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夢幻発掘抄  作者: アルタ
夢見と薄れゆく記憶と契約者
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第18話

 閉め忘れた窓から風が舞い込んでカーテンを揺らす。

 彼女は顔を学級日誌にうずめたまま笑った。

「なんだか失望されたかなーって、思うのが今の私の素直な気持ち。

 何故だか分からないけれど、比留間君だけには私の本当の姿を見て欲しくなかった」


――だから、お願いだからもうこれ以上関わらないでね。


「多分、今あんまり覚えていないでしょ?

 そのまま普通にしていれば、こっちの世界に入る前にすぐに忘れられる。

 比留間君は関係ないから、お父さんと一緒に普通に暮らして欲しい」


 また言われた。

 関係ないって、拒絶。俺は夜神さんのことを知ることが出来て嬉しいのに。

 でも、彼女の気持ちもなんとなく分かる気がする。


 彼女に関わった者は彼女を忘れるけれども、

 彼女は忘れることが出来ないのだから。


 それは、つながりが深くなればなるほど、つらいことなのかもしれないと想像する。それでも夕馬とデートをしたのは夕馬の素直な気持ちに憧れたのかもしれない。やっぱりどこか寂しくて、誰か少しの間だけでも話する相手が欲しくて……

 でもさ、あの時の笑った夜神さんは仮面じゃなくて本当に笑ってた。


 感情のない人間なんていやしない。

 俺には心を見えない鎖でがんじがらめにしているように見える。その鎖を、


――その鎖を、俺はどうしたいのだろう。


「じゃあ帰ろうか。迎えが来るんでしょ」

 彼女の言ったことから話をそらして、俺はパタンと窓を閉めた。

 カーテンのゆれは収まったけれど、心の中はまだゆらゆら揺らめいていた。




 さて、『夢見』は結構ハードな仕事らしい。

 夢の中で意識を保ち、必要な情報のために全ての感情を断ち切って動くということは、並大抵の意志力では無理なのだそうだ。

 てっきり俺はそういう「家系」の人間にそういう力が宿るのだと思っていたけれど、素質があっても『夢見』になれない人間というのもやはりいるのだそうだ。


「万夢の場合、素質も意志力も備わっていたということだな。何せ彼女の両親ですら彼女が生まれて1週間でその存在を忘れてしまったのだから」

 ふと夜神さんの方を見やると、もう慣れてしまったといった表情で

「でも、元気で生きていてくれるというだけですごく嬉しいもんよ。小さな弟もいて、素性は明かさないけれど、たまに会っているんだ」

可愛いんだ、と、微笑む。赤の他人であれば、毎日会って記憶の上書きをすることができるのだそうだが、実の両親はそれができなかったのだそうだ。血のつながりが濃いほど、契約なしには覚えていられないのかもしれない。

「ま、しばらくしたら『はじめまして』からのスタートになっちゃうんだけど」


「ところでこのナスのそぼろ煮はいけるな」

 番場が器から顔をあげた。

 そう、俺は何故だか夜神さんちの夕食に呼ばれている。目の前にはバランスのとれた食事。聞けば栄養バランスを計算してしまう番場に、考えなくても安心して食べてもらえるように栄養バランスもあわせて作っていたらいつの間にか習慣になってしまったのだという。


「比留間君は好物とかある?」

 まあ、それは勿論あるけれど、ここで暴露するのもなんとなく躊躇われて言葉を濁していたら、伴野が違う意味に受け取ったらしく

「万夢、比留間はもうすぐお役御免の身だからね。あとでつらくなるよ」

とそっけなく言った。

「ああ、そうだった。『契約』を交わした二人と一緒だから、なんだか、ずっとこのまま覚えていてくれる人のような気がしてしまって」

 彼女は遠くの離れに目をやる。他人とも言えるような血のつながりが薄い親族と、契約を交わした従兄弟。それが彼女の家族だった。

 ところで、契約とやらを交わすと記憶を維持できるのだろうか。帰り際にこっそり番場に聞いてみたら、当たり前だという顔をされた。

「俺たちは彼女の婚約者候補になるからな。忘れるわけなかろう」




 夕方、塾で朝広と夕馬に会った。

「なんて言ったの?」

 机に広げた筆記用具をしまいながら首を傾げると、夕馬は弾いてしまった消しゴムをキャッチした。


「だからさ、英明、最近調子いいなーって。数学も英語も物理も化学もさらさら解くし、テストの点もめきめき上がってるし」

「その後のこと」

 問題集を鞄に突っ込みながら、もう一度尋ねると

「あと? ああ、お前すげー可愛い彼女が出来たんだろ?」

彼は補足した。


「彼女も何も、俺はそんなつもりはないって言ったでしょ」

 パチンと鞄を閉めると、朝広は「そんなこと言ったっけ?」と呟いた。

「でもさー、そういうことって、隠したってダメだぜ? 俺知ってるもん。

 英明が昨日、人形みたいに可愛い女の子と一緒に街を歩いていたって!

 やっぱりなー。ウキウキデート初体験は夕馬よりも先に英明か!」

「え……?」

 俺はきょとんとした。

「何いってんの? 夕馬の方が先でしょ?」

「えええええ!? 英明こそなに言ってんだよ!

 俺がデートなんてするわけねえだろっっ?!!」

 その言葉に夕馬は顔を真っ赤にして猛烈に反論するけど


――数日前にデートしてたのは誰?

――嬉しそうに緊張して手をつないでいたのは?

――かと思えばうなだれて、ジュースを貰ったとたん笑って、真っ赤になって

――百面相をしていたのは何処のどいつだよ。


 てっきりすっとぼけているんだと思って夕馬の頬をつねる。

 あの後、俺たちと会ってたでしょ? 隠しても無駄。なのに、今度は

「うえええ??? ゆーまもデートしたのかよ! ちくしょーーーっ。

 教えろよ! 相手紹介しろよ! 2人とも興味ありませんって顔して、実はむっつりスケベだな!?」

 朝広が茶化すように笑った。


――朝広まで、覚えていないの?


「朝広も一緒に夕馬の後をつけたでしょ?」

「へ? いつ?」

 振り返る朝広は本当に嘘をついているようには見えなくて、「あててて」と頬を赤く腫らしている夕馬も嘘をつけるようなやつじゃなくて、俺は恐る恐る聞いてみることにした。


「夜神さん……って2人とも知ってる?」

「「誰?」」



二人はきょとんとした顔で返した。

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