生きたまま閉じ込められた声
木曜日 — 午前6時14分
エリアス・レン博士は、まだ生きているのかもしれない。
あるいは、すでに死んでいるのかもしれない。
もしくは、誰かが彼の名前を使い、彼が生きていると思わせようとしているだけかもしれない。
マーラ・エリソン刑事は、三つ目の可能性が特に気に入らなかった。
もちろん、一つ目と二つ目も気に入らなかった。
実際のところ、最近は気に入ることがほとんどなかった。
彼女は警察本部の机に座り、ノースブリッジの研究施設から押収した証拠を確認していた。
向かい側では、エックスレイがコーヒーを飲んでいた。
彼はすでに三杯目だった。
マーラは気づいていた。
当然ながら、何も言わなかった。
少なくとも、最初は。
「それ、何杯目?」
エックスレイはカップを見た。
「数えてない」
「三杯目よ」
「数えてるじゃないか」
「あなたが数えてないからよ」
彼は肩をすくめた。
「世界を救うのは疲れるんだ」
マーラは画面を指さした。
「だったら、これを見て目を覚まして」
彼は身を乗り出した。
モニターには、地下三階の監視映像が表示されていた。
暗い服を着た人物。
細長いケース。
認証端末。
そして、顔が映る直前で途切れた映像。
エックスレイは眉をひそめた。
「また例の人影?」
「ええ」
「顔はわかった?」
「まだよ」
マーラは別の画面を開いた。
「でも、映像が途切れた理由は少しわかったわ」
監視カメラ記録
映像停止:午後5時58分14秒
停止原因:ローカル記録装置への管理操作
使用認証情報:E・レン
操作端末:地下三階
エックスレイはカップを下ろした。
「本人が映像を止めた?」
「その端末から、レン博士の認証情報を使って停止されたの」
「つまり、本人とは限らない」
「そのとおり」
マーラは映像を巻き戻した。
人物がカードを提示する。
扉が開く。
廊下を進む。
そして、画面が暗くなる。
「問題は、この人物が中へ入った記録はあるのに、出た記録がないことよ」
エックスレイの表情が変わった。
「まだ建物にいる?」
「可能性はあるわ」
「隠し通路?」
「あるかもしれない」
「別の認証情報で出た?」
「それも考えられる」
彼はため息をついた。
「選択肢が多すぎるね」
マーラはうなずいた。
「だから、一つずつ潰していくのよ」
彼女は別のファイルを開いた。
ライブ入力チャンネル — 閲覧制限
最終確認されたセッション:中断
接続先:非公開
発信源の本人確認:未完了
エックスレイは画面を見つめた。
「これが最後の声?」
「そう名乗っている何かに関連している可能性はあるわ」
「人間なのかな?」
マーラは首を振った。
「まだわからない」
彼女は椅子の背にもたれた。
「でも、もし誰かが本当にこのシステムに接続されているなら、捜査だけの問題じゃなくなる」
エックスレイはうなずいた。
「救助が必要かもしれない」
「ええ」
マーラは画面を閉じた。
「だからこそ、急ぐ必要があるの」
◇ ◇ ◇
キラン・キリアンの自宅 — 午前7時2分
キランは朝食を食べていた。
今回は、卵との戦争は起きていなかった。
なぜなら、朝食がパンケーキだったからだ。
実に平和だった。
少なくとも、最初の三分間は。
「マッハ」
「はい?」
「シロップが足りない」
「それは深刻ですね」
「深刻なんだよ」
マッハの紫色のアイコンが、仮設電動車椅子のディスプレイに現れた。
「現在のシロップ量は、パンケーキの表面積に対して適切な範囲内です」
キランは彼をにらんだ。
「お前は何を基準に適切だって決めてるんだ?」
「一般的な栄養指標です」
「俺の幸福度を基準にしろ」
「その指標では、シロップの供給量が危険な水準に達する可能性があります」
テーブルの向こう側で、マイケイラが笑った。
「マッハの勝ちね」
キランはため息をついた。
「この家には民主主義が存在しない」
マイケイラはパンケーキを一口食べた。
「多数決なら二対一よ」
「なおさらだ!」
