↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

勇者トトの帰還〜魔王を倒した勇者は、元の世界で警察相手に無双する〜

作者: M
掲載日:2026/09/18

『勇者トトよ』


 神様がボクを呼ぶ。

 ボクは一歩前に歩み出て、跪く。


『よくぞ、魔王を倒した。おかげで、私は力を取り戻すことができた』


 神様は満足そうにそう言った。


『お前をこの世界に呼んだ時の約束どおり、願いを何でも一つ叶えてやろう』


 だが、ボクは初めて神様に口答えをする。


「いいえ、ボクだけの力ではありません。皆の協力があったから、魔王を倒せたんです」


 ボクの後ろには、この世界で出会った仲間たちが立っていた。

 片足の武闘家スケア、機械人形(オートマータ)のブリキーナ、獣人のライオネル、そして魔法使いドロシー。


 彼らがいたから、ボクはここまで来ることができたんだ。

 彼らが支えてくれたから、魔王討伐を成し遂げることができたんだ。


『そうか。では、お前たち一人ひとりの願いを一つずつ叶えてやろう』


 神様の大盤振る舞いに、仲間たちからも歓声が上がる。


 ライオネルが一歩前に出る。

 彼はいつも最前線に立ち、敵の攻撃を引き受けてくれた。


「神様ぁ! ワシら獣人の郷を元に戻してくれないか」


 ボクがこの世界にやってきて間もない頃に、獣人の郷は魔王軍に滅ぼされてしまった。

 ライオネルは獣人の王子だった。ずっと、責任を感じていたに違いない。


『分かった。その願い叶えよう』


 神様はそう言うと、大きく輝いた。

 ボクらの目の前に、獣人の郷の様子が映し出される。

 焼け焦げた草原が緑に覆われ、切り倒された木々が蘇る。

 墓地に眠る同胞たちが目を覚ます。

 ライオネルはその様子を見て喜んで飛び跳ねた。


『獣人の郷は戻した』


「奇跡だ! ありがとう、ありがとう神様ぁ!」


 ライオネルは神様への感謝を絶叫した。


 続いて、ブリキーナが前に出る。

 彼女は古代文明のオートマータで、分析能力に長け、正確無比な射撃で援護してくれた。


「わたくしノ願いハ、時計台ヲ復活させるコト」


 時計台といっても、それは巨大な神殿で、この世界の聖域の一つだった。

 時計台も魔王軍の猛攻によって破壊されていた。


『もちろんだ』


 再び神様が光を強める。

 今度は時計台の跡地が映し出された。


 瓦礫の山の中から、尖塔が頭を覗かせる。そして植物が芽吹くようにいくつもの尖塔が現れ、伸びていく。

 本殿が現れ、象徴たる時計が顔を出す。


「ああ。時計台ガ……」


 巨大な神殿がその姿を現した。そして、神殿の保守管理や防衛を行うオートマータが多数再起動する。

 時計台はかつての荘厳な姿を取り戻し、時を刻み始めた。


『願いは叶えた』


「これガ涙……喜びノ涙……」


 ブリキーナは感動の涙を流し、打ち震えた。


 スケアは、ブリキーナの頭を撫で、「次はオレの番だ」と前に出る。

 彼は片足にも関わらず、現世最強の格闘家として、ボクらの最高火力を発揮してくれた。


「オレは、もっと強いヤツと戦いたい」


 スケアらしい願いだ。

 神様は、少し言い淀んだ。


『魔王を倒した今、この世界に、お前より強い者はいない』


「だったら、別の世界にでも連れてってくれ」


 実にスケアらしい。


『分かった。では……』


「待て、待ってくれ。皆とのお別れが済んでからだ」


『よろしい』


 神様が笑ったような気がする。


『次は、誰だ?』


 ボクの背中を、ドロシーが小突く。


「いや、ボクは……」


「いいから、早く!」


 ドロシーに押される形で、ボクは立ち上がった。


「ボクは……ボクは、この世界の人々が、平和に暮らす将来が見てみたい」


『そんなことでよいのか? お前自身の願いはないのか?』


「はい。それがボクの願いです」


 ボクは、そう言い切った。

 ドロシーが、やっぱりねという顔をする。


「どーせ、あんたは、そんな願いを言うんじゃないかと思ってたわ」


 ドロシーが一歩前に出る。

 魔法使いとして、攻撃や支援、回復と縦横無尽に活躍してくれた。

 そして、ボクに好意を持ってくれている女の子だ。


『最後はお前だな』


「神様。スケアみたいに別の世界に行きたいという願いも叶えられるのね」


『可能だ』


「じゃあ……、私の願いは、トトを元の世界に帰してあげて欲しいの」


 その願いにボクは驚いた。


「え、いや……待ってドロシー。ボクはこのままで良いよ」


「無理しなくて良いよ」


「無理じゃない。ボクはこの世界で暮らしていきたい。むしろそのほうが都合がいい……」


 元の世界に戻ったって、ボクには何もないんだ。


 神様が言う。


『確かに。魔王を倒すために、無理やりトトをこの世界へと連れてきた』


「いえ、神様。そんなこと気にしないでください」


 本当にボクは、今のままで十分だ。

 この世界なら勇者でいられる。

 この世界なら英雄になれる。


『では、別の願いを』


 そうです、神様。そんな願いは叶えないで。

 平和になったこの世界の未来を見届けたいんだ。


 でも、ドロシーは引かなかった。

 ボクがあげた首飾りの宝石を握りしめ、神様に訴える。

 

