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夢幻発掘抄  作者: アルタ
夢見と薄れゆく記憶と契約者
22/44

第22話

「やっぱり契約ってそういうこと」

 番場大地の説明を聞いて、俺はあの時のキスが契約の印になってしまったことを知った。

 勿論後悔なんてしていない。どちらにせよこうするつもりだったのだから。

 なので、これからどうなるのか、どういうことをするのか、その辺りについての詳しい話について説明を受ける。


 婚約者候補になった者は、彼女と組織に仕えるようになったこと。

 普通に生活しても構わないが、彼女を第一優先にすること。

 礼儀作法など最低限の知識と教養、礼儀は身につけられるよう先生が付くこと。

 今後の出入りが許可なしに出来るよう、通行手形のようなものが発行されること。

 連絡用携帯電話などいくつかの品が支給されること。

 彼女のことは記憶は残っていくが、決してこの組織について他者に漏らさないこと。


 とにかくまだあったけれど、全ては覚えていない。

 とりあえず頭の中の引き出しに入れておく。


 大事なのは俺と夜神さんの距離が縮まったということ。



 縁側に出ると夜神さんは池の鯉に餌をあげていた。色とりどりの綺麗な錦鯉は、下手をすると1匹数千万円の値段がつく代物だ。

「渋い趣味だね」

 近くの縁側に腰をかけると、彼女は分かったようで後ろ向きのまま俺に話し掛ける。

「大地のお話は終わったの?」

「うん」


 今度は俺から話し掛ける。

「気分はどう?」

 彼女はしゃがんだまま、ガサゴソと袋入りの麩を取り出す。

「う……うん。すごく良いよ」

 返事は小さな声でそれだけ。耳が少し赤いのは気のせいだろうか?


――笑みがこぼれた。

 なんだか可愛らしい気がして。そういうところ、人間らしくて好きだな。


「ひ! 比留間君……なに笑ってるわけ?」

 こっそり振り向いた彼女は、俺が笑っているのを見て自尊心が傷つけられたらしい。

「えー? まあ、気にしないでよ」

「仕方ないでしょ! 空太さんや大地と契約したのは、ずー―っと昔のちっちゃいちっちゃい頃のことで、キスの経験なんか覚えているわけでもないし、ましてや寝ているうちにされていたなんて分かんないし。久しぶりだし」

 あたふたと説明する姿がなんだか年相応に見えてしまった。


「いや、いつも冷静な夜神さんも取り乱すことがあるんだなーってね」

 にっこり微笑むと「お姉さんの面目丸つぶれです」と彼女はふてくされて俯いてしまう。お姉さんって、俺達同い年なんだけどね、どうやらまだ動揺しているらしい。

 なんだか、そんなに可愛らしくされるといじめてみたくなってしまって。


「俺のこと嫌い?」

 じっと見つめてみる。

 案の定、答えは「そんなことないけど」というものだけど。

 そう来なくちゃ面白くないでしょ。うつむいていた彼女からは見えなかっただろうけれど、このとき俺はすごくすごく楽しそうな顔をしていたに違いない。


「じゃあさ、俺と付き合わない?」

「え……!?」

 その瞬間彼女はばっと顔をあげた。

 よく見ないとわからないけれど、少し頬を染めて。それからビックリしたように目を見開いて。

「そうしておいたほうが学校でも都合が良いでしょ」

 にっこり微笑むと、彼女は一瞬考え込むような顔をした。


「……なんだか悪魔の囁きに見える」

 比留間君へんだよ。

「そんなことないよ」

 俺は提案しているだけで、決めるのは夜神さんなのだから。


 俺のこと、嫌いじゃないって言ったよね?

 世の中経験も大事だよ?

 彼女が承知するように次々と説得の言葉を並べ立てる。

 きっとさ、夜神さんは俺の告白なんて覚えていてくれないだろうから、今度こそもう一度ゆっくり落としていこうと思う。


「わかった」

「yes。じゃあ俺のこと英明って呼んでね。いいでしょ。俺は万夢って呼ぶからね」


 まずは名前からはじめよう。




 その日、学校では衝撃の事実が雷のごとく走り抜けた。

――あのクールビューティー比留間と夜神さんが付き合い始めたんだって。


 あっさりとクラスで宣言したら、想像通り口をパクパクしたまま動かなくなった周りにほくそ笑む。

 こうやって外堀を埋めておけば、半分押し切られる形でOKしてしまった彼女もそのうちなじむだろう。


「なんかすごいことになってるね」

「そうだね」

 弁当のウインナーを差し出すと、彼女は逡巡してからつまようじごと受け取った。そのままかぶりついても良かったのに、と呟けば、全力で「今更そんな甘酸っぱい真似できません!!!」と引き下がられる。

 朝広から、『バカップルの条件』を聞いて実践してみようかと思ったのだけれど、これは別方向から攻めたほうがいいかもしれない。


 しかし、まず取り組むことといえば、

「ひ……比留間君」

「英明、でしょ」

名前呼びが未だ出来ない万夢に、名前を呼ばすこと、かな。

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