魔法使いの私に騎士は無理です
授業中だというのに廊下を走る男の姿があった。
その男は調合室の扉を開くと叫ぶ。
「レイボールド・エキューズは居ますか!?」
その叫びによって頭を上げたのは一人の学生だった。
十代半ばの少年で、成長期が来ていないのか他の学生よりも頭一つ背が低くて華奢であり、顔立ちも大人のそれではなく幼さが残っている。
「はい。私です」
「ご実家から急報です……こちらへ」
男に呼び出されたレイボールドは火を止めて廊下に出る。
「お兄様がご逝去されたので、速やかに帰宅するようにとのことです」
「せい、きょ?」
茫然とするレイボールドに男は語りかける。
「さ。調合室から荷物をまとめて」
「ああ、はい」
レイボールドはのろのろと動きだし、荷物をまとめて出てくる。
「荷物は寮に置いてきましょう。このような時は焦ってしまうとうまくいきません。順序よく。ね?」
諭す男にレイボールドはコクリと頷いた。
帰宅すると直ぐ様使用人に導かれ、兄の亡骸と対面する。
二十そこそこの青年が血の気を無くして寝台に横たえられていた。
レイボールドよりも赤みの入った金髪。穏やかさの強い彼と比べて精悍さの現れた顔つきをしているが、二人が並べば十人中十人が兄弟であると思うだろう。
「帰ったか」
レイボールドが振り返れば、父親がそこに居た。
軍の将として鍛えぬかれた身体は男性平均の身長にも関わらず彼を大きく見せ、厳つい顔立ちが威圧感を出している。
「……只今、戻りました」
「ああ……」
半年ぶりの会話は続かず、沈黙が続く。
二人は揃って、冷たくなった長男を見つめていた。
レイボールドはチラリと父を見る。
「なんだ?」
「兄上は……」
言葉に詰まる。
「兄上は、何故、お亡くなりに?」
父親は低く唸る。
「ランスは……」
父親は大きな掌で己の顔を覆う。
「ランスは、階段から転落したのだ……!」
レイボールドは兄の死因に愕然とする。
「そんな……そんなことでっ! 何故死んでしまったのですかっ! 兄上!」
レイボールドは兄の亡骸にすがりついて激昂し、父親はレイボールドの背を撫でながら涙を溢した。
葬式を終えて、父親に呼び出されたレイボールドは執務室にやって来ていた。
「レイ。分かっているだろうが我が家は代々騎士の家系だ」
レイボールドは表情を硬くする。
「しかし、父上。私は魔法使いになるよう教育されたので、剣の手解きは
「私自ら手解きしよう」
レイボールドが言い終えぬ内に父親は被せて言う。
「ストレイト」
傍らに立つ家宰を父親は見る。
「ランスが昔着ていた稽古着はあるな?」
「はい。ジーク様。刃引き剣と共にご用意させましょう」
そう言って出ていった
家宰の言葉にレイボールドの顔から血の気が引いていく。
「あの、父上。自らって……」
「うむ」
父親は首肯する。
「政務の傍らであるから付きっきりはできないが、いない間の訓練はストレイトに言いつけておく」
「そうではなくっ! もしや、父上と剣を合わせて……」
「当たり前であろう?」
何を今更。といった表情を父親は見せた。
「当たり前なはずがないでしょう! 初心者の私に田舎育ちの学生まで知られた鬼将軍と剣稽古だなんて!」
レイボールドは必死に言い募る。
「何を言うか」
父親はレイボールドの言葉をバッサリと切り捨てる。
「初心者だからこそ私が当たるのではないか。基礎がなってからでなければ妙な癖がついてしまうであろう。そうなっては猛将になどなれぬぞ」
「貴方……私を猛将に育て上げようとしているのですか!?」
レイボールドの目尻に涙が浮かぶ。
「大丈夫だ。まだまだ伸び盛りの年頃だろう。伸ばしてみせるとも」
「兄上は8つから始めているのですよ!?」
「正確に言うと歩き始めから遊びに混ぜて基礎を作り上げている」
「貴方、何てことを!」
フフン、と父親は得意気に笑った。
「その基礎はお前にもやらせているぞ、レイボールド」
そうしているうちにストレイトが扉を開ける。
「稽古の用意が調いました」
父親は嬉しそうに席を立つ。
「さあ、行こうぞレイボールド!」
父親は意気揚々とレイボールドを抱え、稽古場に向けて歩き出す。
「父上! 魔法使いの私に、騎士など無理です!」
レイボールドの叫びは大きく轟いたが、誰も聞くものはいなかった。