やる気のないメイドと超人の兄
それにしても……生活感がない部屋だ。
産まれてから風呂以外で部屋から出た記憶がないほど、引きこもってるはずなんだけど。
天外付きのベット。細かな彫刻が刻まれた整理箪笥。チェストの中身は子供が遊びそうな玩具と、幼児用だろう勉強本。その上には鳥の細工がされた水差しとコップ。鑑。奥にはクローゼット。
まるで観光地で展示用に解放されてるような部屋。
まぁ、ずっと呆けて、食べる、寝る、排泄、風呂など以外、何もしなかったのだから当たり前と言えば当たり前か。
「失礼しまーす……」
自分が暮らしている部屋を観察していると……やる気の感じられない声と共に、タオルや水面器を乗せたリアカーを押して無表情のメイドが入ってきた。
気だるげな雰囲気を纏わせ、全身から仕事だから世話してるんだからね?本当は嫌なんだからね?わかってんなコラッ!と主調しまくりメイドだ。
見た目的には外国人の彫りの深さと、日本人の親しみやすさを足したハーフぽい顔立ちで、可愛い系の美人なのだが……セクハラ上司に絡まれて無理に作り笑い浮かべたOLみたい表情をしてやがる。
どんだけ嫌なんだよ……。歳の頃は十代後半になるか、ならないかくらいだ。
……うん。記憶を掘り返すと優秀過ぎるほどに優秀らしい兄と違い、直系の王族なのにも関わらず出涸らし扱いされてね?って思ってたけど……不敬過ぎません?このメイド。
いや、ずっと呆けていたので仕方ないと言えばそれまでだけど。
「はぁ……朝の身嗜みを整えるので、大人しくしてくださいね。まぁ……言うまでもないですが」
あからさまにため息したよ。この人……。
色々言いたいことはあるが、言われたままに大人しくする。まずは洗面器を使って、顔を洗われる。櫛で髪を整えられ、そして服に手を掛けられ……って
「ち、ちょっと待って!自分できがえるからっ!」
「っ!?そんな……今まで一言も話さなかったのに喋るなんて……どうされたんですか?」
俺の反応にメイドが驚いていた。まぁ……今までが今までだから、仕方ないんだけどさ。
「まぁ……ご自分で着替えたいのなら、お任せしますが……」
驚いたものの、手間が減ってラッキーって感じだな。まぁ、いいけど。
渡された服に着替えながら記憶を掘り返す。
うん。食う、風呂、寝る以外の記憶がやっぱりないな……そう考えると、このメイドがこういう態度なのは今までの俺の反応のせいなのか?
……いやっ!なんか最初からこんなんだった気がする。
たまに小声で「なんで出涸らしの専属になったのかしら……」「金持ちのお手付きになる予定が……」「愛人として贅沢三昧の夢が……」「どうせならお姫様とかの専属になって優雅な暮らしを……」とか言ってたしな……。
……どんだけ腹黒いんだよ。そりゃそんな腹黒メイドを大事な嫡子であるお兄様には付けないだろうさ。
あれ……?そんなメイドを付けられる俺ってどうなんですか?ちょっと。
「……朝食はどうなさいますか?いつも通り部屋で召し上がりになりますか?それとも食堂の方で召し上がりますか?」
いつもは部屋で出された料理を食べるだけだったもんなぁ。お兄様の顔が拝めるかもしれないし、食堂に行って見るか。見るだけにな!……うん、ユーモアのセンスは転生してもないらしい。
▲▽▲▽▲▽
食堂に行くと言ったら、ちょっと驚いた顔をしたメイドのエミリアの後に続いて、絵画や彫像。花が飾られ。柱や壁には彫刻や細工がされた無駄に長い廊下を歩く。上質なカーペットがあるためか、ふかふかの歩き心地だ。
「はぁ……はぁ…」
うへぇ……多分5分以上歩いてるのにまだ着かないよぅ。無駄に広すぎだよ……。
それとあまり出歩かなかったからか、この体は体力が無さすぎる。もう息が上がって来たぞ……。しかも、ふかふかのカーペットが余計に少ない体力を奪っていく。くそっ!
