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夢幻発掘抄  作者: アルタ
夢見と薄れゆく記憶と契約者
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第21話

 「夢を見る」という言葉には、憧れているものや、こうだったらいいなという希望を指す意味もあるらしい。けれども夜神万夢にとって、「夢を見る」ということは現実以上に現実的な意味を持つ。私には憧れも希望も最初からなかった。


 無論、夢見という能力、これを嫌だと思ったことは無い。けれど、前世の私も今世の私も、どうにも縁を結ぶのが苦手なようで、寂しくて、寂しくて、そんな孤独を抱えながら夢を見る。


 恐ろしい過去の夢も、幸せな未来の夢も、全てが幻で、目が覚めると消えてしまう。

 もしかして私もいつか夢の中に消えてしまうのだろうか?

 夢を見ながら、そのまま決して醒めることなく。そう、こんな天気のいい日にはいい夢を見ていたい。


 ひどく体の調子は悪いけれども、不思議と私はするする夢見につくことが出来た。

 一面の青空が見える。どこまでも広がっている空に手を伸ばすと、何かに触れた。


――あたたかい。

 とても優しくて、温かくて、それでいて……



 ゆっくり目を開けると、ひどく気分が良かった。まるで、ぐっすり眠ったような、生気が満ちているような。

 ふと膝に重みを感じて視線をおろすと

――比留間君が倒れていた。


「!」


 まさか!

 唇に残る痺れるような感触に

 頬に残るわずかな違和感に

 もしかして、という思いが頭をよぎった。

 それから、何故か頬が赤くなるのが感じられる。

 な、なんで??




 比留間君が倒れているのに気づいて、私はすぐに行動に移した。空太さんの秘書の一人に連絡し、車で迎えに来てもらう。彼を本家に運び、主治医に容態を見てもらったのだけれど、特に問題はなく、しばらくすれば起き上がれるだろうという話を聞いて安心した。


「やっぱり熱でもあるんじゃないか?」

 ふいに、空太さんの手が額に触れて、私は慌てて首を振った。

「ううん、今は大丈夫」

 今は……という言葉に反応して、彼はいそいそと床の準備をするよう女中に言いつけだしたのでたまらない。まだ、おやすみなさいと寝るには早すぎる時間だ。そして、それ以上に気になっていることがある。


 慌てて止めたものの、黙ってしまった私をじいっと見て、空太さんはふうん、と笑った。

「万夢、案の定、君は無茶をして体調を崩したんだね? 本当ならもっと早くに少しずつ現れるところが、君が我慢していたせいで一気に来たのだろう?」

 その言葉に正直に頷く。そして、項垂れるようにして、その言葉に付け加えた。

「あのね、私、比留間君と契約……してしまったみたい」


 夢と現実を行き来する『夢見』と契約するということ。

 それは夢見に現世での自分の『生気』を吹き込むことに他ならない。

 それはある意味自分の命を差し出すということになるのだが。


「そうか、比留間君はそっちを選んだのか」

 空太さんは興味深そうに笑った。あながち大地が感じた焦燥感というのも間違いではなかったのかもしれないね、と付け加えた彼の言葉からは、その行動があらかじめ分かっていたかのような確信が混ざっていた。


 3人目の、契約を交わした婚約者候補。


「私は取り返しのつかないことをしてしまった」

 起きたら大地が説明してくれるという話なので、待っているのだけど、彼はどんな顔をするのだろう。

「多分ね。彼は察しが良いから、契約についてすぐに受け入れると思うよ」


 慰めるように、空太さんの手が頭を撫でた。

 まだ、彼が起きる気配はない。



「彼が起きるまで少し話をしようか」

 ガトーショコラとミルクティーをテーブルに置いて、空太さんはゆったりと脚を組んだ。この人が会社の偉い人だなんて本当に信じられない。しがない平社員でも寝食を削って働いていたのに。

 じーっと見つめると、サボっているわけじゃないよ、と手を振って笑った。


「万夢の容態が悪いと聞いて、空港から直行したんだよ」

 直行している車の中で会社に電話を入れ、コンペ用の企画と契約書の原案作成を指示していたという。

「空港ということは海外に?」

 どこまで出張に行っていたのか聞けば、そこはつい最近まで紛争地帯だったところというので驚いた。


「いやあ、紛争地帯ってのは治安が悪くて敬遠する企業も多いけれどね、ビッグチャンスでもあるんだ。なにせあたりは焼け野原で、インフラも建物もまっさらの状態だろ? かといって、今まで戦っていた奴らやその背後で武器を供給していた奴らに仕事を頼みたくない。

 そこで私達のような、非武装で、遠い国の人間が選ばれたりするんだ。そして、一刻も早い国内の安定を願う周辺諸国や治安機関からは惜しみなくお金が出されるわけさ」


 幸い、彼らの信頼している人物からの依頼だし、国民にとっては悪い話でもない。そして、もちろんあの国での仕事を通して強いパイプが出来るように、こちらも国にお金を落とす予定だからね。と付け加えて人当たりの良さそうな従兄殿はニッコリ微笑んだ。

 こういう要領の良いところや度胸が、彼がトップであるゆえんなのだろうか、とチラリと考える。自分の働いていた会社が、今の地位に安住していたとは思えないが、こうやって仕事を切り開いていく上司がいたら、もっと違う働き方が出来たのかもしれない。


「空太さんは、私が考えもつかないことをするのね」

 呟けば、「私のほうが年上だからね」と返されて、複雑な気持ち。

 ならばせめて、その国がこの先どのくらいの間安定しているのか夢見をしようかと提案するが、それはあっさりと断られてしまった。


「そんな必要はないよ。天災ならともかくも、人災による内乱ならば、情報を集めれば未来は見えてくるものだから。それは私の仕事であって、君の仕事ではない」

 そして、その天災の部分をなるべく予知しようとしているのが大地なのだけどね、と付け加えると、空太さんは会社に戻っていった。



 私を結ぶ縁の糸は少なくても、とても温かで、しばらく私はその余韻に浸っていた。

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