第8話 黒い板:約束:初めての夜
携太は宙に浮く黒い物体を手に取った。
見覚えのあるシンプルなカバーを身に纏うその物体は、携太の手元で、見覚えのある待受画面を表示していた。
「なんでここに……」
当たり前の疑問を抱きながらも、鳴り続ける音をどうにかしたい。
携太は画面を数回タップし、スライドさせる。
ピピピピピ、という音が止まった。
これを見ていたエレナとバルトは、恐る恐る覗き込むように近づいていた。
それに気がついた携太が、慌ててスマホをしまう。
するとエレナが我を忘れたように、勢いよく迫ってきた。目をぱちくりさせながら食い入るように携太を見つめる。
「今のは何ですか!? 触ってましたが、何をしていたんですか!? 無詠唱でアイテムを目の前に出すのなんて見たことも聞いたこともないですよぉ!!」
「な、なんなんでしょうね……? 音も…鳴ってなければ、真っ黒の板でしかなかったでしょ? 僕も…記憶が曖昧で…これが何なのか…」
携太は探り探り、記憶喪失という設定を利用して誤魔化す。
それに対して、エレナではなくバルトが答えた。
「確かに何も鳴ってなければ、真っ黒の板でしかありませんでした。私ら親子の力ではないことも確かです」
(やっぱり何も聞こえてないし、画面は見えてないみたいだな)
携太は自分にしか音も画面も見えていないことに確信を持てた。
しかし、どう説明すればいいのか。
妙な間が流れる。
バルトが口を開いた。
「あ、失礼しました。記憶の問題もありますし…話せる内容でしたら、また聞かせてください」
「申し訳ありません。お気遣いありがとうございます」
携太は深く頭を下げた。
そして携太は思い出したかのように金貨8枚を出して、支払いを済ませた。
バルトがお釣りとして大銀貨1枚、5,000イエンを返す。
「エレナ、1号室に案内してあげてくれ」
バルトはエレナに鍵を渡しながら、ウインクをした。
「……! はい!」
エレナは何かを察したようだった。
「携太さん、こちらです!」
◆
エレナが案内したのは、2階の一番手前の部屋だった。
「1号室です!」
エレナが扉を開ける。
部屋は……思っていたより広い。
窓からは街の灯りが見え、落ち着いた茶色のカーテンが掛かっている。床は木材で、軽く歩くとギシリと音がした。
壁際にはシングルベッド、窓際には机と椅子、反対側の壁際にはタンスと洗面台。そして部屋の中ほどには二人掛けのソファ。
決して豪華ではないが、清潔で温かみのある部屋だった。
「この部屋、広いですね」
「えへへ、一番いい部屋なんです」
エレナが笑顔で答えた。
「いいんですか?」
「良いんですよ!お父さんが、ここのカギを渡したんですもん」
エレナは嬉しそうだった。
「ありがとう」
携太は頭を下げた。
エレナが部屋を出ようとしたとき、携太が声をかけた。
「あの……少しだけ、話があるんだけど、時間あるかな? バルトさんも交えて」
エレナが振り返る。
「お父さんも、ですか?」
「うん。さっきの板のことで……」
エレナは頷いた。
「分かりました。今、他にお客さんもいないですし……お父さんを呼んできますね。戸締りもしてきます」
◆
数分後、バルトとエレナが部屋に入ってきた。
「お待たせしました」
バルトが入口の扉を静かに閉める。
三人はソファと椅子に座り、向かい合う形になった。
「あの……さっきの板のことなんですけど」
携太が口を開く。
「記憶は曖昧ですが、あの板は確実に自分のものだと思います。手に取ったとき、違和感がなかったので」
バルトが頷く。
「それは分かりました。で、何ができる物なんです?」
「正直、よくわかりません。元々は…音を鳴らす道具だったと思うんですけど……実際は何ができるものだったか、まだ確認できていなくて」
携太は慎重に言葉を選んだ。
エレナが身を乗り出す。
「じゃあ、明日確かめてみましょうよ!」
「ああ、それがいいですね」
バルトも同意した。
「ただ、外では見せないでくださいね。あんな出方をする道具、噂になったら面倒です」
「分かりました。気をつけます」
携太が頷くと、バルトは立ち上がった。
「それじゃあ、今日はゆっくり休んでください。色々とあってお疲れでしょうから」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ、おやすみなさい!」
かわいらしい笑顔で言いながら、エレナもバルトの後を追って出ていく。
◆
一人になった。
携太は深く息を吐いた。
(とりあえず、明日まで時間稼ぎはできたな……)
今日一日で、色々なことがあった。
召喚され、城から追い出され、街を歩き、服を買い、宿に着いて……スマホが出現した。
携太はベッドに腰かけた。
スマホのことを調べたい。でも、体が重い。
元の世界で寝る前に転移して、寝ずに活動していたから、眠気の限界に達していた。
(明日……明日ちゃんと調べよう……)
携太はそのままベッドに横になった。
窓の外を見ると、夜の街が静かに広がっていた。
遠くから聞こえる笑い声や、風に揺れる木々の音。
異世界での、最初の夜。
携太は、いつの間にか深い眠りに落ちていた。




