第4話 国のこと:兵士との別れ:初の異世界ショップ
城門を出て、街へと足を踏み出すはずだった携太。
石畳の冷たい感触が、足の裏に直接伝わってくる。
(……そういえば)
携太は自分の足元を見下ろした。
裸足だった。
召喚された時から、ずっと裸足のままだったのだ。寝巻き——甚平姿で召喚されたため、靴など履いているはずもない。
城の中は石の床だったが、外は石畳。小さな石の凹凸が足の裏に食い込む。
(これは……まずいな)
携太はすぐに振り返り、先ほどの兵士に尋ねた。
「あの、すみません。近くで服と靴を買える場所はありますか」
「服と……靴、ですか?」
兵士が携太の甚平姿を見て、それから足元に視線を落とした。
「あ……」
兵士の声に、驚きと申し訳なさが混じった。
「気づきませんでした。申し訳ございません」
「いえいえ、俺も今気づいたので」
携太は苦笑した。
「では、この先に服屋がありますので、ご案内しますね。靴も一緒に扱っていますから」
「助かります」
兵士が先導し、二人は街の中を歩き始めた。
城門からまっすぐ伸びる大通り。両脇には様々な店が並んでいる。八百屋、肉屋、雑貨屋、武器屋——中世ヨーロッパの街並みそのものだ。
人々の服装も、この世界らしい。男性は粗末な布の服やチュニック、女性はロングスカートやワンピース風の衣装。表情を見る限り、貧しい生活はしていなさそうだ。かと言って裕福そうな人は、視界にいない。
歩きながら兵士から聞いた話を、携太は思い返すことにした。
この国のこと。
この世界のこと。
忘れないように、頭の中で整理しておこう。
◆
スラタニクス王国。
この国は、大陸の中央に位置する中規模国家だ。人口はおよそ50万人。王政で、レオナルド三世が統治している。
通貨は「イエン」と呼ばれ、金貨・銀貨・銅貨の6種類が流通している。
金貨は1万イエン。
銀貨は5,000イエンと1,000イエンの2種。
銅貨は500イエン、100イエン、50イエンの3種。
最小単位は50イエン。
会話では「大銀(5,000)」「小銀(1,000)」「大銅(500)」「中銅(100)」「小銅(50)」を何枚と言うこともあるが、○○イエンと言うことが多い。
。
携太が王から支給された金貨30枚は、30万イエン。この国では、それなりの大金らしい。
◆
社会は、三つの階層に分かれている。
最上層は貴族。王族や領主など、土地と権力を持つ者たち。豪華な邸宅に住み、贅を尽くした生活を送っている。
中間層は平民。商人、職人、農民など、労働で生計を立てる人々。人口の大半を占める。
最下層は貧民街の奴隷。戦争捕虜や多額の借金を抱えた者たちが、人権を失い所有物として扱われる。貧民街には、奴隷にはなっていないが、生活が困難な人もいる。
城下町も、階層ごとに区画が明確に分かれていた。
城に近い富裕層エリアには立派な石造りの家が並び、警備兵が巡回している。
その外側の中層エリアには商人や職人の店舗と住居が密集している。
さらに外側の貧民街には、粗末な木造の家が並び、貧しい人々が肩を寄せ合うように暮らしている。
城から城壁の外まで、表と裏に道が一本ずつある。表の道は、他国の人も通る立派な道。貧民街からは出て来られない作りだ。裏手の一本道は、富裕層から中層、貧民街へと離れるにつれて荒れていく。国民が違う層へ行くための道である。それぞれのエリアごとに城壁があり、変わった作りとなっている。そのため、立地によってはかなり不便な場所となるのだ。
◆
この世界には「ギルド」と呼ばれる組織が存在する。
冒険者ギルドは、モンスター討伐や各種依頼を請け負う冒険者たちが登録する機関。ランク制度があり、実績を積むことで上位ランクへ昇格できる。
商人ギルドは、商取引を行う者たちの組合。情報交換や取引の仲介、価格調整などを担っている。
職人ギルドは、鍛冶屋や仕立て屋などの技術者たちの集まり。技術の伝承と品質の維持を目的としている。
ギルドに登録すれば、仕事の斡旋を受けられるだけでなく、身分証明としても機能する。異世界から召喚された携太のような立場の者にとっては、社会的な足がかりとなる重要な存在だ。
◆
この世界には、魔法が存在する。
しかし、その大半は戦闘を目的とした攻撃魔法だ。火球を放つ、氷の槍を作り出す、雷を落とす——そういった破壊的な魔法が主流である。
一方で、回復魔法を使える者は極めて少ない。治癒師と呼ばれる彼らは貴重な存在として重宝され、貴族や王族に専属で雇われることが多い。
そして、生活を便利にする「生活魔法」は、ほぼ存在しない。
理由は、魔法の制御の難しさにある。
攻撃魔法を使える者であっても、その力を弱く、優しく使うことは極めて困難だ。火の魔法で料理をしようとすれば食材を焦がし、水の魔法で洗濯をしようとすれば服を破いてしまう。
加減ができない。繊細なコントロールができない。
だからこそ、日常生活で魔法は使われない。
◆
その代わりに発展したのが、「魔道具」である。
魔道具とは、魔力を込めることで効果を発揮する道具のこと。
使用者に魔力のコントロール技術は必要ない。魔力さえあれば、誰でも使える。微力な魔力は皆持っているため、使えない人はほぼいないとか。稀に病気で魔力を失った人もいるらしい。
代表的な魔道具に「アイテムバッグ」がある。内部に空間魔法が組み込まれており、大量の物を軽々と持ち運べる。
他にも、明かりを灯す魔道具、温度を一定に保つ魔道具、水を浄化する魔道具など、様々な種類が存在する。
ただし、魔道具は高価だ。製作には高度な技術と希少な素材が必要なため、庶民の手には届きにくい。富裕層や冒険者が主な利用者だ。
◆
そして、この世界最大の脅威——魔王。
数十年前、大陸の北端に突如現れた存在。強大な魔力を持ち、無数のモンスターを従えている。
各国は討伐隊を派遣し続けているが、未だ討伐成功の報はない。魔王城に辿り着く前に、多くの勇者や冒険者が命を落としている。
スラタニクス王国も、定期的に討伐隊を送り出している。しかし、成果は芳しくない。
そこで王国は、禁術とされる「召喚の儀」を決行した。
異世界から勇者を召喚し、魔王討伐を託す。
召喚されたのは四名。忍者風の男、重装備の女騎士、魔法使いの少年、聖職者の少女。
そして、予期せぬ五人目として——携太が呼ばれた。
余剰人員として。
◆
最後に、言語について。
召喚された者には、自動的にこの世界の言語を理解する能力が付与される。
これは「召喚の恩恵」と呼ばれる現象で、魔法の一種だ。
会話はもちろん、読み書きも可能になる。
実際、携太は店の看板や張り紙を、何の違和感もなく読むことができていた。
この能力がなければ、異世界での生活は成り立たなかっただろう。
◆
——そんな情報を頭の中で整理しているうちに、兵士が立ち止まった。
「こちらです」
兵士が指差した先には、一軒の店があった。
看板には「仕立て屋エルフィン」と書かれている。
店の前には、色とりどりの服が飾られていた。
「ここで、服と靴を購入されるとよいでしょう。店主は腕の良い仕立て屋です」
「ありがとうございました。また会う機会があれば、その時は遠慮なく声をかけてください」
携太は兵士にお礼を言い、別れた。
そして、店の扉に手をかけた。
異世界での、最初の買い物。
少し緊張しながら、携太は扉を開けた。




