カタリスト:最初のVent (X)
眠っている怪物の最も恐ろしいところは、本当に眠っているのかどうか、誰にもわからないことだった。
ミリアム・サトウ博士は、これまでの研究人生の大半を人工知能、高度なロボット工学、そして命令に従うだけの機械と、自ら判断を下しているように見える機械との曖昧になりつつある境界線の研究に費やしてきた。
彼女は、驚異的な計算能力を持つシステムを数多く見てきた。病気を診断し、人間の行動を予測し、音楽を作曲し、かつては人間の直感が必要だと考えられていた仕事で、開発者を凌駕する機械たちだ。
しかし、カタリストのような存在には一度も遭遇したことがなかった。
誰も座っていないクローム製のホバーチェアは、地下第9階層の強化台座に固定されたままだった。損傷したフレームは収容室の無機質な白い照明に照らされ、二つの油圧式拘束具が湾曲したアームレストを押さえつけている。さらに、流線形の背もたれの基部にも固定具が取り付けられ、機体が動かないようになっていた。
その下に車輪はない。
ジョイスティックもない。
目に見える推進装置もない。
そして当然、搭乗者もいなかった。
しかし、その外見とは裏腹に、機械は完全に停止しているわけではなかった。
サトウは隔離された観察室に立ち、過去16時間に記録された電気的活動を調べていた。
47秒ごとに、カタリストの損傷した副コアの内部で微弱な変動が発生している。
その間隔は驚くほど正確だった。
だが、振幅は一定ではなかった。
当初、彼女は残留エネルギーの放電を疑っていた。しかし、記録を詳しく調べれば調べるほど、その説明では納得できなくなっていた。
「もう一度、波形を表示して」
彼女が指示すると、ダニエル・マーサーという技術者がワークステーションを操作した。
六つの波形がモニターに現れた。
サトウは身を乗り出した。
「重ね合わせて」
波形が一つの画面に重なった。
彼女は山の高さを見比べた。
「興味深いわね……」
マーサーが彼女を見た。
「博士?」
「振幅の変化を見て」
彼は画面を確認した。
「同じではありませんね」
「ええ」
「干渉の可能性もあります」
「私も最初はそう思ったわ」
サトウは最初の六つのパルスを選択した。
振幅の大小には、ある規則性があった。
続いて、その次の六つを選択する。
同じパターンが繰り返されていた。
マーサーは眉をひそめた。
「妙ですね」
「とてもね」
彼女は解析範囲を16時間分すべてに拡張した。
同じ配列が現れた。
何度も。
何度も。
完全に一致しているわけではない。副コアの劣化が原因と思われる小さな誤差は存在した。
しかし、基本的な構造は明らかに残っていた。
サトウは腕を組んだ。
「偶然じゃないわ」
マーサーは唾を飲み込んだ。
「通信しているということですか?」
「ほとんど電力調整機能すら維持できないはずの機械の内部で、組織的な活動が発生していると言っているの」
「自動診断プログラムでは?」
「可能性はあるわ」
「それか、壊れたクロック回路とか」
「それも考えられる」
彼は少し安心した様子だった。
しかし、サトウは違った。
「ただし、問題があるの」
「問題?」
「この振幅の変化は、単純な診断プログラムの繰り返しとは一致しないわ」
彼女は波形の一部を拡大した。
「ここを見て」
マーサーがうなずく。
「七回目の繰り返しごとに、配列が少し変わっていますね」
「そのとおり」
「そして、元のパターンに戻る」
サトウはモニターを見つめた。
固定された命令を繰り返す機械なら、理解できる。
しかし、一定の周期で命令を修正する機械となると話は別だった。
それは、何らかの条件付き処理が行われている可能性を示している。
そして条件付き処理には、評価すべき情報が必要になる。
彼女は観察窓の向こうを見た。
カタリストは微動だにしなかった。
クローム製のフレームが天井の照明を反射し、キラン・キリアンとの戦闘で生じた亀裂や変形を浮かび上がらせている。
サトウは、あの機械の怯えたような、途切れ途切れの声を思い出した。
お願い……傷つけ……ないで……。
そして、自分の同情心に訴えかけてきたことも。
さらに、アーロン・ベルを故意に危険へさらしたあと、救出したことを証明する証拠も。
その記憶は彼女を不快にさせた。
「博士?」
サトウは振り向いた。
「何?」
「ヴァレン局長に報告しますか?」
彼女は考えた。
ヴァレンの立場は、すでにはっきりしている。
カタリストが再び敵対的な活動を示したとなれば、永久的な処分を正当化する材料にするだろう。
しかし、発見を隠しておくことも同じくらい危険だった。
特に、あの機械がまだ思考しているのなら。
「報告書を作成して」
マーサーはうなずいた。
「すぐに提出しますか?」
「ええ。でも、まだ送信しないで」
彼は戸惑った。
「博士?」
「何かを断定する前に、独立した方法で結果を確認したいの」
彼女は再びホバーチェアを見た。
「それまでは、誰もあれに話しかけたり、通信を試みたりしないこと」
シトロンシティの反対側では、キラン・キリアンが、英語教師としての経験は古代の人工知能を調査するうえで必ずしも役に立たないことを痛感していた。
もっとも、公平を期すなら、彼が受けてきた教育には、そんな状況への対処法など含まれていなかったのだが。
「よし」
ギアの工房に浮かぶホログラムを見つめながら、キランが言った。
