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夢幻発掘抄  作者: アルタ
夢から覚めたら
36/44

第36話

 弁論大会はつつがなく終わり、俺と朝広と夕馬の3人は古びた旅館に宿泊している。


 悲劇は朝広の身に起こった。

 がっしゃーーんという盛大な音と共にあいつの頭の上には本日の夕飯がぶちまけられた。

 髪からは味噌汁が滴り落ち、豆腐は飛び散り、俺のカバンにも例外なく豆腐とネギがたくさん入ってしまった。これは1回部屋に戻って洗わなきゃいけない。味噌と豆腐が嬉しくない感じにこびりついて残るのが目に浮かぶ。ヤレヤレ。


「てめっ!!」

 当然のごとく朝広の怒りは頂点に達し、ぶつかってきたおじさんと喧嘩になりそうなところ、襟首を引っつかんで離し、何とか話し合いで店とおじさんからクリーニング代程度はせしめた。なんとなく、夕馬が尊敬の眼差しだったことは忘れておきたい。

 とりあえず貴重品は肌身はなさずというのが鉄則だけれど、それが旅行先であだになったな。そんな不毛な気持ちを抱えつつ、俺たちは荷物を拭くことにした。ちなみに朝広は真っ先にバスルームに飛び込んでいる。


 何故か俺の荷物には味噌汁の具がたくさん入っていて、多分飛んできたお椀が連鎖反応で俺のおわんまでひっくり返したからなんだろうけど、力を入れればつぶれそうになる味噌やら豆腐やらを洗い流すために、とりあえず一つ一つカバンの中身を出していった。

 着替えは別のカバンの中に入れておいて正解だったな、なんて思いつつ。


 財布、ハンカチ、ティッシュ(もうこれはだめだ)と取り出していくうちに何か見覚えのない『袋』が転がりでてきた。そしてその奥には『封筒』が。

「何? 何? ラブレター?」

 綺麗な和紙に漉き込まれたそれを、夕馬が興味しんしんといったオーラをまとって覗き込む。


 けれど、俺には一向に覚えがないうえ、朝広と夕馬宛の手紙なので訳が分からない。ファンレターだったら普通どちらか一人に宛てるもんでしょ?

「じゃ、これは俺が預かっとくよ。朝広が出てきたら、一緒に開けてみる」

 なんだか不気味だったけれど、心の奥で「よかった、約束を果たせた」という感情が浮かんできて首をかしげた。いったい何の約束だか、思い出せないというのに。


 もう一つ、思い出せない袋を拾うと、

「英明! ゴゴゴゴゴキブリィィィ!」

風呂から戻った朝広が素っ頓狂な声で叫びながらドアを開けるものだから、拾ったものを落としてしまった。

 じゃららららとぶつかり合うような音が聞こえて碁石が飛び出る。しかも白と黒の石の数が全然あっていない。


「まったく! ゴキブリくらいで騒ぐことないでしょ」

 それを一つ一つ拾い、袋に戻しながら話す。頭では違うことを考えながら。


――なんで、こんなもん持っているんだろう?


 また奇妙な違和感。

「だってよー、シャワー浴びてたら『黒光りする奴』がカサカサカサ―って」

「それでお前、Tシャツ前後逆に着てんのな」




「おやつタイム」

 ゴキブリ騒ぎが落ち着いたのか、朝広がポテトフライ~ヨーグルト味~の袋を開けながら呟いた。とたんに甘酸っぱいような奇妙な匂いが部屋に充満し始める。うっかりリバースしそうになって窓を開けた。

「それ、ヨーグルトに気合入れすぎ」


 とりあえず換気出来ていることを確認してから問題集を取り出すと、夕馬が「英明偉いな―」と感心している。そりゃ『スポーツ馬鹿』と思われたくないからね。その言葉に反応してゴホゴホせきこむ朝広。大丈夫?


「べっ、別に俺はそんなに悪くはっないけど、そういや模試が近いなーとか」

 今度は俺の問題集をペラペラ無意味にめくりだす夕馬。そんなに気になるなら勉強したら? 問題集もノートも誰かさんのおかげでたくさんあるし。ほら、とリュックを差し出すと彼はおずおずと宝くじのように1冊のノートと問題集をひいた。


 朝広といえば……

「うっわー、すっげ微妙! つーかヨーグルト味酸っぱいぜ! うわお! 英明~食わね~??? 俺が口に入れてやるよー」

とか、人の上に乗っかってくるのやめろ! てか、いらないから! ソレ! 不味そう!


「英明も俺とバスケ馬鹿になろーぜ!」

「なりたくないから!」

 げしょっと問題集の角で朝広の頭を軽く叩くフリをすると、

「わ、悪りぃ」

夕馬が急に真っ赤になってノートを両手で閉じる音が重なった。


「英明のプライバシーをのぞこうとかっっそんなこと思ったわけじゃなくてっ、渡されたから手にしてしまって! ごごごごごごめん! だってだって、普通のノートに見えて、俺、俺、表紙しか見てなくて、悪かった! ごめん。ゆ、許して……くれるよな?な?」

て、必死に掴みかかられても良く分からない。


「なーに? ゆーま、そのノート見せて」

「だめだ」

 きっぱり夕馬が朝広のお願いを却下する。それから夕馬はそのノートを俺の胸に押し付けた。



「英明の……日記だ」

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