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夢幻発掘抄  作者: アルタ
告白ラッシュの彼と眠る彼女の5日間
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第5話

 比留間君から渡されたお弁当は美味しかった。


 この世界は私のいた世界と確かに少しずつずれていた。歴史上の人物、いや、歴史そのものが違う。文字は一緒のように思えるけれど、転生した私が勝手に翻訳しているのか、もともと同じ文字を使っているのか、分からない。

 携帯電話やパソコン、テレビは一部の上流階級の者しか持っていなかった。私がいた世界では、かなりの率で所持していたというのに。

 勿論仕事は紙での決裁。デジタルデータで回っていた資料が全て手書きになっちゃったりするので、ある意味のんびりとしているというべきか、調べるのにも一苦労というべきか。

 アナログの世界。

 しかし、過去とは違った世界。


 違うところもあるけれど、同じところもある。数学や物理、化学式など普遍のものは変わらない。1+1は2だし、万有引力の法則は相変わらず存在している。

 それは前世のときに勉強していたから、授業は随分楽だった。先ほどの歴史にしても、赤ん坊の頃から文字が読めるという特典のおかげで、スタート地点でずいぶん下駄を履かせてもらったように思う。


 同じところといえば、先ほどもらった比留間君のお弁当の卵焼きは、昔、実家の母親が作ってくれた味に良く似ていた。あの人のお母さんも同じように作ったのだろうかと考えると、何故だか心が温かくなる。

 そして、もう前世の母親に会うこともないことだろうと思うと少し寂しくなる。

 お母さんには悪いことをしてしまったなぁ。

 もっと親孝行しておけばよかった。


「万夢、デザート」

 名前を呼ばれて振り向くと、従兄弟の大地が大福と緑茶をお盆に載せて運んできた。何故このような渋いチョイスなのだろう。広い縁側に座って、2人で大福を頬張ると、じーんとした甘さが口の中に広がった。

「おいしいねぇ」

 ほくほくと微笑むと、大地は「随分と機嫌がいいな。何かいいことでもあったのか?」と首をかしげた。


 良いことというほどでもないのだけれど、久々に「私」を見て話をした人間がいたから、と答えれば、無表情なこの従兄弟はよく分からないといった風に肩をすくめた。

 迷える男子高校生というのが新鮮だったというのはこの際黙っておこう。

 案外気にするタイプなのだ。


 縁側から見える庭は立派な日本庭園だった。政治の裏側にいる夜神家は莫大な資産家だった。それに加えてもう一人の従兄弟、空太の経営する会社が軌道に乗っていることもあって、経済界にも通じている。おかげでこの庭園も格安で手を入れてもらった。

 複雑にうねった松の木に四季折々の樹木が植えられ、白い砂は丁寧に模様が描かれている。

 坪庭というには広すぎる気もするが、この庭が好きだった。特に月が見えるこの時間、庭の池に映る月は本当に美しい。


 現代社会で毎日コンクリートの建物に出勤して、スチール製のデスクに座って、電話とパソコンしか見ていなかったあの頃とは大きな違いだなと思う。

 ビルから見下ろす夜景も確かに悪くはなかったけれど、虫の声に耳を澄ませ、星の瞬きを眺めるのんびりした時間がいつも新鮮に思えた。


「万夢、仕事が入った。夢見は出来そうか?」

 まるで、お茶をもう一杯飲むか尋ねるような口調で、大地は仕事の話をしだした。

「大丈夫よ。明日にでも早速準備してもらえるようであれば」

 久々の依頼だね、と呟くと彼はあまり乗り気ではなさそうに、「真剣にやらなくてもいいぞ」と付け加えた。


 緑茶を手に取るが茶柱は立っていなかった。

 どうやら明日は欠席だな、と私はどこか他人事のように考えていた。


 ふと、比留間 英明のことを思い出す。

 高校2年で編入してきたえらく整った顔立ちの男の子だ。多分テレビに出ても映えるタイプの美少年だろうなと思う。まあ、思うのは思うのだけれど、美少年というものは遠くから観察するのがちょうどよいものだと割り切っている。転生後の人生だからといったって、前世平々凡々の仕事人間だった自分に、急に色めきたてというのも苦しい話だし、ましてや前世の年齢を考えると「アリエナイ」一択だ。

 それに、自分にはそういう女子高校生らしいイベントと無縁な要素が他にもある。


 そういうわけで、ドキドキするような感情はないのだが、老婆心もどきの感情でついつい助言をしてしまった。

 女子生徒からの告白ラッシュに、男子生徒からの冷たい視線、転校したてでなじむのに大変なこの時期に、あの大型イベントのオンパレードではしんどいだろうな、と思う。


 ぶつかるのは悪くない。

 だが、大人になれば「かわす。避ける」というズルイ手も覚えないとやっていられない。

 いつの日か、皆ズルイ大人になっていくのだろうけれど。

「潰れてしまわないようにね」


 お茶を飲みほすと、月がきらめいた。

 大地は、先ほどの答だと思ったのか、コクリと頷いた。

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