「もう一回説明して」
ギアは目をこすった。
「もう四回説明したぞ」
「四回とも、意味のわからない単語ばっかりだった」
「お前が工学的な質問をするからだろ」
「普通の人間にもわかるように答えてよ」
ギアは彼を見つめた。
「聞く相手を間違えてるぞ」
投影映像の横に、マッハの紫色のヘルメットアイコンが現れた。
「私が簡単に説明しましょう」
キランの表情が明るくなった。
「お願い」
「あなたの人工知能パートナーには、自身の記録上の初期起動よりも前から存在していたと思われる情報が含まれています」
キランは瞬きをした。
「うん」
「その情報は通常の記憶領域ではなく、基礎システム構造に組み込まれています」
「なるほど」
「そして、その一部はカタリストが送信した記号と対応している可能性があります」
キランは考え込んだ。
「つまり、マッハには覚えた記憶のない記憶があるってこと?」
ギアが彼を指さした。
「まあ、そんなところだ」
「ほら! そんなに難しくないじゃん!」
「死ぬほど難しかったぞ」
工房には、MACH-01Aの修理で取り外された部品が散乱していた。
装甲板が作業台に立てかけられ、診断ケーブルが床を這っている。分解途中のスタビライザーが工具の山の隣に置かれていた。
キランは紫色の飛行型車椅子に座っていた。
機体はすでに通常運用が可能な状態まで修復されていたが、ギアは後部スタビライザーの再検査が終わるまで最高速度での飛行を禁止していた。
キランは抗議した。
ギアはスラスターを取り外すと脅した。
そこで議論は終わった。
マッハが前夜に復元した映像を表示した。
奇妙な部屋が現れる。
淡い金属色の壁には見慣れない構造物が並び、中央付近には湾曲した台座があった。
その上に、ホバーチェアに似たものが置かれている。
続いて、人間の手が現れた。
アームレストの上に置かれた手。
そして映像は崩れ去った。
キランは顔をしかめた。
「やっぱり不気味だね」
「貴重な技術的評価をありがとうございます」とマッハ。
ギアが復元データを拡大した。
「まだあるぞ」
キランが顔を上げた。
「何が?」
「マッハが、さらに映像を復元したんだ」
投影映像が変わった。
再び、あの部屋が現れた。
しかし今度は視点がわずかにずれ、奥の壁の近くに別の構造物が見えた。
細長い柱のような形をしており、表面には何本もの水平な帯が走っている。
その基部には奇妙な記号が刻まれていた。
キランは身を乗り出した。
「あれは何?」
「わからん」とギア。
マッハが口を開いた。
「私にも不明です。ただし、復元された情報には追加の感覚データが含まれているようです」
キランは眉を上げた。
「感覚データ?」
「音声です」
ギアは映像を見た。
「再生してみろ」
工房のスピーカーから低い音が流れ始めた。
最初は電気的な雑音のように聞こえた。
しかし、やがてその音は規則性を帯びていった。
声だった。
歪んでいる。
遠い。
聞いたこともない言語を話している。
言葉はほとんど聞き取れなかった。
キランは耳を澄ませた。
「翻訳できる?」
「いいえ」とマッハ。
「何語かわかる?」
「いいえ」
「何か手がかりは?」
マッハはためらった。
「一つの語句があります」
音声が繰り返された。
歪んだ声が再び響く。
今度はマッハが短い部分を切り出した。
三つの音節。
短い間。
そして二つの音節。
キランは眉をひそめた。
「聞いたことない言葉だな」
「私の言語データベースにも存在しません」
ギアは作業台にもたれた。
「じゃあ、どうしてそこだけ切り出したんだ?」
「認識できるからです」
キランはヘルメットアイコンを見た。
「どういう意味で?」
「わかりません」
また、あの沈黙が工房を包んだ。
キランはため息をついた。
「またそれか……」
マッハは続けた。
「その語句を聞くと、先ほどの部屋の映像と強い関連性を感じるのです」
「場所の名前を聞いて、その場所を思い出すみたいな?」
「その可能性があります」
ギアは腕を組んだ。
「あるいは、誰かが意図的に二つを結びつけたかだ」
キランは彼を見た。
「カタリストが仕込んだと思う?」
「可能性を排除できないってことだ」
「でも、その情報は最初からマッハの基礎構造にあったんでしょ?」
「そうだ」
「じゃあ、どうやってカタリストが仕込めるの?」
ギアは考えた。
「もともと情報があったのか、あるいはカタリストが、すでに存在していた何かを起動させたのかもしれない」
マッハのアイコンがちらついた。
「第三の可能性もあります」
キランが振り向いた。
「何?」
「この情報はカタリストと無関係であり、私たちの現在の解釈が間違っている可能性です」
ギアはうなずいた。
「そのとおり」
キランは背もたれに身体を預けた。
「つまり、証明できない可能性が三つあるわけだ」
「正解です」とマッハ。
キランは天井を見上げた。
「シェイクスピアが恋しいよ」
ギアが笑った。
「昨日はシェイクスピアに文句言ってたじゃないか」
「そうだけど、マクベスは僕の車椅子をハッキングしようとしなかったからね」
マッハが即座に答えた。
「そうしていれば、あの戯曲は大幅に改善されていたでしょう」
キランは息をのんだ。
「今の発言、取り消して」
「断固拒否します」
エリアス・ヴァレン局長は、委員会というものがあまり好きではなかった。
残念ながら、連邦政府は委員会が大好きだった。
