9.
ランペドゥーサ島に流されてきたドン・ガリバルド・ディ・クレスポはドン・ペッレグリーノ・イベッロにシチリアの状況は日増しに悪くなっていくと告げた。
「もはやどうしようもない。わしやあんたのような複数の町に顔が利く古株の《名誉ある男》はみな島流しにされとるし、若い《名誉ある男》たちは政府を恐れて、みかじめ料の取立てに行きたがらない。若い連中はみかじめ料の本当の意味が分かっておらんのだ。たとえ一チェンテージモでもいいから取り立てて、わしらの目が光っていることを思い知らさねばならんのに、若い連中は、そんなはした金のために島流しにされるのはごめんだと文句を言いよる。おかげで農民や商店主どもは調子に乗って、スパイの真似事をしよる。ちんけな懸賞金欲しさに誰かを売るようになった。信じられんよ。あちこちサツのイヌだらけだ。それで若い連中はどうせ捕まるならと、気が狂ったように銀行強盗や誘拐や家畜泥棒に精を出しているが、もう縄張りも掟もへったくれもない。チェーザレ・モーリが来る前は憲兵一人殺すのも関係するシマの《名誉ある男》全員が寄り合って慎重に事を運んだもんだが。くそっ、ムッソリーニめ、あいつはアカと同じくらいタチが悪い。いや、アカ以上だ。アカは殺せば、それでおしまいだが、黒シャツ野郎は殺すと倍になって返ってくる。それにペッレグリーノ、わしはパッサカリアのことでも悩まされた。あの男は憲兵を列車ごと吹き飛ばして大勢殺したが、そのことがイタリアはおろか世界じゅうの新聞にのっておるそうじゃないか。いくらなんでも目立ちすぎだ。それにパッサカリアはあの通りの男だから、もっと大勢ぶち殺してやると意気込んでいるが、そんなことしたら他の連中はどうなる? あいつは山に逃げ込めば済む話だが、町で自分のシマを守り抜こうと頑張ってる《名誉ある男》たちはそうはいかない。カルミネ・パティエンツァには悪いが、所詮山賊は山賊でしかない。つまり十年先を考えられない。ムッソリーニみたいなやつがいつまでもイタリアの支配者でいられるわけはないんだ。覚えとらんかい? 二四年にやつの子分が社会党の議員を殺したとき、やつは議会で総スカンを食らって、あやうく失脚しかけた。あれと同じことが明日にも起こらんとは限らないだろう? やつが失脚すれば――わしは近いうちにそれが起こると思っとるが――とにかく失脚さえすれば、全ては元の鞘におさまるんだ。アントニーノ・ディ・ジョルジョが首相になれば一番いい。あれはシチリア出身だし、《名誉ある男》の何たるかを知っとる。《名誉ある男》がシチリアを仕切ることにあえて反対はすまい。だが、それもどうなることやら。若い連中はシマを維持することを怠けるし、山賊どもはキチガイのように殺しまくる。これじゃ事がおさまった後でわしらがシチリアに戻れても元のようにはいかなくなる。何か根本的なものが変わってしまって、わしらの時代を取り戻せなくなるような気がするんだ。例えば、家畜泥棒だ。ペッレグリーノ、もう家畜泥棒は犯罪としては下の下まで落ちた。ただかっぱらって、つぶして、捕まるまで売り続けるだけだ。そして、そんな商売でも取り合いになって、若い《名誉ある男》たちは抗争を始めるくらいだ。そうだ、ジュセッペ・アルベルティのことは聞いたよ。いいやつだったのにな。わしも何度かあったことがある。頭の切れるのを少しひけらかしすぎる気もするが、まあ、やつはすごいやつだった。次から次へと儲け仕事を思いつく素晴らしい男だった。《名誉ある男》になるために生まれてきたような男だったもんな」
「モンテアルファロの《名誉ある男》たちは全員捕まったと聞いたが」
「そうなんだ。軍隊に攻められて、全員引っぱられた。もうじき、ここに来るよ。どうしようもない。本物の軍隊が相手じゃな。だが、モンテアルファロの《名誉ある男》たちはよくねばった」
「パッサカリアの右腕が無政府主義者だっていうのは本当かい?」
「そのことはあまり話したくないな。なぜなら事実だから。パッサカリアの爆弾事件はそいつの考えだともっぱらの噂だ。昔から爆弾と言ったら、無政府主義者が絡んだもんだ。アカだの無政府主義者だのとつるむのは間違いだ。パッサカリアに忠告を入れたが、無視されたよ。パッサカリアは焦ってる。政府の井戸にセメントを流す作戦が打ち身みたいに後から効いてきてな。身動きが取れなくなってきている。もう、やつのまわりには十人くらいしかおらん。捕まるのは時間の問題だ。まあ、やつのことは置いておこう。ペッレグリーノ、あんた、まだ鳥は飼ってるかい?」
「二羽。放し飼いのようなものだが」
「伝書鳩にならんかな?」
「ついばんでほしいミミズがいるのか?」
「ああ。そのミミズ、わしを指しやがった」
「すぐ何とかしよう」