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3.

 カステルフィターリアの《名誉ある男》たちは役所に強いコネを持っていたので、宝石の行商をやるという名目に銃の携帯許可証をもらい、悦に入った。以前は銃の許可証を得るなどということは道に唾を吐くよりも簡単にできた。だが、モーリがやってきて、話のわかる役人を追い出して以来、道に唾を吐く許可証すら取得が難しくなっていた。それでもカステルフィターリアの《名誉ある男》たちはなんとかまだ役所に残っている影響力を行使することができた。彼らは農地監視人が持つような散弾銃のかわりにイギリス製の回転拳銃やコルトの自動拳銃を懐に抱き、カフェや料理屋に姿を見せるようになった。憲兵が捕まえにきたら、こいつをぶっ放してやる。

 一方、モンテアルファロの《名誉ある男》たちはファシスト党に何人か内通者を得ることにより、事態の推移を見守った。ムッソリーニの政府といえども閣僚や代議士はつきものだ。自分をロベスピエールかなにかと勘違いしている県知事たちの頭越しにローマの有力なファシストを篭絡するのだ。

 海沿いの《名誉ある男》たちが過激化する一方、山賊たちの哀れな末路を熟知しているモンテアルファロの《名誉ある男》たちは比較的穏健な策を講じた。

 アルフレド・レンティーニ憲兵大尉は州の憲兵総監命令でこの二つの町の脱マフィア化を命じられると、まずカステルフィターリアの《名誉ある男》たちにとりかかった。憲兵隊が乗り込み、《名誉ある男》たちの寝床を急襲すると銃を入れたホルスターに絡まった《名誉ある男》たちが次々と捕らえられた。咄嗟にピストルを発射したものもいたようだが、自分の足を撃ってそのまま文字通り引きずり出されることとなった。

 レンティーニ大尉は短機関銃を手にした憲兵曹長二人を伴って、モンテアルファロに出向き、《名誉ある男》たちに投降を求めた。大尉は穏健派で知られるモンテアルファロの《名誉ある男》たちにチャンスを与えたつもりだった。大尉はその日の夕方に食事をとるために軽食堂に一人で入って、ボローニャ風のスパゲッティと兎のシチュー、ワインを一杯注文した。こじんまりとした店だった。国王やガリバルディ、ムッソリーニの肖像画が並んでいて、窓辺には白い聖母像が通りのほうに向くよう置かれていた。聖人のお札がいたるところに貼ってあって、聖母像には六本の蝋燭が捧げられていた。店の主人は賢しい男で鏡をうまくつかって蝋燭が何十本にも見えるようにしていた。店は憲兵詰め所に面した広場にあり、広場中央のガリバルディの銅像のむこうに詰め所の裏口が見えた。

 黒の鳥打帽にだぶだぶの背広という典型的な小作農らしい男が二人、詰め所の裏口で立ち止まり、ドアノブのあたりで何か手作業を始めた。それはレンティーニ大尉の目にも入った。合鍵をつくられている。そうに違いない。裏口の廊下から武器を納めた棚まで数メートルしかない。銃の棚自体鍵は大したものでなくトンカチ一つで叩き壊せる。棚には二挺のヴィラール・ペロサ短機関銃が入っているのだ。大尉は自分の銃を抜くと店を出た。肘を支えにして銃を構えると、二人の男にそこを動くなと声をかけた。すると料理屋と隣の建物のあいだの狭い路地から散弾銃の筒先が伸びてきて、大尉の背中に二発の鹿弾を浴びせた。

 モンテアルファロの《名誉ある男》たちはこれをもって警告とした。モンテアルファロに足を踏み入れた憲兵はみなこうなる。レンティーニ大尉殺害の容疑でマフィアらしき人物が残らず捕らえられた。皮肉なことにそのなかに本物の《名誉ある男》は含まれていなかった。

 モンテアルファロの《名誉ある男》たちはいまもなお町に潜伏し、憲兵隊を血祭りにあげる準備をした。レンティーニ憲兵大尉に代わり、アゴスタ憲兵大尉が後任についた。さらに町長が辞職し、事務に長けたファシスト党員パンツェッタ・ディッポリトに市政を任せると、また逮捕の嵐が始まった。 それでも《名誉ある男》は誰一人つかまらなかった。住人は余所者に対する排他的感情と《名誉ある男》の報復を恐れるあまり口を閉ざした。パンツェッタ・ディッポリト町長代理は町の国民余暇活動事業団(ドーポラヴォーロ)に何か出し物をやって町民の鎮撫に協力してほしいと述べた。ドーポラヴォーロのほうでもスポーツ大会や日帰り海水浴を実施することを考えていた。ドーポラヴォーロのある建物の前に自動車が停まり、帽子を目深にかぶった二人の男カルロ・コスタンティーノとアントニーノ・パッサナンティが降りてきた。二人のほかにモンテアルファロの《名誉ある男》も自動車を降りた。手にかけた外套のなかに何かを隠しているようで、不自然ないたずら人形のようにひょこひょこ歩いた。四人はドーポラヴォーロの代表と話がある、と受付にいうと受付嬢はただいま町長代理とお話し中のため、お取次ぎができませんと返してきた。パッサナンティは異常者じみた明るい顔でそれを待ってたんだ、というなり外套の下から散弾銃を取り出した。悲鳴が上がる前にモンテアルファロの《名誉ある男》たちがゆっくり諭して黙らせた。カルロ・コスタンティーノも同じ散弾銃を手に執務室へ押し入ると、まずドーポラヴォーロの代表が子供向けのゲーム盤を手に立ち上がっていた。彼は休暇週間に子どもたちが遊べるものを提案している最中だった。散弾はすごろく盤を切り裂き、駒とともにドーポラヴォーロ幹部の胸にうずまった。彼らは町長代理を銃で殴り倒すと、そのまま散弾銃とピストルを発射した。

 実際には二人しか死んでいないが、この出来事はモンテアルファロの大虐殺として知られた。モンテアルファロの《名誉ある男》たちはこのことでだいぶ辛い立場に追いつめられたが、それでも攻撃の手はゆるめなかった。ファシズムに傾倒するメッシーナ伯爵には《名誉ある男》たちの保護を突っぱねるとどんなことが起こるかを山賊を使ってしっかり思い知らせてやった。 雇われたパッサカリアはメッシーナ伯爵やシチリア・ファシスト党の幹部をさらい、巨額の身代金をせしめるとそれをばら撒いてかつての仲間を集めた。いまや馬に乗った山賊三十人は二連式散弾銃と機関銃で武装し、憲兵隊に宣戦布告した。パッサカリア山賊団が甦って四日後、尾根の道路を走っていた自動車を乗っ取り、そのまま車で街なかまで乗りつけると司祭を誘拐して、司祭館に身代金を払わせた。これに教会が文句を唱え、仕方なくモンテアルファロの《名誉ある男》代表とニコデーモ・パッサカリアは身代金の半額をもらい、それからは教会には手をつけないでおくことで合意がとれた。そのかわり《名誉ある男》は盗んだ家畜をファシストが知らない秘密の精肉工場で解体し、そのまま缶詰にしてシチリア以外の場所に出荷する。当局の焼印作戦もコンビーフの缶詰になれば手は出せない。

 ニコデーモ・パッサカリアは世界が美しくなりつつあることを知った。要は誇りが充たされればいい。町は白く美しく、空や海は青く美しく、女たちも一段と美しい。無印のコンビーフ缶が安く出回って政府に守られた肉屋に打撃を与えるだろう。

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