第5話 仕立て屋:オートフィット:アイデア料
カランカラン、と心地よい鈴の音が鳴り響いた。
店内に足を踏み入れると、木の温もりを感じる空間が広がっていた。思っていたより広い。壁一面に服が掛けられ、棚には靴や小物が並べられている。布地の山、糸巻き、裁縫道具——仕立て屋というより、総合衣料品店と言った方が良いかもしれない。
店の奥から、中年の女性が現れた。エプロン姿で、商売人らしい柔らかな雰囲気を纏っている。
「いらっしゃいませ——」
女性が言葉を止めた。携太の甚平姿を見て、明らかに驚いている。
「……何それ!? どこの服!?」
女性が目を輝かせて近づいてくる。その様子は、珍しいものを見つけた子供のようだ。
「あ、えっと……遠い、遠いところの服です」
携太は曖昧に答えた。
「遠い国……へぇ〜! こんな服、見たことないわ! 生地も変わってる。それに、この縫い方……」
女性は携太の甚平を食い入るように見つめている。
「あの……」
携太が言い淀む。
「言いたくないことを聞こうとは思わないわ。生きていたら色々ありますものね」
女性は優しく微笑んだ。
そして携太の足元に視線を向ける。
「あら、裸足じゃない。靴も買わないと。それに……その格好だと、やっぱり目立つでしょう?」
「はい。なので、服と靴を探してまして」
「そうよね。……あ、でも」
女性がふと眉をひそめた。
「失礼だけど、お金は持ってるの? その格好だからね……」
確かに、甚平に裸足という姿では、金を持っているようには見えないだろう。
携太は手に持っていた麻袋を開けて見せた。中には、王から支給された金貨30枚がぎっしりと詰まっている。
「まぁ! これは……間違いなく金貨ね。失礼しました」
女性が目を丸くした。
「それじゃあ、ゆっくり選んでちょうだい。こちらへどうぞ」
女性は手を叩き、店の奥へと案内してくれた。
◆
試着室で、携太はいくつかの服を試した。
最初に手に取ったのは、茶色のシャツと同色のズボン。デザインはシンプルで気に入ったが、色が地味すぎる気がした。
次に試したのは、装飾の多い青いシャツ。襟元や袖口に刺繍が施されていて、確かに綺麗だ。だが、派手すぎる。携太には合わない。
色々試着していくうちに、一着の服が目に留まった。
紺色のシャツとベージュのズボン。デザインはシンプルで、着心地も良い。白黒や紺色は、元の世界でもよく選ぶ色である。異世界に来たからには今までは選ばなかった色、緑が本当は良いのだが、今回は紺色でも悪くないと思った。
携太は試着室のカーテンを開けた。
「どうでしょう?」
女性が顔を上げた。
「それ、お似合いですよ」
「ありがとうございます。これにします」
◆
次は靴だ。
女性が棚から革靴を取り出してくれた。見た目はブーツで、茶色い革製だ。
「これが軽くていいわよ」
携太は受け取って、履いてみようとした。
「27センチくらいだといいんだけど……」
携太が小さく呟く。
「……センチ?」
女性が首を傾げた。
「あ……えっと、とりあえず履いてみます」
携太は慌てた。長さの単位も違うのかと。
「履いてみて合わないなんてないと思うけど?」
「いやいや、サイズが違う可能性の方が多いでしょ。一発でサイズが合う方が珍しいのに」
話がかみ合わない。
携太は首を傾げながらも、ブーツに足を入れた。
最初、少し窮屈に感じた。
(やっぱりサイズが……)
その瞬間、ブーツが少し大きくなった気がした。
いや、気がしたのではない。確実に大きくなった。
そして、ぴったりとフィットする。
携太はハッと気づいた。
(この世界では、服や靴がその人にあったサイズになるのか。だから服もぴったりのサイズだったわけだ)
詳しく聞きたい気持ちはあったが、ここで聞いたらこの世界の人間じゃないことがばれるかもしれない。
おいおい、調べていこう。
「おお、いい感じです!これもいただきます」
「ありがとうございます」
◆
試着室で新しい服に着替える時に脱いだ甚平を手に取った。
カウンターに向かうと、女性が目を輝かせた。
「あの、その服見せてもらってもいい?」
「もちろん」
携太は甚平を広げて見せる。
「わぁ……本当に珍しい。この柄、どうやって染めてるのかしら。それに、この生地……軽くて涼しそうね」
女性は甚平をまじまじと見つめ、指で生地を確かめている。
「遠い国の服って、本当に面白いわね」
◆
会計をしようと麻袋の口を緩めると、女性が手を振った。
「お代はいいわ」
「え?」
「いい服を見せてもらったお礼よ。その服と靴、全部タダでいいわ」
「そんな、悪いです!」
「いいのよ。あなたが見せてくれた服、とても勉強になったわ。もしかしたら、似たようなデザインで新しい服を作れるかもしれない」
女性はにこりと笑った。
「……ありがとうございます」
携太は深く頭を下げた。
「そうだ、宿屋は隣よ」
「え?」
「宿を探してるんでしょう? 隣の建物が『安眠亭』って宿屋よ。値段も手頃だし、綺麗だから」
女性は優しく微笑んだ。
携太は、もしかしたらこの女性は気づいているのかもしれないと思った。遠い国が異世界だということを。察しの良い人だ。
「本当にありがとうございました」
携太は再度深く頭を下げ、店を後にした。
◆
外に出ると、夕方の街がいっそう賑わっていた。
太陽が地平線に近づき、空がオレンジ色に染まっている。
携太は新しい服に身を包み、革靴を履いて街に堂々と立っている。もう誰も携太を見ない。完全に異世界の住人だ。
手には、甚平とお金の入った麻袋。
カバンは後で買わないとな、と携太は思った。
そして、隣の建物へと向かった。