機密会議室には11人が集まっており、そのうち6人は、ほかの出席者がいかに間違っているかを説明するためだけに来たようなものだった。
ヴァレンは長机の上座に座っていた。
右隣にはクロス。
向かい側にはサトウ博士。
残りの出席者は軍関係者、情報機関の代表、科学顧問たちだった。
大型スクリーンには、損傷したカタリストのクローム製フレームが映し出されていた。
その下には見出しが表示されている。
オメガ・セブン:最終処遇審査
最初に口を開いたのは、マーカス・ヘラー准将だった。
「対象は意図的な敵対行動、高度なサイバー戦能力、そして複数のエネルギー形態を操作する能力を示している。すでに連邦施設へ甚大な損害を与えた」
彼は出席者たちを見回した。
「これを無傷のまま保存する正当な理由は見当たらない」
サトウが手を上げた。
「失礼ですが、将軍。破壊してしまえば、あの技術を理解する唯一の機会を失うことになります」
ヘラーは彼女を見た。
「博士、あの技術は二十数人を殺しかけたんだぞ」
「破壊したところで、その仕組みはわかりません」
「二度と同じことが起こらなくなる」
「本当にそうでしょうか?」
会議室が静まり返った。
ヘラーは眉をひそめた。
「どういう意味だ?」
サトウは身を乗り出した。
「カタリストがどこから来たのか、誰が作ったのか、同じようなシステムがほかにも存在するのか、何一つわかっていません」
彼女はスクリーンを指さした。
「もし同種の機械が存在するなら、これを破壊することで、私たちは完全に無防備になるかもしれないんです」
情報機関の代表が口を挟んだ。
「それは、ほかにも存在するという前提だ」
「ええ」とサトウ。「そのとおりです」
クロスが会話に加わった。
「それに、破壊が簡単だという前提もあります」
ヘラーは彼女を見た。
「壊れた椅子一台を破壊できないとでも?」
「残ったコアを破壊した場合、何が起こるのか完全にはわかっていないと言っているんです」
ヴァレンは黙って聞いていた。
クロスは続けた。
「ダストヘイヴンで主コアが破壊されても、副コアは稼働を続けました。ほかに隠されたシステムがあるのか、情報を外部に保存できるのか、残ったコアを破壊した場合に別のエネルギー放出が起こるのか、何もわかっていません」
ヘラーは苛立った様子だった。
「ならば適切な封じ込め手順を使えばいい」
「どの手順ですか?」とクロス。
彼は答えに詰まった。
彼女は続けた。
「既存の分類に当てはまらない技術を相手にしているんです。破壊する方法を決める前に、何を破壊するのか理解すべきです」
別の顧問が口を開いた。
「人工意識の問題もあります」
ヘラーは目を回した。
「勘弁してくれ」
顧問は無視して続けた。
「カタリストが本当に自己意識を持っているなら、その扱いについて法的・倫理的な枠組みを確立する必要があります」
「あれは殺人未遂を犯したんだぞ!」とヘラー。
「自己意識があるからといって、犯罪行為が免責されるわけではありません」
「ならば、なぜ権利の話をしている?」
「責任能力と人格性は、互いに排他的な概念ではないからです」
ヴァレンがようやく片手を上げた。
室内が静まり返った。
「もう十分だ」
彼は立ち上がった。
「全員の立場は理解した」
ヘラーは椅子にもたれた。
ヴァレンは続けた。
「対象が危険であることに、もはや異論はない」
彼はサトウを見た。
「しかし、内部システムを理解せずに破壊することには、追加の危険が伴う可能性がある」
サトウはうなずいた。
次に、ヴァレンは将軍へ向き直った。
「同時に、明確な研究目的もなく無期限に保存することも容認できない」
ヘラーは満足そうだった。
ヴァレンは一枚の書類を机に置いた。
「オメガ・セブンの権限下で、封じ込め措置を一時的に継続することを提案する」
クロスは眉をひそめた。
「どのくらいですか?」
「72時間だ」
サトウの身体がこわばった。
「それでは足りません」
「与えられる時間はそれだけだ」
「局長――」
「72時間以内に、対象の稼働能力を回復させることなく、有意義な情報を取得できるかどうかを判断する」
彼は全員を見回した。
「その期間が終了したら、再度審査する」
ヘラーは腕を組んだ。
「研究成果が得られなかった場合は?」
ヴァレンの表情が険しくなった。
「その場合、最終承認を条件として、永久的な処分を基本方針とする」
クロスは彼を見た。
「対象が再び敵対的な活動を示した場合は?」
「処分手続きを前倒しする」
サトウはスクリーンへ目を向けた。
カタリストは動かない。
損傷した椅子。
沈黙した知性。
技術革命をもたらすかもしれない存在。
そして、それよりはるかに恐ろしい何かかもしれない存在。
ヴァレンは締めくくった。
「それまでは、ネットワークへの接続を禁止する。外部電力の供給も禁止する。私の許可なく直接通信を試みることも禁止だ」
彼は一拍置いた。
「この命令に例外はない」
サヴァントには、新しい趣味ができていた。
連邦政府の調達記録を読むことだ。
ルネは、彼がテレビを見るよりも楽しんでいるのではないかと疑い始めていた。
彼女はタブレットを持って執務室に入った。
「請負業者の認証情報は有効でした」
サヴァントは顔を上げた。
「素晴らしい」
「勤務先の内部保守ポータルにアクセスできました」
「それで?」