「もちろん、トト一人で行かせないわ。私の願いは、トトと一緒に、トトの世界へ行きたいの!」


 それじゃあ変わらない。というか、そっちの方がより悪い。


 スケアが高笑いしはじめた。


「それならオレも行くぞ。トトの世界の強いヤツと戦いたい」


 この流れは良くない。


 ライオネルがボクの肩に手を置く。


「ワシらの世界を救ってくれてありがとう。トトの活躍は、獣人たちが未来永劫語り継いでいくぞ」


 お願いだから、お別れの雰囲気を出さないで。ボクはまだこの世界にいたいんだから。


 ブリキーナがボクの後ろに寄り添う。


「トト様。あちらノ世界でモ、お元気デ」


「いや、ボクは……」


『よし。みなの願い、叶えよう』


 神様が光を強めていく。


「え? いや、ちょっと!」


 ボクの言葉は、足元に開いた次元の穴に飲み込まれた。

 ドロシーとスケア、そしてボクの体が穴の中へと沈んで行く。


「さようなら」

「さようなら」


 別離の悲しみで涙するライオネルとブリキーナ。

 新世界への期待で、満面の笑みのドロシーとスケア。


 ボクは、絶望に満ちた表情で穴に消えていく。


(嫌だ、嫌だ、嫌だー!)


***


 ボクは、元の世界に戻ってきた。

 戻ってしまった。


 残していた貯金を切り崩して生活をしている。

 ボクは、もう勇者でも何でもない。

 こちらの世界では、空気中に魔素(マナ)がほとんどなく、ボクは魔法が使えなくなっていた。

 剣の技能は健在だけど、剣を持ち歩けば「銃刀法」に引っかかるこの世界では、ただの死にスキルだ。


 スケアは早々に家を出て行った。

 防衛隊に入って、格闘の腕を試すらしい。


 そして、魔法使いだったドロシーは、こちらの世界では、魔法の使えないただの少女だった。

 自分のアイデンティティを失い、ドロシーは自信を失っていった。


「ねぇ、ギガもっと無いの?」


 そんな彼女に、この世界の娯楽は強烈過ぎたようだ。

 あっという間に、ゲームやスロット、ギャンブルに依存し(ハマっ)てしまった。

 

 ボクと一緒にいたいと願っていた少女は、やがて体を売るようになり、ボクの前から消えた。


 そして五年が経った……

 ボクは、とある地方都市へと足を伸ばしていた。

 風の噂でドロシーの居場所を知った。というよりも、風俗サイトでたまたま見つけたのだ。


 ボクは、繁華街の雑居ビルの半地下にある怪しい店に入る。

 こんな店に入るのも慣れたものだ。

 ……まさか、こんなことに慣れるなんて、五年前の自分からは信じられないな。

 

 店の受付にいる老婆に声を掛ける。


「ドロシーを指名したい」


「ドロシー?」


「ああ、異世界の姫だ。この店のホームページに出てただろ」


 老婆はちょっと言い淀んだ。


「……そうか、ネットは更新がまだだったんだね。残念だけど、ドロシーはもういないよ」


「辞めたのか?」


「いや、死んだ……」


「死……いや、まさか」


「半月ほど前だよ。酒と薬で肝臓をやらかしてね。あっという間だった」


「嘘だ」


「嘘じゃない。客に嘘を吐く意味がないだろ」


 老婆の目は、淋しげだった。

 魔王を倒す旅の中で、いろんな瞳を見てきた。彼女は真実を語っているに違いない。

 ドロシーと最後に会ったのはいつだったろうか。その時の様子からすると、そんな最期を迎えていてもおかしくはないと思ってしまった。


「そうだな……」


 ボクは店を出た。


 空を見上げる。

 雑居ビルの間からは、雲だらけの白い空が見える。


 ドロシーの笑顔を思い出す。

 彼女は明るくて、パーティーのムードメーカーだった。旅の中で何度もくじけそうになった時、彼女が励ましてくれた。

 魔王との決戦でも、全滅しかけたパーティが立ち直る切っ掛けを与えてくれた。


 ドロシーは、ボクのことが好きだった。

 この世界へ来たのも、彼女が言い出したことだ。


「……ボクが望んだことじゃない」


 彼女がこんな結末を迎えてしまったのも、ボクが悪いんじゃない。

 そう思っていないと、自分が壊れそうだった。


  グゥゥ


 どれだけ悲しくても、腹は鳴る。


「お腹が空いたな」


 ボクは近くの牛丼屋に……いや。今、肉はしんどい。

 うどんかそば、さらっと食べれるものが良いな。

 食事処を探して、繁華街をふらつく。


「ちょっと良いかな」


 二人の警官が、ボクを取り囲んだ。


***


 尾津は、この町の交番に勤務する警官だった。かつては、本署の刑事課にいたこともあるベテランだ。

 彼はこの町を愛していた。警官として、町の安全を守っているという自負があった。


 そんな彼でも、この繁華街はどうしても好きになれなかった。

 ここは、何かといざこざが起きる。毎日のように起きる喧嘩や痴漢、酔っぱらいの介抱。

 これ以上の面倒事はもう沢山。常日頃そう考えていた。


 今日は、若手の西野と警ら中に、小汚い男を見つけた。

 見かけない顔だ。


「ちょっと良いかな」


「はい」


 小汚い男は、虚ろな表情だった。

 しかし、その眼光には歪な光が宿っているように感じた。


「お兄さん、名前は?」


「渡藤(トトウ) 勇です」


「トト? 珍しい苗字だね」


「よく言われます」


 咄嗟に出てくる苗字ではないから、本名に違いない。


「これから何しに行くの?」


「ご飯食べに」


「免許とか、身分証ある?」


「え。いや、今は持ってないです」


 怪しい。今のところ嘘を吐いたり、何かを隠している様子はないけれど、きっとこいつはトラブルを起こす。

 尾津には確信があった。


「この辺で窃盗があってね。ちょっと持ち物を見せてくれるかな?」


 窃盗事件があったのは事実。でも犯人はもう捕まっている。

 必要な時には方便も使う。

 

