盲信
これは私が空想した物語です。
いかなる国家、組織、思想などを批判、賛同する意図は一切ございません。
私が書くものは私が空想したものを少し、誰かに知ってもらいたいなという気持ちで書いております。作者自身は対して文を書くのもうまくないため矛盾や稚拙な部分が多々あるかもしれません。そういう時は優しく指摘いただけると幸いです。
大陸歴1941年9月 南方諸島:前線司令部
無線機からずっとノイズが鳴っている、南方の島独特の薄暗い林から、暁が覗いている。その光を背に海上には黒い影が横たわっている。第八水雷戦隊。それらが狙う先は何処か、私は双眼鏡を覗く。艦影は静かだが、そこに在るという事実だけで、あの島の運命は決まっていた。
幼い頃から私は親から何度も教えられてきた、「我々は秩序を重んじなければならない、旧時代の悲劇を知るからこそ——」そう教えられてきた。そしてそれを疑ったこともなかった。それを守るために私は軍に志願した。以来連隊長として任を受け早12年、海戦から3年と7ヶ月。終わりは在るのか。…いや、もはや退けぬ、優先すべきは命令のみ、最善は尽くした。
「通信士、」
「はい」
「打電。《ハナサク・ハナサク》だ」
上陸作戦は凄惨を尽くした、砂浜は血に染まった。森は火に消え、油にまみれた骸が残っている。
作戦は3週間経ち、上陸作戦は成功した。
しかし、千五百のうち三百二十八が戦死し、三百二十五が負傷した。
数字は報告書に残る。名前は残らない。命令は確かに正しく遂行された。
開戦当初、暁の光の中には、確かに希望があった。
では今、この高く赤々とした日の下に、希望は在るのだろうか。
帝都國崎・統合作戦司令部某所
窓から暁が見える。
私は先日南方の前線にて発動した「オ号作戦」の前哨戦の統計資料を部長に渡す。
「損害は想定範囲内です」
上陸作戦に損失はつきものだ。
それに、全体として見れば作戦は成功している。
我が国だけでなく世界の多くの国は旧時代の兵器を元に使っている。技術レベルに差異はほぼない、
重要なのは、数だ。
旧時代の悲劇を我々は知っている。だからこそ、我々は平和を、自由を守らなければならない。
報告書に羅列される各方面の損害状況。数字の向こう側では多くの兵が死んでいる、悲しくないわけではない。だが、ここで立ち止まる方がよほど無責任だ。
暁の光は、窓硝子に反射して滲んでいた。
それは、正しい方向を照らし示している——私はそう信じている。
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