彼女は笑った。
しかし、すぐに表情を和らげた。
「昨日のこと、まだ考えてる?」
キランはフォークを止めた。
「少しな」
マッハは何も言わなかった。
マイケイラは彼を見た。
「私の声のこと?」
キランはうなずいた。
「本当に君だと思ったんだ」
彼は少し間を置いた。
「声だけじゃない。怖がり方まで、君らしかった」
マイケイラは静かに耳を傾けた。
「もしマッハが違和感に気づかなかったら……」
キランは言葉を止めた。
マイケイラは彼の手に触れた。
「でも、確認できたでしょう?」
「ああ」
「次もそうすればいいのよ」
彼はうなずいた。
マッハが口を開いた。
「なお、私が偽造を見破れたのは、音声そのものではなく、録音に含まれた事実関係の誤りによるものです」
キランはディスプレイを見た。
「つまり、次はもっと上手に作られるかもしれないってことか?」
「はい」
沈黙。
キランはパンケーキを見た。
「朝食中に聞きたくない話だったな」
マッハは少し間を置いた。
「申し訳ありません」
マイケイラは微笑んだ。
「だったら、もっといい話をしましょう」
キランは顔を上げた。
「何?」
「今日は早く帰れそうなの」
彼の表情が明るくなった。
「本当か?」
「ええ」
「映画?」
「いいわよ」
「ポップコーン?」
「もちろん」
マッハが口を開いた。
「ただし、バターの摂取量については――」
「マッハ!」
◇ ◇ ◇
ルクソン生物医学研究所 — 午前8時11分
アメリア・ヴォスは、エリアス・レンの記録を調べ続けていた。
その隣では、エレナ・モリスが複数の研究文書を照合していた。
ルクソン博士は、昨夜発見されたライブ入力チャンネルの構成図を見つめていた。
問題は、単純なものではなかった。
ライブ入力という言葉が使われているからといって、実際に生きた人間が接続されているとは限らない。
それは、リアルタイムで処理される外部データを意味する場合もある。
録音の再生を指す場合もある。
自動生成されたデータストリームに使われる場合すらある。
しかし、今回の構成図には奇妙な点があった。
「これを見てください」とルクソンが言った。
アメリアが近づいた。
「何ですか?」
彼は接続図の一部を拡大した。
入力方式:双方向
信号種別:神経応答互換
遅延補正:有効
外部発信源:未確認
エレナは眉をひそめた。
「神経応答互換?」
「そのようです」
「人間の神経信号を受け取れるということですか?」
「設計上は、その可能性があります」
アメリアは画面を見た。
「でも、現在そういう信号を受信している証拠ではない」
ルクソンはうなずいた。
「そのとおりです」
エレナは別の項目を開いた。
最終検証された直接入力:記録なし
彼女は顔を上げた。
「直接入力の記録がない?」
「少なくとも、このアーカイブにはありません」
アメリアは眉をひそめた。
「なら、外部チャンネルがどこにつながっているのかを調べる必要があるわ」
ルクソンはうなずいた。
「ただし、シナプス本体に接続してはいけません」
「もちろんです」
エレナは別のファイルを開いた。
そこには、エリアス・レンの手書きメモが保存されていた。
ライブ接続は、必ずしもライブの人物を意味しない。
入力元を確認する前に、応答を本人の意思として扱わないこと。
アメリアは静かに読み上げた。
それから、かすかに笑った。
「やっぱりエリアスらしいわ」
ルクソンは彼女を見た。
「どういう意味ですか?」
「誰もが答えを急いでいるときに、必ず立ち止まって質問する人だったんです」
彼女はメモを見た。
「誰の言葉なのか、と」
◇ ◇ ◇
シトロンシティ総合病院 — 午前9時24分
レベッカ・ヘイルは、再び夢を見ていた。
少なくとも、本人はそう考えていた。
白い研究室。
薄暗いモニター。
椅子に座る女性。
そして、どこからともなく聞こえる声。
「あなたは誰?」
女性が振り返る。
顔は見えない。
「それは私の声じゃない」
レベッカは目を開けた。