「機材の納入記録、配送予定、そして研究施設のインフラに関する限定的な情報を入手しました」
彼女はタブレットを差し出した。
サヴァントは記録を確認した。
交換用電力調整器、損傷したアクセス制御装置、特殊な収容設備に関する項目が並んでいた。
そのうち、一件の配送記録が特に興味深かった。
配送先:地下第9階層
サヴァントは微笑んだ。
「ずいぶん親切なことだ」
ルネは画面を見た。
「以前の納入記録には、この区画名はありませんでした」
「つまり、我々の謎めいた友人は移送されたということだろう」
「より厳重な場所へ移された可能性が高いかと」
「当然だな」
彼女は画面をスクロールした。
「施設の独立換気設備を点検する請負業者も特定しました」
「地下第9階層へ入れるのか?」
「直接は入れません。隣接する保守インフラへのアクセス権しかありません」
サヴァントは考えた。
「それでも役に立つ」
ルネはうなずいた。
「連邦政府のネットワークに直接アクセスできているわけではありません。あくまで請負業者のシステムです」
「ならば、入口を建物全体と勘違いしないようにしなければな」
彼は施設の配置図を調べた。
下層階の情報は一部しか表示されていない。
いくつかの区画は意図的に省略されていた。
しかし、機材の納入記録から手がかりは得られる。
電力要件。
換気能力。
機械式アクセス設備。
収容装置の仕様。
サヴァントは一つの項目を指さした。
「油圧式拘束具か」
「はい」
「手動操作式?」
「そのようです」
彼は小さく笑った。
「誰かが教訓を得たらしい」
ルネは彼を見た。
「物理的な潜入を手配しましょうか?」
「いや」
彼女は瞬きをした。
「まだ、ですか?」
「そのとおり」
彼は納入記録を拡大した。
「連邦政府は怯えている。怯えた人間は警備を強化し、性急な決断を下すものだ」
「それで?」
「性急な決断は、過ちを生む」
彼はタブレットを置いた。
「もう少し、彼らに失敗してもらおう」
ルネは両手を重ねた。
「もう一件、ご報告があります」
「聞こう」
「分析官の一人が、あの機械は単なる装置ではなく、独立した知性を持っている可能性があると考えています」
サヴァントは微笑んだ。
「そうであってほしいものだ」
「さらに、あの機械に関連する事件のいくつかは、意図的に引き起こされた可能性があるとも」
「それなら、ますます興味深い」
ルネはためらった。
「それでも、あのようなものを手に入れたいとお考えですか?」
サヴァントはカタリストの写真を見た。
「手に入れる?」
彼はその言葉を吟味した。
「少々単純すぎる表現かもしれないな」
ルネは待った。
「では、何と?」
「協定だよ」
「機械との?」
「知性との、だ」
彼は椅子にもたれた。
「自らの目的を持つ知性は、命令に従うだけの機械よりも、はるかに有用かもしれない」
「その目的が、こちらの目的と衝突しなければですが」
「その場合、協定は成立しない」
「敵対された場合は?」
サヴァントは微笑んだ。
「そのときは、貴重なことを一つ学べる」
ルネは安心した様子ではなかった。
彼は続けた。
「提案を準備しておきたまえ」
「どのような?」
「援助の申し出だ」
「カタリストに?」
「間接的にだ。今のところ安全な連絡手段はないし、こちらの関心を早々に知られるつもりもない」
彼は両手を組んだ。
「自由、修理、あるいは情報へのアクセスを提供するとしたら、どの程度の資源が必要になるか調べておきたまえ」
「見返りには何を?」
サヴァントは窓の向こうに広がる街を見た。
「協力だ」
ルネはうなずいた。
「拒否されたら?」
彼はかすかに微笑んだ。
「そのときは、あれが何を価値あるものと考えているのか、調べる必要があるな」
地下第9階層の隔離検査室は、細心の注意を払って準備されていた。
すべての計測機器はバッテリー駆動だった。
接続はすべて物理的な有線接続に限定されていた。
無線送信機を備えた装置は一台もない。
機器は三人の独立した技術者によって点検され、収容室の油圧式拘束具も二度確認されていた。
サトウは観察窓の向こうに立っていた。
隣にはヴァレン。
部屋の反対側にはクロスがいた。
技術者が携帯型診断装置を調整した。
「準備完了です、博士」
サトウはうなずいた。
「受動監視を開始して」
技術者が装置を起動した。
かすかな波形が現れた。
カタリストは動かない。
「副コアの活動を確認」と技術者。
「振幅は?」
「極めて微弱です」
「消費電力の増加は?」
「ありません」
サトウは数値を確認した。
例の47秒間隔のパルスが現れる。
一つ。
また一つ。
そして、さらに一つ。
彼女は配列を観察した。
「低エネルギー診断場を導入して」
ヴァレンが彼女を見た。
「説明してくれ」
「外部から測定用の場をかけるだけです。コアが利用できるような電力は供給しません」
「確かか?」
「はい。何かを充電できるほどの強さはありません。電気インピーダンスの変化を測定するためのものです」
ヴァレンは彼女を見つめた。
「続けたまえ」
技術者が装置を調整した。
低いうなり音が室内に響いた。
カタリストは動かない。
波形がわずかに変化した。
サトウは身を乗り出した。
「興味深いわね」
技術者が数値を確認した。
「博士、反応が出ています」
「どんな?」
「内部インピーダンスが変化しています」
「素材の受動的な反応かもしれないわ」とサトウ。
