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夢幻発掘抄  作者: アルタ
喉を通らない食事会
17/44

第17話

「万夢には関わるな。そう俺は前に言った。

 しかし多少なりとも関わってしまったからこうして事情をかいつまんで話している。

 それを承知の上でもう一度言おう。

 万夢には関わるな。あれは夢と現実の間で、かろうじて生きている少女なのだ」

 番場は俺が聞き取り易いようにゆっくりと言い含めるように言う。


「関わるなって、一度会って、こうして話してしまったからには無理でしょ?」

 眉をひそめると伴野が少し含み笑いをしながら脚を崩した。


「彼女に関する記憶はすぐに消える。毎日考えていても会わなければ3日くらいだろうね。学校で会っていても、まあ1週間もあれば、彼女はただの存在の薄いクラスメートになるまで記憶は薄まる」


 友人とやらを見ているがいい。

 しばらくすれば、万夢とデートしたことすら忘れているはずだ。

 大地が言ったとおり、彼女は半分しか現実にはいないのだから。


 だから、1週間というのは彼女が提示しうるギリギリの期間なのだ。

 この期間を超えて関わるには彼女と契約を結ぶ必要がある。

 その前に、その1週間で満足して父子共々元の生活に戻るがいい。



 はっきり言って信じられなかった。

 もう、ここまで来て信じるも何もないような気もするけれど、でも、彼女のことを忘れてしまうなんて。

 こんなにも彼女の記憶は鮮明に残っているというのに。


 あのあと父さんが何かメモのようなものを持って出てきて、それから夜神さんが疲れた顔をして現れ、何やら二言三言番場と伴野に話し掛けると、そのまま抱えられるようにして部屋を出て行った。

 本当なら『夢見』の後、俺と一度ちゃんと話をする予定になっていたのだそうだけれど、夜神さんが本当にしんどそうだったので話を聞くのは延期ということで了解する。


 玄関を出て、また行きと同じ黒塗りの車に送られ、家の前で降ろされたときも、まだ何か夢を見ているようだった。



 そして今、こうして学校に来てみて……やっぱり夢だったのではないかと思う。

 普通に登校して、

 普通に弁当食べて、

 普通に掃除して、

 こうして普通に帰る用意をしている。


 それは夜神さんも同じで、ふわりと笑う姿はいつもの彼女で、変わったところといえば、俺が彼女を気にかけるくらい。昨日の異様な体験はリアルな夢だったのだろうか?


――だって何も変わらなさ過ぎる。いつもと変わらない、いつもと、だって昨日見た夜神さんは、夜神さんは……


「!?」


 そこまで考えて俺は、ものすごいスピードで昨日のことを忘れているのに気がついた。

 昨日の彼女の表情を思い出せない。彼女の服装も、彼女の家の間取りはどうだった? 風景までも思い出せなくなってきている。


 俺は……確か車に乗って、彼女の家に行ったはずだ

――何処を通って?

 伴野に言われた一言が段々現実味を帯びてきて、冷汗が背中を伝った。


 それは、夢を忘れていく感覚とあまりに似ていたから。


 ふと、彼女の方を見る。

「またね」

 クラスメイトが次々と帰っていって、教室からはどんどん人気が退いていった。

 カーテンからはやわらかくなった光が差し込み、外から遠い声が聞こえるだけとなり、気がつけば俺は夜神さんと教室に二人きりで残されていた。


――日直か。


 まだチョークの文字が残ったままの黒板を見ると俺は呟いた。

 なんとなく手伝った方が良いような気がして俺が黒板消しを手に取ると

「比留間君。それ、ちゃんとやれるから、大丈夫だし」

と、顔をあげた彼女が言うのも聞かずにさっさと消した。


「だって高いところにまで書いてあるでしょ」

 ウイーンと鳴り響くクリーナーにごしごし黒板けしをなすりつける。

 チャイムが鳴って、教室は静かになった。



「あまり、気にしないでね。あのこと」

 しばらくして、あれは夢じゃなかったと、それは彼女の口から言葉となってでてきた。

「別に気に掛けるくらいなんでもないでしょ。俺がそんなに頼りなく見える?」

 本当はかなり気に掛けて、そればかり考えていたのだけれどね。


 そんな気持ちは上手く押し隠して、夜神さんの前の席の椅子に腰掛ける。

「どこまで聞いたのか分からないけれど、驚いた?」

 そう言うなり彼女は学級日誌の上にゆっくりと頭をのせる。ため息が聞こえたような気がした。

 そうだね。でもあまりに現実離れしすぎていて途中からよく分からなくなったけれど。


「最初は比留間君、私と似ているのかな―?って思ってた。

 無表情で、理論的で理屈屋。だってなに言われても顔色一つ変えずに対応していたし。

 専ら女の子の間でも、冷静、冷徹みたいな噂になっていて、高校生でそんな人いるんだーと、実はちょっと面白そうだと思っていたら、あの屋上での取り違え事件だからね」

 相手の女の子が遅れていたみたいで、比留間君は告白する女の子を私と勘違いして。

 気配を押し隠していたのに見つかったのにも驚いたけれど、それよりも、怒っていて、声を押し殺していたけれど少し怒った口調に、……ああ、やっぱり人間なんだなって思った。


「私は微笑みの仮面を被って、その中身は空っぽだけれど、比留間君は無表情の仮面を被ってて、その中は結構感情的なんだね」

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