病室だった。
心臓が激しく鼓動していた。
彼女は呼び出しボタンを押した。
数分後、シャー医師が来た。
「どうしました?」
レベッカは呼吸を整えた。
「また見たんです」
「昨日の場面ですか?」
彼女はうなずいた。
「でも、今度は少し違いました」
シャー医師は椅子に座った。
「教えてください」
「女の人が椅子に座っていたんです」
「はい」
「そして、誰かがその人に質問していました」
「何と?」
レベッカは目を閉じた。
「名前を聞いていたと思います」
彼女は額をこすった。
「でも、女の人は答えなかった」
「なぜですか?」
「わかりません」
レベッカは目を開いた。
「その代わり、スピーカーから別の声が聞こえたんです」
シャー医師は待った。
「その人とまったく同じ声でした」
少し間が空いた。
「でも、女の人は首を振っていた」
レベッカは唾を飲み込んだ。
「それで、『それは私の声じゃない』って言ったんです」
シャー医師は記録を取った。
「今の体験は、眠っている間に起きたのですね?」
「はい」
「起きているときにも、同じものが見えますか?」
「いいえ」
「わかりました」
レベッカは彼女を見た。
「先生、私の頭の中に誰かがいるんですか?」
シャー医師は穏やかに首を振った。
「そうだと判断できる証拠はありません」
「でも……」
「怖い夢や記憶のように感じる体験には、さまざまな原因があります。今は症状を記録し、必要な検査を進めることが大切です」
レベッカはうなずいた。
「わかりました」
シャー医師は優しく微笑んだ。
「あなたの話を聞いていますよ」
レベッカは目を伏せた。
「ありがとうございます」
◇ ◇ ◇
シトロンシティ警察本部 — 午前10時37分
マーラは、リディア・セラーノの医療記録に関する新しい報告を受け取っていた。
問題の転送は、彼女がリハビリを受けていた病院から直接行われたものではなかった。
少なくとも、記録上はそうなっていた。
最初の転送先は、外部の医療データ処理会社だった。
その会社は、別の研究請負業者に一部の資料を渡していた。
そして最終的に、その記録がムネモシュネのデータセットに組み込まれていた。
エックスレイは画面を見た。
「また会社が何社も出てくるのか」
マーラはうなずいた。
「ええ」
「誰が許可したの?」
「そこが問題よ」
彼女は書類を開いた。
医療記録転送承認
利用目的:匿名化された神経学的評価
再利用範囲:制限付き
人格再構築への利用許可:記録なし
エックスレイの表情が険しくなった。
「つまり、別の目的に使ったんだ」
「そう示唆されるわ」
マーラは次の記録を開いた。
転送先:グレイハーバー・バイオメディカル・ホールディングス
承認者:C・ヴェイル
エックスレイはため息をついた。
「またあいつか」
「ええ」
マーラは電話を取った。
「ヴェイル博士には、もう少し詳しく説明してもらう必要があるわね」
◇ ◇ ◇
ギアの工房 — 午前11時18分
「無理だ」
ギアは断言した。
キランは眉をひそめた。
「まだ何も言ってないぞ」
「顔に書いてある」
「何が?」
「飛ばしたいって」
キランは未完成のMACH-01Aを見た。
「いや、ちょっと様子を見てただけだ」
ギアは腕を組んだ。
「飛行用推進装置はまだ復元されてない」
「わかってる」
「冷却系も未完成」
「わかってるって」
「装甲の一部もまだ外してある」
「ギア!」
「飛行認証も出てない」
キランはため息をついた。
「俺、そんなに信用ないのか?」
ナサニエルが作業台から顔を上げた。
「正直に答えていいか?」
「やめてくれ」
マッハのアイコンが現れた。
「私は、あなたの安全を優先する判断を支持します」
キランはディスプレイを見た。
「お前までかよ」
「もちろんです」
ギアはにやりと笑った。
「スナット」
キランは首を振った。
「この工房、全員が俺の敵だな」
そのとき、ナサニエルの端末が音を鳴らした。
彼は画面を確認した。