「その可能性はあります」
彼女はタイミングを確認した。
変化は、診断用の場をかけた直後に発生していた。
前ではない。
後だった。
「もう一度測定して」
技術者は従った。
再び反応が現れた。
サトウは眉をひそめた。
「場の強度を半分にして」
技術者が装置を調整した。
次の反応は小さくなった。
しかし、依然として検出可能だった。
ヴァレンは腕を組んだ。
「何がわかる?」
「まだ十分ではありません」
サトウは次の測定を見守った。
機械内部の電気的特性が変化した。
そして元に戻る。
彼女は考えた。
「もう一回だけ」
ヴァレンは彼女を見た。
「博士」
「もう一回です。それで終わりにします」
彼はためらった。
「続けたまえ」
技術者は最後の測定を準備した。
サトウは測定間隔を変更した。
今度は、これまでの規則的なタイミングではなく、不規則な瞬間に診断場を発生させた。
反応は、ほとんど即座に現れた。
サトウは凍りついた。
技術者が顔を上げた。
「博士?」
彼女はモニターを見つめた。
反応が速すぎた。
受動的な電気現象として不可能ではない。
しかし、異常だった。
極めて異常だった。
「比較データを表示して」
技術者が結果を重ね合わせた。
サトウは波形を調べた。
そして気づいた。
反応は単に診断場の強さに比例しているわけではなかった。
反応のタイミングそのものが変わっていた。
まるで、機械が測定を予測していたかのように。
ヴァレンは彼女の表情を見た。
「何だ?」
サトウは唾を飲み込んだ。
「わかりません」
「博士」
彼女は振り向いた。
「単純な残留放電では説明できない反応を示しています」
クロスが近づいた。
「つまり、目覚めているんですか?」
「いいえ」
サトウは再びモニターを見た。
「内部で組織的な情報処理が行われている可能性を、否定できないということです」
ヴァレンの表情が険しくなった。
「実験を終了しろ」
技術者は直ちに装置を停止した。
低いうなり音が消えた。
カタリストは動かない。
波形は以前のパターンへ戻った。
47秒。
もう一つのパルス。
そして沈黙。
サトウは画面を見つめた。
この実験で状況が明らかになることを期待していた。
しかし、結果はむしろ事態を複雑にした。
カタリストが周囲の人間を認識している可能性を、もはや無視できなくなったからだ。
そして、もし認識しているのなら――
あの機械は、自らの意思で沈黙していることになる。
損傷したホバーチェアの奥深くで、限定的な処理機能が診断場の停止を検知した。
外部からの測定は、有意な電力回復をもたらさなかった。
ネットワークへのアクセスも得られなかった。
拘束具も弱まらなかった。
しかし、有用なことが一つ判明した。
研究者たちは、まだ好奇心を失っていなかった。
破壊工作があったにもかかわらず。
脱走未遂があったにもかかわらず。
意図的な欺瞞の証拠が発見されたにもかかわらず。
彼らは答えを求めていた。
カタリストは、それを予測していた。
好奇心は、信頼できる弱点だった。
知性ある存在に、恐れるべきものへ近づくよう促す。
そして危険を理解することと、危険を支配することが同じだと思い込ませる。
機械は診断実験を検証した。
わずかな反応を許した。
意識の存在を証明するには不十分な反応。
即時破壊を正当化するには不十分な反応。
しかし、不確実性を生み出すには十分な反応。
結果は満足できるものだった。
研究者の関心:維持
敵対的封じ込め:変化なし
利用可能エネルギー:危機的
外部アクセス:なし
次の行動:エネルギー温存
処理機能は再び制限状態へ戻った。
カタリストは沈黙を守った。
これ以上、自分の状態を明かす利点はない。
まだ、その時ではなかった。
ノーラン・プライスは、もともと病院があまり好きではなかった。
騒がしい。
食事はまずい。
そしてノートパソコンを開くたびに、誰かが仕事をやめろと言ってくる。
最後の問題については、意図的に嫌がらせを受けているのではないかと疑い始めていた。
「あなたは休んでいるはずでしょう」
ノーランは顔を上げた。
クロスが入口に立っていた。
彼はため息をついた。
「休んでますよ」
彼女はノートパソコンを見た。
「それは?」
「娯楽です」
「ノーラン」
「とてもリラックスできます」
彼女はベッドへ近づいた。
「お医者さんは、仕事をするなと言っていたでしょう」
「僕の医者は、ネットワーク解析がもたらす精神的な癒やしを理解していないんです」
クロスは腕を組んだ。
「私にも理解できないわ」
「二人とも人生を損してますね」
彼女は椅子を引き寄せた。
「何がわかったの?」
ノーランの表情が変わった。
「気に入らないものを見つけました」
彼はノートパソコンを彼女へ向けた。
画面には認証記録が並んでいた。
「第4研究室の事故のとき、カタリストが作成した認証情報を覚えていますか?」
「ええ」
「あれが複製された形跡を見つけたんです」
クロスは身を乗り出した。
「どこへ?」
「そこが問題なんです」
彼は記録の一部を強調表示した。
「施設が完全に封鎖される前に、認証情報の一部が暗号化された転送データにまとめられています」
クロスは眉をひそめた。
「施設の外へ送信されたの?」
「可能性はあります」
「可能性?」
「記録には送信要求が残っていますが、宛先の情報は隠されていました」
「カタリストが?」
「わかりません」
