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至高の一冊  作者: ○●
求めることはテーマ
2/3

求める物はテーマ「第一章.1」

 夏休みまで一ヶ月を切り、外は本格的な猛暑に襲われている。高校二年生の国文こくぶん ほんは学校がある日に、クーラーの効いた馴染みのゲームセンターで涼みながらゲームをしていた。

 本は夏用の白いカッターシャツに赤色チェックのズボンという県内でも有名な進学校の制服を着ながら、カウンターとスタッフルームの扉が近くにあり、外からは見えにくい、店の奥の方にあるレーシングゲームをしていた。ここ最近の本のお気に入りのゲームである。

 本は高校に入るまでは、生活態度のよい学生だったが、高校に入学して現実を知り、高校に行きたくなくなった。それからというもの学校がある日は決まってこの店にくる。

「今日もレーシングゲームかい?」

 ゲーム機の音でかき消されないように、大きな声で本に訪ねたのはこの店の店長だ。中年メタボの店長は、座っている本の横に立ちながらゲームの画面を見ていた。

「今話しかけないでくれ!」

 本は必死の形相でゲームの画面を睨みながら、店長に振り向くことなく、大きな声で言った。

(手が痛い……でも今度こそ)

 今まさに対戦相手に遅れを取っている本の手は、ゲーム機のハンドルが壊れるのではないか、と思うほど力を入れていた。朝から同じゲームをやり続け、同じ対戦相手に負けている。それが悔しい本は、自然と手に力を入れていた。

 しかし、力の差は歴然だ。相手は急なカーブを見事なまでのドリフトで颯爽と走り抜けるが、本は、周りにぶつかりながら走っている。

(負けたくねぇ!)

 それでも本の闘志が衰えることは無かった。そんな本を見て店長は、

(こいつ、昔から変わらねーな……)

 と思った。本と店長の出会いは今から七年ほど前だ。

 店に来て「今度こそ取る!」っと言いながら、真剣にクレーンゲームをしていた小学生ぐらいの子供。あり金をすべて使い切り、その場で泣き出してしまった子供。いつしか一人で店に来ては、同じクレーンゲームで同じ景品を取ろうとする子供。

 その子供こそ本だった。

 みかねた店長は、原価三百円の景品をあげようとしたが、子供の頃の本は受け取らなかった。

 そんなこともあってか、気がつけば普通に話をする関係にまでなって言った。

(図体ばかり、でかくなりやがって……)

 隣で真剣にゲームをする本に、店長は昔の思い出を重ね静かに微笑んだ。そんな時に勝敗を知らせる音がゲーム機から鳴った。

勝敗の結果は――

「あぁ~また負けた……」

 本はそう言ってぐったりと肩を落とした。

「残念だったな」

「こいつ強すぎだろ」

 やっと店長と話す余裕が出来た本は、画面の『you lose』っと書かれた文字を見ながら言った。

「悔しいならもう一度金入れて練習していけ」

「おっさん、高校生から金巻き上げて楽しいか?」

 悔しさをぶつけたかった本は、店長にその矛先を向けた。

「お前はこの店にとって、ネギしょったカモだからな! 高校生なんて思ったことねーよ」

「ひどい言い方だ」

 そんなやりとりをする二人の表情は笑っている。

「リベンジしてくんだろ?」

 店長の言葉に本は転けた鞄を開け、スマホを取り出し時間を見た。朝から店にいるが気がつけばもう昼前だ。

「今日はこれぐらいにしておくよ」

「そうかい。今度は鍋もしょってこいよ!」

「今度は、クレーンゲームを景品全部取ってやるからな」

 ふてくされた表情で本は店長を見ながら言った。ポケットにスマホをしまい、席を立とうとする。

「ちょっと待て」

 店長の声は、今まさに立ち上がろうとする本をその場で停止させた。店長はカウンターの防犯カメラの映像を見ながら本に向かい言う。

「学校のセンコーだ。裏に隠れな!」

 その言葉を聞いた本の額に嫌な汗が流れた。身をかがめながら、カウンター横のスタッフルームの扉を開け、中に入る。

 十畳ぐらいの部屋で本は、息を殺し自分の気配を消す。本の通う学校は有名な進学校のため、規則や罰則が厳しい。もしもばれたら、謹慎や停学になるかもしれない……

 学校をサボる本にとってそれは厳しいことだった。卒業はしたいのだが、学校へはなるべく行きたくない。もしも、停学や謹慎になったらその分多く学校へ行かなければいけない。