「ルクソンからだ」
ギアは顔を上げた。
「何だ?」
ナサニエルはファイルを開いた。
「ライブ入力チャンネルの技術資料を送ってきた」
キランは眉をひそめた。
「何かわかったのか?」
「まだわからない」
ナサニエルは図を表示した。
「ただ、外部接続に関する設計情報が残ってる」
マッハは、隔離された文書コピーだけを確認した。
「これは、実際の接続先を示すものではありません」
ギアはうなずいた。
「でも、接続先を探す手がかりにはなる」
キランは身を乗り出した。
「どこにつながってるんだ?」
ナサニエルは図を拡大した。
そこには、古い通信設備の識別番号があった。
中継識別子:HC-NR-04
ギアは眉をひそめた。
「HC?」
マッハが答えた。
「ホロウ・クリーク神経リハビリテーションセンターの旧設備番号と一致する可能性があります」
キランは動きを止めた。
「エリオットが移送されたことになっていた施設?」
「はい」
沈黙。
ナサニエルは図を見つめた。
「またホロウ・クリークか」
ギアは腕を組んだ。
「スナット」
◇ ◇ ◇
ホロウ・クリーク神経リハビリテーションセンター — 午後12時46分
建物は相変わらず不気味だった。
エックスレイは、それを口に出さないよう努力した。
三十秒ほどは。
「この場所、本当に嫌いだな」
マーラは懐中電灯を確認した。
「聞いたわ」
「前に来たときも思ったけど、ますます嫌いになってきた」
「それも聞いたわ」
「幽霊が出そうだし」
「幽霊の捜査ではないわ」
エックスレイは眉を上げた。
「じゃあ、何の捜査?」
マーラは彼を見た。
「証拠の捜査よ」
「もっと怖いね」
二人は、適切な許可を得た捜査チームとともに地下区域へ向かった。
以前の捜索で、ムネモシュネの古い実験室が見つかっていた。
だが、今回の目的は別だった。
HC-NR-04
古い通信中継設備。
それが実際に存在したのか。
現在も使われているのか。
そして、プロジェクト・シナプスのライブ入力チャンネルと関係があるのか。
それを確かめる必要があった。
地下の設備室には、古い配線図が残っていた。
技術者が図面を確認した。
「見つかりました」
マーラは近づいた。
「どこ?」
「東側のサービス区画です」
彼は図を指さした。
「旧式の神経インターフェース通信中継装置が設置されていたようです」
エックスレイは眉をひそめた。
「まだ動く?」
「現物を確認する必要があります」
チームは東側の区画へ向かった。
そこには、頑丈な金属製の扉があった。
扉の横には、色あせた標識が貼られていた。
医療通信設備室04
マーラは立ち止まった。
「開けて」
担当者が鍵を確認した。
扉が開いた。
中は暗かった。
しかし――
完全に放棄された部屋ではなかった。
床には新しい足跡があった。
古い機器の一部が取り外されていた。
そして、奥の壁には最近設置されたように見える通信装置があった。
エックスレイは目を細めた。
「誰かが使ってる」
技術者はうなずいた。
「最近、改修された形跡があります」
マーラは装置を見た。
「電源は?」
「外部供給です」
「どこから?」
技術者は配線を追った。
そして、眉をひそめた。
「この建物の通常の電源系統ではありません」
マーラは静かに言った。
「つまり、誰かが独立した電源を用意した」
エックスレイは腕を組んだ。
「秘密の研究室らしくなってきたね」
◇ ◇ ◇
コーネリアス・ヴェイルの邸宅 — 午後2時9分
ヴェイルは、以前よりさらに疲れた顔をしていた。
マーラは書類をテーブルに置いた。
リディア・セラーノ — 医療データ転送
承認者:C・ヴェイル
ヴェイルはそれを見た。
そして、目を閉じた。
「またですか」
マーラは腕を組んだ。
「説明してください」
「その資料は、匿名化された研究データとして提供されたはずです」
「人格再構築への利用は許可されていません」
ヴェイルはため息をついた。
「当時の研究では、データ利用の範囲が――」