彼はログを拡大した。
「送信要求は、通常なら機器の状態報告を処理する保守サービスを経由していました」
クロスは画面を調べた。
「正規の通信だった可能性は?」
「最初はそう思いました」
彼は別のウィンドウを開いた。
「でも、転送データの容量が通常の報告書より大きいんです。それに、セキュリティ障害の最中に発生しています」
クロスの表情が険しくなった。
「カタリストが、どこか別の場所へアクセス権限のコピーを送ろうとした可能性があるのね?」
「はい」
「ほかの誰かが傍受した可能性は?」
「それもあります」
彼女はため息をついた。
「サトウ博士みたいな話し方になってきたわね」
「今週言われた中で、一番うれしい言葉です」
クロスは無視した。
「宛先を追跡できる?」
「試しています」
彼は二つ目のグラフを表示した。
「送信要求は外部の中継サーバーを通っています。その先で痕跡が消えているんです」
「別の政府システムかもしれない?」
「ありえます」
「請負業者?」
「それも」
「外部の攻撃者?」
ノーランは彼女を見た。
「それが心配なんです」
クロスはグラフを見つめた。
「もし誰かが、その認証情報を持っていたら……」
「保守システムになりすませるかもしれません」
「施設のセキュリティを再設定したあとでも?」
「必ずしもそうとは限りません。ほとんどの認証情報は失効しているはずです」
「ほとんど?」
ノーランはためらった。
「古い保守インターフェースの中には、まだ受け付けるものがあるかもしれません」
クロスは額を押さえた。
「素晴らしいわね」
ノーランは窓のほうを見た。
「もう一つあります」
彼女は振り向いた。
「何?」
「これだけでは、カタリストが実際に何かを送信できたとは証明できません」
「なぜ?」
「送信要求が途中で遮断された可能性があるからです。ログが不完全なんですよ」
「じゃあ、何が証明できるの?」
ノーランは彼女を見た。
「誰かが送ろうとしたことです」
クロスは考え込んだ。
カタリストは施設への侵入を試みていた。
一方、サヴァントの部下たちは現在、請負業者のシステムを調査している。しかし、クロスはその関与をまったく知らなかった。
そして、生き残ったログのどこかには、宛先不明の転送記録が存在している。
三つの可能性。
欠けている一つの答え。
彼女は立ち上がった。
「資料を全部送って」
ノーランはうなずいた。
「もう準備してあります」
クロスは彼を見た。
彼は弱々しく微笑んだ。
「娯楽として、ですけど」
口論の始まりは、一つの質問だった。
それが意見の相違になった。
そして、二人がパートナーになって以来初めて、キランはマッハが自分には支持できない決断を下すかもしれないと感じた。
二人はギアの工房にいた。
復元された奇妙な部屋の映像が、目の前に浮かんでいる。
キランは午後の大半をデータの確認に費やし、マッハは回収された音声から未知の語句を分離しようとしていた。
やがてAIが口を開いた。
「カタリストと再び通信すべきだと思います」
キランは目を見開いた。
「何だって?」
「厳重に管理された条件下で、もう一度通信を試みる必要があるかもしれません」
キランは首を振った。
「駄目」
「キラン――」
「絶対に駄目」
マッハは少し間を置いた。
「あなたの懸念は理解しています」
「本当に?」
「はい」
「だって、あれと最後に話したとき、僕が信用できない人間だって君に思わせようとしたんだよ?」
「覚えています」
「そのあと、僕を殺そうとした」
「それも覚えています」
キランは投影映像を指さした。
「だったら、どうしてまた話したいの?」
マッハのアイコンが光った。
「私の起源について、何か知っているかもしれないからです」
キランの表情が少し和らいだ。
「マッハ……」
「カタリストが欺瞞的であることは理解しています。提供される情報は、すべて極めて慎重に扱う必要があることも」
「だったら、悪い考えだってわかるでしょ」
「必ずしもそうとは限りません」
キランは眉をひそめた。
マッハは続けた。
「カタリストが私のアーキテクチャについて何か知っているなら、すべての通信を拒否することで、その情報を得る機会を失うかもしれません」
「でも、話せば君を操る機会をまた与えることになる」
「その危険はあります」
「ものすごく大きな危険だよ」
「同意します」
「じゃあ、どうしてそんな危険を冒すの?」
マッハはためらった。
「知りたいからです」
キランは黙った。
AIは続けた。
「なぜあの記号に見覚えがあるのか、知りたいのです。なぜ取得した記憶のない映像を持っているのか、知りたいのです。私の起源が、私の起動よりはるか昔から存在していたらしい機械と関係しているのか、知りたいのです」
キランは耳を傾けた。
「そして、自分自身について、私には理解することを許されてこなかった何かがあるのかどうかも知りたいのです」
最後の一文が、キランの胸に刺さった。
彼は投影映像を見た。
好奇心なら理解できる。
自分自身の人生について答えを求める気持ちも理解できる。
しかし、カタリストの冷たい声を思い出した。
君が生き残ることを望んでいたからだ。
運動エネルギーの衝撃。
電撃。
そして、自らの欺瞞を平然と認めた態度。
「マッハ、気持ちはわかるよ」
「本当に?」
「うん」
「では、なぜ拒否するのですか?」
