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夢幻発掘抄  作者: アルタ
何故2回目の青春を送っているのでしょうか
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第25話

 一つ不思議なことがあった。

 万夢は、この家をほとんど出たことがない。そのわりにはやたらと世間慣れしているように見えた。電話をかけるのも躊躇しなければ、タクシーや店の手配も一人でやってのける。

 仕事相手に対する言葉遣い、仕草、考え方、まるで社会人を見ているようだった。

 夢見の仕事をしていても、身につくものではないと思う。それを強要する人はいないのだから。社会人の話を聞いただけでない、頭の中で想像するのとも違う、実践し続けてきたような安定感がそこにあった。


 尋ねてみる。

「信じてもらえないかもしれないけれど、生まれる前に長い長い夢を見ていたのよ」

 彼女の答えは、予想をはるかに上回るものであった。



 平凡な家庭に生まれ育ち、平凡な容姿と平凡な学力の彼女は幸せな学生生活を送ったらしい。変わってきたのは就職活動の頃から。

 深く考えもせず生きてきた彼女にとって、人生の命題が突如突きつけられる形となった。どの道に進んでも構わないといわれる代わりに、どの道も競争率が高く、何社も受けては落とされる。

 自己分析とやらをして、自分のアピールポイントがないことに愕然とした。欠点はいくらでも見つけられるのに。


「なかなかシビアな環境だね」

「でしょう? 人格否定されまくってへこんで。

 仕事だけが人生じゃないとは言っても、仕事しない女性を養っていけるほど甲斐性のある男性もいなかったのよ~」


 彼女の夢見ていた世界は不思議な世界だった。こちらの世界にはないような品物の数々、歴史、地理。けれども、まるきり空想の世界としてしまうには現実味のあるファンタジー。

「なんとか小さな会社に就職して、企画の仕事を手伝わせてもらったら、これまた絶望でね。

 いかに自分は何も考えずにここに来たのだなあって」

 就職活動名人になったところで人間の重みが増すわけではない。


 だからと言って、好きな仕事を探しに行くという幻想を追って会社を辞めることはしなかったそうだ。

「天職なんてないのよ。想定外の仕事でも、その中から面白みを見つけることができなければ、たとえ好きな仕事をやってたとしても続きやしないもの」

 そうやって、仕事にしがみついて、何とか仕事が出来るようになってくると、仕事が集まってくる。

 君にしか頼めない仕事なんだよ、と言われると断れなかったのだと彼女は話した。

 そうやって仕事を抱え込んで、毎日毎日ロボットのように仕事して……


「あるとき、プッツン。人生が終わっちゃったのよ」


 そうして気がついたら、赤ん坊だった。

「え、合間に何かなかったの?」

 霊になって、自分の葬式を見るとか。

「ないねー。もしかして、会社で寝て夢でも見ているのかとも思ったのだけれど、ちゃんと自分が“死んだ”ことだけは理解していて」

 第2の人生が始まった。


「やりたかったこと、ある?」

 首を傾げて見つめると、物事を考える習慣は身につけなくっちゃとは思ったわ、と万夢は笑った。結構トラウマだったのだそうだ。それから、もう一度人生をやり直すことができて嬉しいのだと付け加えた。


「夢見の能力を持って、この家に生まれたこと、後悔していない?」

「ないよ。でも、空太さんと大地には、少し申し訳なくも思うけれど」

 彼らの考えは彼女と違うのだという。


 その気持ちは痛いほどに分かった。あまりにも夢見の力を持ったものの人生はつらいことだ。

 傍から見ているものとしては、理解できないことが多すぎて。

 普通に守られて生きている俺たちと違いすぎて。


 いつかその矛盾が俺たちに刃を向けるような気がしてならない。

 まだ幼すぎる俺たちは……そのとき俺は万夢を守れるのかな。



――大丈夫。

 もう一度生きていることを確認してから、そっと眠る彼女を離した。



「英明君?」

 万夢がうっすら目を開けたので

「おはよう」

と、笑っておいた。つられて万夢も微笑み返す。

 俺にできることは少ししかないけれど、できることから始めていこう。


 例えば、彼女の心を縛っている鎖をほぐして、現世とつなぎとめる鎖にすることとか。

 例えば、夢の中にこもってしまいたいと思わないようにするとか。

 例えば、素直に笑える時間を増やすこと。


 いつまでも側にいるから。


 心の中でこっそり誓いを立てながら、

「そういえば、今月のスケジュールが出来ているから目を通して」

表向きは従順に仕えるフリをする。

「どうも。んー……5件か」


 もしかするとこれは立派な反逆罪になるのかもしれない。

 彼女を夢から引き剥がすということは。

「夢を見るのがしんどいようなら上手く減らすけど」

「ん? 大丈夫。英明君はいつもぎりぎりまで減らしてくれるから、今までより体は楽だし」


 でもきっと間違っていない。

 そう信じている。

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