筋力が無さすぎて、五歳児なのに膝も痛いし、余分な脂肪で重い。お願い!誰かグルコサミンをくださいっ!
……これはこれから鍛える事を考えると、キツいぞ。
「こちらです。カイン様」
エミリアが立ち止まり、人の目があるから為か、優雅で恭しさを感じさせる所作で扉を指し示した。
素晴らしい猫被りだ。猫なんて可愛い生き物じゃなさそうだけど。そう、女は必要に応じていくらでも皮を被れる、とても怖い生き物なのである。
本当に。……姉に色々と見せられたせいで、思春期に入る頃には異性に夢なんて持てませんでしたよ?ええ……。
扉を開けると、乳白色をベースに金、銀、赤、青と絢爛豪華な内装に、絵画や調度品が並び、十人以上が余裕で座れるだろう食卓には、無駄な装飾がされたいくつもの燭台が置かれていた。
そんな無駄に豪華で、無駄に広々とした食卓に座っているのは二人だけのようだった。
一人はお兄様だ。年は一歳しか変わらないはずだが、すでに人を従わせるようなカリスマ性と言うか、風格のようなモノを纏っている。艶やかな黒髪に、切れ長のサファイアブルーの瞳、綺麗な鼻筋。まだ子供の癖に可愛いと言う表現が許されないような存在だった。
もう一人は癖っ毛なのか、所々跳ねた金髪に、柔らかい印象を受けるエメラルドグリーンの瞳、全体的に整いながらも優しそうに見える顔立ちをしている。ただ……見たままに優しい少年だけと思って舐めたら痛い目に会いそう感じだ。腹黒いオーラと得体の知れない何かを感じる。
その二人は扉から一番奥の席に座り、二人仲良く食事をしてるようだ。その後ろの壁には付き人だろうメイド達がいる。
うん、やっぱり外国人ぽいのにベースに日本人の顔立ちがあるよな。きっと外国人設定のゲームのキャラを現実にするとこんな感じになんだろう。
食堂の豪華さや、二人の存在感にちょっと圧倒されて立ち竦んでいると、金髪の方が俺の存在に気づいたようだった。
「あれ……?カイン……?食堂に来るなんて珍しいね。……いや、これまでを振り返っても初めてかな?立ってないでこっちに来なよ」
人懐っこい笑みで手招きする金髪の少年に誘われるままに近づく。すると後ろに立っていたメイド達に、蔑むような冷たい目で睨まれた。
ひぇ……だからっ!朕には高貴な血がながれてるんだからね!いくらなんでも扱いが酷いよぅ。
しかし……エミリアだけじゃなくこういう態度って事は、俺の立場を正確に把握しておくべきか。うわーい、めんどくせぇなぁ……。絶対ろくなもんじゃない……。
金髪に隣の席を勧められたので座る。お兄様は座った俺に一瞥すると、興味がないとでも言うように視線を外された。いや……いいんだけどさ。
「……アベル。弟が来たんだから挨拶くらいしなよ。お兄さんだろう?」
「ふん……弟だろうと、なんだろうと俺は俺の認めた奴にしか挨拶はせん」
「はぁ……気高いとも言えるけど固すぎるよ。将来、順当に行けば宰相として、そんな君を支える事を考えると色々考えてしまうね。例えば……君じゃなく、カインを擁立するとか……ね?君はどう思う?カイン」
……おいおい、部屋の空気がちょっと重苦しくなったんですがっ!?この金髪はなにをいい笑顔で爆弾を投下してくれてんだよ。
と言うか……こいつらまだ6歳だよね?何この会話。下手に答えたら、色々終わるじゃないか。後ろのメイドさん達の目が非常に怖いです。
よし!ここは僕、話の内容自体理解出来ませんよ~?作戦で……いや、もしかして逆なのか?