「博士」
マーラの声が鋭くなった。
「曖昧だったと言うつもりなら、やめてください」
ヴェイルは黙った。
「あなたが承認した転送です」
「ええ」
「リディア・セラーノは、ムネモシュネに参加したことすら知りませんでした」
彼は視線を落とした。
「そうでしょうね」
エックスレイの表情が険しくなった。
「そうでしょうね、だって?」
ヴェイルは彼を見た。
「当時の手続きには問題がありました」
「問題?」
エックスレイは一歩前に出た。
「人の声を勝手に使っておいて、それを問題って呼ぶの?」
マーラは片手を上げた。
エックスレイは止まった。
ヴェイルは静かに答えた。
「正当化できるとは思っていません」
マーラは彼を見つめた。
「では、記録をすべて提供してください」
ヴェイルはためらった。
「一部は、もう私の手元にはありません」
「どこにありますか?」
彼は窓のほうを見た。
「ホロウ・クリークです」
マーラの表情が変わった。
「何ですって?」
「古い中継施設です」
ヴェイルはゆっくり続けた。
「最初のムネモシュネ実験のあと、いくつかの機器は廃棄されずに保管されました」
「何のために?」
「将来の研究のためです」
「誰が管理していたのですか?」
ヴェイルは黙った。
マーラは身を乗り出した。
「博士」
彼は唾を飲み込んだ。
「エリアス・レンです」
沈黙。
エックスレイは眉をひそめた。
「レン博士が?」
ヴェイルはうなずいた。
「少なくとも、最初は」
マーラは彼を見た。
「最初は?」
ヴェイルの声が低くなった。
「その後、別の管理者に引き継がれました」
「誰です?」
ヴェイルは目をそらした。
「わかりません」
マーラはため息をついた。
「またそれですか」
ヴェイルは彼女を見た。
「本当に知らないんです」
彼の声には、以前のような傲慢さがなかった。
「ただ……」
マーラは待った。
「エリアスが何かを隠していたことは知っています」
「何を?」
ヴェイルは首を振った。
「彼は、私たちが想像していたよりも多くの記録を保存していました」
マーラは静かに尋ねた。
「エリオット・マーロウのその後についても?」
ヴェイルは目を閉じた。
「その可能性があります」
◇ ◇ ◇
ホロウ・クリーク神経リハビリテーションセンター — 午後3時31分
設備室の調査は続いていた。
技術者は、通信装置に接続された独立電源を確認していた。
そのとき、別の異常が見つかった。
「刑事」
マーラは振り返った。
「何ですか?」
「この装置、単なる中継器ではありません」
彼は図を示した。
「データを転送するだけでなく、ローカルに記録を保存する機能があります」
エックスレイは眉をひそめた。
「何の記録?」
「通信ログ、接続履歴、それから……」
技術者は言葉を止めた。
マーラは近づいた。
「それから?」
「医療機器の接続状態を記録するための項目があります」
沈黙。
エックスレイは画面を見た。
「誰かが医療機器につながってた?」
「そういう用途に対応した設計です。実際に接続されていたかは、まだ確認できません」
マーラはうなずいた。
「記録を保全してください」
技術者は慎重に作業を進めた。
数分後、ローカルログの一部が復元された。
接続記録
端末識別子:HC-NR-04
接続先:非公開
セッション種別:双方向
最終確認時刻:本日 午前4時18分
発信源の本人確認:未完了
エックスレイは息をのんだ。
「今朝?」
マーラは画面を見た。
「時計の検証は?」
「まだです」
「では、時刻は暫定扱いに」
技術者はうなずいた。
そのとき、別の記録が表示された。
医療監視互換モード:有効
患者識別情報:非公開
マーラは目を細めた。
「患者?」
「設計上の項目名です。実際に患者がいた証拠ではありません」
彼女はうなずいた。
「わかりました」
しかし、エックスレイはすでに部屋の奥を見ていた。
壁の一部が不自然だった。
古い配線盤。
新しいネジ。
