12.
凶暴な山賊ニコデーモ・パッサカリアは一年前に登ったランペデゥーサ島の坂道を再び登りながらフランスの強盗団のことを思い出していた。
それはあの無政府主義者のカルロ・メルロが騎兵隊に射殺される前に教えてくれた話だった。
戦前のフランスで無政府主義にいかれた男が強盗団を立ち上げた。首領はボノという男でそいつは他の無政府主義者とともに驚くべき強盗を行った。そいつらの手口は簡単で、まず自動車を手に入れる。といっても、買うわけではない。盗むのだ。金持ちが乗り回しそうな大型の青や緑で塗られた高級車を狙う。金持ちが毎日走る人気のない道の真ん中で材木を燃やして待ち伏せし、車が停まったところで運転手と金持ちに銃をつきつけて引きずり出し撃ち殺す。そして、盗んだ車で銀行を襲い、金を奪い、窓口の出納係を撃ち殺す。あとは金持ちでございといった顔して高級車でベルギーに逃げ、車を捨てる。フランスの警察はフランス国内しか捜査できないから自然と捜査は行き詰る。ほとぼりがさめたら、フランスに戻り、高級車でピクニックをしている金持ちたちを撃ち殺し、車を奪い、また銀行を襲う。そして出納係を撃ち殺す。
カルロ・メルロに言わせると、問題はいくら盗むかではなくて、ブルジョワジーやその手下である銀行員を殺すことに意義があるらしい。
パッサカリアの気にいったのは、ボノの最期だ。ベルギーでも指名手配がかかり、いよいよ追いつめられたボノは警官と撃ち合い、納屋に逃げ込んだ。そして、警官や刑事や民兵を敵にまわして銃撃戦をやった。警官たちは荷車に藁を満載して弾除け代わりに近づくと、藁を燃やして、納屋からボノをいぶりだそうとした。ところが、いくらたってもボノは出てこない。三色旗色のベルトを腰に巻いた刑事が布団を弾除けに使って、煙の充満した納屋に踏み込むと、ボノはマットレスの下から両手にもったピストルを撃ちまくった。弾は布団にめり込んだが刑事はひるまずボノの隠れたマットレスに飛び乗ると、マットレス越しに三発撃ち込んでボノの頭を吹き飛ばした。
いい話だ。パッサカリアは思った。こいつに比べりゃ、おれは馬鹿だ。女の家で寝込みを襲われた。つまり一度目に逮捕されたやり方とまったく同じやり方で逮捕された。
ニコデーモ・パッサカリアは考えた。無謀で馬鹿馬鹿しい話だが、とにかく思いついた。同じやり方で逮捕されたのなら、同じやり方で逃げてもいいのではないか? もちろん前とは状況が違う。手と足に枷をはめられているし、煙草の密輸船に拾われる可能性もゼロだ。チェーザレ・モーリが密輸をしている連中を全員挙げてしまったから。
それにランペドゥーサ島も以前考えていたほど悪い場所ではなくなった。小規模な密輸は目こぼしされているし、イベッロやパティエンツァくらいの大物なら自前の小さな菜園を持てるらしい。
それでもパッサカリアはごめんだった。彼は以前のパッサカリアとは違っていた。朝日に燃えたマドニーエ山脈で、彼は物事の美しさの本質を知ったのだ。こんな小さな出来損ないのティラミスみたいな島で細々と生きていて、太陽や海を美しいと思えるはずはない。美しさの前提には誇りが必要だ。この島には誇りもクソもない。だが、崖下五十メートル下の海には自由への入口がある。
もう一度、運に賭けてみたい。
崖から三歩とない位置に押し出されたとき、パッサカリアは飛んだ。
そして、落ちていった。
白く泡立つ波の下に隠れた、黒く硬い岩に向かって。