第9話
とりあえず、だ。ファンとやらを釣るなら、コアなファンが集まる場所に顔を出した方がいいという俺の助言に従って、3人でストバスにやってきた。
今日は見学するという夕馬そっちのけで久々にゲームする。中学の頃同じチームだった奴らと組んでボールを追いかけたり、シュートするのはとても気分が良くて、正直本来の目的を忘れてしまったほどだ。
ただし、俺たち二人は正体がばれないように帽子を深くかぶり、ダサ目の厚手パーカーを着込んでいるのだが、おかげで動きはだいぶん制限されたように思う。特に帽子のせいでゴールが見えない。
「ぶっひゃっひゃ、ちょっと体がなまってんじゃねーの? 3ポイントシュート全部はずしてやんの! ぶっふー」
敵のチームになった朝広に名指しで笑われて腹が立ったので、唇をとがらせてボールを放り投げると、見事に奴の顎に当たった。
チームメンバーと笑っていると、なんだか昔を思い出して懐かしい。
軽く体を動かした後、打ち合わせ通りに夕馬がデートの待ち合わせ場所へと移動する。その後を、ストバスの観客として参加していた女子がソロリソロリとついて行った。背筋に薄ら寒いものを感じざるをえないのは、明日は我が身と思うからだろうか。
「あの夕馬がデートとはね」
俺と朝広は女子集団のさらに後ろから現在尾行中だった。ある意味奥手で女性不信のあいつが、と思うと複雑な気分だ。それは朝広も同じだったようで、カメラを片手に何か呟いている。
「恥ずかしい写真をとってやる! そして売ってやる!」
「偽装なんだから、あんまりいじめないようにね」
もちろん止めないけれど。
電車に乗って隣の車両をこっそり覗くと、ターゲットは深呼吸中。よっぽど緊張しているらしい。
――相手はアイドルか何かかよ!
とは心の中だけのつっこみだが。
この中性的な顔立ちの親友は、きっと今から何を話そう、何処へ行こうと、頭の中でぐるぐる考えているに違いない。
電車がホームにつくと夕馬は降りて改札を抜けていく。朝広が乗り越し精算機に切符を突っ込みながら
「ここって英明の最寄の駅じゃねーの?」
と首を傾げた。
「いいからはやくしなよ。見失うでしょ」
自動改札の向こうに消えていくターゲットと、メラメラとハンターのようなオーラを出して追いかける狩人達を背伸びで確認しながら急かす。
出口から飛び出して、郵便ポストの陰に陣取ったとたん、俺たちの目に飛び込んできた光景と言えば
「あっ、夜神さ……じゃなかった。万夢さん!」
と、耳まで真っ赤にして手を上げている夕馬の姿だった。
名前を聞き取ることができなくて、夕馬の視線に俺も合わせる。ずっと辿っていくとバス停にロングストレートの女子高生。そして振り返った彼女を見て、思わずひっくり返りそうになる。
「こりゃアイドルなんてもんじゃねーよ」
朝広もぽかんと口を開けたままだ。
白い肌に整った顔立ち、なにより微笑んだ顔が異質なほど綺麗で、手を触れたら壊れてしまいそうな、そこだけ雰囲気が違う空間があった。まるで、あそこだけ切り取られた異世界のようで、思わず目を奪われてしまう。
彼女は夕馬を見つけると、トコトコと近づいていき
「夕馬君。待ってたよ」
と、隣に寄り添った。
「夕馬アアアアアアアア! うらやましーぜ! 代わりてえ!」
茶色の髪を手櫛でくしゃっと掴んでいる隣の相棒どころではない。思わずめまいと貧血を起こしてポストへ倒れこむように寄りかかる。一体、どういうことだ。
「おい! おーーい?」
「……悪夢だ」
これはもう後でこってり問いつめるほかないだろう。
「おいおい、あの奥手の夕馬がゲットした高嶺の花だぜ? ちっとは応援くらいしろよ」
朝広にゆさゆさ肩を掴まれて前後に揺さぶられると、自然と口元にニヤリと笑みが浮かんだ。
「ふ、フフ。そうくるわけ。yes。分かった……クククククククク」
カタカタと肩を揺らして今度は笑い始めた俺に、気のいい茶髪の親友は「気でも狂ったのかよ??!」と慌てだす。
すっかり何かのタガが外れた俺はハイテンションのまま追いかけていった。
「よくわかんねーけどよ! 流血事件とか絶対いやだぜ! 英明! どうしたんだよお前! あああ、待てって」
前の二人は腕を組んで映画館へと入っていた。今、何を上映しているのかなんてことは、目の前のストーカーという名のどす黒いオーラをまとった夕馬ファンの集団には関係ないのだろう。魔界のオーラを惜しげもなく爆放している俺にも関係ない。
最高級の絹糸を染め上げたような黒髪の少女と、同じような髪の夕馬が並んで歩いていると、兄弟のようにも見える。しかし、切符を買う男の方を見てこれが兄弟で遊びに来ていると思う奴はいるまい。
それほどに目に見えて夕馬は緊張でガチガチになっていた。
多分、あいつも今は頭の中が真っ白で、何が上映されているのかなんて分かっていないんだろうなぁと、うっすら考えた。
スクリーンの丁度中頃の席に座って二人は、何か話している。夕馬が一瞬口を尖らせて、それから笑った。すごく嬉しそうだ。何話してんだろ? あの夕馬にバスケ以外でこんな顔させるなんて珍しい。
そう思いつつ、こっちは寂しく男2人で最後列に座りチケットの半券を見つめる。朝広にいたってはちゃっかりパンフレットを手に入れていた。
「陰陽師?」
結構、映画は面白かった。