第22話
「やっぱり契約ってそういうこと」
番場大地の説明を聞いて、俺はあの時のキスが契約の印になってしまったことを知った。
勿論後悔なんてしていない。どちらにせよこうするつもりだったのだから。
なので、これからどうなるのか、どういうことをするのか、その辺りについての詳しい話について説明を受ける。
婚約者候補になった者は、彼女と組織に仕えるようになったこと。
普通に生活しても構わないが、彼女を第一優先にすること。
礼儀作法など最低限の知識と教養、礼儀は身につけられるよう先生が付くこと。
今後の出入りが許可なしに出来るよう、通行手形のようなものが発行されること。
連絡用携帯電話などいくつかの品が支給されること。
彼女のことは記憶は残っていくが、決してこの組織について他者に漏らさないこと。
とにかくまだあったけれど、全ては覚えていない。
とりあえず頭の中の引き出しに入れておく。
大事なのは俺と夜神さんの距離が縮まったということ。
縁側に出ると夜神さんは池の鯉に餌をあげていた。色とりどりの綺麗な錦鯉は、下手をすると1匹数千万円の値段がつく代物だ。
「渋い趣味だね」
近くの縁側に腰をかけると、彼女は分かったようで後ろ向きのまま俺に話し掛ける。
「大地のお話は終わったの?」
「うん」
今度は俺から話し掛ける。
「気分はどう?」
彼女はしゃがんだまま、ガサゴソと袋入りの麩を取り出す。
「う……うん。すごく良いよ」
返事は小さな声でそれだけ。耳が少し赤いのは気のせいだろうか?
――笑みがこぼれた。
なんだか可愛らしい気がして。そういうところ、人間らしくて好きだな。
「ひ! 比留間君……なに笑ってるわけ?」
こっそり振り向いた彼女は、俺が笑っているのを見て自尊心が傷つけられたらしい。
「えー? まあ、気にしないでよ」
「仕方ないでしょ! 空太さんや大地と契約したのは、ずー―っと昔のちっちゃいちっちゃい頃のことで、キスの経験なんか覚えているわけでもないし、ましてや寝ているうちにされていたなんて分かんないし。久しぶりだし」
あたふたと説明する姿がなんだか年相応に見えてしまった。
「いや、いつも冷静な夜神さんも取り乱すことがあるんだなーってね」
にっこり微笑むと「お姉さんの面目丸つぶれです」と彼女はふてくされて俯いてしまう。お姉さんって、俺達同い年なんだけどね、どうやらまだ動揺しているらしい。
なんだか、そんなに可愛らしくされるといじめてみたくなってしまって。
「俺のこと嫌い?」
じっと見つめてみる。
案の定、答えは「そんなことないけど」というものだけど。
そう来なくちゃ面白くないでしょ。うつむいていた彼女からは見えなかっただろうけれど、このとき俺はすごくすごく楽しそうな顔をしていたに違いない。
「じゃあさ、俺と付き合わない?」
「え……!?」
その瞬間彼女はばっと顔をあげた。
よく見ないとわからないけれど、少し頬を染めて。それからビックリしたように目を見開いて。
「そうしておいたほうが学校でも都合が良いでしょ」
にっこり微笑むと、彼女は一瞬考え込むような顔をした。
「……なんだか悪魔の囁きに見える」
比留間君へんだよ。
「そんなことないよ」
俺は提案しているだけで、決めるのは夜神さんなのだから。
俺のこと、嫌いじゃないって言ったよね?
世の中経験も大事だよ?
彼女が承知するように次々と説得の言葉を並べ立てる。
きっとさ、夜神さんは俺の告白なんて覚えていてくれないだろうから、今度こそもう一度ゆっくり落としていこうと思う。
「わかった」
「yes。じゃあ俺のこと英明って呼んでね。いいでしょ。俺は万夢って呼ぶからね」
まずは名前からはじめよう。
その日、学校では衝撃の事実が雷のごとく走り抜けた。
――あのクールビューティー比留間と夜神さんが付き合い始めたんだって。
あっさりとクラスで宣言したら、想像通り口をパクパクしたまま動かなくなった周りにほくそ笑む。
こうやって外堀を埋めておけば、半分押し切られる形でOKしてしまった彼女もそのうちなじむだろう。
「なんかすごいことになってるね」
「そうだね」
弁当のウインナーを差し出すと、彼女は逡巡してからつまようじごと受け取った。そのままかぶりついても良かったのに、と呟けば、全力で「今更そんな甘酸っぱい真似できません!!!」と引き下がられる。
朝広から、『バカップルの条件』を聞いて実践してみようかと思ったのだけれど、これは別方向から攻めたほうがいいかもしれない。
しかし、まず取り組むことといえば、
「ひ……比留間君」
「英明、でしょ」
名前呼びが未だ出来ない万夢に、名前を呼ばすこと、かな。