(こいつは、捕まえないといけない)


 尾津はそんな使命感を持っていた。


 男の財布の中身を確認しながら、色々と聞いていく。

 その間に、西野が警察無線で照会センターに犯歴を確認させる。珍しい名前だから、免許証がなくても見つかるはず。


「仕事は何してる?」


「バイトです」


「どんな?」


「交通量調査とかイベントスタッフとか」


「フリーターか。住所とかフルネーム分かるものない?」


 財布には、現金とポイントカードくらいしか入っていない。


「ないです」


(任意同行……、抵抗したら公務執行妨害だな)


 交番では、逃げられる可能性もある。


「ちょっとお話聞かせてもらいたいんで、署まで来てくれないですか」


「いや、腹が減ってて」


 小汚い男は拒否しようとする。

 尾津としては、男を逃がすわけにはいかない。


「それは分かっているんだが、こちらも仕事でね。署内に食堂があるから、そこで食べれば良い。自腹になるが、この辺りの食堂より安いぞ」


 そう言った尾津の目を、男は覗き込むように見上げる。

 自分の考えている事を覗こうとするような不気味な視線。


「……分かりました」


 男は任意同行に応じた。


 西野が「ここまでするんですか」と、男には聞こえない声で囁く。


「後で説明してやる。刑事課の輪田に連絡しておいてくれ」


 尾津はそれだけしか答えなかった。


 男の注意は、常に警官二人に向けられていた。立ち位置も、すぐに逃げられる場所を選んでいた。

 何気ない所作も、洗練されている。県警特務部隊の隊員ですら、あの動きはできない。格闘家……いや、傭兵といったところか。


 そして何より。


(あいつの目は、殺しをしたことのある人間の目だ)


 尾津の長年の経験が、警告を発していた。


***


 ボクは、警察署の取調室に通された。

 テレビで見るよりも狭いが、明るい部屋だった。


 輪田と名乗った刑事は、ボクの向かい側に座ると、机に肘をついて指を組んだ。

 横柄な態度だなと思いつつ、しかし、その刑事の喋り方は丁寧だった。


「渡藤……勇さん。で、間違いないですか?」


「はい」


「身分証をお持ちでないそうなので、あなたのことを少しお聞かせください」


「は、はい」


 この刑事は、ボクをここに連れてきた警官となにやら話し込んでいた。

 ボクが一体何をしたというのだろうか。

 もしかして、さっきのお店が犯罪組織に加担していたとかで、ボクも疑われているんじゃないか?

