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夢幻発掘抄  作者: アルタ
夢見と薄れゆく記憶と契約者
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第19話

 伴野は前に言った。

「彼女に関する記憶はすぐに消える。毎日考えていても会わなければ3日くらいだろうね。学校で会っていても、まあ1週間もあれば、彼女はただの存在の薄いクラスメートになるまで記憶は薄まる」


 友人とやらを見ているがいい。しばらくすれば、万夢とデートしたことすら忘れているはずだ。大地が言ったとおり、彼女は半分しか現実にはいないのだから。


 でも、夕馬、お前、もっと彼女のこと知りたいって言ってたのに。

 1歩近づいて……2歩近づいて……どんなに近づこうとしても一瞬で0に戻る。

 思考の中を夜神さんの寂しげな微笑が横切った。


  「でも、元気で生きていてくれるというだけですごく嬉しいもんよ」

  ま、しばらくしたら「はじめまして」からのスタートになっちゃうんだけど。


 覚えていないなんて、覚えていられないなんて!


 忘れられる方の気持ちが少しだけ垣間見えた。時々俺は、自分を忘れて欲しいと思ったことがある。でも記憶に残っていないことが、忘れ去られることがこんなに切ないなんて、残酷なものだなんておもわなかった。


 いなかったものとして処理されていく、存在が消えていく足場のもろさ。

 彼女が仮面を被って心を守らなければいけないくらいの寂しさに、心がずきずき痛んだ。

 こんなのって悲しすぎる。


「英明、なに泣いてんだよ?」

 オロオロした声で夕馬が顔を覗き込んだ。

 どうしてこんなに悲しいのか俺にも分からない。けれども、何も知らずに心配してくる夕馬も、きょとんとしている朝広も、夜神さんも、そしてじきこの2人と同じように忘れるかもしれない俺も、すべてが儚い気がして。


「なんでもない。目にゴミが入った」

 かすれた声でついた嘘は、砂ぼこりのついたタオルに吸い込まれていった。



 夜神さんのことを忘れてしまう、その期限が近づいていた。

 彼女の事を忘れないためには、伴野や番場のように「契約」を結ぶ必要がある。

 けれども、それは彼女だけでなく深くて、黒い、裏の組織と契約を結ぶということにつながる。

 夜神さんは俺が普通の世界に戻ることを願っているけれど、それは俺が彼女のことを忘れてしまうということを示していて切ない。


「比留間君のとなりって安心する」

 ある日そう車の中で言われた。

 なんで?って聞こうとしたら、もう彼女は眠ってしまっていて、貴重な睡眠時間をとるのも悪い気がして、むしろこのまま寝顔を見ているのもいいんじゃないかという思いにとらわれる。


――ただ、なんだか安心されるというのは嬉しいようでいて、男として意識されていないような気もして、複雑だ。


 肩にこつん、こつんと当たってくるので、苦笑して俺はそのまま手を伸ばし、抱きしめる形で腕に閉じ込める。

 するとなんだか幸せそうに、ぎゅっと服を掴むので、頭をなでておいた。猫みたい。


 普段の夜神さんは、こんな風に甘えたりしないから不思議な光景で、そして心がくすぐったい。

 とりあえず彼女が起きたら極上の笑顔で「おはよう」と言ってみるのもいいね。

 俺もなんだか安心する。

 心にゆとりが出来たみたいで、そのゆとりの中に彼女が座っている、そんな感じ。



「そういえば、夢にも種類があるって聞いたんだけど」

 夢見の力を持っていると、その夢が「過去」なのか「現在」なのか「未来」なのか、なんとなく分かるのだという。

「一番多いのは現在の夢かな。そこから辿るようにして過去や未来のことを見ることもある。ただ、未来の夢というのは無意識にシャットダウンがかかりやすくって難しいね」

 だから依頼で未来の夢が来ると、体調を崩しやすいのだという。俺が初めて番場と会ったあの前日の仕事も、未来夢だったのだそうだ。


 夜神さんは思っていたよりも体調がよく、居眠りはいつものこととはいえ、この前のようにひどい熱が出たり、うわごとを言うようなことはなかった。

 良かったと安心する。車の中でも比較的ぐっすり眠ることが出来ているようだし(俺は安眠枕?)、「体力の回復がいつもより早いな」とは番場の言葉。

 普通に夢を見ることができればいいのにと思う。そうしたらきっともっと楽になるから。


 不思議な能力って便利な気がするけれど、きっと不幸だから一種の極限状態に置かれているから、現れるのではないかと思う。彼女が普通の幸せを、普通に与えられたら今の生活はなかったけれど、きっともっと笑えるようになると思うんだ。


 俺が言うのも変だけどね。



 気が付けばいつしか俺は夜神さんを目で追っていた。

 心配だということも、仕事だからということも言い訳として考えられるけれど、どうしても目が惹きつけられてしまう。そして変わった俺を、俺は結構気に入っていた。

 以前のように文句ばかり並べるのではなく、一つクッションを置くことができることができるようになったと思う。


 ある日、朝広が不思議そうに言った。


「なんかお前、変わったな」

 そう、なんだか前みたいな触ったら棘があるような感じじゃなくて、なんか、柔らかい花びらもあるって感じ。

 そう言われて不思議に笑みがこぼれた。


――独り占めしている気分。


 彼女との記憶はもう二人にはない。


「そう?」

 そっけなく答えたけれど、そのなかには自分でも良く分からないほどいろいろな感情が詰まっていたに違いない。


 そんな自分のことを忘れたくなくて俺はこの1週間だけ日記をつけることにした。

 はじまりは、夜神さんが日記をつけていると聞いて、なんだけれど。

 ま、事務的なことが中心かな。

 俺が書くんだから当然でしょ。

 真っ白な紙にシャープペンシルで埋めていく。

 綺麗にそろえられた文字に綴られた出来事は、些細なものであったけれど

 次第に蓄積していく。


――思い出せますように。


 そんな小さな祈りをこめて。

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