔がひきつった音が、聞こえた気がした。
嗚呼、きっと。
私は私を愛することは出来ないだろう。
人が他人の粗を探すように、私も私自身の粗を探し続けている。
「頭が悪い」「駄目人間」「言い方がきつい」「生きている価値もない」
否定されるのを苦しく思う癖に、否定されると、何処かで安堵する自分もいて。
「嗚呼、そうか。私は駄目なんだ」と。「じゃあ、もう、仕方がないな」なんて。
物分かりの良いフリをして、結局は逃げ続けただけだったんだ。
私は私を愛せない。
声に出さずに、口内でそっと咀嚼して。吐き出したかった醜い言葉は、見ない振りをして、心の奥に沈めた。
嗚呼、一体、私はどんな未来を望んでいたんだろう。
嫉妬して、僻んで、逃げて、言い訳をして。
卑屈になって、自分の殻に閉じ籠った。
「逃げたい」のに、「逃げる場所」もないなんて。
私は本当に、駄目な子だったんだな。
吐き出した言葉の渦に呑み込まれていく。
銀の泡が、静かに浮かんでいく。
呑み込まれて、やっと、望んだとおりに、「逃げられる」のに。
どうして私は、捨てた筈の「言葉」に、必死にしがみついて居るんだろう。
苦しい言葉の海の中で、必死に、みっともなく水面を目指してもがいていく。
「大丈夫だよ」
なんて、いつも通りの、貴女の優しい声がして。
もう繋ぐことの無くなった手に、懐かしい、貴女の手の感触が生まれる。
水の中から、思い切り引き上げられて、最初に見えたのは、変わらない貴女の泣きそうな顔。
眉を心配そうに下げて、今にも、涙が溢れそうで。
「心配したんだ」なんて、貴女が泣き出すから。
つられて、私も泣いてしまった。
私は私を愛せない。
けれど、こんな私を見付けてくれた、貴女を変わらずに愛していきたいんだ。
「大丈夫だよ」
って、貴女が笑うから。
もう、それだけで伝わったような気がして。
「私の笑顔」で、そっと笑いかけてみた。