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終.

 儀杖隊が王室行進曲を演奏するなか、船はゆっくりシチリアを離れた。華やかな金管の音が一つまた一つと脱落し、ついに最後のチューバが聞こえなくなると、甲板のチェーザレ・モーリは失脚した知事を一目見ようとするパレルモ市民の好奇の視線が風にからまって見当違いの方向へ――トリポリへ流れていくのを感じた。

 海、町、古代の神々を祀った遺跡。離れてみると、シチリアはとても美しい。その美しい島も船が白い航跡を引きながら遠ざかるにつれて、ぼんやりし始め、先ほどまで抱いていた島への印象までもが変化した。

「長靴に蹴飛ばされた石ころのような島だった」

 チェーザレ・モーリは自分が口にした言葉に驚いた。シチリアを離れた途端に自制心まで失われたのかと思い、面白くない気分になった。

 ディ・ジョルジョ議員はイタリア的だったがゆえに救われたと自らを評したが、ムッソリーニは軍部のことを考えたのだろう。ディ・ジョルジョは大戦時の陸軍中将で元陸軍大臣だ。もし、ファシスト党から追放すれば、軍部との関係が冷え込む。それに比べれば、自分は一介の公務員に過ぎない。

 一年前、シチリアに赴任したとき、彼はマフィアも山賊も汚職もない、きれいなシチリアを残して立ち去るつもりだった。そのために良心に反することも行った。それを後悔するわけではないが、自慢するつもりもない。

 ただ疑問に思う。一体何がシチリアを救えたのだろう? 結局、彼が残したのはセメントの攪拌機と《行政措置》で脹らんだランペドゥーサ島だけではないか?

 マフィアや山賊は表面的な問題に過ぎず、それを解決しただけではいけない。本質は別の場所にあった。もっと深奥にあるものに手をつけなければいけなかった。ディ・ジョルジョや彼を容認したムッソリーニのなかにこそ解決すべき究極の問題があったのだ。

 滝から流れ落ちそうな浮き草をすくってやり、静かな池に浮かべてやるための手が必要なのだ――ディ・ジョルジョ議員のあの言葉は真実をついていた。強い流れがあるからこそ水は常にきれいでいられる。だが、シチリア人は静かな池に浮かびたいのだ。その水がよどみ、腐り、マラリアの運び手である蚊トンボを湧かせていようが、彼らはその水面に静かに浮かんでいたいのだ。

 チェーザレ・モーリが来る前は……

 自分の在任中、シチリア人はそう言った。だが、チェーザレ・モーリの名前はもはや過去のものとなった。やがて、なにもかもが元に戻っていく。そのとき彼らはこう言うのだろう。

 チェーザレ・モーリがいたころは……

                          (了)

以上で『チェーザレ・モーリが来る前は…』は終了です。

3月26日午前7時ごろから、短編や掌編を上げますので、よろしければ、ごらんください。

拙作に最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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