第20話
ゆっくりと、けれども確実に時間は過ぎていった。
1週間というのはすごく短い期間で、こうして一緒にいて、常に記憶を更新して、さらに日記までつけて忘れないように努力することはできても、時を止めることは出来ない。
ふわっと教室のカーテンが揺れた。
空には真っ青な空が広がっていた。どこまでも深い深いその色にもう少し近づきたいと思って、弁当を久しぶりに屋上で食べることにする。
多分、夜神さんもそこにいるに違いないと確信しながら、カバンを肩に引っ掛けて、屋上の扉を空けると、一瞬強い風が吹き込んできて目を瞑る。
前髪がパラパラと戻ってきて……
まぶしい光と共に俺の視界に入ってきたのは
倒れるようにしてベンチに横たわっている夜神さんの姿だった。
「夜神さん?」
呼びかけては見るけれど、返事がない。またいつもの居眠りなのだろうと思って俺はベンチの横に腰掛ける。
そういえば彼女は昼食をとっていないのだろうか?
お弁当らしきものが見当たらない。少しでも睡眠をとりたいんだろうか。
「夜神さん」
もう一度呼びかける。静かだ。
静か過ぎる?
なぜだかいやな予感がして、俺は急いで夜神さんを起こす。
けれども彼女の体は冷たくて、ぜんぜん起きなくて、むしろ、もう起きないんじゃないかってくらい目をしっかり閉じている。
熱をだしていたこの前よりも悪い気がして、とにかく意識だけでもとゆすってみるのだが、全然反応がなくて……よっぽど具合が悪いのだろうか、顔から血の気がひいてきた。
どうすればいい?
――まずは連絡だ。
震える手で番場にワンコールかける。
けれどものんきに待っていたら、手遅れになるような気がする。
俺ができることってなんだろう?
以前どちらだったかに言われた言葉が鮮明に思い出された。
「もしひどく衰弱しているようだったら生気を吹き込んでやればいい」
夜神さんの手が伸びてきて、俺の頬にそっと触れる。
その仕草で、なんとなくその言葉の意味が分かってしまう。
俺は寝ている夜神さんの横に手をついて
……そのまま彼女の唇に口付けした。
――戻ってきなよ。
ありったけの想いを込めて。
――どうして彼女のことが気になるんだろう。
「まさか。俺が誰かを好きになる訳無いでしょ?」
――彼女と夕馬がデートしたあと俺はそう言った。
「お前、自覚無しか?ああ!?ナッシング??
ちょっともう、そういう冗談やめてくれよ」
――冗談って言われても……俺のほうが冗談?って思うよ? だって、
「俺、この歳で人を好きになる気なんてないよ?
当たり前でしょ。だってそん所そこらの女の子より俺のほうが美人だし、運動神経も良いし、頭も良いし」
――朝広の理論は論理的じゃないでしょ。
何回か会って話をして、それだけで恋に落ちるだなんてロマンスあるはずがない。なのに……
「「好きになってんだから自覚しろよ!」」
――そうなのかな。
毎日毎日、今日夜神さんはこう言ったんだとか、
――それは一種の尊敬をしていたからで、憧れに近いような感情。
夜神さんに弁当を食べてもらったとか! 今日は休みだったとか!
――それはもっと話をしてみたいという欲。
仲の良い親戚が来て気になる気になるって……
――それは、埋められない時間の差への嫉妬。
毎日上の空で彼女のこと考えてて、それが一体恋以外のなんだってんだよ!
――それは……
好きな人を作るとかそういうことじゃなくて、
好きになってしまったもんは仕方ねーだろ?
そうだね。
今更だけど、ストンとその感情が俺の心に落ちてきて染み込んだ。
俺、夜神さんのことが好きみたいだ。
重なった唇から感情が溢れてくる。
うっすら目を開けると彼女の頬に少し赤味が差してきた。
――戻ってきなよ。
また俺と話をしよう。
夜神さんの考えをもっと聞きたい。
いつも何かご馳走になっているから、今度は俺が作るよ。
ストリートバスケの練習も観においで。夕馬と朝広に紹介するから。
あいつら覚えが悪いから……何回でも紹介するから。
――契約しよう。一緒にいられるように。
大丈夫、俺結構したたかだから、どんなところでもやっていける。
――気が付いたんだ。
夜神さんと一緒にいる時間がすごくすごく大切なものなんだって。
なんていうんだろう。この気持ち。
――そう、好きなんだ。
しっかりとした考えをもっている夜神さんが好き。
仮面を被っている夜神さんも、その奥に覗かせる子供のように寂しがりやの夜神さんも好きなんだ。
今はなんとも思われていなくても、ただの巻き込まれた人からのスタートでも、人と人の縁を結ぶ糸の端は俺と夜神さんの間にしっかりとつながっている。
俺はそれを絶対に切ったりしない。
そうすればどんなに離れてていても、その意図を手繰り寄せれば会えるでしょ?
――戻っておいで。
頭の芯がくらくらする。でも意識の奥にいる彼女に話し掛ける。
いいよ、俺の魂を吸い取っても。
夜神さんに捧げよう。
心も
体も
すべて。
いつか君ごと取り返しに行くから。




