第2話
私こと夜神 万夢が前世で覚えているのは、月曜日から日曜日まで仕事をしていた記憶。
少し郊外に住んでいた私は朝6時に起きる。弁当を作って身支度して、朝7時に家をでる。朝9時から夕方7時までは、職場で問い合わせや苦情の対応。受話器を放すことが出来ない時間がつづき、ようやく回線の昼夜切り替えが起こる夕方7時から夜11時まで企画立案の仕事を行う。家に帰ると深夜1時前。お風呂に入って夕飯を食べて、寝るのが2時過ぎ。
そんな生活を1週間繰り返す。スケジュールの調整が上手く行った週は日曜日に休みを確保できるが、逆に突然夜中に宿直から電話がかかってきて起こされるときもある。
緑豊かな郊外から、コンクリート打ちっぱなしの会社への往復の毎日。時折屋上緑化のビルを眺めては、あそこで野菜を作って夕飯の食材にすればいいのに、と現実逃避する日々。
夜10時を過ぎれば近隣の飲食店は閉まるため、乾物とコンビニと某チェーン店の丼物が主食だ。生野菜が食べたくなる気持ちが少しは伝わるだろうか。
それでも、だ。必要とされている充実感があって、認められているという優越感があって、そこそこ頑張ってもいた。後輩からは頼られ、上司からは仕事を回してもらい、先輩とも上手くやっていたように思う。
幸せな時間は、うつらうつらと見る夢。
学生だった頃の夢。
友達と他愛もない話をして、部活して、嫌いな勉強をぐぎぎぎ唸りながらやったり、新色の蛍光マーカーに心躍らせてみたりする夢。
そんな夢をボーっと見ながら、深く深く眠ってしまい、
私はどうやらそのまま過労死してしまったらしい。
なんてこと!
なんてこと!!
あと1週間頑張れば、夢の国ディズ○ーランドに高校時代の友達と遊びに行くという夢の2連休が待っていたのに!
予約も取ったのに! マルチデーパスポートから夢の国のキャラクターがあしらわれたホテルのテーマルームまで押さえ、某ネズミがテーブルまでやってきて写真撮らせてくれるオプションまで予約したのにひどいひどすぎる真面目にがんばっていたのにいいいいい!
多分、絶叫する魂だったのではないかと思う。神様もドン引きだ。
そのせいなのか、以前の人生における執着心が強すぎたのが原因なのか分からないが、『私』はうっすらと前世の記憶を持って転生した。うっかりすると、うるさいので無理矢理転生させられてしまったのかもしれない。
新しい『私』は、夜神 万夢という名を持ち、少々特殊なお家柄に生まれたものの、すくすくと育った。
それはもう、絶世の美少女に。
別の時代であれば、国を傾けられるのではないかというほどに、儚げな美少女。
そして、もう一つ与えられたステータス、それが『夢見の力』という異能だった。
この国は、『夢見』と呼ばれる能力で予言した未来をもとに政治が動いていた。夢の世界を通してお告げを下す夜神家が政治の黒幕として存在し、その『夢』をもとにこのままの施策を続けるのか、変えるのか、やめるのか検討する不思議なシステムだ。
それをのぞけば、この世界は前世の私がいた世界とあまり変わりないようにも見える。いや、一部の人間以外このシステムについては知らないことを鑑みれば、この世界は見た目は前世の私がいた世界と同じに見える。
さしずめパラレルワールドということなのだろうか。
しかし、ひゃっほう!と喜んでばかりもいられないのがこの力だ。当然一族の中で使えるものが自分ひとりという今、前世でついてまわった『過労』ステータスが現世でもついてまわる。
そして、私が学園生活を満喫できないもう一つの理由、それがもう一つのステータス『薄すぎる存在感』である。
どうやら転生してうっすら前世の記憶を持っている自分は、この世界の異端児だからか人の印象に残りにくい。夢に片足突っ込んでいるからか、夢見を行うたびに存在感が薄くなるようなのだ。
こうした理由により、私は再度人生をやり直しており、その人生も薔薇色のものから斜め下の街道まっしぐらに走っているのでありました。
ただ、唯一の救いは私と同じく家を背負った二人の従兄弟と仲が良いこと。
一人で抱え込んで頑張っていた頃と違って、サポートをしてもらえた。親類からすれば、金づるが壊れないようにという配慮なのかもしれなかったが、それでも十分有り難い話だった。
いつかまた消えてしまう日がきても、この人生に感謝できるような気がした。
ゆえに私はそれ程悲観するでもなく、毎日ぼんやりと過ごしていたのである。
その日も、屋上でまどろみながら昼食片手にベンチの上に寝転がっていた。
次の時間は自習だから、しばらく睡眠が確保できるだろうと思って意識を飛ばす。雲が流れるような音がして、まだ少し寒い空は空気が澄んでいる気がした。
不意にベンチを叩く音がして目を覚ますと、目の前にひどく秀麗な顔があって驚く。黒いつやのある髪に意志の強そうな切れ長の瞳、整った鼻梁、たしか、運動神経抜群、成績優秀のクールビューティ様と噂されている彼だ。名前は思い出せないけれど。
「誰?」
やはり名前を思い出すことができずに尋ねると、屋上の入口から女の子が入ってきたので、これが噂の告白現場だと判断した私は速やかに気配を消した。ありがとう、薄すぎる存在感。
その間にも彼は淡々と告白を受け、断り、大きなため息をついた。
なんとなく、クールビューティだの王子様だの祭り上げられている彼が、昔の自分と重なって気の毒に思う。せめて、昼食くらいまともなものを食べるがいいよ。
ついでにベンチも譲ってあげた。
久々に私に気づいた人だったからね。
出欠も大サービスで丸つけておくよ!