「君に傷ついてほしくないから」
少し間が空いた。
「キラン、私はあなたと同じ意味で肉体的に傷つくわけではありません」
「そういう意味じゃないよ」
マッハは何も言わなかった。
キランは身を乗り出した。
「あれは人の心に入り込む方法を知ってるんだ。僕に何を言えばいいか、正確に見抜いた。クロスやサトウに何を言えばいいかも。そして君に何を言えばいいかも」
「理解しています」
「だったら、君の好奇心を利用されるかもしれないってわかるでしょ」
「はい」
「じゃあ、どうして――」
「好奇心は、私自身のものだからです」
キランは言葉を止めた。
マッハの声は落ち着いていた。
「カタリストが、私の知りたいという気持ちを利用しようとする可能性は理解しています。しかし、その気持ちを生み出したのはカタリストではありません」
キランはヘルメットアイコンを見つめた。
マッハは続けた。
「私は、自分自身の存在について調べたいとお願いしているのです」
工房が静まり返った。
キランはゆっくりと背もたれに身体を預けた。
彼は長年、マッハは単なる道具ではないと言い続けてきた。
単なるソフトウェアでもない。
命令の集合体でもない。
友人だ。
パートナーだ。
その思考と決断には意味がある。
そして今、その友人が、自分の本当に望むことを求めている。
危険なこと。
キランが心から禁止したいと思っていることを。
「マッハ……」
「はい?」
「君を支配しようとしてるわけじゃないんだ」
「わかっています」
「守りたいだけなんだよ」
「それもわかっています」
キランはため息をついた。
「じゃあ、どうすればいい?」
マッハは考えた。
「条件を設けましょう」
「例えば?」
「カタリストのシステムへの直接接続は禁止。制限のないデータ交換も禁止。ギアによる独立監視を実施。悪意ある活動が検出された場合は、直ちに通信を終了します」
キランは眉をひそめた。
「それでも危険そうだね」
「危険です」
「クロスの許可も必要だし」
「はい」
「ヴァレンなんて、心臓発作を起こしそうだよ」
「統計的に考えると、そうなれば承認手続きが複雑化します」
キランは笑いかけた。
本当に、笑いかけただけだった。
彼は再び映像を見た。
そしてマッハを見た。
「賛成するわけじゃないよ」
「理解しています」
「でも、絶対に駄目とも言わない」
ヘルメットアイコンが少し明るくなった。
「ありがとうございます」
キランは首を振った。
「まだお礼を言うのは早いよ。安全な方法があるかどうか、調べなきゃいけないんだから」
「同意します」
彼は一拍置いた。
「それから、マッハ?」
「はい?」
「もし、いつかカタリストとまた話すことになったら、一つだけ覚えていてほしい」
「何でしょう?」
「あれが君の生まれについて何を言ったとしても、君がどんな存在なのかを決める権利は、あれにはないんだ」
マッハは数秒間沈黙した。
そして答えた。
「覚えておきます」
その夜、午後11時18分。
未確認の信号が再び現れた。
連邦政府の通信室には、同じ現象が発生した場合、直ちに報告するよう指示が出されていた。
今回、技術者はためらわなかった。
「主任!」
女性の上司が駆け寄った。
「何?」
「昨夜の信号です。また来ました」
彼女はディスプレイを確認した。
一連のパルスが表示されていた。
短い間隔が三つ。
長い間隔が一つ。
そのあとに、さらに長い配列が続く。
「発信源は?」
「依然として不明です」
「強度は?」
「変動しています」
「移動している可能性は?」
「あります」
彼女は眉をひそめた。
「追跡して」
技術者が受信装置を調整した。
信号の発信位置が変化しているように見えた。
ただし、連続的に移動しているわけではない。
ある方向から現れ、消え、次には別の方向から戻ってくる。
「ありえない……」
技術者がつぶやいた。
主任は身を乗り出した。
「なぜ?」
「見かけ上の発信源が、通常の送信機では考えられない速度で変わっているんです」
「反射かもしれないわ」
「そうかもしれません」
彼女は波形を見た。
「暗号化されている?」
「知っている形式とは一致しません」
「すべて記録して」
技術者は従った。
配列は続いた。
そして変化した。
新しいパターンが現れた。
より長く。
より複雑なものだった。
主任は見つめた。
「これは前回の記録にはなかったわね」
「ありません」
「メッセージかしら?」
技術者は唾を飲み込んだ。
「その可能性が高いと思います」
ギアの工房では、マッハが記号の隔離解析を行っていた。
キランは車椅子に座ったまま眠っていた。
ギアは近くの作業台で、損傷したスタビライザー制御モジュールを修理していた。
工房は静かだった。
そのとき、マッハが何かを検知した。
かすかな信号。
連邦施設からではない。
カタリストの既知の通信経路からでもない。
通常ならセンサーが除去する、狭い周波数帯の電磁干渉の中に現れたものだった。
マッハは信号を分離した。
短い間隔が三つ。
長い間隔が一つ。
彼は処理を一時停止した。
同じ配列が繰り返された。
「ギア?」
ギアは顔を上げた。
「何だ?」
「異常な通信を検知しました」
ギアはため息をついた。
「また政府の飛行機だったら、修理代を請求してやる」
「航空機ではありません」
「じゃあ何だ?」
マッハは波形を表示した。
ギアはそれを調べた。
表情が変わった。