(それだけは嫌だ)

 少しでも情報を得ようと扉に耳を当て、外の音を聞くがゲーム機の音がうるさく、うまく先生の声が聞き取れない。もしかしたら、様子を見に来ただけかも知れない。そんなことを考えている本だが、大切なことを思い出し、

(しまった)

 って思った。鞄を持ってくることを忘れていたのだ。スマホを取り出した時、開けたままなので、もしかするとばれるかもしれない。

(どうする、俺)

 自問自答を自分の中で繰り返す。今取りに行けば見つかるかもしれないが、苦し紛れの言い訳で誤魔化せるほど大人は甘くない。本がどうするべきか、考えているとスタッフルームの扉が勢いよく開いた。

「まだこの辺りにいるかもしれんが、店からは出ていった……って何してんだ?」

 いきなり開けられた扉に驚いた本は、尻餅をついて後ろに転がっていた。

「……なんでもない」

 恥ずかしそうに顔を赤くする本は、鞄のことなど忘れ、店長に聞いた。

「先生がどうしてここに?」

「あぁ、それなんだが、俺の娘がな……」

「娘!?」

 本は驚愕した。今まで一度も会ったことがなく、そんな話は聞いたことがなかったからだ。

「俺だってもう四十だぞ! 娘ぐらいいるわ!」

「年齢は関係ないと思うぞ、おっさん。それに、その腹で娘って……あ~今から生むのか、おめでとうおっさん」

 妙な納得を覚える本だった。

「たっく、お前はちょっと顔がいいからって調子に乗りやがって……俺だって昔はモテモテやったわ!」

(モテモテね……)

 ぽっこりとでる腹を見ている本に店長は、唐突に真剣に遠い目をしながら話し始める。

「娘が幼い頃に妻と別居してな、三年前に離婚が成立したんやけどな、去年の暮れに元妻が事故に遭ってな。とてもやないが娘を育てれる状況じゃないらしい……」

「それでおっさんが引き取ったのか?」

 本は先ほどのふざけた様子もなく言った。

「そうや、娘は他の県に住んでたからこっちの学校に春から転校させたんや、けどな。学校でうまくいってないらしいんやわ……」

(それで学校の先生が来たっと)

 無くはない話だったが、本は疑問に覚えた。それを単純に好奇心から店長に聞いた。

「それでも、何で今の時間に?」

 普通なら事前に連絡を入れて、夕方とかに家庭訪問をするはずだ。

「ちょうど時間空いたって言ってたけど、娘がいる前では話しにくい話なんやわ」

(いじめか……)

 店長の話を聞いて本はそう結論づけた。

「家でもまるで居候みたいにしてるし、ほんまどうしたらいいんやろうな……」

 店長はそう言って考え込んでいる。

(普通の学校ならいじめぐらいあるだろう……)

 そう思い、これまた好奇心で悩む店長に向かって聞いた。

「どこの高校なんだ?」

「私立文芸高校や、有名進学校や、俺と違って娘は頭いいんや」

 先ほどまで悩んでいたのが嘘のように、出来のいい我が子を千の言葉を使って自慢しようとする店長に本の心はただ一文字で表せた。

(ゲ……)