そして、最近交換されたように見える金属板。
彼は近づいた。
「マーラ」
「何?」
「これ、見て」
彼女は振り返った。
エックスレイは金属板を指さした。
「ほかの壁と違う」
マーラは技術者を呼んだ。
図面と照合した。
そして――
そこに、記録されていない空間があることが判明した。
◇ ◇ ◇
午後4時6分
隠された部屋は、小さかった。
病室ほどの広さだった。
中には古い医療用ベッドがあった。
壁には監視装置が設置されていた。
そして、部屋の奥には神経インターフェースの接続端子があった。
しかし――
誰もいなかった。
ベッドは空だった。
装置は停止していた。
床には新しい足跡が残っていた。
エックスレイはゆっくり室内を見渡した。
「ここで何をしてたんだ……?」
マーラはベッドに近づいた。
「触らないで」
「わかってる」
鑑識チームが部屋を記録した。
医療用の消耗品。
最近開封された包装。
新しいケーブル。
そして、壁に取り付けられた小さな記録端末。
技術者が近づいた。
「これは……」
マーラは彼を見た。
「何ですか?」
「患者モニタリング用のローカル端末に見えます」
「データは?」
「確認が必要です」
彼は慎重に装置を調べた。
画面には、最後に表示された状態が残っていた。
監視セッション:終了
患者識別子:非表示
生命兆候の最終記録:保存済み
エックスレイは眉をひそめた。
「誰かがここにいた?」
マーラは画面を見た。
「少なくとも、この部屋が医療監視に使われた可能性は高いわ」
彼女はベッドを見た。
「誰が、いつ、どんな状態でいたのかは、まだわからない」
エックスレイは静かにうなずいた。
「でも、探さないと」
「ええ」
◇ ◇ ◇
シトロンシティ総合病院 — 午後5時12分
レベッカは、窓の外を見ていた。
夕日が街を金色に染めていた。
彼女は静かに息を吐いた。
そのとき、携帯電話が振動した。
見覚えのない番号だった。
彼女は画面を見た。
メッセージが一つ届いていた。
思い出した?
レベッカは凍りついた。
続けて、もう一つ。
あの部屋を。
彼女の手が震えた。
三つ目のメッセージ。
あの女の人を。
レベッカは呼び出しボタンを押した。
すぐに看護師が来た。
「どうしました?」
レベッカは携帯電話を差し出した。
「これ……」
看護師は画面を見た。
表情が変わった。
「わかりました。シャー先生を呼びますね」
レベッカはうなずいた。
そのとき、最後のメッセージが届いた。
次は、あなたの声を聞かせて。
レベッカは携帯電話を伏せた。
「嫌……」
声が震えた。
「嫌です」
看護師は彼女のそばに座った。
「大丈夫です。今は返信しなくていいですよ」
レベッカは目を閉じた。
「私、何もしてないのに……」
看護師は優しく答えた。
「ええ」
彼女は携帯電話を見た。
「このメッセージは、あなたが悪いから届いたわけではありません」
レベッカはゆっくりうなずいた。
それでも、恐怖は消えなかった。
◇ ◇ ◇
ルクソン生物医学研究所 — 午後6時28分
エレナは、ホロウ・クリークから届いた新しい証拠一覧を見つめていた。
医療用ベッド。
監視装置。
神経インターフェース端子。
そして、最近使われた形跡のある設備。
アメリアは写真を見た。
「ここで誰かを監視していたのね」
ルクソンは慎重に答えた。
「そうした用途に使われた可能性はあります」
「でも、誰なのかはわからない」
「ええ」
エレナは別の写真を開いた。
ベッドの横に、小さな金属製のプレートがあった。
そこには古い識別番号が刻まれていた。
UNIT 00
アメリアは息をのんだ。
「まさか……」
ルクソンは近づいた。
「どうしました?」
彼女は画面を指さした。
「最初のインターフェース試作品」
エレナは眉をひそめた。
「地下研究室で見つかったものと同じ?」
「少なくとも、同じ識別番号です」
ルクソンは写真を調べた。
「機器の製造番号と記録を照合する必要があります」
アメリアはうなずいた。