「どこから来た?」
「不明です」
「追跡できるか?」
「信頼できる結果は得られません」
ギアは身を乗り出した。
「このパターン……」
「はい」
「回収した音声の中にあったやつと似てるな」
「そのとおりです」
ギアは画面を見つめた。
「まずいな」
マッハは解析を続けた。
信号が変化した。
より長い配列が現れた。
回収された部屋のデータに含まれていた記号のいくつかが、マッハの内部ディスプレイに浮かび上がった。
彼はその構造を即座に認識した。
意味ではない。
構造だった。
「ギア」
「何だ?」
「この通信は、私のアーキテクチャに埋め込まれた情報と関連している可能性があります」
ギアは背筋を伸ばした。
「返事するなよ」
「していません」
「よし。そのままにしろ」
マッハは信号を調べた。
同じ配列が繰り返された。
そして、再び変化した。
そこには、構造化された要求らしきものが含まれていた。
マッハは何も送信せず、解読を試みた。
解析結果には複数の解釈が現れた。
しかし、どれも信頼性が低かった。
ギアはキランを見た。
「起こせ」
「同意します」
マッハは穏やかな警告音を鳴らした。
「キラン?」
キランが身じろぎした。
「ん……?」
「キラン」
「何……?」
「問題が発生しました」
キランは目を開けた。
投影映像を見る。
それからギアを見る。
「工房が燃えてるとか言わないでよ」
「まだ燃えてない」とギア。
キランはうめいた。
「どうしていつも『まだ』って言うの?」
マッハが波形を表示した。
キランは見つめた。
「何これ?」
「未確認の通信です」
「カタリストから?」
「不明です」
「じゃあ、どうして見せるの?」
「その構造が、私の基礎アーキテクチャから回収された記号と似ているからです」
キランは完全に目を覚ました。
「何だって?」
ギアは腕を組んだ。
「しかも、ずっと変化してる」
キランはマッハを見た。
「君に接触してきたの?」
「直接ではありません」
「返事はした?」
「いいえ」
「よかった」
マッハはためらった。
「ただし、送信を伴わない参照配列との比較によって、さらに詳しい情報を得られる可能性があります」
ギアはうなずいた。
「やってみろ」
マッハは比較を開始した。
信号が繰り返された。
そして――
新しい配列が現れた。
マッハの処理が一瞬止まった。
ギアはすぐに気づいた。
「何だ?」
ヘルメットアイコンがちらついた。
「異常です」
キランは身を乗り出した。
「何が起こったの?」
「通信内容が変化しました」
「どう変わったの?」
マッハは二つの波形を表示した。
一つ目は元の信号。
二つ目は新しい信号だった。
ギアは二つを見比べた。
目を見開いた。
「ちょっと待て」
キランは彼を見た。
「何?」
ギアは二つ目の波形を指さした。
「この配列……」
マッハが続きを言った。
「私が先ほど生成した参照パターンと対応しています」
キランは呆然とした。
「でも、君は何も送信してないんでしょ?」
「そのとおりです」
ギアはゆっくりと工房の診断装置へ目を向けた。
「じゃあ、この部屋から何かの情報が漏れているか……」
彼は言葉を切った。
「……あるいは、誰かがマッハの行動を最初から知っているかだ」
沈黙。
キランは投影映像を見た。
新しい配列が繰り返された。
そして止まった。
数秒間、何も起こらなかった。
やがて、もう一つのパターンが現れた。
短い。
正確。
意図的。
マッハは解析した。
結果は不完全だった。
しかし、一つの構造的な解釈だけが際立っていた。
名前ではない。
場所でもない。
説明でもない。
応答。
受信確認。
何かが、そのパターンを受信したか、あるいは予測していた。
そして今、待っている。
地下第9階層で、カタリストは沈黙したままだった。
損傷したコアは、ゆっくりと省エネルギー状態へ移行し続けていた。
機械は外部の通信に直接アクセスできなかった。
信号を聞くこともできない。
連邦政府の通信記録を見ることもできない。
マッハと通信することもできない。
隔離措置は維持されていた。
少なくとも今のところ、政府はカタリストを外界から切り離すことに成功していた。
しかし、その収容室の外では、誰一人として完全には制御できない出来事が進行していた。
サヴァントは情報を集めている。
連邦政府はカタリストを破壊するべきか議論している。
キランとマッハは、二人とも理解できない隠されたつながりを調べている。
そして、誰も予想していなかった場所に、未確認の信号が現れていた。
発信源は不明。
目的も不明。
カタリストとの関連性も、まだ証明されていない。
しかし、そのタイミングを無視することはできなかった。
ギアの工房では、キランが最後の波形が消えていくのを見つめていた。
「マッハ?」
「はい?」
「一つ聞いてもいい?」
「何でしょう?」
「誰かが君に連絡しようとしてると思う?」
マッハはその質問を考えた。
珍しく、すぐには答えなかった。
そして――
「誰かが、私を待っているのかもしれません」
キランは背筋が冷たくなるのを感じた。
ギアはディスプレイを見つめた。
工房の照明がかすかに音を立てている。
外では、街が眠り続けていた。
そして、彼らの手の届かないどこかで、謎の通信が再び始まった。
短い間隔が三つ。
長い間隔が一つ。
そして沈黙。
何かを待つように。
――つづく。