 そんな本の心が顔に出たのだろう、店長はそんな表情を見て思い出したように言った。

「そういや、お前も文高やったな?」

「そうだけど……」

――嫌な予感がした。

「学年わ?」

「二年……」

「一緒やないか!」

――嫌な予感が近づいてくる気がした。

「それでお前に折り入って頼みがある!」

 本の方を向いて、店長は真剣な目で言おうと口を開いた。

「娘と……」

「断る!」

 店長の言葉が終わる前に本は話を切った。

「まだ、最後まで言ってないやんか!」

「言おうとしてることわかるんだよ!」

 部屋の中で、二人の声が響き合った。

「ふぁ~どうしてもだめか?」

 芝居がかったように店長は肩を落とし、店長は再度たずねたが、本の心が揺らぐことは無かった。

「俺は普段学校に行ってない……」

「いつも昼から行ってるやないか!」

 毎日この場所でゲームをしているため、店長には本が学校に行く時間がわかっていた。

「面倒を押しつけるな!」

 本音を出す本だ。

(娘を見てくれとか、友達になってくれとか、あの学校で元に戻ることが不可能といえ、ちょっとはマシになってきたとこなのに……)

 本は過去を思い出し、今と重ねた。そして、いじめられている店長の娘を気にかければ、また昔に戻る。

(嫌だ。嫌だ。嫌だ。)

 本に取っては地獄の日々、地獄の中でも生き残ってこれたのは、この店があったからだ。報いたいっと思う気持ちも確かにある。

(だが、地獄に戻れなど言われて誰が戻る?)

 誰しも地獄を望まない。それでも、店長は諦めなかった。床に座り、頭を床に押しつける店長は、その体勢で言った。

「どうか頼む、この通りや! 娘を気にかけるだけでいいんや!」

「お、おい」

 困惑する本に少し涙混じりの店長は、話を続けた。

「お前が学校嫌いなんも知ってる。でも、頼れるのはお前しかおらん……俺にとっては大事な娘なんや……」

 本は呆然とその場に立ち尽くした。どうしたらいいのか、どう言葉をかければいいのか、土下座をしたことはあっても、されたことがない高校生の本にとってこの状況の対処法がわからない。

「お前が学校に行っている時だけでいいんや、娘のこと見かけたら、それを俺に教えてくれたらいい、それ以上は何も望まん!」

「……わかった」

 諦めたようにつぶやく本に店長は床に押しつけていた頭を上げた。

「くそ! わかった。 わかりました。 俺の負けです!」

 やけくそ気味に言う本の言葉を聞いて店長は、赤くなり始めている目を拭いて本の顔をまじまじと見つめた。

(高校生の俺に向かって、土下座とかやめろよ! 自分の年考えろよ!)

 と思う本だが、それを口にしない。口にしてはいけない気がしたからだ。

「でも、俺が学校にいる間だけ見かけたら報告するだけな」

「それでいいんや、ありがとな、ほんまありがとな」

 娘のためなら、高校生に土下座までする四十代のおっさん。いや、父親は学校嫌いで、面倒が嫌いな本の心を少しだけ動かした。

「それと、少しゲーセンの金額まけろよ!」

「それと、これとは話別やわ~」

 目は相変わらず赤いが、立ち上がり、顔では笑って本に言う店長だった。

(このクソじじい!)

「でも、クレーンのアームは少し強めにしといたるわ」

 手を握りしめ、拳を作る本だが、その言葉を聞いて拳を緩めた。話も一区切りついたところで、スタッフルームの時計を見ると声を上げて驚いた。

「あぁ!」

 時計を見ると時刻は一時前になっていた。

「俺もう行くわ! 午後から出ないと単位が危ない」

 内心不安だらけだったが、そんなことを気にしている余裕が今の本にはない。

「そうか、行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 店の外へと出る本は、照りつける太陽の下を急いで学校に向かう途中で不思議な気分に襲われた。

(いつ以来だろう……)

 先ほど自然に出た言葉、もう言うこともないっと思っていた言葉。そんなあたり前の『行ってきます』と言う言葉を思いかえし、少し照れくさい気分になった。

「あ、おっさんの娘の名前聞くの忘れた……今度聞けばいいか」

 本はそう思いながら、学校へと向かった。

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