ある悪役令嬢結末
マグナリアと言う国の公爵家に1人娘が生まれた。
本来であれば……公爵家の令嬢として厳しい教育を受けつつも両親や、周りからの愛情に満たされ、本来は何不自由なく育ち、ゆくゆくは相応しい者を婿に迎える筈だったが……彼女が生まれた時に不幸は訪れた。
少女の母親は体が弱く、少女を産むと同時に命を落としてしまったのだ。
それだけなら不幸ではあっても、大切に育てられただろう。だが……少女は先天性色素欠乏症として生まれたのだ。
色素が抜けて白銀に見える毛髪に、白すぎる程に白すぎる肌。光によって紫にも赤にも見える赤紫石の瞳。
先天性色素欠乏症についての知識などない人々にとって、少女の容姿と母親の死を関連付けるのは簡単であり、当然の帰路であったのだろう。
仮に少女の生まれが公爵家という血筋ではなかったのなら……おぞましい結末を迎えていたかもしれない。
しかし、幸か不幸か。少女は公爵家に生まれた。使用人達は気味が悪いと、必要最低限しか少女に接しなかったが、表立って何かをする事はなかった。
だが、影では少女のせいで母親は死んだのだと、関わった人間を死に追いやる呪われた子なのだと……不気味に思いながらも面白おかしく囁きあった。
根も葉もない流言は当然、少女の耳に入ることもあった。
(……私が生まれなければ、お母様は生きていられたの?私が……お母様を殺したの?なんで、私は生まれたの?)
幼い少女の心は周りの悪意ある噂で、ズタズタに引き裂かれていった。
だが、そんな環境でも救いはあった。それは公爵として職務と義務からの多忙な日々を送りながらも、少なくない時間を作り、父親が周囲の流言など気にせず、少女に惜しみ無い愛情を注いだ事だろう。
少女がある程度の年齢に達すると、表向きは父親である公爵と国王が幼馴染みの親友同士であったこともあり、少女は王太子と婚約する事になる。
王太子との出会いは少女にとって衝撃的なものだった。
物心ついた時から、今まで、少女に接して来た人々は極少数を除いて様々な負の感情を少女に向けてきた。
嫉妬、嫌悪、侮蔑、劣情、そんな中で王太子は少女の容姿をどうでも良いと言ったのだ。
王太子の言葉は決して好意などから来るものではなかった。単純に異性に大した興味を持たず、婚約者など誰でもいいという幼さと傲慢さから来る無関心の言葉だったのだろう。
それでも……自分を異物と見ないだけで、少女が王太子に好意を抱くには充分だった。
だから、どうにか仲良くなりたいと少女は努力した。しかし、父親以外とはそれほど接して事のない少女の行動は、全てが空回りしてしまう。
結局、少女は王太子と仲を深めることは出来ず、王太子には煩わしいと思われるだけだった。振り返れば……少女にとっての人生で平穏であったと呼べる時間は過ぎ去っていった。
そして、少女が十二歳の誕生日を控えた日、更なる不幸が少女に降りかかった。
最愛である父親のリグ公爵が過労で亡くなってしまう。
それは少女にとって世界が滅びたようなものだった。
自分を唯一愛してくれた存在がいなくなり、心には空虚な絶望だけが残った。普通ならばそこで挫け、世界に希望を抱けずに何かに依存したのかも知れない。
……もしくは死を選んだのかも知れない。
だが、父親を見て育ったからか、はたまた血筋の成せる業か、儚い見た目とは裏腹に少女は聡明で、強く高潔な心を持っていた。
(……お母様は命と引き換えに私を産んでくれたんだ。だから……お父様とお母様の娘として、公爵家の娘として恥じないようにしないと。だから努力しないと、……いつか褒めてもらうんだ。お父様とお母様に、自慢の娘だと……)
それは、もしかしたら一種の自暴自棄だったのかもしれない。家令の助けを借りながら、少女は血が滲むような努力をした。
