第12話 *夕馬視点
落ち着かなくて電車の広告を見上げると、少年アイドル関係の記事。
女顔の自覚はあるけれど、可愛い男の子って言われても嬉しくなんてねーんだけどな。もう高校生だぜ? ヘタレだの何だの言われたって、俺はいつも格好良く生きたいと思ってる。
アイドルと同列にしないで欲しい。最近ファンと称したストーカーまがいの行為に辟易しているのだ。
なんかさ、それって
「最近男と女が反転してるよな。逆転現象って奴」
隣の記事の“逆転現象!美少年の売春”という記事を見てため息をつく。世も末だ。
「違うよ」
「へ?」
パタンと手帳を閉じて、隣にいた彼女が口をはさんだ。記事の方に目を向けているから、俺の呟きが何に向けた無のだか分かったらしい。
「逆転現象なんかじゃないよ」
彼女はもう一度くだらなさそうに言った。今度はトンネルの向こうを見ながら。
女の人が男を買うということ、それは不思議でもなんでもない。
ホストクラブに通うのだって逆転現象でもなんでもない。
「だって、美少女が中年のおじさんをお金出して買っているわけでもないでしょ?」
大体が年上の女性が美少年やら美青年ホストとお金を出して付き合っている。ならば逆転でもなんでもなく、取り立てて騒がなくてはいけないこともない、普通のこと。
――参った。
まさしくその通りだったから。これは逆転現象でもなんでもなく、支配しようという欲。でも、俺の周りでこんなに状況を分析して、スッパリ言い切る人なんていなかった。ましてや同い年とは思えない。
――尊敬した。
どうしてそんな自分の考えをはっきりもっていられるのか。
しばらくするとトンネルを抜けて駅を知らせるアナウンスが響く。
「あ、ごめんなさい。ちょっと生意気だったかも」
「え、ううううん」
ぶんぶんと首を振りながら、見かけからは思いもつかないくらい、しっかりした彼女に惹かれた。
その強さのわけをもっと知りたいと思った。
俺も強くなりたいと思った。もっと知りたいと思った。
このまま別れて終わりにしたくなかった。
もっと話していたいと思った。
気がつくと俺は、彼女に最近困っていることについて相談していた。
それから、偽装デートに協力して欲しいと。すごくすごく困ってるって。
「彼女は馬鹿にしたりしないで、ちゃんと聞いてくれた。そしてOKしてくれたんだ」
今となって考えると、英明のときと同じように、気まぐれに手を差し伸べただけかもしれない。
彼女にとっては、ほんの少しの些細な出来事で、俺が勝手にそれを運命の出来事だと勘違いして、盛り上がっていたのかもしれない。
大体、あれだけの器量を誰も気づかないはずないのだ。
しょんぼりすると、英明が申し訳なさそうな顔をして謝った。
「夕馬、今日はごめん。
よく考えると、2人だけの時間を邪魔してしまった形になってしまって」
何考えているか分かりにくい英明の珍しい謝罪に、思わず笑ってしまいそうになった。
「いーよ。別に。
英明の好きな人だったなんて知らなかった俺も悪いし」
それくらい、俺に対する配慮や罪悪感がぶっ飛んでしまうくらい、あのクールビューティと噂される親友が必死だったのかと思うと余計に。
しかし、本人は自覚がないのか、きょとんとこちらを向いたまま、首をかしげた。
「まさか。俺が誰かを好きになる訳無いでしょ?」
ちょっと!!! 朝広!! この鈍い男に説教してやってくれ!
アイコンタクトを受けてすぐさま、朝広がフォローに入る。
「お ま え ! 自覚無しか?
ああ!?ナッシング?? ちょっともう、そういう冗談やめてくれよ~」
それに対する返答が恐ろしい。
「俺、この歳で人を好きになる気なんてないよ? 当たり前でしょ。
だってそこらの女の子より俺のほうが美人だし、運動神経も良いし、頭も良いし」
「英明お前って奴は!」
容姿端麗、運動神経◎、無表情、冷徹というステータスに『天然』まで加える気か!?
朝広、もっと言ってやれ! え? 俺が言えって? ううう……
「「好きになってんだから自覚しろよ!」」
毎日毎日、今日夜神さんはこう言ったんだとか、夜神さんに弁当を食べてもらったとか! 今日は休みだったとか! 仲の良い親戚が来て気になる気になるって、毎日上の空で彼女のこと考えてて、それが一体恋以外のなんだってんだよ!
早口で俺達はまくし立てた。
好きな人を作るとかそういうことじゃなくて、好きになってしまったもんは仕方ねーだろ?
「そういうものなの?」
そこまで言ってやっとこの天然の親友はうーんと考えこんだ。
「でも、恋ってよく分からないな。むしろ憧れに近いんじゃないか?
憧れて、自分もああなりたいと思うから、自然と目で追ってしまっている気がするんだ。
第一経験もしたことない気持ちを断言できる方がおかしいと思わない?」
ざっくりと憧れで片付けてしまうと、英明はこの後用事があるからと言ってバス亭に向かって歩き出してしまう。
「俺、英明の言うことは難しくてわかんねーよ。
でも、気になる、興味が湧くって好きにならないと思わねえ?」
バスケだって好きだから興味が湧くんだと思う。そう付け加えた朝広の単純な理論にはひどく説得力があるような気がした。
「さあ。どうなんだろうね。
俺は、自分が誰かを好きになって、大切にしたいだなんて、そんなことを思う自分を想像なんて出来やしないよ。
まして、夕馬のように相手の行動に一喜一憂するなんて可愛げのあることなんかできないね」
ん?
その言葉に引っ掛かりを覚える。そういえば、こいつら……やたらとイイタイミングで現れなかったか?
「ちょお! お前ら、どっから見てたんだ?」
慌てて尋ねると、そりゃあもういい笑顔で答が飛んできた。
――最初っから全部に決まってるでしょ。