 そんな嫌な考えが頭をよぎる。


 刑事が質問を続ける。


「ご家族は?」


「母が都内に住んでます。でも、連絡は取ってないです」


「この町にはどうして?」


「友達に会いに」


「お友達ですか、もう会われたんですか?」


「いえ、それが……。亡くなっていたので」


 自分の口からドロシーの死を説明すると、彼女の死を受け入れてしまったような気がする。

 彼女のことを思い出し、胸が締め付けられる。


 刑事は眉を寄せる。


「目的はそれだけですか?」


「はい。だから、ご飯食べて帰ろうと……」


 刑事は、スマホを取り出し、ボクに見せる。

 そこには五年前のニュース記事のアーカイブが表示されていた。


「この写真を見る限り、あなたは渡藤さん御本人に間違いなさそうですね」


「は、はい」


 ボクらが、あちらの世界から帰って来た時のニュースだ。

 嫌なことを思い出し、思わず手をぐっと握り締めてしまう。


「渡藤さん、あなた一度失踪してますね。八年前に行方不明になって、その三年後に発見されている」


「あの……これ、任意の聴取ですよね」


 できれば思い出したくない。

 奇異の目で見られたあの日々のせいで、ボクらはこの世界に受け入れられなかったんだ。


 刑事は、ボクの質問を無視して話を続ける。


「あなたは、あの三年間どこで何をしていたのですか? この記事では、あなたは外国に拉致されて、二人の亡命者と脱出してきたことになっていますが」


 当時、表向きはそういう説明をした。

 ボクが「異世界に召喚されて、魔王を倒して、異世界人を連れて帰って来た」、なんて言っても誰も信じないからだ。


「そうですかね」


 ボクは曖昧に答える。

 あまり喋るとボロが出るからだ。


「この記事では、あなたは記憶が混濁して、拉致中の三年間のことが思い出せないと証言している」


「はぁ、思い出せないです」


 五年前も、こんなやり取りを繰り返したことを思い出す。マスコミに根掘り葉掘り聞かれて、うんざりだった。

 しかも、マスコミは誇張や推測を混ぜてニュースにするものだから、ボクらは変な注目を集めてしまった。

 外に出ればマスコミに囲まれる。もちろん、近所の人たちからも距離を置かれる。

 ボクとドロシーは静かに生活できたらそれで良かったんだ。


 ドロシーの心が壊れたのは、そのせいもあるはずだ。だから、あんなことに……

 ボクは下唇を噛みしめる。


 刑事はスマホを片付けた。


「話は変わりますが、渡藤さんは、何か武術でもしていますか? あなたの佇まい、格闘家の友人に似ているんです」


 ボクは、あちらの世界で、剣聖シルバーシューズから剣術を学び、スケアから格闘も覚えた。

 魔法も習得した。ボクの体に残っている魔素を集めれば、あと一回くらいは使えるはず。

 魔王軍や魔王との実戦をくぐり抜けてきたから、戦闘経験はこの世界の一般人とは比べものにならないはずだ。

 その経験は五年経っても、まだ消えていない。

 でも、ボクはそれをごまかす。


「あの頃のことは、よく覚えていません」


「あの頃……ということは、最近習っているとか以前に習ったものではなく、失踪時に体得したんですね。あなたは一体どんな生活をしていたんでしょうか」


 しまった……。

 まさか、こんな雑談からそこまで推理してくるなんて。

 ボクは焦る。これだから警察は侮れない。


「あ、あの。任意の聴取なんですよね!」


 ボクは大声を上げた。こんな声を出したのは何年ぶりだろうか。


「はい、任意です」


「じゃあ、もう帰ります」


「……分かりました」


 刑事は、意外と素直に引き下がった。

 扉を開け、ボクを誘導する。


「食堂で食事はしていかれますか?」


「結構です」


 ボクは警察署を後にした。


***


「……」


 尾行されている。

 すぐに分かった。この気配は、さっきボクを取り調べた刑事だろう。


 ボクは、駅と反対方向へ、山の方へと足を向ける。


(懐かしいな)


 異世界での戦いでは、追手を撒くために、いつも森を利用していた。

 木々に紛れて、敵をやり過ごす。

 逃げるだけじゃない、反撃することもあった。追手がバラバラになったところを個別に倒していく。


 戦いの本能が、ボクを山道の奥へと連れていく。


 中腹。

 木々が途切れ、開けている場所まで登ってきた。ここからは町を見下ろせる。

 雑然とした町という印象だ。


 ドロシーは、この町でどんな生活をしていたのだろう。

 守ってくれる人もいなかったに違いない。だから、体を壊してしまったんだ。


(ドロシーも、こんな薄っぺらい町へなんて来なければ良かったのに)


 ボクは、心の底の方から湧いてくる「自分が守ってあげるべきだったんじゃないか」という後悔を、町とドロシーの自己責任のせいにして、無理やり押し込めた。


 日が傾き始めていた。

 刑事は応援を頼んだようだ。山を上がってくる人の気配が増えた。


「ふふっ」


 思わず笑みがこぼれる。

 なんでだろう。危機のはずなのに、ボクはワクワクしている。


 ボクは、木々と草の陰へ静かに隠れた。そして息を殺す。

 このまま日暮れまで待てば、刑事も諦めてくれるだろう。


  ガサガサ


 二十分もしないうちに、あの刑事が山道を登ってきた。


「チッ。あいつ、どこまで行ったんだ?」


 刑事は独り言で悪態をついている。

 近くには……他の人間はいないようだ。


(敵一人なら、素手でもなんとかなるか)


 いや、待て。相手はゴブリンでもトロルでもない、ただの人間だ。

 あの刑事はボクを警戒しているだけ。あれは敵意じゃない。


(魔王軍の斥候でも、もっと慎重に行動するのに)


 違う違う。あの人間は魔王軍じゃない、警察だ。

 人間を守る組織の人間だ。

 しかし、その隙だらけの背中を見ていると、数パターンの倒し方を思いつく。


 刑事は無線で仲間と連絡を取る。


「尾津さん、見失いました」


『……ぶ……がん……』


「了解です」


 さすがに、ここからでは無線の声は上手く聞き取れない。

 どうやらボクを最初に職務質問してきた警官と話しているようだ。

 刑事は報告を済ませると、辺りをキョロキョロと見回す。


「ん?」


 刑事がこちらに気が付いた。

 完璧に隠れたと思っていたが、草の覆いが不自然だったようだ。


(実戦から五年も離れていたんだ。衰えちゃったかな)


 こちらを窺いながら、刑事が近づいてくる。

 一歩一歩がスローモーションのようにゆっくりと見えた。


(ギリギリまで引きつけてから、首を掴んで絞め上げる)


 この状況で、落ち着いて考えられる自分に驚く。

 だから、ボクは気が付いた。

 異世界での戦いを思い出しているから、気分が高揚しているんだ。

 戦いの中に身を置いていたあの頃。

 自分が勇者だったあの頃。

 生きているという実感があった。


(だけど、ここは異世界じゃない)


 ボクは自分を隠していた草を跳ね除ける。

 刑事は予想していたはずなのに、驚いた顔を見せて身構えた。

 でも、戦える体勢じゃない。そのまま首を掴めそうだ。


(そんなことじゃあ、魔王軍とは戦えないよ?)


「渡藤さん、なぜこんな所へ?」


 この刑事の丁寧な物言いは変わらない。


「刑事さんに追いかけられたからです。どうして、ボクの後をついてくるんですか」


「なぜ、逃げる必要があるんですか? 後ろめたいことでも?」


「そんなものありません」


「この山で何をするつもりだったんです?」


「ボクは何もやってないし、何もやろうとしていません」


「もう一度、署まで来ていただけませんか?」


 刑事はそう言って、こちらを睨んでいる。

 ボクのどこが危険だっていうんだ。

 ボクはまだ何もしていない。ただ隠れただけ。抵抗すらしていない。

 何の罪も犯していないボクを逮捕できないはず。


「ボクが何をしたって言うんですか」


 刑事は背広の内側に右手を入れた。

 きっとそこには拳銃がある。

 そして、もう一度ボクに告げる。


「署まで御同行願えますか?」


「お断りします」


 ボクは、そう言うと同時に左手を腰に当てる。

 手の動きに気を取られて、刑事に一瞬の隙が出来た。

 その瞬間、ボクは踏み込んだ。勢いを使って、相手の間合いの内側に入る。

 刑事からすると、ボクが突然目の前に現れたように見えただろう。


「うっ! 尾津さんの見立てどおり、危険な人だ」


 刑事は驚いて半歩後退りする。この近さでは拳銃を取り出すこともできない。


「ボクは何もしてませんよ」


 そう言うと、刑事は警戒してもう一歩距離を取る。

 しかし、ここは狭い山道だ。

 刑事は足を踏み外した。


「うわー!!」


 刑事が山肌を転げ落ちていく。

 ボクが本気を出せば、刑事を助けられたかもしれない。でも、ボクは手を伸ばさなかった。

 後ろに下がったのは刑事自身。これは事故だ。自己責任だ。


「何をしている!」


 山の下の方から叫ぶ声。

 最初にボクを職務質問した警官だった。

 すごい勢いでこちらに走ってくる。


「突き落としたな!」


「違う」


「見ていたぞ」


「ボクは何もしていない!」


 そうだ。ボクは刑事に触っていない。押してもいないし、救いの手も出さなかった。


(勝手に落ちただけじゃないか)