「でも、もし本当に同じ装置なら……」
彼女は言葉を止めた。
ルクソンは静かに続けた。
「初期のムネモシュネ研究と、現在のライブ入力チャンネルとの間に、技術的なつながりがある可能性が高くなります」
エレナは写真を見た。
「エリオットが使っていた装置なんでしょうか?」
アメリアは首を振った。
「わからない」
彼女は画面を見つめた。
「でも、確かめなければならないわ」
◇ ◇ ◇
キラン・キリアンの自宅 — 午後7時16分
映画は始まっていた。
少なくとも、テレビには映っていた。
キランはほとんど見ていなかった。
マイケイラはすぐに気づいた。
「キラン」
「ん?」
「今、何が起きた?」
彼はテレビを見た。
画面では、主人公が爆発する建物から走って逃げていた。
「えーっと……」
マイケイラは片方の眉を上げた。
「わからないんでしょう?」
「建物が爆発した?」
「それは五分前よ」
キランはため息をついた。
「ごめん」
彼女はリモコンで映画を一時停止した。
「何を考えてるの?」
キランは少し間を置いた。
「ホロウ・クリークのこと」
マイケイラはうなずいた。
「誰かがいたかもしれない部屋?」
「ああ」
彼は視線を落とした。
「エリオットのことを考えてた」
マイケイラは静かに耳を傾けた。
「もし、あの部屋にいたのが彼だったら?」
「まだわからないわ」
「わかってる」
キランは息を吐いた。
「でも、キャサリンさんに何て言えばいいんだ?」
マイケイラは彼の手に触れた。
「今は、確認されていないことを伝える必要はないわ」
彼はうなずいた。
「そうだな」
「そして、真実がわかったら、彼女にはきちんと知る権利がある」
キランは静かに答えた。
「ああ」
マッハのアイコンが現れた。
「なお、エリオット・マーロウがホロウ・クリークに到着したこと自体、まだ独立した記録では確認されていません」
キランはうなずいた。
「わかってる」
マッハは続けた。
「しかし、今回の発見は、その後の経緯を調べるうえで重要な証拠になる可能性があります」
キランはディスプレイを見た。
「ありがとう」
「どういたしまして」
マイケイラはリモコンを手に取った。
「さて」
キランは彼女を見た。
「何?」
「映画に戻る?」
彼はかすかに微笑んだ。
「ああ」
マッハが口を開いた。
「なお、爆発した建物の構造について、いくつか不自然な点が――」
「マッハ!」
◇ ◇ ◇
ホロウ・クリーク神経リハビリテーションセンター — 午後8時3分
隠された部屋の調査は、まだ続いていた。
マーラは記録端末の前に立っていた。
技術者が近づいた。
「刑事、ローカルの監視記録を一部復元できました」
マーラは顔を上げた。
「何がわかりました?」
「この部屋では、最近、医療監視セッションが行われていた可能性があります」
「いつ?」
「記録上は、ここ数日以内です。ただし、装置の時計を検証する必要があります」
エックスレイは眉をひそめた。
「誰かの名前は?」
「ありません」
「患者番号は?」
「一部が消されています」
マーラは画面を見た。
「復元できる部分は?」
技術者はデータを表示した。
監視対象:非公開
セッション分類:神経応答評価
直接入力:未検証
医療監視:有効
セッション終了理由:外部操作
エックスレイは顔を上げた。
「外部操作?」
「装置の外から終了指示が送られたという意味です」
マーラは眉をひそめた。
「誰が?」
「わかりません」
彼女は記録を見た。
「接続先は?」
技術者は別の項目を開いた。
外部接続識別子:NR-LIVE-07
沈黙。
エックスレイは画面を見つめた。
「七……」
マーラは彼を見た。
「まだ何の七なのかわからないわ」
彼はうなずいた。
「わかってる」
技術者は続けた。
「ただし、この識別子はノースブリッジのライブ入力チャンネルの構成情報に含まれていました」
マーラの表情が変わった。
「一致するの?」
「識別子は一致します」
