第7話 *大地視点
「俺は番場 大地だ。万夢の従兄弟で迎えに来た」
万夢の従兄弟だと名乗ると明らかに目の前の男はほっとした顔をする。そいつから引き取った万夢は、懸念していたとおり発熱していた。白いコンクリートの屋上はまだ風が冷たく、4月に寝転がるというのは酔狂だと思う。
「万夢、あんまり無茶するな」
日本人形のような容貌をした従姉を横抱きにして抱き上げると、彼女は瞬く間に赤くなった。
「今更この歳でお姫様だっことか恥ずかしすぎるし、ものすごく目立つし、恥ずかしいし、歩くから! 歩けるから、おろして」
そんなリクエストは直ちに却下して、屋上からの階段をそのまま降りはじめる。校門に止めてある車まで運ぶにもこれが一番手っ取り早いと思うのだが、どうやらそれが困るらしい。
何故だ?
目撃されると困るのか?
しかし、第一そんなにフラフラで歩けるわけなかろう。俺が運んだ方が早い。要するに目撃される前に猛スピードで階段を下りればいいわけだ。
自分の考察に納得した俺は、万夢を抱きかかえたまま階段を一段飛ばしで駆け下りた。彼女が真っ青になっているのは目の端でとらえていたが、だからといって下ろす気にはなれなかった。
――別に、屋上にいたあいつに手伝ってもらえばよかったのかもしれないが、なんだか手を離してはいかん気がした。万夢をつれていかれそうで
車の元にたどり着いたころには、すっかり彼女は声も出ないほどにぐったりとしていた。
「うむ。目撃者は3名。まあまあ上出来といったところだ」
時間を少しずらして、屋上からやたら顔の整った男が降りていったから、大半の視線はそちらに釘付けになっていたともいう。
満足げに頷くと、ミラーに映る俺とよく似た顔が助手席からこちらをのぞき込んだ。従兄殿はまだ若干28歳だというのに、目立たないながらも毎年巨額の富を稼ぎ出している会社の最高経営責任者だ。
多忙なはずだが、優秀な部下に仕事を割り振って万夢の迎えに運転手付きでやってきた。本人の話では、責任者が最も有能である必要はなく、優秀な部下が生き甲斐を持って働きやすい環境を作るのが俺の仕事、なのだそうだ。
俺から見れば、そういう言い訳で他人を動かし、周囲を操って自分のしたいことを実現させる伴野 空太という男が一番食えない男であるのだが。
そんな彼が無茶を発揮する最大の要因がこの少女だ。まあ、無茶に巻き込まれた人間は、そうだと気づいていないし、結果として彼女の夢見の力が会社のためにもなっているので、問題ないのだろう。
「大地。万夢の具合は?」
「あまり良くないな。とりあえず今日一日薬で眠ってもらう他無いだろう」
彼から冷えピタを受け取ると、万夢の額にそれを貼り付け、冷えた手を首筋に持っていく。まだ熱い。
「夢見を行う度に悪化していないか?」
「おそらくな」
ここ数日とても調子が良かったので学校へ行かせていたのだが、仕事の後にたちまち体調を崩してしまった。今日も休むように勧めたのだが、勝手に抜け出して、心配してきてみれば案の定これだ。
車は学校から離れて走っていく。
運転手の腕がよいのか、ほとんどゆれはない。桜並木をくぐり抜けると車は速度を落とし、ゆっくりと大きな門をくぐり抜けた。
――夜神。
そう表札に書かれた家は、この東京では信じられないほど大きな平屋建ての屋敷だった。
これほどの家があることが、あまり周囲に知られていないのには訳がある。林や他の小さな家に囲まれて、それがカムフラージュとなっているために、道路からは確認できないようなところに入口が存在するのだ。
つまり、この家の存在は隠されているわけである。
車が中庭に止まると、連絡を受けていた使用人が待っていたとばかりに担架を用意していた。
「お待ちしておりました。万夢様のご容体はいかがですか?」
「心配ない。今日はゆっくり休ませればよかろう」
少し熱も下がり、小康状態になった彼女を渡すと、伴野は取引先の記念パーティに出席するといって車に再び乗り込んだ。
しかしすぐに助手席の窓を開けて、声をかけてくる。
「大地も学校へ行くか? 途中で寄ってもいいが」
時間に余裕がある、とはこの男らしくない冗談だが、きっぱりと断っておいた。
車を見送りながら改めてこの家を見る。権力を吸い取って出来たかのようなこの屋敷には、普通の家には無いような重い空気がのしかかっていた。権力、財力、崇め奉られることに慣れた傲慢さ。
それを手に入れるためには一人の少女の人生なんて軽い犠牲だったのだろう。
「俺は科学では説明できないようなものが嫌いだ」
伴野家、番場家、夜神家の後3家はそれぞれ特殊な能力の持ち主を輩出することが多い血筋だった。むろん、家にふさわしい教育が施されるのは言うまでもないのだが、それ以上に資質とも賞される何かがあった。
伴野家は会社の経営手腕、
番場家は科学的根拠にもとづく研究、知能、知識
そして夜神家は……
科学で説明できないものが人を幸せにした例は少ない。
まして、それを思い通りに操ろうとした者がずっと良い目だけを見続けることはないだろう。そしてそれはまわりの人を巻き込んで不幸を感染させる。
だから、それを食い物にして以上に肥大してきたこの家は大嫌いだ。
一族も嫌いだった。
――万夢をのぞいては。