 やましい事はしていないはず。

 それなのに、ボクは山道を駆けあがり、逃げ出した。

 背後から、警官が無線で助けを呼ぶ悲痛な声が聞こえてきた。


***


 輪田は重症だった。

 命に別状はないが、当分入院することになるだろう。


 尾津は、輪田を巻き込んだ事に責任を感じていた。


「輪田のためにも、絶対にあいつを捕まえなければならない」


 全ての登山道に警官が配置され、山を囲むようにパトロールが開始された。

 これであいつは山から出られない。


 近隣の署からも応援を呼び、県警を挙げて捜索をすることになった。県警の特務部隊まで投入される。


 尾津は、山の奥深くまで入るチームに配属された。警察署内で、あいつの顔を一番知っているのは尾津だからだ。

 尾津もそれを望んでいた。最前線なら、あいつに遭遇する確率も増えるだろう。


「必ず俺の手で捕まえてやる」


 翌朝早く、山狩りが始まった。

 警官隊を十チーム編成し、山の中へと分け入る。


 尾津はチームの先頭を切って山道を上がる。

 輪田が突き落とされた場所まで後少しのところまで来たが、山道の途中を倒木が塞いでいた。


「昨日はこんな物なかった」


 尾津が他のメンバーに注意を促す。


「これ、渡藤一人で動かしたんでしょうか?」


 同じチームの西野は、倒木の太さを見て驚きを隠せない。

 この大きさの木を、一人で運ぶなんてできるのだろうか。しかも明かりのない夜の山の中で。


「痛っ!」


「どうした」


 西野のズボンが裂けていた。


「木の葉の下に、イバラが隠れてたみたいで」


 尾津は嫌な予感がした。

 一刻も早く、あいつを捕まえなければ。

 焦りが募っていく。


 さらに山道を登っていくと、街を見下ろせる開けた場所に出る。


  カラカラ……


 小さな石が上から落ちてきた。

 誰かが叫んだ。


「危ない!!」


  ガラガラガラ……


 上から大きな石が落ちてきた。

 全員が伏せて、ギリギリのところで石をかわす。石は山の斜面を転がっていった。

 あの石が頭に直撃していたら、命にかかわっていたに違いない。


「まさか、これも渡藤が?」


 西野が震える声で呟く。

 尾津は言葉を失っていた。 

 そこへ無線が入る。

 

『落とし穴にやられた!』


 他のルートを登っていたチームからの通信だ。

 尾津は戦慄した。

 これはトラップだ。


 あいつは殺し屋のようだった。

 人を殺すことを何とも思っていない目。

 特殊部隊の兵士でも、あの目をしている人間は少ない。


 あいつは、俺たちを殺すことにも、躊躇がないんだ。


「固まって動くと危ないな」


 メンバー同士の距離をあける。これで、落石や落とし穴があっても、まとめて掛かることはない。


 山を登る道すがら、ヤブや草むらに隠れていないか、棒を突っ込んでガサガサと探す。


  ビュン!


 小枝が飛んできた。

 それが西野の足に刺さる。


「ぐっ!」


 枝を引き抜くと、先が削られて尖っていた。

 尾津は、これも渡藤のトラップだと理解した。


「西野、下山しろ」


「このくらい、まだ行けます」


「ゲリラ戦のトラップなら、毒を仕込んである可能性もある」


「え、渡藤はそこまでやりますか?」


「油断は禁物だ」


 西野を戻らせ、捜索を続行する。

 何かが動いたり、音がするたびに、チームに緊張が走る。

 精神力がどんどん削られていき、各メンバーの顔に疲労の色が濃くなる。


 ふと気付くと、最後方を歩いていたメンバーが付いてきていない。


「どこに行った!」


 尾津は辺りを探させる。

 嫌な汗が背中を伝っていく。 


「いました!」


 彼は少し下った木陰に倒れていた。

 一番に発見したメンバーが駆け寄る。


「待て、囮だ!」


 尾津の制止は間に合わない。

 木の上から、人が降りてきた。


 一瞬。

 瞬きをしている間に、駆け寄ったメンバーも倒れた。

 彼らは屈強な警官だ。不意を突かれたからといって、そう簡単にやられるようなことはないはずだ。

 そんな二人が、折り重なるように倒れている。


 降りてきたはずの人間は、もうそこにはいなかった。

 誰なのか分からない。今、どこにいるかも分からない。

 それでも尾津は叫んだ。


「止まれ渡藤!」


 突然、背後に気配を感じる。

 背中に手を当てられた。このまま少しでも押し出されたら、斜面を転落する。


(しまった)


「もう、ボクを追いかけ回さないでください」


 渡藤の声だ。

 だが、尾津はこの状況でも引くことはない。警察の正義を貫く。


「ダメだ。犯罪者は許さない」


「ボクは何もしていない」


「お前の攻撃や仕掛けた罠で、多くの警官が怪我をした。それは立派な犯罪だ」


「それは、あなたたちがボクを追いかけたからだ」


「一体、お前は何者なんだ」


「……勇者」


 そう言うと、渡藤の気配が消えた。

 慌てて辺りを見回しても、渡藤を見つけることはできなかった。


 無線で本部に連絡を入れる。


「渡藤と遭遇しましたが、逃げられました。二名やられて動けません」


『他のチームも全滅か半壊だ。一旦戻ってこい』


「りょ、了解です」


 たった一人で、この人数の警官を?