「通信が実際に行われた証拠は?」
「まだありません」
マーラはうなずいた。
「なら、確認を続けて」
彼女は空のベッドを見た。
誰かがこの部屋を使っていた。
その可能性は、ますます高くなっていた。
しかし、誰なのかはわからなかった。
自分の意思でいたのかも。
自由に出入りできたのかも。
そして、今どこにいるのかも。
マーラは静かに言った。
「必ず見つけるわ」
◇ ◇ ◇
不明な場所 — 午後8時49分
薄暗い部屋で、モニターが点灯していた。
画面には、ノースブリッジの研究施設とホロウ・クリークの設備室が表示されていた。
両方の場所に、赤い印がついていた。
カーソルが移動した。
外部調査:進行中
アーカイブ保全:確認
ライブチャンネル:待機
別の画面が開いた。
そこには、七つのモデルの構成図が表示されていた。
MN-000
MN-001
MN-002
MN-003
MN-004
MN-005
MN-006
中央には調整層。
そして、その外側には、細い線でつながれたもう一つの端末があった。
NR-LIVE-07
画面に文章が現れた。
彼らは部屋を見つけた。
数秒後、応答が表示された。
だが、人は見つけていない。
カーソルが点滅した。
移動するか?
少し間が空いた。
まだだ。
次の文章。
彼らには、もう少し知ってもらう必要がある。
画面が暗くなった。
◇ ◇ ◇
キラン・キリアンの自宅 — 午後9時27分
映画が終わった。
キランは、今度こそ最後まで見ていた。
少なくとも、ほとんどは。
マイケイラは隣で伸びをした。
「どうだった?」
キランは少し考えた。
「爆発が多かったな」
彼女は笑った。
「それだけ?」
「あと、主人公の判断力がひどかった」
マッハが口を開いた。
「同感です。あの状況で単独行動を選択する合理的な理由はありません」
キランはディスプレイを見た。
「お前、映画にまで戦術分析を持ち込むなよ」
「職業病です」
「お前に職業なんてあるのか?」
「あなたの命を守ることです」
キランは少し間を置いた。
それから微笑んだ。
「それなら、かなり優秀だな」
マッハのアイコンが柔らかく光った。
「ありがとうございます」
マイケイラはキランの手を取った。
しばらく、三人は静かに過ごした。
外では、シトロンシティの夜景が広がっていた。
いつもの街。
いつもの明かり。
いつもの生活。
しかし、そのどこかで、誰かが隠された研究施設を利用していた。
誰かが保存された声を組み合わせていた。
誰かが他人の記憶を使い、恐怖を生み出していた。
そして、誰かがライブ入力チャンネルを通じて、今もシステムに関わっている可能性があった。
キランは窓を見た。
「マッハ」
「はい?」
「もし本当に誰かが閉じ込められてるなら……」
彼は少し間を置いた。
「助けないとな」
マッハは静かに答えた。
「もちろんです」
マイケイラはうなずいた。
「でも、まずは誰なのかを確かめましょう」
キランは微笑んだ。
「ああ」
彼は窓の外を見つめた。
「そして、何を望んでいるのかも」
マッハのアイコンが明るくなった。
「それが最も重要です」
キランはうなずいた。
「ああ」
街の明かりが、夜空の下できらめいていた。
謎はまだ解けていなかった。
エリアス・レンの行方もわからなかった。
エリオット・マーロウのその後も確認されていなかった。
そして、七番目のライブ入力チャンネルの正体も不明だった。
だが、捜査官たちは初めて、保存された応答モデルの向こう側に、実際の医療監視設備が存在することを突き止めた。
そこには最近、誰かがいた可能性があった。
そして、その人物はもういなかった。
誰がその人を連れていったのか。
本人の意思で立ち去ったのか。
あるいは、そもそも誰がそこにいたのか。
その答えは、まだ暗闇の中にあった。
しかし、一つだけ確かなことがあった。
プロジェクト・シナプスの秘密は、もはやコンピューターの中だけに存在しているわけではなかった。




