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短編

わたしのさいしょ、おぼえてる。

作者:

小さな頃は、自分以外への感情なんて


すき か きらい


大抵はこの二つがあれば十分表現できていた。


けれど、大きくなった私は……自分が抱いた感情さえ伝えきれずにいる。


「__________では、あなた様は(わたくし)を捨て置き京へ?」


「あぁ」


「多摩を出て、仲間と京に参られると?」


「あぁ」


怒りか哀しみか、自分でも判別不能なほどの感情のうねりに全身が小さく震え始めた。

それでも、目の前の男は真っ直ぐと私を見つめたままで。


「___________左様で御座りますか」


この人はいつだってそうだった。

田舎に産まれて、泥だらけになりながら田畑で育ったのに、彼だけはいつだって……独り遠くを夢見ていた。

そうして、いつの間にか、同じ場所を目指す仲間を見つけてきて、ある日突然こんな風に離れて行く。

____________ まるで、彼自身が夢のような人。私をあっさりと、田舎に置き去りにして、振り向かずに行ってしまう……最低で……最高の男。


「……では、御好きなようになさいませ」


だから私も、綺麗に微笑んで最後を飾るわ。

彼が何かを口にする時、それは大抵が相談ではなく、決定事項だから。

こんな時代だから、一度別れれば二度目はない。彼は京へ行き、出世して、最後には北の大地で朽ちるのだし。私はこの田舎から出る気も、彼以外と所帯を持つ気もない。


「ですが、二度はござりませぬゆえ。此処へはこれを限りと願います」


「……相変わらず、キツイ女だなぁ」


「なればあなた様は、余程酷い男で御座いましょうな」


今の世に、男に捨てられた女ほど惨めなものはない。

嫁の貰い手はつかないだろうし、噂だって酷いものだ。

女郎上がりの私なんて、余程のことがなければ嫁にほしいやつはいないだろう。


「っくっくっ、確かに!!おれぁさぞかし嫌な男だろう」


「……」


「なあ、文くらい良いだろう?おもしれぇことがあれば」


「歳さま、どうかご遠慮下さりませ。出されたとて、受けとりはしませぬ。(わたくし)は、もう、……他人と関わることを止めます」






















わたしのさいしょ、おぼえてる。


最初は、今よりずーっと ずーっと 遠い先の時代で、私はアルバイトを転々としながら、パイプベッドとマットレスの老朽化により日々襲い来る腰痛に苦しんでいたのはおぼえてる。他には、家族はいて、私は女で、犬を飼っていたくらいか。

それから、いつ死んだのかは知らないけど、目覚めれば不衛生で粗末な小屋の中で、薄汚れ息も絶え絶えの女のひとに抱かれていた。ちなみに、この瞬間私の人生は大きく傾いたと断言できる。何故なら、明らかに赤子など育てる能力など備えてはいない母は_______ 生まれたてほやほやの可愛らしい赤子である私を二束三文で女郎屋に売り払ったからである。

そのさきは簡単。成長するまで所謂片寄った教育を施され、しかるべき時期からは客を取り、前世の知識が役立った私は店にそれなり以上の売上を叩きだし、初客前に交わした契約の金額を上回ったことで早めに仕事から足を洗わせて貰い、知り合いのいない田舎に家を構え、一人の男との出会いと別れを済ませた。







ただ、それだけ。








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