第1話
――比留間 英明様
お話したいことがあります。昼休み、屋上にて待っています。
はっきりいって「またか」と思った。
どうして下駄箱に入れるかな? 足蹴にして欲しいのか?
おまけに名前も書いていなければ、日付もない。
多分、今日ってことなんだろうけれど、俺の予定は考慮されないわけ?
思わず一つため息をついてしまう。この4月に入って何通目だろう?
同学年・上級生・下級生から毎日のように届くラブレターに、はっきり言って俺は辟易している。これで呼び出された場所に行かないと、授業中に教室まで来て泣かれたり(1回あった)するんだから始末に終えない(怒られるのは俺だ)。
別の学校に通う親友、朝広なんてお気楽に
「すげーな! 英明への手紙攻撃! お前をここまでへこませるなんて!」
と笑うけれど、ここまできたらいじめでしょ? と思わざるをえない。
親友が登校拒否になりかけてるの分かってる?
毎日この手紙の処理、その辺のゴミ箱に捨てるわけにもいかなくて、家に持って帰って捨てて、呼び出された場所に行っては、もはや暗記してしまった「お断り」のセリフをロボットのように繰り返す。そして、何故ダメなのか説明を求められ、直すといわれ、ああ、思い出すのも忌々しい。
ガチャリと屋上への扉を開けた。
外はいい天気で、そりゃあもう泣きそうなくらいいい天気なのに、
――誰もいない。
呼び出しておいてそりゃないでしょ。と、怒り頂点に達しつつ辺りを見回せば、屋上のベンチから白い足がはえているのが見える。
「ちょっと! 呼び出したのは君?!」
その主が寝そべっていることに少なからず立腹した俺は、きつい口調でドン!とベンチに手をついて怒鳴ると、振動で目を覚ました主は「ふえ?」と寝ぼけながら目をこすった。
不意の乱入者に眠りから呼び起こされた彼女は、クエスチョンマークを大量に頭につけたような表情で、
「誰?」
と呟く。すると、今入ってきたばかりの屋上の扉が遠慮がちに開かれて
「あのう……比留間くん」
と、別の女の子が顔を出した。
思わず人違いしてしまった上に、彼女に八つ当たりしてしまったことに少々バツの悪さと後悔を感じつつ、俺はいつものように告白を聞いて、いつものように断った。
今回は泣かれることも食い下がられることもなく、安堵したものだが、友達が告白して断られたから自分も告白してみるなどという記念告白は、そろそろ俺の堪忍袋の緒が切れる前に辞めてもらいたいものである。
その間ベンチにいた彼女は、また眠ってしまったのか音を立てなかったので、俺に告白した女の子は、ここにもう一人存在しているなんて気がつきもせず帰っていった。
「はーー」
今日のお昼も潰された。
昨日は駐輪場、一昨日は体育館倉庫の裏だっけ?
俺、不登校になるかもしれない。
思わず盛大なため息をつきながら、こんなことになるだろうと、ポケットに入れておいたカロリーメイトを取り出す。そして、食べようと思った瞬間、先ほどのベンチから、にょきっと手が伸びて、
オイデオイデしてる?
――妖怪ベンチオイデ……
一瞬頭の中をよぎった妙な単語を急いで振り払う。疲れたのか、もしくはノイローゼなのか、きっとこの日課に対するストレスだと思いたい。
「なに? 冷やかしなら勘弁してよね」
さっき八つ当たりしてしまった後ろめたさで居心地悪くてそっけなく答えると、彼女はゆっくり体を起こして、ぐーーっっと体を伸ばし、
「次の時間自習だから、ここでお昼食べなよ。出席簿には○つけといてあげる」
と、コンビニの袋を俺に向かって投げてきた。
「うわっ……と」
ゴミかと思ったら、キャッチした時に意外と重量があって、
「私の昼ご飯。食べ損ねたからあげる」
中を覗いたら、おにぎりと野菜サラダが鎮座していた。
「な……」
俺が何か言いかける前に彼女は「じゃーね~」と手を振って降りていってしまう。
同じクラスの人?
不思議と興味を持った。
それから自分がお詫びもお礼も言っていないことに気がつく。あれは、誰だったろうか。
ベンチに腰をかけて急いで彼女の弁当を食うこと10分(そういえば、たまたまなのか俺の好物だった)。午後からの授業に間に合うように、慌てて階段を下りて教室の扉を開けると、黒板には「自習」の文字。
教室内はてんやわんやの騒ぎになっていた。
俺はそっと教室内に入って、さりげなく彼女の姿を捜す。
――いた。
一番前の窓側に当たる席で、すやすや寝ている。
これじゃあ顔をおぼえていないのも無理はない。顔をあげていないのだから。
屋上で見た彼女は、ふわりとした優しい顔立ち。
触れてしまえば壊れてしまいそうに華奢な雰囲気。
確実に世間では「美少女」という類に入るのだろう。
まあ、性格と口調があれでは一瞬皆を驚かせるだろうな。
くす、と思わず笑みがこぼれそうになった。
俺が他人に興味を持つのって珍しい。
しばらく自習プリントを解くフリをして彼女を観察してみる。
あ、起きた。
周りを観察して、時計を見て、
あくびをしながら出席簿に○をつけて(多分2回○をつけているから俺のところにもつけてくれたのだろう)
また寝た。
本当に良く寝るなあ。
ああ、寝顔はすごく可愛いよね。ちらほら指差して囁いてるやつもいる。
一緒にうとうとしてしまいそうだ。
って! あと20分! こりゃ俺もそろそろ解かなきゃ。
数学のプリントを前に俺はせっせと解き始める。
あと10分。まだ彼女は寝ている。
やばい……んじゃないの?(白紙でしょ?)。
もし彼女が解けなかったら、答えを今日の罪滅ぼしに写させてあげようか。
俺がようやく終了してプリントをそろえようとした瞬間、あと5分というところで彼女はガバっと起きて、カリカリと猛烈なスピードで解き始め、そのまま5分で解き終えてプリントを提出している????
え、何、ちょっと待ってよ。それでいいわけ? できてるわけ??
ホッとしたような、がっかりしたような複雑な思いで、俺は自分の答案を見つめなおした。