 なんてことだ。

 尾津は、倒れていたメンバーを引き起こした。

 怪我はない。気絶しているだけのようだ。手加減をしたということか。

 いつでも殺せるというあいつの警告に違いない。


 その日の午後、防衛隊への応援要請がなされた。


***


 ボクは木の枝に腰掛けて、下の様子をうかがう。

 こんな戦いをしたのは久しぶり。


「ちょっと鈍(なま)ったかな」


 異世界では、たった五人のパーティで、強大な魔王軍を相手にしてきたのだ。

 正攻法で勝てるはずがない。

 卑怯な手段も、醜悪な戦法も、何でも使って戦い抜いた。


 ボクらは、異世界でゲリラのような戦い方をしてきたのだ。

 今回みたいに武器がないときは、自然物を利用したトラップを仕掛ける。

 このくらいなら朝飯前だ。


 でも、今回の相手がオーガやグールだったら、こんなトラップでは足止めにすらならない。

 簡単なトラップだったけど、今朝、山に上がってきた警官たちは、とりあえず引き上げてくれたようだ。


 ホッと一息つく。


「ドロシーに会いに来ただけだったんだけどな」


 ドロシーたちと一緒に、有翼猿と戦った時のことを思い出した。

 その時も、森の中で敵に囲まれた。

 ドロシーの魔法で一掃してもよかったんだけれど、それだと威力が強すぎて森まで消し飛んでしまう。

 だから、こんな感じで罠を張って各個撃破をした。

 敵の数は今回の十倍くらいあったけれど、ドロシーの姿を消す魔法を使って、スムーズに切り抜けることができた。


(ドロシー)


 どうしてこうなってしまったのか。

 ボクは深いため息をついた。


  バラバラバラ


 ヘリコプターが上空を飛んでいる。


(マスコミか?)


 葉の下に隠れ、隙間から空を見上げる。


(いや、違う)


 撮影用のヘリではなさそうだけど……。


「トト!」


 ヘリコプターのスピーカーから声が聞こえてきた。


「トト! オレだ、スケアだ!」


 懐かしい声に、思わずヘリコプターを見上げて叫んだ。


「スケア!」


***


「警察は、何を相手にしているのか分かっていないようだ」


 防衛隊から派遣されてきた九郎(クロウ)は、開口一番そう言った。

 九郎は、五年前に渡藤を救出した男で、片足ながら素晴らしい格闘術を持っている。元はスケアという名前だったが、防衛隊入隊前に帰化して、今は九郎と名乗っている。


「トトとオレは戦友だ。トトの戦い方を一番知っている」


 渡藤は行方不明になっていた期間のことを喋らなかった。

 しかし、この男は知っている。


「トトと戦うということは、勇者と戦うことだと考えてもらおう」


 その場にいた警官たちは皆、九郎の言っていることの意味が分からなかった。

 尾津だけを除いて。


(勇者……確かにあいつはそう言っていた)


 九郎の注意事項は続く。


「トトは目的のためなら、あらゆる手段を講じる。勇者が魔王を倒すために何でもしたように」


 警察は、その「あらゆる手段」に翻弄され、多くのけが人を出してしまった。


「彼の目的は何でしょうか?」


 尾津が、九郎に問い掛ける。

 九郎は鋭い視線を尾津に向ける。


「こちらこそ、それを知りたい。トトは何と言っていたんだ?」


「追いかけるな、と……」


「他には?」


「何もやっていないと言ってました」


 九郎は目を伏せて、少し考える。


「どうし 君たちがトトをて追いかけることになったんだ? その前にトトが言っていたことがあるだろう?」


「しょ……食事がしたいと。いや、まさかそんなことで?」


「分からんが、説得材料にはなる。オレが話をしてみよう」


 九郎は、防衛隊のヘリコプターに乗り込むと、山に向かって飛び立って行った。


 警官の一人が、尾津に聞く。


「勇者とはどういうことでしょうか。渡藤は、警察を相手にゲームをしているつもりだというのでしょうか」


「……いや、俺たちが最初の対応を間違えただけだ」


 尾津はそう言って、ヘリコプターを見送った。


***


 ヘリコプターは上空を旋回しながら、スケアの声でボクを呼ぶ。


 スケアは防衛隊に入り、格闘術の先生をやっていると聞いていた。

 元気そうな声に、思わず心が弾む。


 しかし、喜んでばかりもいられない。

 それはつまり、防衛隊が出てきたということなのだから。


「トト! 投降してくれ」


「投降だって?」


 枝から、ずり落ちそうになってしまった。

 スケアが何を吹き込まれたのかは知らないが、どうしてボクが降伏する必要があるんだ。


 ボクは魔王を倒した勇者だ。

 何も恐れるものはない。

 現に今だって、この場を制しているのはボクの方だ。

 