公爵令嬢として、王太子の婚約者として、相応しい知識を吸収し、立ち振舞いを覚え、生来の美しさに更に磨きをかけた。
そして、少女が十五歳になる頃にはその美しさや、その教養から少女も周りから認められ、他国までその美しさを噂される程になっていた。
そんな折……国王から少女は内密に呼ばれて向かうと、挨拶もそこそこに国王は少女に深く頭を垂れた。
慌てて少女が国王を立ち上がらせ、事情を聞くと、隣国の王が少女を求め、差し出さないようなら即座に開戦すると脅してきたと言うのだ。
……聡明な彼女はそれだけで全て分かった。理解してしまったのだ。
彼女が住む国と隣国に国力自体にそれほど差はないが、3年ほど前に起きた魔物災害の影響で軍事力には大きな隔たりが出来ていた。二年。せめてあと二年あれば国王達の政策が実を結び、隣国と戦える同等の軍事力を手に入れるだろう。
……だが、現時点で開戦すれば少女の国が隣国へ蹂躙されるの誰にでも分かるほどに明らかだった。
結局、遅いか早いかの違いなのだ。本当に隣国の王が少女を欲しているなら、断った所でそれを理由に開戦し、力ずくで奪いに来るまで話なのだから。
ならば……と少女は国王へ頷くと、少女は自身が『悪役』になる計画を提案した。
それは……少女自身の事を全く考えない計画だった。だが……成功すれば有益な策だった。
少女は国王へ感謝していたのだ。父の死後、周りの風評や、親戚から少女や、父親が残した財産。更に言えば、問題を抱えていた公爵家等の領地を守ったのは紛れもなく国王で、少女の容姿を忌避しなかった人物だったからだ。
第二の父とさえ、少女は思っていた。
それから少女は隣国との交渉で半年の猶予を貰い、十五歳になると貴族と才能があると認められた平民が通う国立学園へ入学。
隣国の圧力に屈して王太子の婚約者を差し出したとの風評が流れないように、少女は優秀な1人の少女に目をつけると、彼女に嫌がらせなどを行った。
そして、裏で動き回り、ある人物達の協力を得て、彼女と王太子の仲を取り持つと、王妃に相応しくないとの評価を周りに与えて、少女は隣国へ嫁いだ。
……隣国の王の物になり、珍しい玩具扱うように好きにされ、余興だと時には違う男達に代わる代わる辱しめを受けた事もあった。
そんな時を過ごし、一年半程の月日がたった頃、少女は王にある提案した。
このような境遇に追いやった故郷を蹂躙してほしい……と、それを聞いた王は笑った。
なるほど……と、だからお前は絶望しながらも目に光を持ち続けていたのかと、人柄はともかく能力的には優秀な王はそれだけで少女の魂胆が全て分かった。
故郷を攻めるように進言し、準備を整えた何処かしらに誘導すつもりなのだろうと……それを理解しながらも王は頷いた。
いいだろうと、お前の気高さに免じてその策に乗ろうと王は少女の提案を受け入れた。
王が出陣する日。王は何を思ったのか……少女にナイフを渡した。「私が負けるにしろ、勝つにしろ、死んだ方がお前は幸せだろう……」と、そして王である男は「どうしてお前は……」何事か言いかけて……結局何も言わぬままその場を去った。
少女は渡されたナイフを首元に突き付けた。
(……ああ、私、頑張ったよね?お父様は褒めてくれるかな?お母様は頭を撫でてくれるかな?それとも、怒られちゃうかな……)
少女はただそれだけを思い……最後だからだろう。もしも……と考えた。
(……違う人生があったのかな?仲の良い友達や、素敵な人と心を通わせる人生が……)
それは孤独であり続け、強くあろうとした少女の最後だからこそ浮かんだ心の奥に閉じ込めた願いだった。
『……良いわ。特別よ……?』
最後に少女がナイフで自分の命を絶つとき、そんな囁く声が聞え……悪役を演じ、人知れず多くの人々を守った少女は……その短い人生に幕を閉じた。