「いえっ!僕程度が兄上と張り合おうなどと、滅相もありません。兄上の足元にも及ばない凡才ですが、僅かでも助けになれるようにこれからは心身共に鍛練するつもりです」
「ふん……」
「へぇ……?はは……そうか。それは残念。まぁ、頑張りなよ」
金髪や、当然だと言わんばかりのメイド達の反応を見る限り、正解だったらしい……。
今のは嫌がらせじゃなく、助け船か?有難いんだけど、心臓に悪いわ!
▽▲▽▲▽▲
「はあ~疲れた……」
食堂から自室に戻った俺は深く、重いため息を吐いた。幸せが結構逃げたな。今の俺に幸せ成分がどれだけあるのか分からんが……。
とりあえず食堂で食事は取らないことにした。兄上やあの金髪……アズマは特に問題ないんだが、メイド達の無言の圧力がキツい。道理でずっと部屋で飯を食べてた訳だよ。俺。
まぁ、そもそも意識がほとんどなかったんですがね……?
「では、ご用があればお呼びください。失礼します」
「ちょっと待ってエミリア」
「チッ……はい。なんでしょうか?カイン様?」
出て行こうしたから、呼び止めたらあからさまに舌打ちされたよ?
いや、もういいんだけどさ……。
「聞きたい事があるんだけど……」
「あ~……仕方ないですね。特別ですよ?上から87、58、84です。着痩せするタイプなので脱いだら大抵は悩殺出来る暗器を隠し持ってます」
「それは素晴ら……って、違う!俺が聞きたいのは、兄上の評判と俺の立場だよ」
……スリーサイズは心のメモ帳に忘れないように記しておこう。
「うーん……評判ですか?文武両道の麒麟児ですね。習い始めた剣術は体格の違いで勝てないものの、単純な技量ではそこらの騎士と良い勝負を出来る腕前。魔法も光、火、風に高い適性のあるトリプル。勉学も既に講師に教えることはないと言われたとか……その上で容姿も非常に整っており、アベル様のお姿を遠くから見るのを楽しみにしている令嬢や、ご婦人やメイドが多いとか……」
なんだよ。その完璧超人。
「個人的に言うならば、性格が俺様主義で自分の認めた相手にしか挨拶もしませんが、そこがいいと言う方もいますね。 まぁ、平民だったら回りに叩き潰されてるでしょうが、傲慢な態度が許される立場で能力もありますからね」
エミリアさん……随分と辛辣な意見を言う。
「えっと……前に金持ちの愛人って、やつになりたいって呟いてなかった?だったらお兄様も許容範囲じゃ……」
そう言うとエミリアはニッコリと笑った。
「カイン様。まだ理解出来るか分かりませんが、女と言う生き物は必要とあらば、自分を偽ることが出来るんですよ?」
「そ、そうなんだ……」
やだ、恐い。姉に散々言われてたけど。
「あっ、そうそう。カイン様の立場でしたね。一言で言うなら出涸らしですねー。一応第二王子ですが、妾……それも何の後ろ楯のない平民の子ですし、しかもアベル様と違って全く才気が見れません。下手に近付くと嫉妬深いと言われる王妃様等が恐いので関わる利益が一切ない、むしろ損をする存在です。そもそも王族のお付きとか護衛含めて数人居るのが普通なんですが……私一人ですもの」
可愛らしく小首を傾げて言われたけど、最悪じゃん。そりゃあの周りの反応だよ。
あー……そんな味方が一人もいない環境で孤独に育ったから、最初優しく接してくれた主人公に執着したとかって裏設定があるのか?もしかして。
……可哀想にもほどがあるだろ。俺。
と言うと言うことは……だ。そんな誰にも頼れそうにない環境である以上、ロマン溢れる魔法とか覚えたかったら独学で頑張るしかない感じ?
……めんどいけど、このまま死ぬのは嫌だし、死の運命を変えるために頑張るとしますか。