 木から飛び降りると、空の見える開けた斜面へと駆け出した。


  スケアはボクを見つけると、ヘリコプターからロープを伝って降りてきた。

 途中でロープから手を離し、十メートルくらいの高さから飛び降りた。

 さすが最強格闘家。バランスを崩すことなく、片足できれいに着地した。


「トト、元気そうだな」


「スケアも。全然衰えてないね」


 ボクはスケアに駆け寄る。

 スケアは笑う。あの頃と同じ笑顔。


「もちろんだ」


 そう言って、スケアはボクに袋を投げてよこした。


「腹減ってるだろ、食べな」


 それはバターロールだった。


「お腹は空いてるけど、これじゃ味気ないなあ」


「レンバスよりは美味いぞ」


 スケアが、異世界での携帯食の名前を出したから、無意識にその味を思い出してしまう。

 ボクの心は、異世界にいた頃に引き戻される。懐かしさと喜びがあふれる。


 スケアが斜面に腰掛けた。

 その隣に座る。

 ヘリコプターはどこかへ飛んでいき、静かな時間が流れた。


「食べないのか?」


「いや、いただくよ」


 ボクは袋を開けて、パンにかじりつく。

 確かに、無味無臭なレンバスよりはマシだ。お腹に物が入ると、気持ちが少し落ち着いてきた。

 スケアは、こちらを向かずに聞いてくる。


「何があった?」


 ボクは、答えるのに少し時間がかかった。


「ドロシーが、死んだ」


「何だって?」


「この町で仕事をしていたから、訪ねたんだ。でも、半月ほど前に死んだって」


「そんな、まさか……そうか……」


 スケアもショックを受けているようだ。

 この感情を共有できる仲間がいてくれて良かった。

 スケアはゆっくり言葉を選びながら喋る。


「ドロシーは、トトを慕っていたからな」


「うん……だから、彼女は、ボクを想って、この世界に来てくれたんだ」


 ボクはこの世界に戻ってきて、定職に就くこともなく、短期のアルバイトを繰り返していた。

 最初のうちは、ドロシーもボクを支えてくれていた。

 しかし、この五年で、どんどんドロシーが堕ちていくのを、ボクは目の当たりにした。


「ボクは彼女を守ってやれなかったんだ」


 とうとうボクは認めてしまった。

 ドロシーを守らなきゃいけなかったのは、自分だったと。

 ドロシーをこんな目に遭わせてしまったのは、自分のせいだったと。


 ボクの頬を、熱い液体が伝う。


「涙……」


 異世界に呼ばれた時も、魔王を倒した時も、この世界に戻ってきた時も、ボクは泣かなかった。

 それなのに、今、ボクの涙は止まらない。


「ドロシーが死んで、苛ついたから暴れたのか?」


 スケアのその質問は意外だった。

 共感から出た言葉じゃない。


 暴れた?

 ボクが?

 何を言っているんだ。


「ボクは何もしていない」


「しかし、こうやって警察に囲まれるなんて、普通じゃない」


 スケアはボクと視線を合わそうとしない。何を考えているのか読めない。


「ボクにもよく分からないんだ。身分証を持ってないってだけで、いろいろと聞かれたんだ。しかも帰ろうとしたら、追いかけてきた」


 ボクは立ち上がった。


「ボクは、手を出してくるあいつらから逃げているだけだ!」


「トトがそう言うなら、それが正しいんだろうな」


 スケアがため息をついたその時だった。


  ガサガサガサガサ!


 重装備を着込んだ警官が、狙撃用の銃を持って現れた。

 振り返ると、ボクらの周りを特務部隊が囲んでいた。

 しまった。スケアと話し込んでいて、警戒が疎かになっていた。


「スケア!?」


 ボクは、スケアを見下ろして叫んだ。


「ボクを裏切るのか」


「違う。ただ、トトは少しやり過ぎてしまったんだ」


 ボクの心を、怒りの感情が支配する。


「そっちがそういう考えなら、こっちにも奥の手がある」


 ボクは、自分の体中に残っていた魔素を、右腕に集める。

 黄色い魔法陣が手のひらに描かれる。


「爆雷魔法!? この世界で?」


 スケアが驚いて距離を取る。

 狙撃手が、ボクを狙って銃を構えた。


 この魔法なら、ここにいる人間を吹き飛ばすくらいの爆発が起こせる。

 スケアが格闘家として最強でも、この魔法に対抗する手段はない。

 勇者の魔法は、あいつらの銃弾がボクに届くよりも早いんだ。


 ボクはスケアに向かって叫ぶ。


「スケア! ボクはただ帰りたいだけなんだ!」



 次の瞬間、ボクは消えた。

 特務部隊の警官たちが周囲を捜索するが見つからない。戸惑いながら、スケアに駆け寄る。


「彼は一体どこへ?」


「トトは、神に呼ばれたようだ。お互い命拾いしたな」


 スケアは額の汗を拭った。


***


『お前の願いを叶えよう』


 神様だ。


 辺りを見回す。

 ここは異世界の神殿。あの魔王を倒した場所に、ボクは立っていた。


「え……? なんで?」


 あまりに突然のことに、ボクは思考が停止した。

 そう言えば、最初に異世界に連れてこられたときも、ボクはこんな風に混乱してたっけ。


『お前の願いを叶えるために呼んだ』


 神様はもう一度言った。

 ボクは右手の魔法陣をかき消した。


「ボクの願い?」


『そうだ。この世界の人々が、平和に暮らす将来が見てみたいという願いだ』


 神様に言われて、ボクは思い出した。

 五年前、ボクが神様に願ったことを。

 だからボクは異世界に帰ってこれたんだ。懐かしいこの場所に。  


「トト!」


 背後から呼ばれた。

 力強く逞しい声と、機械的で美しい声。

 三年に渡って戦いを共にしてきた仲間の声を忘れるわけがない。

 振り返ると、ライオネルとブリキーナが駆け寄ってきた。


「久しぶりだな、トト!」

「お帰りナサイ」


 ボクも彼らに向かって走る。

 もう立っていられないくらい嬉しかった。


「ライオネル、ブリキーナ!」


 倒れ込むように、二人に抱きついた。


「会えて嬉しいよ!」

「ワシたちもだ」


 よく見るとライオネルは頭に王冠を載せていた。


「王様になったんだね」


「ああ、ワシも頑張ったさ。トトに、この世界が平和になったところを早く見せたくてな」


 ブリキーナも頷く。

 ライオネルは五年前よりも雄弁に喋るようになっていた。それだけボクに会えて嬉しいんだ。


「最初は、魔王軍の被害を受けなかった場所を争って、種族間での諍いもいっぱいあったんだ。それでも、復興が進んで戦いは減った。今では誰もが平和に暮らしているぞ」


「ホント? じゃあ、世界を見て回りたいな」


「当たり前じゃないか。勇者トトのために、獣人の王たるワシ自ら世界を案内させてもらおう」


 ボクらは笑った。

 ライオネルが高らかに宣言する。


「五年ぶりの勇者トトの帰還(・・・・・・・)だ。盛大にお祝いしようじゃないか」


 ボクは、ひと言では言い表せない、複雑な気持ちになる。


 ブリキーナが、ボクを見つめて話しかけてきた。


「トトニ会いたい人ガ、モウ一人」


「え、誰?」


「来てくだサイ」


 ブリキーナが階段の下に向かって、声を掛ける。

 階段を上ってきたのは、よく知っている人だった。

 その顔を見て、ボクは信じられないという思いでいっぱいになった。


「ド、ドロシー!?」


「トト……」


「え、でも、死んだんじゃなかったの?」


「そうよ。私、トトの世界で死んでしまったわ」


「じゃあ、どうして」


「これ……トトから貰った首飾り、大事にしていたの」


 差し出されたドロシーの手の中には、割れた宝石。

 復活の宝玉だ。

 魔王との戦いを前に、万一の時でもドロシーに生き延びて欲しいと願って、首飾りにして渡したんだった。


「宝玉の力で、私は生まれた場所に復活したの」


 ドロシーは笑った。


「そんな奇跡が……」


「その奇跡のおかげで、私はまたトトに会えた! 私には、トトの世界は厳しすぎたみたい。やっぱりこちらが落ち着くわ」


 ボクはもう何も言うことができなかった。

 ライオネルが興味深そうに聞いてきた。


「トトの世界は、そんなに難儀なのか」


「格差や差別がいっぱいで、いつもどこかで戦争が起きてる。でも、良いところもあったんだよ。ゲームやスロットとか、楽しいことが多かったし」


「ほう」


「ブリキーナに頼んだら、スロットを作ってもらえるかな」


 ドロシーはボクの震える手を取った。

 ボクは思わずその手を強く握り返す。


「ねぇ。トトも、あっちの世界で大変だったでしょ。こっちで一緒に暮らそう」


「それハ良い考えデス」


 ブリキーナが賛同する。


「ワシも歓迎するぞ」


 ライオネルも豪快に笑う。

 

『お前も、それを願うか?』


 神様がボクに語り掛ける。




 ボクはしばらく沈黙し、言葉を絞り出した。


「……だよ」


「え?」


 ボクの呟きをドロシーが聞き返す。


「何なんだよ!」


「どうしたのよ、トト」


 ボクはドロシーの手を振り払う。


「一人で、先に戻ってきているなんて!」


 ボクはドロシーに向かってまくし立てる。


「ボクは自分の世界に帰りたくなんて無かったのに、ドロシーの願いのせいで無理やり帰らされて」

「ドロシーに振り回されてボクは酷い目に遭った! どこまでワガママなんだよ」

「あっちの世界でも、ドロシーはいろんなことを楽しんでたみたいだけど、ボクは何も楽しくなかった」

「そもそもボクは、自分の世界で人間関係を作るのが苦手なんだ」

「それなのに、合わないからって自分だけ帰ってきただって?」

「ドロシーが死んだって聞いて、ボクがどれだけ辛かったか、ドロシーは分かってないよね」


 ドロシーは困惑の表情を浮かべる。


「おかしいよ。いつものトトじゃない」


 見かねたライオネルが「落ち着け」と言って止めに入る。

 でもボクの怒りは止まらない。


「君たちだって、そうだ!」

「なんで、君たちだけ平和を謳歌してるのさ。ボクはこんなに苦しんでいるのに!」

「日々の生活はいっぱいいっぱいだ。自分だけ生きていくのがやっと」

「そのうえ、何もしていないのに警察に疑われて、囲まれて。必死で逃げなきゃいけない」

「ボクが魔王を倒したから、この世界は平和になったんだろ!」

「なんでボクだけが平和に暮らせないんだ」

「ボクを無視して、自分たちだけでこの世界を復興させたみたいに言って!」


 ブリキーナも慌てる。


「無視ナンテしていまセン」


 そんな上辺だけの言葉、信じられるわけがない。


「ボクは君たちのために戦った。命をかけた」

「それなのに、君たちはボクを見捨てたんだ」

「絶対に許さない」


 この世界は、魔素に満ちている。魔法は使いたい放題。

 ボクは両手に黄色の魔法陣を展開した。極大爆雷魔法だ。


「こんな世界、もう要らない……」



 それが、史上最悪と呼ばれた魔王トト、誕生の瞬間だった。

お気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、中盤は映画『ランボー(First Blood)』をオマージュしています。

異世界帰りの勇者を、戦場から帰還した兵士に重ねて物語を作ってみました。

(登場人物の名前は「オズの魔法使い」ですが)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ほんの少しボタンを掛け違えたことが積み重なって、悲劇は開幕した。 神様が人間の心の機微を理解していれば。 仲間に勇者の故郷を想像する「知恵(あたま)」があれば。 ヒロインが押し付けではなく、「愛」を…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。